第32話 対決! バンガルド・アウグル・セルウィ

 地面に叩きつけるような衝撃が走り、俺はまどろみの中から復帰した。気づけばぐにゃりと折れ曲がっていた両手首とか、全身の痛みとかも無くなっている。ようやく治療が終わったらしい。

 元通りになった手を地面について、ゆっくりと上体を起こす。


 「……」

 

 運のよいことに、再び目を覚ました時には全てが終わっていた──とはならなかったようだが。

 なぜか一体がデコボコな草原と化しており、黒ずんだ倒木にバンガルドが腰かけていた。傍らには傷だらけのグリフォンが座っている。起き上がった俺を感知し瞳孔こそすぼめるが仕掛けてくる気配はない。どうやら、魔力の回復に努めているらしかった。


 それにあのスレナーとかいうサーペント使いはいいとして、ネアールまでもがいなくなっている。バンガルドが倒したのか?

 

 「オーエン、聞こえますか?」

 「ああ、聞こえ──」

 

 と、ここでウェスタが話しかけてくるも。


 「うおっ!? どうしたんだそれ!?」

 

 そちらへと振り向いた俺の眼に映ったのは、ほっぺに赤いヒトデ模様をあしらったウェスタの姿だった。

 

 「ああ、これは……ちょっと、色々ありまして」

 「色々って、何が──ってか、なんで胸元まで破けてるんだ……?」


 ひとまずボロボロのローブを脱いでウェスタに被せてあげた。腹と背中の方がスースーするけど、さすがに女の子の胸を隠してあげるのが優先だろう。傷も既に完治しているし、問題ない。

 ぶかぶかのローブを胸の辺りに巻き付けたウェスタが、頬をやや紅潮させながら覗いてきた。


 「そういえばオーエン、身体の方は大丈夫ですか? 一応完治していると思うのですが」

 「え? ああ、うん。大丈夫だ」


 ピリピリとひりつくような感覚はあるものの、おおむね問題ない。軽くストレッチをしながら立ち上がる。


 「よし、では目の前のバンガルドを倒しますよ。そして、次はコルネです」

 「えっ、お、おお」

 

 バサリとローブをひるがえすウェスタ。なんか、えらく強気だな。あんなにビビってたのに。

 

 「だけどもう4位以上になれたんだし、点数は足りてるんじゃあないのか?」

 「すー……、うー……ん」

 「あっ…………うん、そうだよな! やっぱり最後まで頑張らないとなっ!」


 どうやら、点数の現状は俺の予想以上に厳しいようだ。


 「まあ、それもあるんですけど」

 

 ウェスタは俺の考えを察したらしく、苦笑してから肩をすくめる。


 「あの作戦が失敗だったことに、今更ながら気づいたので。今ある手札で最良の結果を目指したいんです」

 「失敗? まあ確かに、上手くはいってなかったけど」

 「……はい、失敗でした。私がまだ脱落していないのは、あらゆる面で運が良かったからにほかなりません」

 「運が良い、か。我はこの状況が必然であると思うのだがな」


 俺が口を開く前に、バンガルドが会話に割って入ってきた。ひどく顔色が悪いし杖を持つ手がプルプルと震えている。

 おまけにその表情からはどこか諦念じみたものを感じた。


 一体気絶していた間に何があったんだろう。

 

 「【貴公に万象の加護をゲニウス・ベネディカート】……だが、このままでは終われんな」


 バンガルドは杖を支えに起立して、レベル2解放の呪文を唱える。もうボロボロになり今にも斃れそうなグリフォンだが、それでも俺よりは強いだろう。

 小さく息を吐いて拳を握りしめる。


 「ウェンスタラスト・クライエス。貴様を打ち倒し、一矢報いてくれようぞ」

 「負けませんよっ! 【貴公に万象の加護をゲニウス・ベネディカート】!」


 ウェスタの詠唱とほぼ同時に、幾度となく経験した不可視の刃が飛んできた。回避……は間に合わないか。

 とっさに戦鎚を両手で思いきり握りしめ、レジストの方針へと切り替える。

 

 「くっ!」


 初の試みではあったが、なんとか防ぎきることに成功した。しかしこれはほんの序章に過ぎない。

 間髪入れずに次の刃が飛来する。


 『スライディングで回避してください!』


 ウェスタの指示に従い限界まで身を屈めて地面を滑る。鼻先に掠めたけれどなんとか避けて懐へと潜り込むことに成功した。

 今度はこちらのターンだ。

 刻印に流れる魔力を全て右腕へと集約し、アッパーカットの要領でグリフォンの顎先を狙う。


 「避けろ!」


 これがもし万全の状態であったならば、簡単に躱されていただろう。だが、幾多の戦闘の果てに受けたダメージは確実に蓄積されている。まあ、もちろん多少はバンガルドが治癒しているだろうけども。

 俺の渾身の一撃を避けられるほどではない。

 

 猫の死体を自転車で踏んでしまった時のような感覚が、右手のひらから腕にかけて伝わる。顎を打ち抜かれたグリフォンは空中で1回転してから前方にふっ飛ばされた。


 「やったか!?」


 思わずフラグになりそうな発言をしてしまう。それほどまでに、今の一撃には手ごたえがあった。


 「まだだ!」


 だがしかし。

 仕留めきるには至らなかったようで。


 「これ以上……これ以上奴の手のひらの上で転がされるわけにはいかん!」

 「オーエン、追撃をっ!」

 「もちろ──」


 そのつもりであったが突風によって吹き飛ばされた。戦鎚を地面に振り下ろしてなんとか木に衝突することだけは免れる。


 「ウェンスタラスト・クライエス! 貴様もだ! あの女にいいようにやられていいのか!?」

 「……よくは、ありません」

 「なら今すぐ立ち去るがいい! 既に安全圏には達しているだろう!」

 

 2人の対話は俺にとっては断片的で、意図をくみ取ることが出来ない。


 「それは無理です」

 「なぜっ──」

 「ああもカッコいい姿を見せられて、今更怖気づくわけにはいきませんから」

 

 わかるのは、ウェスタが本気で。


 「バンガルド。私は貴方あなたを倒して、先に進みます」

 

 バンガルドとコルネを倒して、1位になる決意を固めたということだけだ。


 「…………そうか。貴様はあくまでも、敷かれた道の上をくか」

 「目指す場所と一致していますからね。それに、道化を演じるのも悪くないと思いますけど」

 「我には理解出来ぬ感情だな。本来使う予定はなかったが……仕方あるまい」

 

 バンガルドは一度瞑目したように目を閉じ、カッと見開いた。


 「我が下僕を以て……【己が道を切り拓くノヴァ・ロード】」

 

 直後、目を開けていられないほどの突風が吹き荒れる。地に突き立てた戦鎚ごと身体を持って行かれそうになり、すんでのところで再び叩きつけた。


 「ううっ!」


 バンガルドが『プロテクター』を付けているためウェスタ自身は風の影響を受けることはない。しかし風に乗って飛ばされてきた葉っぱや枝、果ては木そのものから身を守るため俺の後ろへと避難してくる。


 『バンガルドが唱えたやつはなんなんだ? レベル5の呪文か?』

 『いえ、あれはペルペラです。スタンダードな呪文の略称がペルペラなだけで、文言自体はなんでもいいんです』


 ウェスタの開設を聞いている間にも、風圧はどんどん強くなる。

 俺からすると悪魔みたいな強さなのに、まだまだ強くなれる余地があるのか。将来が恐ろしい。


 『なので、これはチャンスです。グリフォンが今までの戦闘で負ってきたダメージは相当なものになるはず。おそらく、もって数十秒でしょう』

 『……耐え切れば、勝ちか』


 風は少しずつ弱まり、周りの木々が抜けて更地になった大地を歩く、グリフォンの姿が見えてくる。

 その肉体には、大小問わず無数の傷があった。だがそのせいで言いようのない威圧感を醸し出している。


 「ここで仕留めきってくれようぞ」


 バンガルドは様々な感情が込められているであろう瞳を、俺とウェスタに向けてきた。

 共に杖を構え、魔力を込める。長かったバンガルドとの戦闘にも、ついに決着がつく。

 

 「オーエン、私は今、貴方を心から必要としています」

 「……急にどうした?」


 いざ雌雄を決するといったタイミングで、唐突にウェスタが言った。


 「ほら、前に『マーズ』で判明したじゃないですか。オーエンの発現レベルが上がるのは、『主に必要とされた時』だって」

 「そういや、そうだったな」

 「だからもし、この先もオーエンとの関係が続くのであれば」


 手の震えを抑え込むように深呼吸している。


 「私の想いに応え、レベル3へと至るのは今が最適だと思うんです」

 「そう、かもな」


 正直レベル2の状態では、グリフォンの猛攻をしのぎ切れるかは怪しかった。

 この後にはコルネが控えている。バンガルドには悪いが、こちらはペルペラを使わず勝たなければならない。


 「だからオーエン、お願いします。私を頂きに連れて行ってください」

 「刺し貫けっ!」


 落ち着いた様子のウェスタとは対照的に、眼前のバンガルドが吠える。グリフォンが雄たけびを上げて突っ込んでくる。

 俺は深く腰を落として、迎え撃つ姿勢をとった。


 「……我が下僕よ」


 それと同時に、俺の後ろにいたウェスタが横に並ぶ。集中するためか目を閉じながら杖を天高く掲げている。

 爆発的な量の魔力がなだれ込み、肉体に刻まれた刻印が呼応するように輝きを放つ。


 ギリリ、と音が鳴るほどに強く戦鎚の柄を握りしめて。

 

 「蒙昧なる私を助け、栄光への道を切り開けっ! 【貴公に神の祝福をブレッシング・アウグストゥス】!」


 俺が飛び出すと同時に、ウェスタがレベル3へと至る呪文を叫びながら杖を振り降ろす。

 

 一瞬だけ発現出来るか不安だったが、それは杞憂に終わる。

 

 首筋と両腕はもちろんのこと、次いで背筋と腹筋の辺りも焼け落ちそうな熱を帯びた。ペルペラの時とはまた違う、効率よく肉体が強化された感覚。先ほど飛んできた小石や枝のせいで出来た傷も瞬時に塞がった。

 

 『身体強化』レベル3はそちらの方面も強化してくれるらしい。ウェスタに治療用の魔力を送られずとも、ある程度は即座に治癒出来るようだ。


 「……っ!」

 

 しっかりと大地を踏みしめて、グリフォンの突進をレジスト。俺の戦鎚とグリフォンの鉄塊のごとき足が激突し、しばらく鍔迫り合いに似た状態で互いに硬直する。

 

 だが更なる境地へと駒を進めた俺の身体は、伝説上の生き物であるグリフォンを徐々に押し返し始めた。いくら素のステータスが低かろうと、レベル3の『身体強化』は凄まじい倍率で底上げしてくれている。

 

 数々の戦闘を経て疲弊したグリフォンに力比べで負けるはずがない。

 

 俺はグリフォンを押し返すと、たたらを踏んでいるその脚に横なぎの一撃を与える。左翼から地面に激突したグリフォンの胸を、バネのようにタメを作り威力を上げた足蹴りで吹き飛ばす。


 「おお……!」


 一部始終を見ていたウェスタが、感動したように声を上げる。実際俺も感動していた。あれだけけちょんけちょんにされていたグリフォンの、しかもペルペラに対して逆に圧倒出来ているのだから。

 

 「なんと都合の良いことか……」


 対するバンガルドは悔しそうに歯嚙みしていた。まあ、正直その気持ちもわからんでもないが。

 でもウェスタの願いを刻印が聞き届け、こうしてレベル3を発現出来たのは事実。手を抜くつもりは毛頭ない。

 

 ──ガァ、ガァァァ……。


 俺の攻撃でふっ飛ばされていたグリフォンが唸りながら俺を睨みつけてくる。その声色、姿に覇気はない。しかし手負いの獣が一番恐ろしいとはよく言われる話だ。

 

 「次の攻防が勝負の分かれ目となります。決して気を抜かないで下さいっ!」


 もちろん、気を緩めるつもりはない。

 

 「ここを死地だと思えっ!」

 

 汗だくの顔をローブで拭いながらも、バンガルドはなけなしの魔力を杖へと集約しグリフォンに供給する。力なく地面の上でもがいていたグリフォンが、たちまち復帰して俺に向けて風の刃を飛ばしてくる。

 

 更に土星の輪のごとく周囲に砂や木々を纏い、間髪入れずに突進し飛び蹴りをかましてきた。


 文字通り鬼の形相で俺の意識を刈り取ろうとするグリフォン。蓄積されたダメージを一切感じさせない、気迫を以て迫ってくる。

 

 だが、それだけだ。『身体強化』によって人類の持ち得る範囲を超越した動体視力は、グリフォンの動きを完璧に捉えていた。

 

 限界まで身を屈め、タイミングを見計らって跳躍。襲い来る風の刃を最小の動きで躱して着地。間隙を突かせる暇など与えない。

 戦鎚を上段に構える。供給される魔力を的確に分散し、持ちうる手札で最強の一撃を──!


 脳天へと叩きこむ。


 「…………見事だ、クライエス・フェンタゴクスの娘よ」


 戦鎚の鎚部分がピシリ、と音を立ててひび割れる。しかしその直後にへこんだ脳天から緑閃光りょくせんこうがほとばしった。

 光は頭から翼にかけて広がり、やがて足に到達して。


 ──バンガルド・アウグル・セルウィさんが脱落しました。討伐した生徒に5点が付与されます。


 主と共に、消え去った。幻想的な緑の粒子が溶けあい、天へと昇っていく。

 

 「……やったな」

 「……ですね」


 2人してそう呟き地べたに腰を下ろす。勝てる自信はあったが、現実に達成出来たという実感はわかない。

 

 それほどまでに、バンガルドには追いつめられてきた。ウェスタが体調を崩すきっかけにもなったし、その後もバンガルドを念頭に対策を進めている。結局、逃げ回る作戦は半分失敗に終わったが。


 今、この場に残っているのは俺たちである。


 「私たち、2位以上になれましたよ」


 同じく実感がわいていないのであろうウェスタが、まるで自分のことじゃないかのように口を開いた。

 ぼんやりと自分の杖を眺めながら、左手を握ったり開いたりしている。

 何か言葉を返そうとしたけれど、上手い言葉が思いつかない。ただ押し黙って天を見上げた。

 

 

 そうしていくらかの時間が流れた後。

 ほう、とため息を吐いて。俺とウェスタは立ち上がる。惚れ惚れするほどに青い空を睨みつけた。

 視界の先には、白く美しいドラゴンと、その背中に跨る少女の影が確認できる。

 

 「……これで、全て丸く収まってくれれば、良かったんですけど」

 「ああ」

 

 そう、まだ一番の大物が残っているのだ。

 俺たちが勝つのにあれだけ苦労したバンガルドを軽くあしらい、先ほどまでの戦闘に一切関与する姿勢を見せなかった彼女が。

 満を持して、姿を現す。

 

 「ごきげんよう。きっと残ってくれると、信じていましたよ」

 「……どうにも、誘導された感がぬぐえないんですけどね」

 「あらまあご謙遜を。バンガルドの本気を軽く蹴散らすことが出来たのは、紛れもなくお2人の実力です」

 

 コルネ・プレ・キンナートゥス・クラウディア。

 その強さはウェスタをして『対策するだけ無駄』と言わしめたほど。色々と運が良かった俺たちと違い正真正銘、実力で勝ち残ってきた生徒だ。


 そして。


 平時は柔和な雰囲気を醸し出し、時には儚さすらも感じさせる彼女の瞳は。


 「──なので、2人とも。どうか私を、がっかりさせないで下さいよ?」


 まるで数日ぶりの食料にありつけた肉食動物のごとく、爛々と光っていた。

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