第32.5話 適材適所

 適材適所、という熟語がある。短くはないが決して長くもない人生の中で、コルネは何度もこの熟語を耳にした。

 

 「人には向き不向きがあるんだから、その人に合った場所で活躍させるのが望ましい」


 とは、座学の先生の言葉だったか。


 言いたいことはわかる。大半の人間は自分とは違い、出来ないことの方が多い。道端の小石程度にしか感じないような些細な事柄も、人によっては死すらも選択肢に入れるほど、高い壁となってしまうこともあり得るのだと。

 知識としては頭にあった。


 しかし、それで納得できるかはまた別の話で。

 

 「はぁ……ウェスタは何を悩んでるのでしょう」


 かつて天狗になっていた自分を打ち負かし、敗北の味を教えてくれたウェスタ。コルネは彼女のことを『好敵手ライバル』として認めており、また友人としても良い関係を築いていきたいと思っていたのだが。

 

 ある日を境に、どうも様子がおかしい。

 明らかに避けられるようになったし、座学の選択科目も全く向いていない教科ばかりを無理に選択している。

 しまいには幻獣をころころと変更してストレンジレートを急落させる始末。


 コルネはなんとかウェスタを助けようと色々画策したが、どれもこれといってめぼしい効果はなかった。

 そうして気づけば1年近くが経過し。


 さすがのコルネも諦めかけていたところに、彗星のごとく彼が現れた。

 新種の幻獣だという彼は自分たち人間とほぼ、いや全く同じ知性。それに加えて全幻獣に共通する特殊能力【ギフト】を兼ね備えている、これまでの常識を打ち砕く極めて異質な存在だ。

 そんな彼にコルネ自身も興味を持ち、出来ればお近づきになりたいと考えていた。


 だが、その前に状況は一変する。

 なんとコルネがいくら苦心しても前を向いてくれなかったウェスタが、急に明るい顔をして立ち上がったのだ。

 パウルス主催のイベントにて、久方ぶりに攻撃的な立ち回りをしているウェスタを見た時は、それはもう嬉しかった。


 とはいえ、あくまでマイナスからスタートラインに移行しただけのこと。

 試験合格を是とするウェスタと、再び昔の勢いを取り戻して欲しいコルネとの間には乖離がある。

 本番まであまり時間もないし、どうすべきかと考えていた時に、コルネはあの熟語を思い出す。

 

 「適材適所……。なるほど、これがそうなのですね」

 

 

 それからコルネは、方向性を変えていく。自らが動くのではなく、他人を動かすことでウェスタをプラスへと持って行こうと決めた。

 

 まずは動かしたい人物の絞り込み。加えて対象の情報収集からスタートした。

 その結果、様々なことが判明する。


 ウェスタが対バンガルドを念頭に置いていること。

 そのバンガルドは昔自分に心を折られ、半ば自暴自棄になりつつも、かつての主張を貫き通していること。

 彼の見栄に付き合わされてしまったネアールが、ウェスタに対して憧憬と嫉妬と憎しみを混ぜた複雑な感情を抱いていることと、その理由について。

 

 自分なりにそれらの要素を組み合わせ、作戦を練った。


 更に保険として。

 彼女を一番近くで助ける彼こと、オーエンに多少誇張して自分の考えを伝え、ウェスタを焚きつけることにした。

 

 結局、保険は機能しなかったけれど。

 メインとなる作戦は、出来過ぎなくらいに上手くいった。

 

 まずは予想以上にコルネを恐れていたバンガルドを上手く動かし関係ない生徒を排除しつつ、適度にウェスタを追いつめてもらい。

 それから打ちひしがれているウェスタの尻を蹴飛ばす役割を、賭けではあったがネアールに与えて。

 無事期待通りに、彼と彼女は使命を見事に遂行してくれた。

 

 情報提供してくれたパウルスを筆頭とするネアールの取り巻きたちには借りを作ったものの、大したことではない。


 「──まあ、ざっとこんなものかな。しかし、クラウディアさん。どうしてこんなことが気になるんだい?」

 「後学のために、です。特に理由があるわけではないですよ」

 「そうかい? ま、僕としても妹が成長してくれるなら文句はないよ」

 

 ……最も当のパウルス本人は、彼女の持つ劣等感を深い問題だと捉えてなかったようだけど。



 ◇◇



 「──なので、2人とも。どうか私を、がっかりさせないで下さいよ?」

 

 そして、今。

 コルネの思惑通りに事は運び、ウェスタと1対1の状況を作り出すことが出来た。

 

 ウェスタの傍らには──こちらはコルネの思惑すら超えて──新たな境地へと至ったオーエンの姿が。

 初めて会った時は図体のくせに自身無さげな、男らしくない目をしていると思っていた。

 それはこの場においても変わらない。しかしその蒼穹の瞳には隠しきれない戦意が宿っている。


 手に持つ打ち物は既にヒビだらけで今にも壊れそうだが、あの様子なら素手でも向かってくるだろう。


 「さて、まずは小手調べといきましょうか……【貴公に神の祝福をブレッシング・アウグストゥス】」


 自分でも気づかないうちにそう呟き、コルネはレベル3を解放。刻印が神々しい光を帯びた。


 『我が下僕よ。まずは自由に戦いなさい』


 主の命令を受けて、即座にホーリードラゴンは背からコルネを下ろして。

 眼前の敵に向かい、築200年を超える教会の鐘を鳴らした時のような咆哮を飛ばす。彼女はドラゴン種の中でも、特に知力のステータスが高めな個体。

 大した指示をせずとも、並みの相手なら蹴散らせるスペックを持っている。


 「……」


 しかし対するウェスタは取り乱すことなく杖を構え、瞑目するようにうつむく。

 直後にオーエンは彼女の方へちらりと目をやり、小さく頷くと同時に駆け出した。


 テレパシー。知力のステータスがAランク以上の幻獣と契約している時のみ使える技術だ。

 幻獣は幻という文字がつくとはいえ、獣は獣。知力A以上など今までならそれこそ一部のドラゴン種しかいなかった。

 だが異界からやってきた人間であるオーエンは、当然この条件を満たしている。


 空高く飛び上がり、旋回しながらブレスを浴びせるドラゴン。けれどオーエンは火球の雨をもろともせずにステップで回避。その後隙間をついて凄まじい速度で跳躍し、喉元に向けて戦鎚を奮った。


 急所を狙われてはひとたまりもなく、ドラゴンは地へと叩き落される。間髪入れずにオーエンは地面を蹴って追撃をかまそうとしてきた。

 がしかし、それを許すコルネではない。『自己修復』の効果で瞬時に傷を治療させ、戦鎚の一撃をレジスト。


 「なっ!?」


 的確にひび割れた部分に爪を食い込ませながら防いだ甲斐かいあってか、戦鎚の鎚部分が音を立てて砕け散った。それでも諦めずに放たれた回し蹴りをもろに受け、べこりと腹辺りをへこまされて数メートルふっ飛ばされる。


 「んふふ……」


 ドラゴンの腹の傷を治療しつつも、コルネは含み笑いをこぼす。オーエンの戦闘能力が想定をはるかに上回っていたからだ。

 

 コルネは基本的に、自身の圧倒的な魔力量とホーリードラゴンの『自己修復』を駆使し、相手を息切れさせる戦法を得意とする。しかし攻撃力が皆無なわけではなく、普通に戦ってもグリフォンレベルの相手なら互角以上に戦える。

 

 だがオーエンはそれ以上の攻撃力、耐久力を有しており、今のまま打ち合っても勝ち目は薄い。

 それなら得意とする持久戦に持ち込もうにも、ウェスタもまた凄まじい魔力総量を誇る召喚魔導士。『自己修復』は通常の治療よりも魔力の消耗を抑え、なおかつ即座に完全治癒させる【ギフト】だが、さすがに一方的な攻撃を受け続ければ枯渇してしまう。

 

 ウェスタは未だに実感していないようだが、このままやれば確実にこちらが負ける。

 それに気付いたコルネは嬉しそうに唇をもにょもにょと動かした後、高々と杖を掲げた。

 

 「もう少し楽しみたかったのですが、出し惜しみをしている暇はなさそうですね」


 もちろん、座して敗北を受け入れるつもりなど毛頭ない。負けることは何よりも辛いことだと、かつてウェスタに解らされたから。


 「貴女あなたの全てを、私に見せてくださいね……【栄華の道を駆けあがれペルアスペラ・アドアストラ】っ!」

 

 瞬間。

 ホーリードラゴンの身体中に刻まれた刻印から、美術館のステンドグラスを思わせる、重みある輝かしい閃光がまき散らされた。応対するオーエンとウェスタはもちろん、『観戦玉』にて行く末を見守る観客すら目を覆わなければならないほどの、目を刺し貫くような光。

 聖なる純白の煌めきを背景に、コルネは歯茎をむき出しにして。


 「さあっ、心ゆくまでやり合いましょう! ウェンスタラスト・クライエス!」

 

 猛々しく燃ゆる炎のごとき激情を隠すことなく、ウェスタを見据える。

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