第27.5話 雑魚狩り

 ウェスタたちが今まさに『豊穣の凱旋』を目にしている時に。

 ネアールは、首都ヤヌスを一望できる『ヴィミナーレの展望台』という場所に来ていた。

 ヤヌスに点在する7つの丘の頂上に造られたそれは、まつりごとを行うための建物が集中している、『カピトリヌス地区』を除いたヤヌス中の景色を眺めることが出来る。

 先の戦争を経て大陸の覇権国家となったレールス帝国の首都を一望できるのもあってか、国内外を問わず人気の観光スポットでもある。

 

 最も現在は『収穫祭』が行われているため、人の姿はほとんどない。

 せいぜい酔狂な数組のカップルと、ネアールをこの場所に来るよう言っていた男くらいだろうか。


 「来たか、ポントゥムの娘よ」

 「こうして話すのは久しぶりですわね。というか、よりにもよってなぜこの展望台なんですの?」

 「当然、ヤヌスを一望できる場所だからである。我々が身銭をきって開催したお祭りを、心から楽しむ民草を眺めていると、心が洗われていくような気がするのだ」


 バンガルド・アウグル・セルウィ。

 彼こそがネアールをこの場所に呼びつけた張本人であった。


 「おや、そのかんざしはどこで?」

 「ポントゥム孤児院の子たちの屋台で貰ったものですわ。許可を出した者として、お店が上手く出来ているか確認する必要がありますので」

 「フハハ! 優しいところもあるではないか!」


 感心したように頷くバンガルドから、ネアールは気まずそうに目を逸らす。

 天然の金糸畑で控えめに主張するかんざしは、子どもたちの手作りだ。

 ブランド品でもなんでもないアクセサリーを身につけるなど、旧校舎を半壊させる前のネアールであれば、絶対にしない行いであろうと。


 バンガルドは知っていた。


 「それほどまでに、旧校舎の件は堪えたか。友を捨てるほどに」

 「……ええ」


 ネアールは父の前で誓ってから、サーニャとシルとは目も合わせていない。

 2人が自分とは違う方向で、前を向こうとしていることを彼女は知っている。

 それなら評判の悪い自分とは、関わらない方が互いのためになるとの判断である。


 「しかし、残酷なものよな」


 決まりが悪そうな態度でそっぽを向いているネアールを見て、バンガルドが苦笑交じりに言った。

 ここからが本題だといわんばかりに。


 「そうまでして悲壮な覚悟を父祖に示してみせた女に、召喚魔導士の才能がカケラたりともないとはな」

 「……何が、言いたいんですの?」

 

 ネアールの眼光が鋭くなる。

 だがその目線を受けて、彼はまるで悟りを開いているかの如き表情で。

 

 「貴族とは、難儀なものよな。常に父祖に恥じない能力を求められ、それを持たぬ場合は恥知らずと罵られる」


 言いながら、誘うように手を差し出す。


 「我も、その苦しみはよくわかる。だからネアールよ、我と共にセルウィ家の者にならないか? セルウィ家の祖先は叡智の神ミネルバであるから、お主もマールスの元で生きるよりは──」

 「結構ですわ」


 冷たく言い放って、眼前に差し出された手を払いのける。

 そのお返しに、碧眼の双峰に侮蔑を込めてバンガルドを見据えた。


 「確かに貴方のいう通り、私に召喚魔導士としての才能は全くといっていいほどありませんわ。ですが、私は偉大なる軍神マールス様の子孫として、ポントゥム家に生を受けました」


 黙りこくるバンガルドに、その舌鋒を突き立てる。

 

 「そんな私がいくら才能を言い訳にしたとて、マールス様が、ポントゥムの父祖が、そして家族が許すわけありませんわ」

 

 神を信じぬ男に、神の存在を知らしめる。


 「…………だが、ネアール。貴様は、今までずっと逃げていただろう」

 「ええ、その通りです。ウェスタに負けて、そこに行けないと知ってからは、ずっと目を背けてきましたけれど」

 「それでいいではないか。人生は長いのだ。何も、苦手な分野で足掻く必要など──」

 「ですがもう、逃げるのは止めたんですの」


 決意を持った言の葉の刃を、彼の喉元へ滑らせた。

 

 「私は必ず召喚魔導士となり、ポントゥムの父祖に恥じぬ女へとなると決めました。セルウィ家に嫁入りするつもりなどありません」


 ネアールは知っている。

 その分野で才能を持たぬ人間が、損切りを覚えず足掻き続けるとどうなるかを。


 「もし、その過程で朽ち果てたとしても」

 

 ネアールは知っている。

 自分が2年かけても達成できなかった事柄を、天才(ウェスタとルビ)は1か月で達成してしまえるということを。

 

 「全てを失っても」


 ネアールは知っている。

 まるで嘲笑うかのように、追い越される気持ちを。


 「私は」


 ──だがしかし、ネアールは知っている。


 「それでもっ……」

 

 自分には才能がない、同じ土俵で戦いたくない、今からやっても意味がない。


 「ポントゥムの名にふさわしくありたいんですわ!」


 なんて言い訳して理想の自分を諦めるのは、死ぬよりも辛いことだと知っているから。

 ネアールは万策尽きるまで、ひた走ることを止めない。

 

 「…………そうか。ポントゥムの娘よ、残念だ」


 彼女の叫びを静かに聞いていたバンガルドが、ゆっくりと顔を上げる。

 遺伝子淘汰の果てに生まれた端正な顔立ちからは、何の感情も読み取れない。


 「ウェスタくんを倒した後に、次は貴様を倒す。退学に追い込んでくれようぞ」

 「どうぞご勝手に。……ま、どうせウェスタは筆記試験でほとんど点がとれないでしょうし。かなり上位をとらないと厳しそうですけど」


 ウェスタはコルネとの対決を避けようとするあまり、明らかに向いていない教科ばかりを選んでしまっている。

 それでも必死に勉強している今のウェスタならある程度はとれるだろうが、とても安全圏とは言い難い。


 「コルネ・プレ・キンナートゥス・クラウディアがいる以上、1位は絶対にとれませんわ。もちろん、貴方もですわよ」

 「この我が負けるとでも?」

 「勝てないからって雑魚狩りばかりしてるくせに、よく言いますわね。貴方がウェスタを強引に同じ組にしなければ、少なくとも今回の退学はまぬがれたでしょうに」


 嘲笑付きの言葉を受けて、バンガルドが両の拳を握りしめる。


 「雑魚狩りだと?」

 「ええ、雑魚狩りですわ。だって貴方──コルネに負けてから、ずっと弱腰ですわよ?」

 「……」

 

 弱腰だと指摘された瞬間、バンガルドの脳がとある映像を勝手に再生し始めた。


 

 入学してから2度目の実戦形式の日。

 当時のバンガルドは、かつての英雄ガイウス・クライエス・フェンタゴクスの娘であるウェスタと戦いたがっていた。


 「強い奴、面白い奴、珍しい奴と戦いたい」


 負けというものを知らなかった彼は、いつしか周りにそう喧伝するのが癖になっていた。

 実際、当時ドラゴンをほとんど制御できていなかったウェスタと戦えば、間違いなくバンガルドが勝っただろう。


 しかし。


 ──あら、新しいお客さんですか?


 彼がウェスタの元へ訪れた際には、既に彼女の姿はなく。

 代わりに妙に迫力のある、アルカイックスマイルを貼り付けたコルネが立っていた。


 ──まあ! 今まで一度も負けたことがないんですねっ! 楽しみです……。負けを知らず、プライドの塊のような殿方が、敗北の味で満たされる。

 

 ──さて、貴方はどんな表情で私を見上げるのでしょうか?


 そこから先は、あまり覚えていない。映像としても、情報としてもバンガルドの海馬には残っていない。

 辛うじて記憶しているのは、コルネに自尊心を破壊されたことと。


 「フハハ! あー、負けてしまったわい!」

 「なんと次の試験にはベビーフェニックスがいるのか! 珍しい奴と戦いたい我にとって、極上の相手と呼べようぞ!」


 周囲に本心を悟られないように、必死に取り繕う自分の姿だ。

 


 「……我は、何も変わっておらぬ」

 「ふん、そういうことにしておきますわ」

 

 今しがたバンガルドが再生していた記憶を、ネアールもまた思い起こしていた。

 コルネに負けた直後のバンガルドは、明らかに動揺していたと思う。

 最も貴族なだけあって本心を隠す技術は高いし、周囲は彼が動揺しているなんて夢にも思わなかっただろうけど。

 

 「ネアール・アウグル・ポントゥム」


 バンガルドはかつての苦い記憶を打ち消すように、高らかにネアールの名を呼んだ。

 気づけばこの展望台には自分たち以外の人はおらず、『収穫祭』も終幕を迎えようとしている。


 「実戦形式では、手加減などせぬぞ。一撃で叩き落してくれる」

 「貴方に勝てるとは思っていませんけれど、なるべく抗わせてもらいますわよ」

 「フ、そうこなくてはな。なにせ我は」


 ばさり、とローブを翻して。


 「強い奴、面白い奴、珍しい奴と戦いたいからな。当然ミニマムドラゴンなとどいう幻獣を操る貴様も、我々と同じグループにさせてもらったぞ?」

 「受けて立ちますわ」


 眼前の少女を見下ろして、宣戦布告する。

 実戦形式本番まで、残り1週間。

 

 それぞれの思惑が交差する戦いが、始まろうとしていた。

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