第27話 収穫祭
それから異世界換算で2日後の夜。元の世界だと約17時間後。
再び異世界へと召喚された俺を待っていたのは。
「ど、どうもこんにちは」
レールスの伝統衣装である、黒いストラに身を包み、手をもじもじさせてはにかむウェスタの姿だった。
太もも付近までしか丈のないスカートから、すらりと伸びる生足とくびれのあるウェストは、世の男性諸君を
だが。
「うん! すごく似合うよ!」
「ひえっ」
俺は前回の一件のせいで、ストラを見ると母親を思い出すようになってしまった。
確か小学1,2年の頃だったか。飯も作らずクラブで遊び呆けて朝帰りしてきた母親を。
おまけに何か嫌なことでもあったのか、クローゼットの中で震える俺を見つけ出して殴ってくるのだ。
あの時以来、俺は他人を絶対に殴らないと誓った。
「も、もしかしてまだあの時のことを……」
「うん! 前々気にしてないよ! 変態鬼畜暴力男に仕立て上げられたことなんて、前々気にしてないよ!」
「うぅ……私が悪かったです。ごめんなさい……」
「いいよいいよ! 僕と君の仲じゃないか!」
だがその一方で、罪は許されるべきだという考えも持っている。
人間は過ちを犯す生き物なのだから、せめて自分だけでも寛容でありたいと思っているのだ。
「ただ、知っていてほしい。僕は絶対に、君を殴ったりなんかしないってさ」
「は、はいぃぃぃ……」
「ハッハッハ! わかってくれればいいんだよお!」
なぜか震えているウェスタの肩を掴んで、俺は心の底から声を出した。
気持ちいいな。
◇
ひとしきり笑ってあのクソ忌々しい女の顔を海馬から排除した俺は、ウェスタがコルネとの待ち合わせ場所に指定した、中央広場に来ていた。
この辺には『収穫祭』の出店等は出ていないけれど、それでも祭りへと向かう学生の往来のおかげもあってか、既に祭り特有の雰囲気を感じ取ることが出来る。
見たところ男は学園の制服または私服だが、女の子はストラを着ているのがほとんどだ。
この辺りの価値観は日本のお祭りと変わらんな。
「お待たせしました!」
簡素なライトアップを施された噴水の近くで待っていると、純白のストラを着たコルネがやってきた。
長く美しいストレートの黒髪に、蒼薔薇みたいな花のかんざしを付けている。
「約束通り、ヒューマを連れてきましたよ」
「ありがとうございます」
そう言った後、コルネは俺に向けて紫陽花の如き笑みを浮かべた。
「初めてまして、私はコルネ・プレ・キンナートゥス・クラウディアといいます。お気軽にコルネと、お呼びくださいな」
「オーエンだ。今日はよろしく、コルネ」
「はい、オーエン」
軽く握手を交わした後。
コルネがウェスタの手をひいて、頬をほころばせる。
「さあさあ行きましょう! 今日はお祭りですからねっ」
「あっ、ちょっと、引っ張らないでください! ……オーエンが後ろにいるんですから」
「ん? 俺は別に気にしないぞ?」
「……そうですか」
はしゃぐコルネとしょぼくれるウェスタの後を追い、俺は校門の方へと歩き出した。
『収穫祭』
1年に一度。豊穣の女神サートゥルヌスに豊作への感謝と、来年もそうなるように祈りを捧げるのを主目的としたお祭り。
『収穫祭』の最中には実際に女神サートゥルヌスが降臨すると云われているせいもあってか、神の子孫たる貴族が資金提供やら準備やらなんやらを全てを独占している。だがその代わりに、なんと全ての飲食物と娯楽イベントの見学等を無料で享受できるのが特徴だ。
特にメインイベントである『豊穣の凱旋』では縦横数十メートルにも及ぶ巨大な神輿を担ぎ、首都ヤヌス中に張り巡らされたセルウィリウス街道を一周するという、非常に大掛かりなものになっている。
政治的、宗教的な側面も強い行事ではあるが人々は皆、心からこの宴を楽しんでいるようだ。
「コリュネ、ひゅぎはあのふひ焼きをはへはひょう!」
「い、いいですけど。まずは飲み込んでからに」
普段から金欠気味のウェスタも、この時ばかりは次々に新しい串焼きへと手を伸ばしている。
先ほどからコルネは振り回されてばかりでろくに食べられていないが、それでもすごく楽しそうだ。
たぶん、本当にウェスタのことが好きなんだろうな。
「うおおおぉー……」
ところで。
俺はついに、切望していたある物と出会うことが出来た。
「はーいみなさーん! 『収穫祭』限定、牛の串焼きだよー」
そう、牛肉である。
「いっ、1本くださいっ!」
「お、お兄さん若いねぇ。はい、まいどありー!」
今までやれカエルだの硫酸だのゼンマイだの、まともな串焼きに出会っていなかったこともあってか。
鼻腔をくすぐる、馴れ親しんだ肉の香りに気付いた時は、それはもう嬉しかった。
日本人好みの甘辛そうなタレがかかっており、肉の脂と混じり合っているのを見ただけで涎が止まらない。
俺は早速屋台のおじさんから1本受け取ると、一気に口へとぶち込んだ。
「おふぁ……」
正直に言うと、一番にきたのは下処理不足の証である、生臭さだった。
しかしそのデメリットを帳消しにするほどに、牛肉特有の美味さが口内で踊り狂う。
噛めば噛むほど溢れ出る肉汁。それを引き立てる、甘辛いタレ。
まるで「こういうのがいいんだろ?」といわれているような。
どこか懐かしくて、されど新しい味であった。
「む、オーエン。その手に持ってる串焼きはなんですか?」
涙をこらえながら串焼きにかぶりついていると、いつの間にか10本目を平らげたウェスタが横にいた。
「ふふっ。何を隠そう、俺がずっと所望してきた牛の串焼きだ!」
「牛? カエルじゃないんです?」
「いかにも。肉の王様(個人の感想)である牛さ!」
食べきった串焼きの棒を天に掲げ、高らかにそう宣言する。
棒に残っていたタレが手のひらをベタベタにしているが、そんなのは気にしない。
「はぁ、なるほど。オーエンがそこまでいうなら食べてみましょうか。コルネ、次はあれを」
「あっ、はい! わかりました!」
「……なんですか? その手に持っているものは」
「さっき何人かの男性に声を掛けられましてね。ほら! アクセサリーを貰っちゃいました! うふふ、あとで売ってお小遣いにしましょっと」
「むうっ」
つまらなさそうにむくれながら歩くウェスタの後を、コルネがニコニコしながら追っている。
しかし、本当にコルネはモテるんだな。いきなりナンパされてアクセサリーを貰えるなんて。
売るつもりなのが、ちと寂しいところではあるけど。
「あっ、あれ『真紅のトール』さんじゃない?」
「こっち向いてくださーい!」
ちなみに俺も『紙の魔術師』さんとやらの影響か、たまに女学生から声を掛けられる。
この辺では珍しい赤い髪と、背丈のおかげですぐに本人だとわかるらしい。
「本物だっ! 握手してくれませんか!?」
「いいですよ」
「やたっ!」
しかしこうして若い子に声を掛けられるのは、意外と悪い気はしない。
今握手した子なんかは丁寧にお辞儀をしてから、ミカンに似た果物までくれたしな。
俺はなんとなく、その子の後ろ姿を目で追っていると。
「オーエン、なんですかその果物は?」
「うおっ!? お前、いつから後ろに」
「オーエンが女の子と握手して、鼻の下伸ばしてた時からですかね」
どうやら先のやり取りはしっかりとウェスタに見られていたらしい。
機嫌悪そうな顔で串焼きをもっちゃもっちゃと食っている。
「そういえば、牛の串焼き。少し硬いけど美味しいですよ。オーエンが肉の王様って言った理由もわかります」
「あっ、はい。それはようござんした」
「では次に、アリテラスのお店に行きましょうか」
ウェスタは牛の串焼きを平らげてから。
「あーいっぱい串焼きを食べたので、ここいらで口の中をリフレッシュしたいところですねー。というわけでオーエン。その果物は貰いますね」
俺が手に持っていた果物をひょいと取り上げた。
すかさず皮を剥いて口の中に放り込み、「ごちそうさまでした」と抑揚のない声で言ってから歩き出す。
「……握手したところで、契約を奪われるわけじゃないのに」
ふてくされたように言うと、すかさずコルネが俺の肩をポンと叩く。
「まあまあ。ウェスタも思春期なんですよ。見逃してあげてください」
「あいや、別に怒ってはないんだが」
異世界産の果物、食べてみたかったな……。
◇
アリテラスがいるという屋台へと向かう道すがら、俺たちはある人物と遭遇した。
ほとんどの女性が身に纏うストラではなく、オレンジ色の髪飾りを付けて黒いローブに身を包む金髪の女学生。
ネアールだ。
俊敏な足さばきを用いて、行き交う人々の間をすり抜けている。
「あっ! ネアール!
彼女の姿を見つけたコルネが声を上げるも、即座にウェスタが口を塞いだ。
コルネはまだしも、ネアールとは絶対にまわりたくないのだろう。
「ダメですよ。あの女は今、1人になりたがっているんですから。そっとしておきましょうよ」
「でっ、でもせっかくのお祭りなのに……」
「思春期なんですよ。ほら、高台から夜景を眺めて全能感に浸りたいお年頃なんです」
「ウェスタがそれ言う?」
そのようなやり取りをしている間にも、ネアールの背中はどんどん小さくなってゆく。
今から大声で呼びかけても、おそらく彼女の耳には届かないだろう。
サーニャたちから預かった伝言があったんだが、仕方ないか。
「あっ! 3人ともー! こっちこっちー!」
と、ここで代わりだとばかりに俺たちを呼ぶ声が。
そちらへ振り返ると、アリテラスが手を振っているのが見えた。その腕にはポントゥム家公認の腕輪がはまっている。
なるほど。だから店を出せたのか。
「いらっしゃいませ!」
「ようこそ!」
屋台の前には城郭都市ポントゥムで出会った子ども、サリーとダニスが立っていた。
彼らに挨拶をした後に、孤児院の子どもたちが描いたと思われる、微笑ましいデザインの
俗に言う、『射的』に似た設備が整っていた。
5段に渡る板の上には様々な景品が乗っている。そこから7メートルほど離れた位置に線がひいてあった。
まあさすがに景品を打ち落とすのは銃ではなく、魔力をこめると小さな弾が発射される特殊な杖なのだが。
しかし、思ったよりも景品が豪華だ。
明らかに高そうな羽根ペンに、高級シャトーガエルの詰め合わせセット。極めつけに金貨10枚分の商品券などもあり、とてもじゃないが孤児院主催の射的とは思えない。なので、既にいくつかの景品が無くなってしまっている。
「撃てるのは5回まで。挑戦は1回きりだよ」
「わかりました。まずは私が挑みましょう」
ウェスタがぐるぐると腕を回しながら線の上に立ち、用意された杖へ魔力をこめ出す。
台の上に乗る景品をしばらく見定めた後、残っている中で最も豪華であろう、金貨10枚分の商品券へと狙いを定める。
「ふっ!」
バスン、と間抜けな音を立てて、紫色の弾が発射される。
真っすぐな軌道を空に描きながら、商品券ど真ん中に命中した。
がしかし、1ミリたりとも動かない。
「あ、あれ? 真ん中に当てたはずなのに……」
「こういうのは弾の威力が控えめに設定されているから、端の方を狙ったらいいんじゃないか?」
「なるほど、試してみましょう──それっ!」
言葉通りに端を狙ったウェスタだったが、今度は狙い過ぎたのか板に命中してしまう。
「あと3かいまでだよっ!」
「う、もう2回も……ぐぬぬ、意外と難しいですね」
「がんばって! おねえちゃん!」
「次も商品券を狙うのかなー?」
「ふん、残りの弾数は3回。手ぶらで帰るわけにはいきませんよ」
女性でも160センチ以上がスタンダードなこの世界において、相対的に背が低めなウェスタは子どもたちからすると親しみやすいのだろう。
いつの間にか彼女の周りには、大勢の子どもが群がっていた。
「ふふ。ウェスタ、楽しそうですね」
その様子を見ていたコルネが、喜びと悲しみを混ぜたような声色で呟いた。
「確かにな。ここの景品は考えられないくらいに豪華だし、やる気充分って感じだな」
「そうですね。……でも」
言いながら、コルネはゆっくりとした動作で俺を見据えた。
女性にしては高い身長と、優雅なアルカイックスマイルにはどこか威圧感を覚える。
「貴方がいなければ、ウェスタはあそこまで笑うようにはなりませんでしたよ」
「俺が?」
「ええ、オーエンが、です。私がいくら励ましても、ずっと暗い顔をしていたウェスタを変えたのは、間違いなく貴方ですよ」
コルネが、ね。
「どんな風に励ましたんだ?」
「ええと、『このままでは私が先に「プラレート」の出場権をモノにしちゃいますよ』とか、そんな感じでしょうか」
「それは……」
ウェスタが立ち直るはずもないな。
どうもウェスタは、コルネのことを尊敬しているけれど、恐れてもいるフシがある。
ウェスタはコルネに対してネアールと似た反応をとることが多い。
でもコルネに向ける辛辣な言葉の中には、隠しきれない畏怖のようなものを感じる。
「よしっ! 高級シャトーガエルの詰め合わせセットをゲットです!」
「おねえちゃんすごい!」
そうこうしているうちに、ウェスタは無事景品を手に入れられたようだ。
駆け寄ってくる子どもたちの頭を撫でながら、嬉しそうに笑っている。
「コルネもやりますか?」
「いえ、私はまた後で。そろそろ『豊穣の凱旋』がこの辺りを通るでしょうから」
「あっ、確かにそれは見逃せませんね」
いそいそと暖簾をくぐっていくウェスタを見て、コルネが再び笑みを漏らす。
「本当に、明るくなりましたね……。実戦形式本番が楽しみで夜も眠れませんよ」
心から嬉しそうだ。
でも肝心の俺があんまし強くないから、バンガルドにやられちまうかもしれないけどな。最近バンガルドと似たようなグリフォンを遣う3年生の人と戦ったけど、骨の髄までボコボコにされたし。
それでも出来ることなら、コルネまで歩を進めたいものだ。
◇
「あー楽しかったですね! 今年の『豊穣の凱旋』も凄い出来でしたし」
「準備期間にマルケルス様が怪我されたので一時はどうなるかと思いましたが、成功してくれてよかったです」
その後アリテラスたちと共に完成した『豊穣の凱旋』を見た俺たちは、少し早いが帰路についていた。
行きで通った屋台群は店じまいしているところもあれば、まだまだ積極的に客の呼び込みをしているところもある。俺的にはもう一度牛の串焼きを食べたかったのだが、あいにくと売り切れてしまったらしい。
……まあ、ぶっちゃけそんなのはどうでもいい。さっきから俺の脳内には、『豊穣の凱旋』と呼ばれる神輿の、あまりにも異様な造形が巣くっていた。なにせ『豊穣の凱旋』は縦横数十メートルに及ぶ──。
巨大な息子さんだったからだ。しかも玉つきの、である。
「あっ! まだオオサンショウウオガエルの串焼きが売ってますね。すみません、ちょっと貰いに行っても──あれ、オーエンどうしたんですか? さっきから頭抱えてますけど」
「……ウェスタは、『豊穣の凱旋』のデザインを見てなんとも思わなかったのか?」
「え? 今年もケガや病気から守ってくれそうだなーって思いましたけど?」
「…………そうですか」
隣のコルネも俺に対して不思議そうな顔してるし、ホントに何も思ってないんだろうなぁ。いやマジで、何百人もの男がバキバキのスティックを担いできた時は腰を抜かしそうになった。しかもカメさんとか筋とか滅茶苦茶
いくら異世界とはいえ、男性器を模った神輿はどうなんだ……?
「はて、変なオーエンですね。そんなに『豊穣の凱旋』に圧倒されたのでしょうか」
「今年のは特に大きく、そして硬そうでしたから」
「ああなるほど! 確かに、あれほどのモノはヤヌスでしかお目にかかれませんからね」
俺の前方ではもはやネタとしか思えない会話が展開されている。俺は久方ぶりに最終手段『感情殺し』を使用して平静を保つ。
「じゃあちょっと串焼きを食べに行ってるので、待っていてもらえませんか?」
「ええ、構いませんよ。オーエンと少し話したいこともありますし」
「ありがとうございます。では、ちょいと失礼」
だが幸か不幸か、ウェスタはその手の話題をさっと切り上げて串焼きを食べに行った。
「それで、オーエン。先ほどの話の続きなんですが」
彼女の後ろ姿を見ながら、コルネがまた笑みをこぼす。
「ん、ああ、なんだ?」
「貴方に感謝しているというお話です。ウェスタを変えてくれましたから」
俺は『感情殺し』を解除して、胸の辺りにあるコルネの顔を見下ろした。
どうやらコルネにとっては、改めて言うほどにウェスタが前を向いたことが重要らしい。単に友達だから……ってわけではなさそうだし、何か利になることがあるのかも。いっそのこと聞いてみるか。
「俺は別に何もしていないんだがね。というか、ウェスタが変わるとコルネにとって何のメリットがあるんだ? 学年トップのコルネからしたら、俺やウェスタなんていてもいなくても変わらないだろ」
「……あら、ウェスタから聞いていないんですか?」
俺は首を横に振った。
「そうですか……。てっきり知っているとばかり思ってました」
コルネは顎に手を当て、うつむきながら思案している。どこから話したらいいんだとばかりに。しかし時間をとらせてはまずいと思ったのか、「簡単に言いますと」と前置きしてから。
「ウェスタは私の友達で、同じ道を志す仲間で、
柔和な笑みを浮かべつつ最後の台詞だけ、前2つの倍以上に嬉しそうな声色で言った。
「
「ええ、もちろん。なにせウェスタは、生涯無敗だった私に黒星を付けた、唯一の召喚魔導士ですから」
「……そんなに強かったのか」
「そうなんです。あの時は私といえど悔し涙を流しました」
うーん、今のウェスタを見てるとどうもイメージが湧かない。
「昔のウェスタは本当に強くてですね。それまでの私は努力なんて大嫌いな女だったんですけど、ウェスタのおかげで変わることが出来たんです。でも努力しすぎたせいで、今度は同級生で私に張り合ってくれる相手がいなくなってしまって」
「お、おう……」
なんか漫画の強キャラみたいなこと言ってるな。いやでも、実際コルネは強キャラか。
『プラレート』でガルムとドリアードを瞬殺したあのバンガルドよりも強いらしいし、なんなら優勝した4年の先輩とも渡り合えるって話だ。おまけにパウルスのイベントで現役の兵士にも、2対1とはいえ勝利している。
張り合ってくれる相手がいないってのも、あながち間違いではなさそうだ。
「だからここ1年くらいは退屈してたんですけど──」
そこでコルネは一度言葉を切り、瞑目するように目を閉じて。
再び目を開いた時には。
「本当に嬉しいんです。私を変えてくれたウェスタが、またこうして立ちはだかってくれるんですから」
柔和な佇まいから、獲物を狩る捕食者へと変貌していた。
歯茎をむき出しにして、獰猛な笑みを浮かべている。
「……意外だな。コルネはあまりそういうの好まない性格だと思ってた」
「あら、そうですか? バンガルドみたいなことはしませんけど、私も強い方は大好きなんです。幼い頃から才能に恵まれ、挫折の苦みなんて知らない、初心で純真無垢な人の心を──」
言いながら、まるで絶頂しているように身体を震わせて。
「ぽっきりと折ってしまうことに、どうしようもない快感を覚えますので」
はっきりと、口にした。
「……そうか」
どうやら勘違いしていたのかもしれない。
今まで俺たちは、バンガルドばかりを念頭に置いてきたけれど。
真に、対策するべきなのは。
「ところでオーエン。1つ、お願いしてもいいですか?」
「……いいけど」
「絶体にバンガルドを倒してくださいね? でないと、私の生きがいが無くなってしまいますから」
「生きがい、って」
「もちろん。私の戦績に唯一黒星をつけたウェスタを、完膚なきまでに叩き潰して」
「……っ」
「──もう一度、深い挫折を味わってもらうことですよ」
このコルネ・プレ・キンナートゥス・クラウディアなのではないか、と。
串焼きを手に戻ってくるウェスタへ、爛々と光る狩人の瞳を向けている彼女を見て、俺は静かにそう思った。
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