第29話 実戦形式

 あれから地球時間で半日程度経ち、いよいよ実践形式本番の日が訪れる。

 いつもならバイト中な時間ではあるものの、今日は家で勉強しながら待機していた。

 普段俺は週6くらいでシフトを入れている。だが今回は、無理を言って開けてもらったのだ。今のところマネージャーに約30分ほど人格攻撃された以外は、特に生活に支障は出ていない。


 「じゃあ、それなら私が代わりますよっ!」


 と、言ってくれた妃花ひめかには後でちょっと高いご飯でも奢ってやらねばなるまい。金欠の身ではあるけれど、必要経費として割り切ろう。


 そうして暗記が曖昧だった世界史の分野を今一度復習していると、頭の中に声が響いてくる。


 

 ──オーエン、準備はいいですか?



 前回に別れた直前よりも、ずっと穏やかな声色だ。会っていない間にまた自分の中で整理を付けたのかもしれない。

 

 「もちろんだ」


 今日で全てが決まる。

 さて、行くか。


 

 ◇◇



 実戦形式が執り行われる会場は、中央広場を東に10分ほど進んだ先にある、小さな体育館だった。ボロくはないがキレイでもない。郊外にある公立中学のそれをイメージしてもらえればと。

 俺はてっきり『プラレート』の時みたいな場所でやるもんだと思ってたが。


 『そりゃそうですよ。4年生どころか2年生の試験なんですから』


 と呆れ顔で言われてしまった。色々と規模がおかしいこの学園でも、さすがに一般生徒の試験で国立競技場クラスの会場は使わないらしい。

 

 しかし、それでも中に入るとそれなりに多くの生徒が観戦しに来ていた。


 「キンナートゥス・クラウディアの娘よ! 期待してるぞぉ!」

 「セルウィ様ー! こっちを向いて下さいー!」

 「あれは……ポントゥム家のご令嬢? なぜこんなところに」

 「『出来るまでやれば、出来る』最近見聞きした言葉なんだが、素晴らしいと思わないか? ルクルス君」

 「知らん。んなことよりとっとと試験終わらせて、極東に伝わる神秘の料理を食いたい」

 

 バンガルド等の応援団らしき集団や、学園トップクラスの実力を持つコルネを見に来た人。出場者の友達や非番の教師も混ざっている。彼ら彼女らは皆黒いローブを身に纏い、タンバリンに似た楽器などを鳴らして声援を送っていた。


 「おっ! ウェスタ来たぞ!」

 「頑張ってー! 無事合格出来たら、部屋で一緒にパーティーだよっ!」


 その中にはアリテラスとハルドリッジの姿もある。ウェスタはピクリと肩を動かし、控えめに2人へ手を振り返した。はにかむように笑っているウェスタを見て2人もまた笑顔になる。実に微笑ましい光景だ。

 

 しかしその直後。


 「『赤髪のトール』様が来ましたわー!」

 「本当ですわ! 『赤髪のトール』様……その雄姿を私に見せてっ!」

 「が、頑張ってくださいー」


 おそらく2,3年生と思われる女学生の集団が一斉に騒ぎ始めた。彼女らはなぜかローブの上におそらく……俺をモチーフにしたと思われるキャラクターの描かれた襷をかけている。うん、やはりというべきか。大半というか立役者である『紙の魔術師』さん以外は皆俺目当てで来ていた。


 『オーエンはずいぶんとモテますね。いいですねー羨ましいですねー』


 自らの『応援団』の実情を見たウェスタは大げさにため息を吐き、棒読みで俺を煽ってくる。


 『大丈夫だウェスタ。応援は数よりも質だ。少なくとも「紙の魔術師」さんはウェスタの方を応援してくれてるさ』

 『……そういう意味ではなく。オーエンは異性にモテるから羨ましいですねって話です』

 『なんだ、そんなことか。安心してくれ。俺は金なし学なし職なしの3連星だ。モテたところで意味はない』


 俺が女だったらそこそこ顔の良い中卒フリーターよりも、あまり顔は良くないけども定職に就いた高卒の男を選ぶ。この世の中は金が一番だからな。前にも言ったが、見てくれでモテるのは学生の間だけ。その後は年収で全てが決まる。

 愛なんて金で買えるしな。


 『…………そうですね』


 ウェスタが何やら決意した目で俺を見てきたのとほぼ同時に、それまで体育館の片隅にいた女性教師が中央まで歩いてくる。

 

 「全員揃いましたね。それでは、改めてルールを読み上げます」


 教師は杖をトンと鳴らした後、手に持っていた紙の内容を読み上げ始めた。観客はもちろん、ウェスタ含め出場する生徒も「知ってるよー」って顔をしている。でもこういうのは大切だ。直前にルールを確認させることで、いざ問題が起きた時に知らぬ存ぜぬで通されることがなくなるからな。

 

 というわけで、俺も再び要約してみた。

 

 ・減点方式を採用。試験が始まると同時に持ち点100点をもって開始する。

 ・合計8名によるバトルロワイヤル方式。他の幻獣と戦い、最後の1人になった奴が1位。

 ・制限時間は50分。時間内に終わらなかった場合は、残っている生徒の中で最も減点されてない奴が1位。もし同率だった場合は、他の幻獣を倒した数が多い方の勝ち。それも同じなら、移動距離が多い方の勝ち。

 ・ステージはパウルス戦の時と同じ森林地帯。

 ・5分ごとにサーチがかかり、『観戦玉』に他の生徒の位置がおよそ30秒間送信される。

 ・参加する生徒は必ず『プロテクター』を必ず装備しなければならない。

 

 点数の内訳。


 ・順位点 脱落した際の順位によって減点される点数が変化する。

 【8位-60点 7位-50点 6位……3位-10点 2位-5点 1位0点】

 ・駆除点 脱落または試合が終了した際、サウムを狩った数に応じて点数が減点される。0匹なら−10点。5匹以上で減点なし。

 ・幻獣討伐 他の幻獣を討伐すると+5点貰える。ただし、試験終了時に実戦形式での合計点数が120点以上になるなら切り捨てられる。

 ・その他、明らかに道徳的価値観を逸脱する行為を働いた場合は−120点の後、脱落扱いとなる。


 前に確認した時とまったく同じルールだ。某競技みたくコロコロとルールを変えられてなくてよかった。

 適応する方も大変だからな。


 「──それでは、5分後に転送します。お手洗い等を済ませていない生徒は、今のうちに行っておいてください」


 最後にそう言って、教師は一度下がっていった。再び会場には喧騒が戻る。しかし出場選手は別だ。

 先ほどまで話していたアシアスとルクルスとかいう生徒も今は互いに目すら合わせていない。応援団にしきりに手を振っていたバンガルドも、瞑目したようにうつむいている。逆にネアールは力強い瞳で天井を見上げ、唇をきゅっと結んだ。

 解凍しきれていない冷凍ハンバーグのような、部分的な冷たさがそこにあった。


 「ウェスタ、ちょっといいですか?」


 最もグループ内最強の召喚魔導士であるコルネは、この張り詰めた雰囲気など気にしていないらしい。

 普段と変わらない、柔らかな口調でウェスタに声を掛けた。


 「……なんですか?」

 「始まる前に、どうしても言っておきたいことがありまして」


 うっとおしそうに目を細めるウェスタのことなど、意に介さず。

 『収穫祭』で見せた、あの獰猛な笑みで。


 「私を楽しませてくださいね?」


 ウェスタを見下ろして去っていく。そんなコルネの後ろ姿を見つめながら、彼女は杖を握りしめた。


 『オーエン』

 『……なんだ』

 『コルネに勝ちましょう──と、いいたいところですけど、ちょっとそれは難しいので。この時間を使って最終的な作戦を立てます』

 『……まあ、それがいいか』


 気合だけで強くなれるわけじゃない。隙間時間は有効に使わないとな。


 『前に言ってた「なるべく逃げ回ってなんとやら」作戦でいくんだろ?』

 『はい。基本はそれでいくつもりなんですけど、今回の筆記試験が結構、その』

 『点数が足りそうにないと』


 パウルスのイベント以降、ウェスタはこの実戦形式の方に力を入れていたから、あまり筆記の対策が出来ていない。

 だからこれくらいのことは俺もウェスタも事前に想定していた。

 

 『なので、討伐点を重視しましょう。今のオーエンならコルネとバンガルド以外はサシで戦えさえすれば勝てるはずですから。ネアール以外の4人の特徴、覚えてますよね?』

 『ああ、一応は』

 『彼らを優先的に狙っていきましょう。うかうかしていると、あの2人に討伐点を取られちゃいますから』

 『わかった。時間との勝負だな』


 あの乗り心地最悪装置の出番が増えそうだ。


 「時間になりましたので転送させていただきます」


 と、ここで教師の号令がかかる。思い思いのルーティンをこなしていた生徒達も身じろぎ1つしない直立体勢へと移行した。

 その間にも教師が魔法陣に魔力を注入し、徐々に床から淡い水色の光が浮き出始める。

 会場全体がしんと静まり返り、数刻が経過した後に。


 「それでは、開始します」


 目を焼くような閃光と観客の歓声を受けながら、俺たちは決戦の地へと転送された。


 ◇


 しばらくして視界が開けると、相も変わらず雑多で鬱蒼とし木々がお出迎えしてくれた。周りには生徒の姿はない。スタート時には生徒同士が等間隔で離れている位置に転送される仕組みだからだ。


 「【顕現せよアクティブ】……っと、さて。まずは『観戦玉』で位置を確認しましょうか」


 杖を掲げ俺を顕現させたウェスタが、懐からこぶし大の水晶を取り出す。そこには森林地帯ステージの簡易的なマップに加えて、他の生徒の位置を示す赤い点が打たれていた。右上には方角がわかるように印が表示されている。


 それを参考に改めて確認すると、現在俺たちがいる場所はマップの最北端だとわかった。対して最も警戒しなければならないバンガルドは最南端、コルネは南西側に位置している。しばらくの間は大丈夫そうだ。

 

 「……らあっ!」

 

 俺がストレッチで身体をほぐしがてら周囲のサウムを倒している間も、『観戦玉』とにらめっこを続けていたウェスタは、やがてある場所を指さした。


 「とりあえず、マップの中央に移動しましょう」


 こびりついた肉片を振り払いながら『観戦玉』をのぞきこむ。

 

 「中央? どうしてだ?」

 「バンガルドは、今回のグループで2番目の強さを持ってます。それならきっと、多少のリスクは気にせず真ん中を突っ切ってくると思うんです」

 「なるほど、だからあえて生徒が集まりやすい中央に行くことで、混戦状態に持ち込みたいんだな?」

 「その通り。理解が早くて助かります」


 ウェスタは感心したように頷き、俺の背中へ取り付けられた器具に飛び乗った。俺は何度も練習した通りに、木々の間を縫うようにして疾走する。模擬戦場でレガロたちと戦ったおかげで覚えている地形も多く、すんなりとステージの中央へと移動することが出来た。


 「バンガルドの位置ってわかるか?」

 「もうすぐ5分経ちますから、そろそろスキャンが──っとと、ちょうどきました」


 『観戦玉』を見ると、バンガルドは北東側を移動中、コルネは変わらず南西に陣取っていた。他の生徒もそれなりに移動していたが、とりあえず近くには誰もいない。

 

 「うーむ、思ったよりもバンガルドの位置が遠いですね……どうしてこんな回り込むような移動の仕方を」

 

 アテが外れたウェスタは顎に手をやり首をひねっている。

 

 「コルネにぶち当たりたくないからじゃないか?」

 「あのバンガルドがコルネを恐れるような真似しますかね? 『強いやつと戦いたい』って公言してるような人ですよ?」

 

 真顔で返されてしまった。

 まあウェスタの言う通り、あのバンガルドがコルネを気にかけるとは思えんな。退学になんてなりそうにないし。


 ということで方針は変更せずに、俺はウェスタの指示で比較的高めの木に登った。空を見渡せるこの位置なら、次のスキャンまでにバンガルドが来たら逃げられる。それ以外の生徒が集まってきたとしても高い場所をキープしていれば抗えるだろう、との判断だ。

 2人して、北東側の空模様を眺めることしばし。


 「……見つけたぞ」


 空ではなく、地面の方から低い男の声がした。バンガルドではない。

 振り向くと緑がかった髪を切り揃えた男子生徒が立っていた。傍に毒々しい見た目のコカトリスを従えている。確かさっきアシアスとかいう生徒と話していた奴だな。名前は、えっと……。


 「ウェンスタラスト・クライエスだな。俺の名前はルクルス・プレ・リキス・クラウディア。少し話がしたい」


 思い出す前に言ってくれた。彼の遣うコカトリスの『毒霧』は近づかなければ意味を成さないらしいから、この距離であれば問題ない。

 ウェスタもそれを確認し、杖を構え距離を詰めることなくじっと睨んでいる。


 「これはこれは。著名なリキス・クラウディア家の殿方が私に何のご用で?」

 「ま、待て。俺は戦いに来たのではない。そちらの、ヒューマに用がある」


 殺気立つウェスタに慌ててルリクは両手を向け、敵意がないことを示してきた。

 わざわざ試験の場で、一体何を話そうというのか?

 共に訝しんでいたところ、突如としてルリクがローブをひるがえして言い放つ。


 「俺は遠き異国から来訪したヒューマの食文化に興味があるのだけだっ──」

 「「あっ……」」


 しかし、彼が何やら言い終わる前に風の刃がコカトリスの首元を両断。一撃で消滅させてしまった。なのでルクルス君も共に消え去ることになってしまい。


 ──ルクルス・プレ・リキス・クラウディアさんが脱落しました。討伐した生徒に5点が付与されます。


 とのアナウンスが『観戦玉』から鳴った。ストレンジレート学年4位の生徒が、まさかの8位で終わってしまう結果に。

 ……なんでこの場で食文化を知りたいと思ったのかはわからんけど。試験が終わったら教えてあげよう。


 「やれやれ、リキス・クラウディアは何をしていたんだか。敵に背を向けて食の話などに耽るとはな」

 

 そしてもちろん、風の刃を放った幻獣の主は。


 「さて、ようやく会えたな。ウェスタく──いや、ウェンスタラスト・クライエス」


 雄大な大空をバックに宙を舞うグリフォンの背に乗る、バンガルドであった。戦いを心から楽しんでいるのが俺でもわかるほどの笑みを貼り付け、俺たちを見据える。


 「……【貴公に万象の加護をゲニウス・ベネディカート】」


 しかしウェスタは彼から目を逸らし、レベル2解放の呪文を唱えた。たちまち首筋と両腕へ刻まれた刻印が熱を帯びる。豪鎚ルースを右手で握りしめると同時にウェスタが俺の背に飛び乗った。

 正面からぶつかれば負けるとわかっている相手と、わざわざ戦う必要はない。


 「南西側に逃げますっ!」

 「了解」


 ウェスタの号令を受け、俺は木々の枝から枝へと飛び移る形でその場から撤退する。中央からバンガルドを引きつけて南西側からぐるりとステージを周り、出来るだけ多くの生徒を巻き込む。本来定めていた作戦通りに動く。

 

 「【貴公に万象の加護をゲニウス・ベネディカート】……そう簡単には行かさんぞ」


 無論バンガルドも黙って見ているわけではない。俺たちが逃走を図るやいなや天高く飛び上がり、進路を正確に予測して刃を放ってくる。俺は迫りくる不可視の攻撃を模擬戦場での経験と、ウェスタの指示のおかげでなんとか回避。倒木を乗り越え、切り落とされた枝をかいくぐってひた走る。


 何かが絡めば崩れてしまいそうな状態ではあるものの、しばらくは大丈夫だろう。


 ◇


 しかし、均衡の崩壊はあっけなく訪れた。


 3回目のスキャンがかかった直後にて。

 進路を塞ぐように、全長5メートルほどのドラゴンが鎮座していた。傷1つない純白のウロコ。緑閃光に輝く翼。撫でるだけで木々を切り倒すかぎ爪。そして、見るもの全てを射殺すかような黄金の瞳。

 

 この場にて最強の召喚魔導士、コルネが遣うホーリードラゴンの姿があった。

 

 「右方向に展開してくださいっ!」


 俺の背中にしがみついていたウェスタが怒号を飛ばす。半ば条件反射で従い、身体をひねる。眼前の枝へと飛び移るために地を蹴ったその瞬間。後方から迫る刃に地面をえぐられ吹き飛ばされてしまう。


 「……外したか」

 

 残念そうなバンガルドの声が耳に入った途端、地に根を下ろす樹木にお腹から叩きつけられる。レベル2の身体強化のおかげで痛み自体は大したことない。が、かといってすぐに立ち上がれるほどでもない。

 だがしかし。幸運なことに追撃はこなかった。


 「ふふ、私に背を向けるのは許しませんよ?」

 「……邪魔をするな、キンナートゥス・クラウディアの娘よ」

 「まあごめんなさい。嫌です」


 あれだけウェスタにご執心だったはずのコルネが、なぜかバンガルドをけん制していてくれたからだ。

 

 「オーエン!」


 その間に離脱していたウェスタが駆け寄ってくる。受け身をとったとはいえ、彼女もまた痛みに耐えるような素振りを見せていた。

 倒れ込むようにして俺の隣に腰を下ろす。

 

 「すまん、しばらく動けそうにない」

 「問題ありません。なんかコルネがバンガルドを相手取ってくれているので、治療の時間が作れそうです」

 「……だな」


 彼女の言葉通り、コルネのホーリードラゴンとバンガルドのグリフォンは、俺たちの眼前で熾烈な戦闘を繰り広げていた。刃にはブレスを合わせ、互いのかぎ爪がかち合う。これほどのぶつかり合いなら他の生徒が漁夫狙いで集まってきそうなものだが、さすがに1位と2位の闘いでは介入する隙を見いだせないらしい。

 そうしていくらか経った後、バンガルドの指示でグリフォンが距離をとる。

 

 「あら、逃げるんですか? ミネルバ様が失望しますよ?」


 ミネルバ様、というのはバンガルドの実家セルウィの先祖兼神のことだろうか。


 「……この我が逃亡するなど、ありえぬ」


 そこで彼は、ローブを翻して。

 

 「ここで貴様を消してくれるわ。我の本気、今ここで見せようぞ」


 まるで積乱雲の中に突入してしまったかのように、杖の先端に付けられた宝石が明滅する。両手を震わせながら、腕をクロスさせ額付近に掲げた。ホーリードラゴンと対峙しているグリフォンの身体に刻まれた幾何学模様から、絶大なエネルギーが溢れ出す。


 「【古き時代を捨てアバンドゥ・ザ・オールド】」


 筋肉隆々とした、血管の浮き出た右腕を伸ばし。


 「【新しき世へと移り行くトランスファー・ワールド】」


 怒り狂う老獪な将軍の如く、震える左腕を伸ばし。


 「【貴公は今、生命の実を食するクオリファイ・ザ・セフィロト】」


 バンガルドは目を血走らせ両手を合わせる。

 

 ──ゴオオオオアァァ!


 彼がレベル4へと至る呪文を唱えた瞬間。グリフォンを中心として、閃光が弾けた。直視など出来るわけもなく。俺とウェスタは寄り添うようにして眼球を庇う。

 しばらく後に顔を上げると。


 身体中から青白い光を放つ、神秘的な姿へと変貌したグリフォンが、俗世を捨てた人間のような瞳を携えていた。

 今までのものとは、何か根本的に違う。なんかこう……輪廻の輪を外れているというか。そんな感じだ。


 「へぇ……貴方にしては、意外とやりますね」

 

 さしものコルネも驚いたようで、感心したように頷き杖を掲げる。


 「【貴公に万象の加護をゲニウス・ベネディカート】」

 

 レベル2解放の呪文を唱え、あの笑みを浮かべた。


 「さて、貴方は私をどこまで楽しませてくれるのでしょう?」

 「突撃せよっ!」


 バンガルドが吠える。呼応したグリフォンが、周囲の木々すらも巻き込む巨大な風の刃を放つ。

 一方ホーリードラゴンは、あまりの規模の攻撃に反応することすら出来ない。


 結果、放たれた刃はドラゴンの反応速度を超越した速さで迫り。喉元から上を瞬時に消し飛ばした。


 「……ふん」


 だがコルネは自身の幻獣が致死相当のダメージを負ったに関わらず、つまらなそうに息を吐くだけで。

 杖を一振りし、数秒と経たずにその肉体を完璧に再生した。『自己修復』の効果だろう。


 「まだだ!」


 再びバンガルドが吠え、ホーリードラゴンに刃の雨を降らせる。仮にあれが俺に向けられていれば、30回以上は死んでいるだろう攻撃の嵐。ドラゴンの肉と骨、切断され崩れ落ちる木々の音だけが辺りに響く。


 「──もう、それくらいで結構ですよ。お疲れ様です」


 だけど、コルネには通じない。学年最強の名を持つコルネのホーリードラゴンは、これほどの猛攻をもってしても貫けなかった。

 切り株だらけの草原に悠然と佇む、1人と1匹。

 結局バンガルドは無駄に魔力を消耗した形となる。杖を握る右腕は震え、水銀中毒と見紛うほど顔色が悪い。


 ──彼女は私たちと、立っている場所が違うんです。


 ウェスタがああいった理由もわかる。そりゃあ、勝てないわけだ。肩で息をするバンガルドに対し、コルネは涼しい顔でアルカイックスマイルを浮かべている。

 どれほどの攻撃力があろうと、全て完封されて削り殺されてしまうのだから。


 『オーエン、そろそろ回復しましたか?』


 と、ここでウェスタが話しかけてくる。気づけば腹と四肢の痛みが消え去っていた。


 『今のうちに撤退しましょう。コルネは気まぐれな性格ですから、いつこちらに向かってくるかわかりません』

 『……それも、そうだな』


 目の前でハイレベルな戦闘が繰り広げられていたというのに、ひどく冷静なウェスタに連れられて離脱する。

 当然、バンガルドは横目で俺たちの動きを補足していた。しかしコルネにけん制されて身動きが取れない。


 結果的に、俺たちは多少魔力を消耗した程度で死地から離れることが出来た。

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