第31話 立ち向かわなければ

 バンガルドには今、2つの選択肢がある。

 1つは失神中のオーエンにとどめをさして、一度離脱し魔力の回復を図るパターン。

 もう1つはネアールの決闘を受諾し、打倒するパターンだ。


 とはいえ現在のバンガルドには、もうほとんど魔力が残されていない。彼も常人と比べると多い方だが、それでもコルネやウェスタほどではなかった。


 しかしかといって決闘を断るのもまた、彼の矜持に反する。ここで逃げれば「珍しい奴と戦いたいからネアールを無理やりこのグループにしたんじゃないのか!」と、内外から責め立てられるのは必至。

 

 時間にして数秒。


 「フハハ! よかろう、ネアール・アウグル・ポントゥムよ。受けて立つ!」


 募る不安を押し殺して、バンガルドは後者のプランを採った。

 互いに無理やり笑顔を作り、杖を構えて魔力をこめる。レールス帝国における召喚魔導士の、基礎中の基礎の動き。

 

 ゆえに才の部分で差はあれど、動きのキレ自体はネアールが上回っていた。


 「「【貴公に万象の加護をゲニウス・ベネディカート】」」


 両者共にレベル2を解放し、向かい合うグリフォンとミニマムドラゴン。片方は周囲の空気を操作し風を纏う。もう片方は、もはやミニマムという名を適用するのを躊躇うほどに巨大化していた。


 元が小さいため巨大といってもあくまで相対的ではあるが、それでもかなりのサイズ感だ。体躯はもちろん、漂う威圧感もドラゴン種に相応しいものへと変貌している。

 

 これこそがミニマムドラゴンの【ギフト】である『成長』の真骨頂。

 『成長』は応対する相手によって最も厄介となるドラゴン種へと成長する能力を持っている。今回ミニマムドラゴンが選んだ進化先は、緑がかった純白のウロコを持つ、ホーリードラゴン。

 奇しくもコルネのそれと姿形が非常に似通っていた。

 

 「やれっ!」

 「回避ですわっ!」


 またもや示し合わせたかのように、2人が怒号を飛ばす。両者とも忠実に主の命に従い準じた行動をとる。

 グリフォンは天高く飛び上がり、日の光を利用して視認性を劣悪にした後、必殺の一撃を放つ。ただでさえ視界を光に侵され、加えて不可視の刃だ。並みの幻獣、並みの召喚魔導士ならばここで終わっていたことだろう。


 しかしネアールは平凡であれど、決して怠惰な召喚魔導士ではない。力量、魔力総量、質で劣る分、努力のリソースを人よりも多く幻獣との信頼関係の構築に努めてきた。

 

 主が回避だと言えば「はい」と答え、ブレスを放てと言えば「YES」と答える。ミニマムドラゴンはネアールの指示が勝利への道だと、疑うことなく信じているのだ。


 よってドラゴンは不可視の刃こそ見切れなかったものの、主の言葉を信じて横方向へ飛んだ。しかし完璧に回避できたわけではない。最も地に接着していた時間が長い左足の皮膚をざっくりとえぐられてしまう。


 「反撃しなさい!」


 だが、今現在のミニマムドラゴンは高貴なるホーリードラゴンへと姿を変えている。なので本家にこそ及ばないが『自己修復』の機能も備えていた。かすり傷程度であれば、即座に修復可能だ。

 傷をすぐさま治療できるということは、当然反撃にも転じられるということでもある。


 結果、ネアールの指示から瞬きの間にブレスが放たれた。他方グリフォンは風の刃を放つ際に翼を使う関係上、直後の硬直に悩まされて身動きがとれない。

 バンガルドが回避の指令を出すも間に合わず。グリフォンは白熱化したブレスをもろに食らい、地へと叩き落された。


 「……ほう、やるではないか」


 声のトーンこそ賞賛に相応しいものだが、その表情は硬い。先のブレスを受けてしまったせいで、ただでさえ残り少ない魔力を治療にまわさなければいけなくなってしまう。

 ここまできてようやく、バンガルドはネアールを警戒し始めた。もちろん貴族界の荒波を生き残ってきたネアールがそれを見逃すはずもなく。直ちに言の葉の弾丸を装填する。


 「あらぁ? ようやく危機を危機と認識しましたのね。ここ1年の間、雑魚狩りを生業としていたせいで勘が鈍っておられました?」


 嘲るように口元を歪め、瞳孔を開いて見下すポーズをとった。たちまちバンガルドの表情が憤怒に彩られる。


 「黙れ。我はただ、珍しい奴と戦いたいだけである」

 「強い奴、とも戦いたいのでしょう? なら今すぐコルネの元へ行きなさいな」

 「……良かろう。そうまでして我を愚弄するのなら、相応の報いを受けてもらおうか」

 

 ローブを翻したバンガルドは、再びレベル4を発現しようと魔力を絞り出す。レールス帝国には相対する相手の変身シーンを眺める文化はないため、その間にもネアールは攻撃の手を緩めない。しかしグリフォンはそれらを上手くいなしつつ、ふらふらと宙に浮かんでいる。


 「…………すごい、です」


 彼らの戦闘を間近で見ていたウェスタは、思わず感嘆のため息をこぼした。バンガルドが強いのは当然だが、まさか数週間前パウルスにビビり散らかしていたネアールがここまでやるとは思っていなかったのだ。もしネアールとタイマンでやっていれば、こちらが万全な状態でも負けていたかもしれない。


 そうこうしている間にバンガルドは準備を済ませたようで。彼を中心に禍々しい魔力の奔流が発生する。


 「【古き時代を捨てアバンドゥ・ザ・オールド】」

 

 青い血管が浮き出る右腕を掲げ。

 

 「【新しき世へと移り行くトランスファー・ワールド】」


 苦悶の表情を浮かべながらも左腕を掲げ。


 「【貴公は今、生命の実を食するクオリファイ・ザ・セフィロト】」


 力強く両腕を合わせた。途端に杖の先端から明滅する光がほとばしり、刻まれた幾何学模様を活性化させる。

 静謐な雰囲気を纏う、幻獣グリフォン。

 

 「……」


 しかしウェスタは、前回と比べてあまりにも痛々しいその姿に、なぜか自分を重ねてしまっていた。

 数度に渡る戦闘で疲弊し、かつての荘厳な姿は今や見る影も無くなったグリフォンと。

 消息的な自分のせいで、負わなくていいはずの怪我を負ったオーエン。


 両者はあらゆる面で異なるはずなのに、同一性を見出してしまうのは何故なのか。


 「一瞬で仕留めろ!」


 バンガルドの魂からの叫びに応え、瞬時に眼前の地面を削り取る。さしものネアールとドラゴンも、反応することすら出来ない。

 直撃こそ避けたが両後ろ足を切断され、今にも斃れそうだ。


 けれど。


 「まだ、手はありますわ」


 圧倒的強者を前にしても、ネアールの闘志はいささかも衰えていなかった。負けじと杖を掲げて。


 「今こそ、未熟な私にそのお力添えを……【我が神に捧ぐマールス・ディディケイト】」


 相棒の潜在能力、その全てを解き放つ。


 ──ゴアアアアアアアアアッッッッッ!


 木々に生い茂る葉全てを吹き飛ばさんばかりに咆哮し、ドラゴンは瞬時に肉体を再生。そして更に巨大化する。

 全長15メートルにも迫るドラゴンの強靭なるかぎ爪が、グリフォンに襲い掛かった。


 「……防げっ!」

 「仕留めなさいっ!」


 互いに怒鳴り声を上げる。ウェスタがペルペラと呼称している必殺呪文の効力は、せいぜい数秒といったところだ。無論どちらもそれを理解して動く。

 グリフォンは幾重にも重なる風の膜を作り上げ、すんでのところでかぎ爪をレジスト。力比べの勝負に持ち込んだ。

 このままでは、効果終了時間まで稼ぎ切られてしまう。


 「……信じていますわよ!」


 ところが渾身の力が込められたネアールの声援を受けて、ドラゴンが再び吠える。この場全体が1つの打楽器であるかのように振動し風の膜を揺らす。わずかな乱れではあるがこの勝負においては、それが致命傷となった。

 刹那の内に風の膜を硬く、鋭い爪が貫き通し、今にもその身へ食い込む──。


 といったところで、ドラゴンの動きがぴたりと停止した。目を血走らせガタガタと震え出す。すぐにバンガルドはグリフォンのレベル4を解除し距離をとらせる。あまりにも隙だらけな行動であったにもかかわらず、目で追うのが精いっぱい。

 

 そう、コンマ1秒といったところで、ペルペラのタイムリミットが来てしまったのだ。


 「くっ……」

 「惜しかったな、ポントゥムの娘よ」


 ネアールが悔しそうに息を漏らし、安堵したようにバンガルドが語りかける。魔力切れで立っていられないのか、彼の言葉へ応えることなくその場にへたり込んだ。時を同じくして、冷や汗をだらだらと流しながらバンガルドも近くの倒木に腰を下ろす。

 悟ったような顔で、空を見上げていた。


 一方、彼らの応酬を誰よりも特等席で見ていたウェスタは、ゆっくりと立ち上がる。

 彼女はネアールとバンガルドの動き、表情をつぶさに観察しながらも、頭の中ではずっとネアールの言葉を反芻していた。

 

 ──強敵に立ち向かわず、逃げることばかり考えているくせに……まだ自分を信じている気になってますの?


 ──コルネとバンガルドに対して、最初から勝てないと決めつけていましたわ。

 

 最初は反発していたウェスタも、今はその通りだったと思っている。あの日、オーエンと再契約を交わした日から。自分はずっと前を向いていると勘違いしていた。はなから勝つことを諦めて、逃げることばかりを練習して。

 

 結局自分は、コルネに心をへし折られたその日から、一歩も前に進んでないのだと。

 パウルス主催のイベントの日から、決して腐らず前だけを見ていたネアールに解らされてしまった。


 「では、さらばだ」


 それはたぶん、バンガルドも同じだ。

 自分とバンガルドは、おそらく。コルネに叩き折られた日から時間が止まっている。

 そして、それを気付かせるように仕向けたのも──。


 「……ふん、次は負けませんわよ」

 「次も我が勝つ。控室で見ているがいい」


 もう、遅いかもしれないけど。


 ──ネアール・アウグル・ポントゥムさんが脱落しました。討伐した生徒に5点が付与されます。


 立ち向かわなければいけないと思う。


 

 ◇◇



 バンガルドのグリフォンにとどめを刺され、会場内に戻されたネアールは、駆け寄ってくる教師陣を振り切り控室へと入った。

 その中には既に脱落した面々もいたが、誰1人としてネアールには目もくれない。サーペント使いのスレナーだけは何か言いたげにしていたけれど。

 重苦しい雰囲気が支配する室内で、明るい声を出すのはどうしても憚られたらしく。気まずそうに肩をすくめるだけにとどまった。


 「……」


 ネアールは誰の耳にも届かぬ声量で嘆息し、端が錆びた長椅子に腰を下ろす。懐から『観戦玉』を取り出し戦況を確認した。


 現在残っているのはバンガルド、コルネ、ウェスタの3名。

 

 他にトリクエルというユニコーン使いもいたはずだが、どうやら自分とバンガルドが戦っている間、コルネに倒されていたらしい。

 ネアールのちょうど対角線上に壁にもたれかかる彼の姿があった。目はうつろで、生気のようなものがまるで感じられない。


 大方、コルネに心を折られたのだろう。


 コルネは自分の才能に絶対の自信を持っており、同年代で自らに土をつける相手を躍起になって探している。かといって脳筋というわけではなく、筆記の方もトップレベル。

「あと20年早く生まれていれば、クライエス夫妻がここまで有名になることはなかったであろう」とは、ネアールの父の言葉だ。


 ネアールは今回、コルネに利用され使い捨てられたと感じていた。

 どういう心境の変化があったのかは知らない。けれどバンガルドを見逃し自分を焚きつけ、しまいには横やりを入れそうな存在であるトリクエルを撃破している。

 

 そうまでしてウェスタを脱落しないギリギリのラインで追い込む必要が、果たしてあるのか。

 2人の事情をよく知らないネアールには理解の及ばないことであった。


 「……っ」


 そのように思考を巡らせ、なおざりに『観戦玉』を眺めていたネアール。しかし倒れていたオーエンがむくりと上体を起こした時ばかりは、さすがに息をのんだ。到着した時には既に満身創痍であったはずのオーエンが。


 この15分ほどで、傷を癒していたのだから。


 オーエンの【ギフト】である『身体強化』は、主が強い願いを抱く度に、その力を増幅させる。

 ウェスタの『過去に向き合い、立ち向かわなければ』という願いは、やがて元来人間の身体が持つ自然治癒力にも及び、オーエンの肉体を治療したのだが。

 

 彼の詳細な能力を知らないネアールには、ウェスタがいとも容易く治したように映った。


 「これだから、天才は……」


 無意識のうちに、ぽつりとこぼした言葉。隣に座るアシアスがぴくりと眉を上げたが、直ぐに彼も『観戦玉』へと意識を戻す。

 

 自分なりに割り切っているつもりではあったものの。


 やはり『本物』の鮮烈な輝きには、どうしても驚倒せざるをえないのだ。

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