第30.5話 真の凡人
ウェスタがバンガルドとアシアスの2人と対峙することになる少し前。
ネアールはステージの北北西側にある小さな洞窟の中に陣取っていた。
別に洞窟の中だからといってスキャンから逃れられるわけではないが、仮に幻獣が攻めてきたとしても、動きを読みやすいので簡単に対処できるのだ。
ミニマムドラゴンはその名の通りドラゴンとしては相当小さな部類。その割に攻撃力は一般的なドラゴン種と同程度はある。下手に手を出してドラゴンのブレスを食らおうものなら、グリフォンですらただでは済まない。
なのでこの狭い場所でも、ヒットアンドウェイ戦法を可能としている。
それを他の生徒も理解しているためか。開始からほとんど動いてないにもかかわらず、ネアールに手を出そうとする者はいない。そんなリスクを犯さずとも、他に与しやすい相手がいる。わざわざ狙う必要などないと皆が考えていた。
ただ1人を除いて。
「ごきげんよう。ネアールさん。少し話がしたいのですが、ご都合いかがでしょうか?」
コルネ・プレ・キンナートゥス・クラウディア。
彼女の遣うホーリードラゴンの【ギフト】は、いかなる攻撃も即座に治癒してしまう。洞窟内で攻撃を躱し確実にブレスを叩きこむ戦法を採るネアールとはあまりにも相性が悪い。とはいえ、治療にも魔力を必要とするのは変わらないが……。
コルネの魔力総量は、あのウェスタに比肩する。
グリフォンの攻撃を受けきった後とはいえども、未だ9割近くを残していた。元から魔力総量に自信のないネアールは、コルネに逆立ちしても勝利することは出来ない。
「……構いませんわ」
それを痛いほどに理解している彼女は、声の震えを抑えるので精いっぱいだった。好戦的なコルネの性格からして、自分のところに来るのは遅くともバンガルドとウェスタを倒してからだと思っていたのに。一度彼と交戦していたのは『観戦玉』で確認していたが、まさかその後すぐに自分の元へやって来るとは。
こうなれば籠っていようがいまいが関係ない。あるかもわからない隙をついて、この場から逃げ去る以外に道はなかった。
杖を上段に構えながら、ゆっくりと外に出る。
「まあ、自分の実力を理解されているんですね。物分かりの良い方は好きですよ」
傍らのホーリードラゴンの喉を撫でつつ、コルネは感心するように頷く。
人によっては神経を逆なでされる言葉かもしれない。しかしコルネもネアールも、自分の実力、限界というものを完璧に把握している。
単なる事実を突かれただけで、ネアールが声を荒げることはない。
「ふふっ、そんなに警戒しないでください。私はただ、貴女に頼みごとをしに来ただけですよ?」
「……頼みごと? ルールに抵触しません?」
「その心配はありませんよ。先ほどちょっと試してみましたけど、罰せられることはなかったので」
言いながらコルネは『観戦玉』に表示されたマップの、とある場所を指さした。偶然または必然か、ちょうどスキャンのタイミングと重なる。2名の生徒が今まさにぶつかろうとしていた。
「今からネアールさんにはこの場所に向かっていただければと」
「ここって、貴女……」
ネアールは困惑気味に聞き返すも。
「では、お願いしますよ」
ホーリードラゴンの圧力をちらつかせられては、従うほかなかったのである。
◇
それから指定された場所へ到着したネアールは、まるで図ったような状況が展開されていたのを目にして。
「この位置からだと狙えないから」と自分に言い訳してサーペントを倒し、今に至る。
「……」
討伐点が付与されたとのアナウンスを耳にしたネアールは、眼前に立ちすくむ、白髪の少女と向き合った。傍らには全身に深手を負って崩れ落ちているヒューマの姿がある。今もあの膨大な魔力を贅沢に使って治療しているようだが、目を覚ます様子はない。
ネアールは舌打ちしそうになるのを貴族のプライドを以てこらえ、罠ではないと判断して1歩踏み出した。
「ぐっ……」
途端に、目の前の少女──ウェスタが1歩下がる。現在オーエンは意識を失い、戦闘不能状態。彼を生かすも殺すも、ネアールの意思で決まる。必死に治療しているようだが、この状況下で間に合うはずもない。
だがしかし。ネアールはなぜオーエンがここまでの傷を負っているかを、『観戦玉』によって把握していた。おそらくバンガルドに執拗に追いかけまわされ、2度の接敵で相応のダメージを受けたのだろうと。彼女はそう予想していたし、実際その通りであった。
だからこそ、その事実はネアールをひどく苛立たせる。
なぜか。
ウェスタの今までの立ち回りが、根本から間違っていると思っていたからである。
「……どうしました? やるなら早くやってくだ──」
「私は他にも腰抜けを知ってますけど」
ウェスタの言葉を遮りつつ、ネアールはミニマムドラゴンの前に飛び出す。あまりにも定石から外れる行動にウェスタが戸惑っている間に。
「
そう吐き捨てて、ネアールはウェスタを思い切り突き飛ばした。とっさのことで反応できなかった彼女は、うなじを樹木に思いきりぶつけて尻もちをつく。
「……っ!?」
まさか直接自分に危害を加えられるとは思ってもみなかったウェスタは、呆けたようにネアールを見上げる。紅玉の双峰は光を失い、四肢も糸を切られた操り人形のごとく、だらりとしていた。
その様子を見て余計に腹が立ったネアールは杖をしまい、思い切りローブの裾を踏みつけた。
彼女には気絶しているオーエンにとどめを刺す選択肢もあるにはあったが……。
それよりも腹の虫を治めるのを優先することに決めたのだ。
「まさかこの試験で、ウェスタが私にそんな目を向けることになるなんて……失望しましたわ」
「……もう詰みなんですから、私の態度はなんらおかしいことではありません」
ぱちん、と血色の良い頬を叩く。直後に目を白黒させるウェスタの胸ぐらを掴んだ。ローブの下に着ている制服が嫌な音を立てて破ける。
同時に彼女の豊満な胸の谷間と下着が丸見えになるが、女とドラゴンしか見ていないので配慮はしない。
「『自分を信じて』でしたっけ? 貴女がオーエンに言われた言葉は」
「……そう、です、けど」
いつもならこの程度の暴力など、意にも介さず振り払うウェスタだったが。
この時ばかりは、なぜか動くことが出来なかった。
「なのに結局、信じていませんのね。彼に申し訳ないと思いません?」
「なにを……っ」
握る力を強める。
「強敵に立ち向かわず、逃げることばかり考えているくせに……まだ自分を信じている気になってますの?」
「逃げてっ……ませんっ。あくまであれは、作戦の一環でっ」
「作戦? ボロボロになりながらも背を向けて、ひたすらに逃げ回ることが? 筆記試験で大して点がとれないとわかっているのに」
そこで突き飛ばすように、手を離した。
「どうして、バンガルドを打破しようと思わなかったんですの?」
「っ! そんなの! 決まってるじゃないですか!」
衣服の乱れを直したウェスタが、杖を支えに立ち上がる。
「勝てないからです! お父さんとお母さんと違って天才でも特別でもない、凡人の私には! 絶対に! 勝てないからですっ!」
「そんなの、ただの決めつけですわ」
「決めつけ!? だから私は──」
なおも反論しようとしたが、急に口を閉ざした。
「……ふん、頭の回転はいいくせに、どうして気付かなかったのかしら」
ネアールの言う通りだと、悟ったからである。
「私はずっと、信じていたつもりが、本当は信じていなかった……?」
「ええ、その通り。貴女はコルネとバンガルドに対して、最初から勝てないと決めつけていましたわ。負けるのが怖いから、とか、再び幻獣に見限られたらどうしよう──などという、くだらない恐怖心がゆえに」
その時遠くの方から風を切る音がしたので、ネアールは杖を抜き去り立ち上がる。
西方の空を見上げながら、うわごとのように口を開いた。
「私は、自称凡人の貴女と違って、真の凡人ですわ。たとえ自分を信じて努力したところで、才能の差は埋まらない」
悠然と羽ばたくその姿が、徐々に鮮明になっていく。
「ですが、私はレールス帝国を創り上げた軍神マールスの子孫にして、大いなる父祖の血を受け継ぎし者」
金髪の偉丈夫が、訝しげにネアールを見下ろす。
「その覚悟を今、ご覧に入れましょう」
精神論で力の差は縮まらない。いくら努力したとて、凡人と天才の間には、隔絶した隔たりがある。
1人の勝利者の陰には、幾千万の敗北者が存在している。それが人間社会というものだ。天才たちはいつだって、自分たちを嘲笑うかのように先を征く。本気でやったから、全力で頑張ったから報われるという考えはいささか現実を甘く見ている。
でも、だからといって。
「バンガルド・アウグル・セルウィ。このネアールが、直々に引導を渡してやりますわ」
それを理由になりたい自分を諦めるなんてことは、したくないから。
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