第33話 対決! コルネ・プレ・キンナートゥス・クラウディア

 対コルネにあたって、ウェスタが打ち出した方針は1つ。「決して、向こうのペースに乗ってはいけません」とのことだった。

 

 なにせコルネが従えているのは『自己修復』の【ギフト】を持つホーリードラゴン。全身を一度に吹き飛ばさない限り、あらゆる傷を瞬時に治癒してしまう。当然俺にはその手のビーム的な攻撃手段はない。

 

 なのでコルネに勝つなら、彼女自身の魔力を枯らす必要があるのだが。


 『それも、現実的ではありません』

 

 とはウェスタの言葉。なんでもコルネの魔力総量は、あのパウルスよりも多いのだとか。

 まともにやり合えば、確実に魔力枯渇で息切れしてしまうらしい。

 

 持久戦となれば勝ち目は薄く、かといって一撃で吹き飛ばすことも不可能。学年最強の名に相応しい難攻不落ぶりである。

 よって、俺たちが採れる作戦は1つのみ。


 『名付けて、「こちらは攻撃を受けずに、ホーリードラゴンにひたすら攻撃を当て続けて少しでも魔力の消耗スピードを上げよう作戦」ですっ!』

 『そのまんまだな』


 ということで、早速実践してみると。これが存外上手くいったのだ。

 『身体強化』レベル3により強化された動体視力、瞬発力を用いてブレスの雨をかいくぐり、喉元に一撃入れられた。

 その後深追いしたせいで戦鎚を壊されてしまったものの、一応棍棒として使えなくはない。


 これならウェスタとの魔力差を差し引いても、持久戦に勝利できる。

 

 

 「さあっ、心ゆくまでやり合いましょう! ウェンスタラスト・クライエス!」


 そう、思っていたのだが。

 まさか自分から得意な持久戦を捨てて、短期決戦に持ち込んでくるとは。完全に想定外だ。


 『おそらくコルネは豊富な魔力に加えて「自己修復」があるので、他の幻獣とは比較にならない時間ペルペラを起動出来ます。だから勝てると踏んだのでしょうが……』

 『……思いきり良すぎだろ』


 分が悪いと見るや、即座に自分の土俵を降りる状況判断力。それを迷いなく実行できる胆力。相手の土俵に移っても適応できるどころか、そこもホームにしてしまえるスペックの高さ。


 改めて、コルネの恐ろしさを実感する。


 「さて、どこまで耐えられるでしょうか!?」

 『……オーエンっ! なんとかレジストしてください!』


 先ほどまでとは威力も、スピードも、数も。何もかもが桁違いのブレスが飛来する。限界まで集中力を研ぎ澄まし、右へ左へ。最小の動きでステップを踏む。どうしても避けきれないのは戦鎚の柄で殴りつけてレジスト。

 それでもいくらかは掠めてしまい、段々と動きが鈍くなる。鈍重になればなるほど、次々と放たれるブレスを躱しきれなくなっていく。


 「……ふふ」


 今までは召喚魔導士の指示等で大まかな行動を予測できた。しかし、俺たちと同じくテレパシーを使っているらしいコルネ相手ではそれもままならない。ウェスタもつぶさに相対するコルネの表情を観察しているものの、含み笑いを漏らしているだけで情報は得られないようで。


 「ぐっ!」


 俺はブレスを絡めた突進までには対応できず、後方へとふっ飛ばされる。一応柄で軌道を逸らしはしたので、身体自体にはさほどダメージはない。けれどそのせいで柄がくの字に折れ曲がってしまい、使い物にならなくなった。

 ここからはステゴロで戦わなければならない。


 『まともに戦っては勝ち目がありませんね』


 苦い顔のウェスタが話しかけてくる。


 『んでも、戦鎚も壊れちまったし。どうする?』

 『そうですね……やはり、こちらも使うしか』

 「お喋りをしている暇は、ありませんよ?」


 だがペルペラを発動しているコルネは、作戦会議なんぞさせてくれない。

 俺はすぐさまその場から跳び退る。元居た場所へとブレスが着弾した。

 

 ホーリードラゴンは、グリフォンかと見紛うほどに空中を自由自在に飛び回っている。こちらからの攻撃は届かない。しかもその状態から、不規則なタイミングでブレスやら尻尾アタックやら突進やらをかましてくる。

 

 一応時間を味方にしているのはこっちだが、防戦するので精いっぱい。一度直撃を食らえば即ゲームセットの苦しい状況が続く。


 「──っ!」


 それにウェスタの魔力残量も、いよいよ底が見え始めてきた。思えばペルペラ発動後に、瀕死の俺を完全回復まで立て直すだけの魔力を消費。更にぶっつけ本番でレベル3を発動し続けている。いくらウェスタの魔力総量が異次元クラスとてそう長くは持つまい。

 顔色も真っ青になり、杖を持つ手ががくがくと震え出す。


 「ああ……」


 だがそれは、コルネも似たようなものだ。

 彼女はおそらくここまでの過程でほとんど魔力を消費してないものの、最も消耗の激しいペルペラを既に3分以上はキープしている。

 消費ペースはウェスタの比ではないだろうし、そろそろ焦ってきてもいいはずなのに。


 「──この日を、待ちわびていましたよ」


 ……顔色は悪いどころか、むしろ頬を上気させて笑っていた。見る人が見れば妖艶とも評価できる笑みは、原始的な恐怖を誘う。

 

 と、コルネの笑みに見とれたのがいけなかったのだろう。

 

 「しまっ──」


 気付いた時には既に遅く。巨木のごとく太い尻尾の一撃をお見舞いされてしまう。今度は受け身も取れずに地面へと叩きつけられる。肺に溜まった空気を一度に吐き出した後、焼けつくような痛みが襲ってきた。


 「あら、今のでも光の粒子にならないんですね。少し、安心しました……まだまだ、楽しめそうですね」

 「相変わらずの戦闘狂ですね。でも、慣れないペルペラをそんな長時間発動して持ちますか?」

 「ふふ、それは貴女も同じでしょう? 顔に表れてますよ」


 ウェスタが時間を稼いでくれている間に、俺はコロコロと地面を転がりながら距離をとる。腹部分が地面へと接する度にズキズキと痛む。治療用の魔力は送られてはいるも乏しく、再び立ち上がれるようになるには時間が必要だ。

 

 「……大丈夫ですか?」

 「まあ、なんとかなる範囲ではある」


 足元に着いた辺りで、ウェスタが心配そうに小声で話しかけてきた。返答がてら彼女の方を見上げる。

 

 「……」

 

 不可抗力で白いのを拝謁した後、振り払うように前方に視界を固定した。

 

 膝に手を当て立ち上がり、空に悠然と佇むホーリードラゴンを見据える。戦鎚も破壊され、こちらの攻撃手段は素手のみ。あちらは恵まれた種族特性のおかげで多彩な攻撃が出来る。おまけに俺は耐えられてもあと1発。向こうは『自己修復』を持ち、半永久的に肉体を治癒可能。


 一見すると、いや深く考えても詰みに思える。がしかし、それを維持するコルネまでもが半永久的なわけではない。

 呼吸は荒く、震えを抑えるように片腕を握りしめている。

 

 「おわあっ!?」


 ──って、観察してる暇じゃない!

 ホーリードラゴンがウェスタ諸共尻尾で横薙ぎにしてくる気配を察知。とっさに大きく後ろへ飛び退る。

 残されたウェスタは「ひうっ」と喉を鳴らして身体をこわばらせたが、そちらは『プロテクター』のおかげで傷ひとつない。


 無理に飛んだせいで右膝の関節から鈍い音が鳴り、電流が流れたように痛みが右足全体へと広がっていく。

 

 「へぇ? それも避けますか……」


 肩で息をし、青ざめた顔を隠そうともせず愉しそうに微笑むコルネ。

 なんとか反撃したかったが、激痛のせいでたたらを踏むだけに終わってしまう。

 おそらく彼女の魔力はそう長くもたない。だが魔力切れのタイムリミットまで耐えられそうにもなかった。

 

 かくなる上は──。

 

 『オーエン、こちらもペルペラを使いましょう』

 『やっぱり、それしかないよな……』

 

 忘れそうになるが、魔力量的に崖っぷちなのは俺たちも同じ。既に数度治療用に魔力を使っている以上、持久戦の選択肢は採れない。


 『安心して下さい。ペルペラは幻獣の能力を引き出す呪文。1つ殻を破った今のオーエンなら、前よりは少ない反動で済むはずです』

 『まあ、どのみちそれしか突破口はないしな』


 話している間にも、死神の鎌は的確に首筋を狙ってくる。右足の痛みは未だひかない。庇いながらではどうしても動きに精彩を欠く。

 

 「はあっ……」


 俺の背後ではウェスタがペルペラ発動のために集中している。脂汗をだらだらと流しながらも杖に魔力を込め、静脈の浮き出た両腕を高々と掲げる。その過程で背筋を伸ばしたせいか、がくりと膝が折れ曲がる。今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 

 しかし、それでも歯を食いしばって。

 体内から搾りつくした魔力を俺へと注ぎ込む。

 

 「私に力を貸してください! 【栄華の道を駆けあがれペルアスペラ・アドアストラ】ッ!」

 

 鼓動がうるさい。

 

 首筋と両腕。それから背中に刻まれた刻印が激しく明滅する中、頭に浮かんだ最初の言葉がそれだった。

 頭痛はある。全身の骨が軋む感覚もある。けれど、不思議と不快感はない。

 

 ──せいぜい全身に徹夜明けの頭痛と同じくらいの痛みが走る程度でしょう。


 かつてパウルス戦の時にウェスタが言っていた言葉が思い起こされる。

 まったく、その通りだと思った。

 

 「……」

 

 跳躍。あんなに高い場所にいたはずのドラゴンが、一瞬で眼前に現れる。開き切った瞳孔からは何かを察するのは難しい。

 けど、少なくとも。


 俺の動きを目で追えては、いなさそうだ。


 ──グッ!?


 空中で握りこぶしを作り、渾身の一発を喉元に撃ちこむ。一瞬で首から上が消し飛ぶ。だが血しぶきが俺に降りかかることはない。

 消し飛ばしたはずの頭部は、瞬きの間に再生していた。


 だが、想定内の範疇はんちゅうではある。すかさず後ろ足を踏みつけ再び跳躍。踏み台にされたドラゴンは自由落下を始めるが、そこに重力を乗せた拳を2発、ぶち込んだ。


 メキャリ、と音を奏でながら大地に激突。小さなクレーターが出来上がった。


 「ふっ」


 しかしそれらも瞬時に再生したドラゴンは怯むことなく、空中の俺に向けてブレスを放ってくる。正確な一撃は、レベル3の状態であればひとたまりもなかっただろう。

 

 でも今は違う。俺の肉体はペルペラのおかげで、理論値まで強化されている。両腕を前でクロスさせ、強引にブレスを受け止めて。

 純白の炎を纏った両拳を、喉と前足に叩き込んだ。上体だけ起こしていたドラゴンは反動で勢いよくふっ飛ぶ。


 ──ガアァァァ……!


 空を切るドラゴンの肉体はコルネのすぐ横を通り過ぎ、十数メートルほど先の地面に落下した。

 途中で2,3度地をバウンドしたせいで、小さなクレーターが出来ている。


 「ふぅ」

 「やりましたねっ!」


 俺は小さく息を吐いて、ウェスタの横に着地。彼女は俺を、怖れと憧憬が入り混じった瞳で見上げてくる。

 けれど目の下には酷いクマが出来ており、この状態もそう長くは持たないと察せられた。

 

 「あははっ……」


 と、ここでコルネの甲高い笑い声が前方から聞こえてくる。

 艶やかな黒髪を腰まで右手でかきあげて、底冷えするような笑みを浮かべていた。さしものウェスタも怯んでしまい、1歩後ろに下がってしまう。


 「やはり私を心から満足させてくれるのは、貴方しかいませんよっ!」

 「ふふっ、そうでしょうとも。私のオーエンはすごいんですから。……なので、このままほくほく顔で帰っていただいても」


 ウェスタが明らかに辛そうな声でそう提案するも。


 「あらごめんなさい、嫌です」


 にべにもなく返されてしまった。


 「最後の一滴が尽きるまで、死力を賭して戦いましょう?」


 コルネは妖艶とも獰猛とも形容できる表情を、整った顔立ちに貼り付け杖を構えて。

 先端の宝石が、妖しいきらめきを放った瞬間。


 ──キャャャャアアァス!

 

 純白の煌めきを纏ったドラゴンが雄叫びを上げながら突っ込んできた。それなりに時間が経過していたにもかかわらず、俺がつけた傷は未だ治りきっていない。どうやらコルネの魔力は欠乏寸前のようだ。


 「はぁー……はぁー……」


 しかしそれはこちらも同じ。傍らにいるウェスタは先ほどから、長距離マラソンを走りきった後みたいな息を吐いている。

 現在俺にあの頭痛はきていないが、それも時間の問題だろう。


 この打ち合いが、最後になる。


 「おおっ!」


 土煙を上げながら俺の首を刈り取ろうとするかぎ爪を、片足で蹴りつけ飛び上がる。喉元に回し蹴りを──食らわせようとしたが失敗。上手くかわされてしまい、逆にブレスをお見舞いされた。

 後遺症が残りそうなほどに身体を捻って回避。再び地を蹴り、勢いを殺さぬまま腹に膝蹴りを食らわせた。


 グチャ、と内臓の潰れた音が耳に入る。

 ドラゴンは吐しゃ物をまき散らしながら数歩よろけ、仰向けに倒れた。

 コルネの魔力は残り少ない。このまま急所である喉元に一撃入れれば再生もままならないはず。

 

 勝てる。あのコルネに、最強のホーリードラゴンに勝てたのだ。

 俺は湧き上がる喜びを抑えつつ、とどめの一撃を放とうとして。


 「ぐうっ!?」


 あの、激甚と形容できる頭痛が襲ってきた。ペルペラのタイムリミットがこのタイミングで来てしまった。

 あと数メートル踏み出せば勝てるのに。足が動かない。


 ──クワワワアアッ!


 そして最強種族が、その隙を見逃すはずもなく。

 唯一ほぼ無傷だった尻尾の薙ぎ払いを腹に食らい、今度はこちらが吹き飛ばされる。


 「オーエンっ!」


 ウェスタの悲痛な叫び声が耳朶を打つ。砂煙と脈打つような全身の痛みのせいで、ホーリードラゴンの位置を捉えられない。

 自分の身体なのに、糸が切れた人形のように動かせなくなった。


 「ふ、ふふ。さすがにダメかと思いましたけど、時間切れはそちらの方が早かったようですね」

 「く、うっ……」

 

 安堵したようなコルネの声が聞こえてくる。続いて悔しそうな、泣きそうなウェスタの声がした。


 「さあ、これで終わりです」


 負けるのか? このまま、無様に崩れ落ちた状態で?

 それは嫌だ。俺はまだ、ウェスタの想いに応えられていない。でも体が動かない。今にもとどめの一撃が迫りくるだろう。

 避けないと。避けて立って、ボロボロのホーリードラゴンの喉元に一発入れなければ。


 あれだけ努力してきたウェスタが、退学になってしまうかもしれないのだ。


 「──っ、おおおおおおおおっ!」


 正直、気合だのなんだの言ってくる奴は嫌いだった。人間は1人1人出来ること、耐えられる事柄が違う。けれどあいつらはそれを考慮せずに自分のものさしで、他人を鼓舞したつもりなっている。

 実際は、より苦しめていることも知らずに。


 世の中には、理不尽なことがたくさんある。時の運、覆しようのない己の能力不足のせいで、思い通りにいかないことが多々あると。

 俺は知っている。

 だから多少は我慢しろ、根性が足りないなんて精神論は大嫌いだ。

 

 「なっ!?」


 でも。だけど。


 「この状況で──」

 

 その根性、気合とやらで未来が変わるなら。

 望んだ結末を掴めるのなら。

 

 「それを、避けますかっ!?」


 いくらでも、発揮してみせよう。


 「ウェスタっ! 一瞬でいいから、魔力をくれ!」

 「はっ、えっ、でもっ──」

 「大丈夫だ……前に言ってただろう?」


 苦しい時でも、笑って。


 「俺のことを、ドラゴンも倒せる幻獣だぞって。それを実行させてくれ」


 白髪赤目の美少女が抱く夢を叶えるために。

 俺は何度でも立ち上がる。


 「……わかりました。受け取ってくださいっ!」


 嘘のように痛みが消失した。腰を深く落とし、右拳を握りしめて。

 ホーリードラゴンの喉元めがけて駆け出す。

 

 「避けてくださ──」


 もう、ウェスタには。

 

 ──コルネ・プレ・キンナートゥス・クラウディアさんが脱落しました。討伐した生徒に5点が付与されます。


 夢を諦める辛さを、味わってほしくないのだ。

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