第30話 絶望的な状況
ひとまずステージの最西端へと移動した。仕切り直すためにウェスタは枝の上に陣取り、『観戦玉』で把握した他の生徒の動向を予測し次の作戦を組み立てている。時折南西側の空に目をやり、バンガルドへの警戒も忘れない。
一方、俺は点数稼ぎがてらに襲い来るサウムを撃退していた。今までにもサウムによる襲撃はあったのだが、バンガルドのグリフォンを見るやいなや逃げ出していたせいで、狩る機会がなかったのだ。
突進を上手く誘導し樹木に角を突き刺して動きを封じ、戦鎚で殴りつける簡単なお仕事。サウム狩りは砂だけの闘技場で練習していたので最初は戸惑ったが、慣れればこちらの方が楽でいい。
ちょうど合計5体目の頭蓋を粉砕した辺りで、『観戦玉』を凝視していたウェスタが声を上げる。
「オーエンスキャンがきまし……むっ! 北西側から来ます!」
「りょうか──うおっ!?」
即座に枝へと飛び移って戦鎚を構え直したところで、元居た場所が地面ごとごっそりとえぐられた。轟音とともに土煙がまき上がり、大地を揺らすような足音が周りに響く。直後に耳をつんざくようなウォークライが空気をビリビリと震わせる。
再び枝を飛び移ってウェスタの近くに移動したころには、徐々にその姿を視認できるようになっていた。
襲撃の主は、隅々まで刻印が刻まれた肉体の鎧を茶色の体毛で覆う、身長3メートルを超える大柄な怪物。隣に控えるは、黄色っぽい銀色の髪を横に流した男子生徒。小柄ではあるが力強い視線を送ってくる。
「ふむふむ。
俺は彼を一度見たことがあった。かつてバンガルドと共に『プラレート』に出場していた学年3位の生徒。名前は、確かにアシアス・キュースといったか。つまりあの怪物が彼の幻獣、『怪力』の【ギフト】を持つミノタウロスだな。
アシアスは腰から小ぶりな宝石がついた杖を抜き放ち、詠唱する。
「【
ミノタウロスはマドリードで武勇を誇る闘牛のごとく、黒光りする2対の角を左右に揺らし、黄色く染まった犬歯を剥き出して。
──グアアアアアアアアァッッ!
右手に持った棍棒を地に叩きつけ、再び吠える。純粋な殺意を持った赤黒い瞳をぎょろりと動かす。
凄まじい迫力だ。でも、先のグリフォンやホーリードラゴンほどではない。時間はかかるだろうが、1対1なら善戦できるはず。
「……まずいですね」
だが、そこでウェスタがぽつりと呟く。
『どうしたんだ?』
『アシアスの襲撃を察知できたのは、スキャンのおかげなんですけど。そのせいで少々、いえかなり厄介なことになりそうで』
一度言葉を切って俺の背中に上る。
『どうも、バンガルドがコルネを振り切ってこちらへと急行しているようなのです』
『えっ、あのコルネを突破したのかよ』
『いやぁそれはないでしょう。大方、コルネが飽きたとかそんな理由だと思います』
飽きたって……そんな理由で。
いや、あの性格だと『飽きたからまたあとで倒す』的な思考に至っている可能性もあり得るか。
『討伐点を稼ぐチャンスではありますけど、ここは他の生徒が集まりつつある北東側へ撤退しましょう』
『わかった』
ともあれ、対バンガルドで採る作戦に変更はない。傷も癒えたことだし撤退するとしよう。
俺はミノタウロスから視線を外すことなく、じりじりと後退していく。
「……ふふ、撤退するのかい?」
「あいにくと私たちは狙われてましてね。またの機会に」
「戦略的撤退かっ! ふふ、フフフフわはわはわはわ」
何がおかしいのかアシアスは腹を抱えて笑い出した。やたら食文化を聞きたがっていたルクルスといい、この学園の成績上位勢はどこかネジが外れている気がする。
「素晴らしい! いやはや、最近のレールス兵は1に突撃2に突撃。3に突撃4に突撃……。僕は君のような人材を待ちわびていたんだ! ぜひ僕と共に軍団兵へ指導を──なわっ!」
しかし、またしても言い終わる前に風の刃が飛んでくる。だがそこは学年3位の実力者。突然の奇襲にも素早く指示を飛ばし、ミノタウロスはその巨大な棍棒で刃を打ち砕いた。
「おいおいバンガルド、邪魔しないでもらおうか」
「……失せよ、そこな生徒は我の獲物である」
グリフォンはレベル4を発現したままの状態で、木々を切り倒し現れる。バンガルドの顔色はやや悪いがその瞳には変わらず闘志が宿っていた。コルネと戦っていた時は今にも魔力が尽きそうな状態だったのに……。
どうやら、まだまだ余裕がありそうだ。
「ははっ、君がヒューマに執着していたのは知っていたけど……まさか、ここまでとはね」
「当然だ。一度決めたことは曲げん」
「うんうん。それでこそバンガルドだ。んでも、女子を執拗に追いかけまわすのは感心しないなぁ?」
アシアスが杖を掲げて魔力を込め始める。
もちろんその間にも、俺は少しずつ2人から距離を離す。
「まずはバンガルドを倒して、クライエスさんを勧誘するとしよう」
「……ほう、我に立ちふさがるか。勝てると思っているのか?」
「もちろんさ。……さあ、ミノタウロス。【
不敵な笑みを隠そうともせずに、一時的に幻獣の潜在能力を解き放つ呪文ペルペラを唱えた。
──ガ、ガアアアァアアッッ!
たちまちミノタウロスの肉体に刻まれた刻印が光を帯び、身体中の筋肉という筋肉が赤黒くなり肥大する。口から唾をだらだらと垂らして咆哮し、力強く踏み込んでグリフォンへと──。
「な!?」
迫ることはなく、強靭な体幹を生かして素早く方向転換して俺の方へ突っ込んできた。
「ぐおっ!」
あまりにも咄嗟のことだったので、俺はウェスタを逃がすのに全てのリソースを吐いてしまう。戦鎚でレジストすることも出来ずに丸太のような剛腕で薙ぎ払われる。
「大丈夫ですか!?」
数メートルほどふっ飛ばされ、勢いよく樹木に叩きつけられた。全身に感電したような痛みが駆け巡る。
「おいミノタウロス! そっちを狙ってどうす」
「やれ、我が下僕」
勝手な行動をとったミノタウロスを叱り飛ばすアシアス。しかしその隙をバンガルドが見逃すはずもなく。
俺に攻撃したことで無防備になってしまった背中へと、風の刃が放たれる。
──ガアッ!
それでも、全身を固い筋肉で覆っているミノタウロスは貫けない。膝こそつかせたが、その瞳は光を失うことはなく、むしろ激情に染め上げた。
反転し、今度はグリフォンへと襲い掛かろうとするも。
「慣らさずに解放したのが仇になったな。過ぎた力は、遣う者を狂わせる。出直してくるがいい」
そんな単調な攻撃など、バンガルドとグリフォンには通じない。グリフォンはひらりとミノタウロスの飛び蹴りを交わし、風を纏ったかぎ爪を突き立てた。筋骨隆々とした、かの肉体がまるで豆腐のように貫かれる。
ミノタウロスは最後に血の塊を吐き出し、光の粒子となって消え去った。
──アシアス・キュースさんが脱落しました。討伐した生徒に5点が付与されます。
無慈悲なアナウンスが、ウェスタとバンガルドの『観戦玉』から聞こえてくる。なおも痛む部分をウェスタが必死に修復してくれているが、もう間に合わない。なんとか立ち上がることは出来たが、足腰が悲鳴を上げている。
バンガルドは節約のためか、レベル4を解除して。
「終わりだ。ウェスタくん」
「くうっ……!」
杖を構えたまま無表情で近づいてくる。現在のグリフォンの攻撃力は先ほどとは比べるまでもないが、貧弱ステータスの俺では耐えられない。腹に鎖帷子を着けているとはいえ、あくまで回避前提なので1発程度しか受けられないのだ。
『ごめんなさい、オーエン。ペルペラを使うしかないかもです』
バンガルドとグリフォンの足音だけが響く中、ウェスタがテレパシーで話しかけてくる。
確かにペルペラを使えば、この状態からでも撤退できるかもしれない。その後に多大な隙を晒すことにはなってしまうが……。
『わかった』
やるしかないか。
『ありがとうございます。賭けではありますけど、試さないよりはいいので』
「ふむ。まだ諦めていないのか」
ウェスタが腰を落とし杖を構え直したのを見て、バンガルドが口端を緩めて頷く。
「ええ、まだ私はこの学園を去るわけにはいかないんですよ」
対抗するように、ウェスタも口端を緩めて。
すぐさま俺の背中に飛び乗った。同時に俺も背中を丸め、クラウチングスタートの姿勢へと移行する。
「……【
ぼそりと、囁くように紡がれた言葉。だがその効力は絶大で、自分でも怖いくらいに肉体が強化されていく。
幸い前よりレベル2に慣らしていたのもあってか、前回ほどの痛みはない。
これなら、逃げ切れる。
「仕留めろ」
「おおっ!」
俺が脳のリミッターを外すために出した声と、バンガルドの号令が発せられたタイミングは、まったく同じだった。
左足にウェスタから供給された魔力を全て集め、爆発させるイメージで飛び出す。
一瞬で両者の姿が見えなくなった。飛んできていたはずの不可視の刃も、それどころか音すらも聞こえなくなる。視認すら難しいレベルで景色が流れていく。
「……っ」
俺の背に張り付くウェスタが、死にかけのセミみたいに震えながら手を回してきた。やはり、この速度は生身の人間にとっては恐怖なのだろう。でも器具で身体も固定しているし、もう1回やっても大丈夫なはず。
「んぐあっ!?」
……とは、ならなかった。あの激甚とも形容できる頭痛が突如として襲来したからだ。
かすむ視界で必死に足に力を入れて、なんとか速度を緩めようと試みる。バンガルドに追いつかれるかもしれないが、このまま気を失うと大惨事になりかねない。
そろそろ限界、というところで。
「見つけたわっ! ウェンスタラスト・クライエスっ!」
勝気そうな女子生徒の声がしたと思ったら、その直後に左方向へと吹き飛ばされていた。咄嗟に両手を伸ばしたので木に激突──は免れたが、バキリと嫌な音を立てて両手首が人体の構造を明らかに逸脱した方向に曲がってしまう。
途端、強烈な痛みが襲ってくる。声を出して誤魔化そうとするも、喉が震えて上手く発生できない。
結果として、俺は激痛を丸々味わうことになる。
「大丈夫ですかっ!?」
「……が、がっ」
両手を犠牲にしたおかげで、ウェスタはかすり傷程度で済んでいた。直ちに治療用の魔力が送られてくる。
「ふっふっふ。やっと出会えたわね」
だが、俺たちの目の前には。
紫とピンクを節操なく混ぜた、禍々しい色のサーペントを従える女子生徒が立っていた。
黄緑色の髪をツインテールに纏めた少女が、不敵な笑みを浮かべて近づいてくる。
「先制攻撃でこちらが主導権を握ったわけだし、追撃を──」
が、そこでようやく俺の惨状に気付いたのか。ピタリと歩みを止めて、ガタガタと震え出す。
「な、なんでそんなにボロボロなのよう! これじゃあ弱い者いじめしてるみたいじゃないっ!」
「……先ほど、その弱い者いじめを受けてましてね。見逃してもらえると助かるのですが」
「なっ、なんと労しき! わかりましたっ! ここは一時、撤退を」
そう言うと、なんと彼女は俺たちにくるりと背を向けて反対方向に歩き出した。
マジかよ、この状況で見逃してくれるのか?
「ってちがーう! 今は実戦形式本番! 見逃すわけにはいかないよっ!」
……まあ、当たり前だがそんなことはなく。自分で自分にツッコミを入れると、ウェスタをびしりと指さした。
『くそっ、アホで助かったと思いましたのに』
脳内でウェスタが悪態をつく。気持ちはわかるぞ。俺も一瞬期待した。
「我が名はスレナー・グラスス! 同じ平民出身の、しかも女の子をこんな形で脱落させちゃうのは気が引けるけど……」
スレナーと名乗った少女は躊躇いがちに言うも、しかし杖を掲げた。
「私もこんな強そうなグループに入れられちゃったせいで、点数がピンチなの。悪いけど、一発で逝かせてあげるっ!」
「くっ……」
「いくよ、サーペントっ! 【
サーペントの胴体に刻まれた刻印が、淡い緑の光を……くそ、いよいよ視界がぼやけてきた。ウェスタの治療が間に合ってない。このままでは気を失ってしまう。一応気絶イコール脱落ではないが、動けなくなる以上、敗北がほぼ確定する。
「オーエンっ……」
ウェスタが悲痛な面むちで俺を見ている。なんとか起き上がりたいが、まったく力が入らない。
「そこの赤髪の人、動かないでね。サーペントの毒の牙で、楽に逝かせてあげるから」
それに、なんだか眠くなってきた。今や戦鎚を握ることすら難しい。とてもじゃないがレジストなんぞ出来そうにないな。
「さあ、とどめだっ!」
スレナーの命令を受け、サーペントが一気に距離を詰めてきた。今にも俺の身体に巻き付いて、あの鋭い牙を突き立ててくる。
なにか、なにか手は……。
その時、凛とした声が響いた。
「【
俺たちの後方から現れたのは、煌びやかな金色の髪に、オレンジ色をかんざしを付けた女子生徒。左手には先端から滑り落ちそうなほどに巨大な宝石を取り付けた杖を握り、右手には『観戦玉』を持っている。
「なああっ!? ストップ! ストーップ!」
一直線に俺へ向かっていたサーペントは、いきなり現れた生徒の存在に気付いていない。慌ててスレナーは待ったをかけるも……。
「やりなさい」
既に時遅し。サーペントは烈火の炎を身に纏う、中型のドラゴンから放たれるブレスを避けることが出来ない。
結果、サーペントはもろにブレスを食らってしまった。
「ああっ!? そんなぁー!?」
これが他の幻獣の奇襲なら、不利な状況は変わらずとも応戦することは出来ただろう。
しかし、相手は幻獣最強のドラゴンである。意識の外側からの攻撃をまともに食らえば、無事でいられるはずもなく。
──スレナー・グラススさんが脱落しました。討伐した生徒に5点が付与されます。
たったの一撃で、サーペントを撃破してしまった。
鮮やかな奇襲を成功させ、間接的ながら俺たちの危機を救ってくれたのは。
「……ふん、ずいぶんと無様な格好ですのね。お似合いですわよ」
「なんで、私たちを……」
「偶然、討伐点を獲得できそうな相手がいただけですわ」
「でも、どうして……ネアールが」
かつてウェスタを目の敵にしていたはずの、ネアール・アウグル・ポントゥムだった。
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