第25話 準備

 ところで。

 薄々感じてはいたが、このレールスという国は、宗教が人々の生活に深く根差している。

 よく見ると廊下や訓練場に飾られている絵画も、この国で信仰されている神を模ったものだ。

 やれ女神ユピテルが民衆に施しを与えたとか、軍神マールスが異民族を滅ぼしたとか。

 そういう神話上の出来事がベースになっている。


 5日後に開かれるという『収穫祭』も、農業の女神サートゥルヌスを祀り上げるというのが主な目的らしい。

 今年も農作物が実ったことに感謝し、来年もそうなるように祈る。

 趣旨自体はとてもいいと思う。


 「ふむ、来たかオーエン。ウェスタくんから聞いているか?」

 「祭りの手伝い、だろ?」

 「うむ、では行こう」


 だがしかし。ここでも貴族が出てくる。

 『収穫祭』は神に感謝を伝える祭り。だからその準備は神の子孫である貴族しかたずさわっちゃいけない、という理屈なんだとか。

 

 この国の貴族は皆『神の子孫』を名乗り、その血が濃いとされる家系ほど序列が高くなる。

 特に濃いとされる家には更に『アウグル』の名を授けられ、強い権力を与えられる。

 それを使ってバンガルドはグループ分けの内容を操作し、ネアールの父は旧校舎破壊事件をもみ消した。

 だがウェスタ曰くそれはまだマシな方で、もっとエグイことも出来るようだ。

 

 正直俺もあまりいい気分はしない。

 異世界だからと割り切ってはいるが、もしこの世界へ永住することになっていたら耐えられなかっただろう。

 民主主義を是とする国に生きている人間としては、特に。


 「ところでオーエン。なぜ【ギフト】を発現しているのかね?」

 「ウェスタが『力仕事をするだろうから』って。慣らす目的もあるんだろうけど」

 「なんと! それはありがたい!」


 とはいえ。俺自身は別にバンガルドに何かされたわけじゃない。

 ここでこの国の常識についてとやかく言うのは間違っている。

 それに、今回はウェスタも喜んで俺を貸し出したわけだし。

 

 「今はとにかく人手が足らんからな。助かったぞ!」


 全力で手伝うとしよう。


 ◇

 

 バンガルドに連れられてやってきたのは、ちょうどこの学園の校門を抜けた辺りにある、『セルウィリウス街道』という大通りだった。

 異世界の大通りはポントゥムでも通ったけれど、それとは次元の違う広さ、そして長さ。石畳を形作るために敷き詰められた石の量、大きさも段違い。

 こんなものを町中に張り巡らせているというのだから、さすがは首都ヤヌスといった感じだ。


 「ポルキスさーん、ちょっと手伝ってくださーい」


 最も現在は『収穫祭』の準備中なので、この辺り一帯は封鎖されている。代わりとばかりに貴族の証である腕輪をはめた人たちが、慌ただしく行き交っていた。

 中には幻獣を顕現させ、重いものを運ばせている者や、30人ほどをかき集めて指示を飛ばす者もいる。

 彼らをぼーっと眺めていると。


 「オーエン、ここにいる間はこれを着けているがいい」


 隣のバンガルドに腕輪を差し出された。


 「これは?」

 「セルウィ家の人間による許可証である。『アウグル』の名を持つ貴族は、許可を出せば平民に準備を手伝わせることが出来るのだ」

 「なるほど」


 本来は貴族しか手伝えないけど、特権階級の『アウグル』が許可を出せば可能、と。

 俺は左腕に腕輪を装着した。

 

 「よし、じゃあまずは何をすればいい?」

 「そうだな……まずは木材を運び出してくれ。ほら、あそこに積まれているのが見えるであろう?」

 「えーと」


 バンガルドに指さされた方へ目をやると、そこにはホームセンターとかでたまに見る、横に長い長方形の木材が堆く積んであった。

 それを4,5人で1個ずつ持ち出して、どこかに運んでいく。


 「ひとまずあの山を全て片付けてくれ。オーエンなら1度に2つは持てるだろう」

 「わかった。ああそれと」

 「では一旦失礼する。我はやることがあるのでな」


 ……行ってしまった。まだどこに運ぶか聞いてなかったんだがなあ。

 ま、仕方ない。とりあえず近くで待機して、新たに運ぶ人の後ろをついて行くことにしよう。

 俺はそう考えて、木材の山の近くで待機することに。


 「どうしましょう。まさかマルケルス様が怪我してしまうなんてっ……このままじゃ間に合いませんわ」

 「ですが、悩んでいる暇はありません。どうにかして運ばないと」

 「そうですねっ! よし、とりあえず私たちだけでも」

 「あっ、ちょっ! 無茶ですわ!」


 金髪碧眼で、学園の制服を着た2人の少女が何やら言い合いながら木材を運び出そうとしていた。

 遠目で見た感じだと、大の男4人でも重そうだったが……。

 2人だけじゃどう見ても無茶だ。


 「すみません、よろしければ手伝いましょうか?」

 

 なので俺は彼女らに近づき、手伝いを申し出たものの。


 「えっ、あ、ありがとうございま──ひゃあっ!」


 それが裏目に出てしまった。いきなり後ろから声をかけられた少女は驚き、半分ほど引っ張り出していた木材から手を離してしまう。

 結果、木材は音を立てて少女たちの頭めがけて落下し始めた。


 「危ないっ!」


 とっさに俺は全身に力を込め、全速力で少女たちの元へ到達。右手で彼女らを庇い、身をよじって落ちてきた木材を左手でキャッチする。そのまま木材を傷つけないように、左手の握力だけでゆっくりと地面に下ろした。


 「大丈夫ですか?」


 ひと息ついて少女たちを見やるも、彼女らは驚きに目をむいて固まっていた。

 まあ人間だと思ってた奴が突然あんな動きしたら俺でもビビる。踏み込みから少女たちの元へ到達し、減速するまでの間にはおそらく4、50キロは出ていた。

 たぶん、2週間前の俺だとこの動きは出来ていなかったであろう。

 ウェスタとの特訓の成果だ。


 「あ、あのもしかして……」


 ようやくフリーズから解放された少女のうち1人が、俺の左腕を指さす。

 そこにはバンガルドにもらった腕輪と、淡い光を放つ幾何学きかがく模様が刻まれている。俺が人間でないと気づいたようだ。あるいは、バンガルドの腕輪にビビっているのかも。

 

 「これは借りものですよ。それと、俺は幻じゅ」

 「オーエンさんですよねっ!?」


 しかし俺の言葉を遮る形で、もう1人の方が口を開いた。

 目を輝かせ、憧憬の眼差しで俺を見てくる。

 うーむ、記憶にないな。ウェスタの知り合いか?

 

 「あ、はい。そうですけど」

 「わああ! やっぱりそうですわっ! ほら、覚えてませんか? 旧校舎の破片の下敷きになりかけたところを救っていただいた」

 「あーあの時の!」


 偶然居合わせ、助けたのは。

 ネアールと一緒にいた、残りの2人。テンプレゴブリンさんと、便乗ゴブリンさんだった。

 

 

 それから俺は2人にどこへ持って行ったらいいか教えてもらい、ついでとばかりに案内してもらうことになった。

 改めて互いに自己紹介をして、2人の名前を知ることも出来た。

 テンプレさんの方はサーニャ、便乗さんの方はシルという名前だそうだ。


 ちなみに元々セットだったはずの、ネアールはと聞いてみると。

 

 「実はあの一件以来、避けられるようになってしまいまして。挨拶すらも無視されますの」

 「きっと、反省の意味も込めて関わらないようにしてるんだと思いますわ」

 「……ウェスタには、悪いことをしてしまいましたわね」

 「そうですわね……」

 

 と、返ってきた。

 ミニマムドラゴンの事件以来、ネアールとはまともに話していないようだ。

 あとそれに、思ったよりも2人は反省していた。

 だとしてもウェスタやアリテラスが許すかどうかは別問題だが、反省せずにいるよりはずっとマシだ。

 これからゆっくりと、しかし確実に罪を償っていけばいい。

 

 「てかさ。どうして俺の名前を知ってたんだ?」

 「そりゃあ、有名ですので! 『真紅のトール』ことオーエンさんは」

 「と、トール?」

 「あれ? 本人が知りませんの? 『紙の魔術師』と謳われる吟遊詩人の方ですのよ」


 どうやら俺は、知らぬところで有名になっているらしい。

 先のパウルスのイベントで俺の姿を見てすっかり虜になったという紙の魔術師さんが、その溢れんばかりの想いをぶつけたのが発端となり。

 最近では俺に懸想する人間までいるのだとか。


 「あ、ここですわ」


 そんな話をしている間に、目的地へと着いた。

 セルウィリウス街道を北東方向へ進んだ先にある、楕円形状の広場。そこに200名くらいの男たちが集結しており、俺たちが持ってきた木材を起用に組み合わせて、神輿に似た物を造っている。

 横に30メートル、縦に10メートルはありそうだ。


 「おう! ありがとな! マルケルスの野郎が怪我しちまったもんだからよ。助かったぜ赤髪」

 「いえ、このくらい朝飯前ですよ」

 「ガハハ! その調子で頼むぜ!」


 俺たちが木材を持ってきて所定の場所に置くと、すぐさま大柄な男が数人近づいてきて、ひょいと持ち上げながら礼を言ってくれた。

 

 「おお、だいぶ完成してきましたわね」

 「あれが、今年の『豊穣の凱旋』ですかぁ……見惚れるような美しさですわ」

 

 彼らの後ろ姿と組み立てられている物を見比べて、2人がそれぞれぽつりと呟く。

 

 「豊穣の凱旋って?」

 「えっ? あっ、オーエンさんは知りませんのね。まあ簡単に言いますと……み──っk、こ──shしのようなものですわ」

 「お、あ、ああ」


 今、神輿みこしって言ったのか?

 その部分だけやけにノイズが走ってたな。

 該当する言葉がなかったから、魔法陣製翻訳が無理矢理俺の知っている言葉と組み合わせたのかもしれん。

 

 「すまん、もう一度言ってくれ」

 「簡単に言いますと、神輿のようなものですわ」

 「ありがとう」


 今度はちゃんと聞こえた。

 一度単語を当てはめられれば、次回からはそれで通るらしい。

 そういやウェスタと出会ったばかりの頃、何度か固有名詞を使ったけど、彼女はうまく聞き取れてなさそうだった。

 同じ現象が起こってたのかもな。


 ◇


 「ふぃー、やっと終わったあ……」

 「終わりましたわね……」

 「ましたわね……」


 日も傾き、ほんのりと空が紅く染まった頃。

 俺たちはようやく全ての木材を運び出すことが出来た。

 最初のうちはよかったが、途中から魔力の節約のためか【ギフト】も切られてしまったので、結局サーニャとシルを加えた3人で1つずつ丁寧に運んでいく羽目になった。

 それでもさっきの大柄な男集団よりも腕力があるのだから、やっぱり純魔力製の身体はすごい。


 「お疲れのようだな」

 「「セルウィ様!」」

 「まあな」


 街道の端に置かれたベンチで休んでいると、額に玉のような汗を浮かべたバンガルドがこちらへやってくる。

 疲れているだろうに、2人は彼の姿を見るやいなや立ち上がり、胸に手を当て会釈していた。

 ネアールといつも一緒にいたから気付かなかったが、2人の貴族としての『格』はバンガルドよりも下らしい。

 そんな彼女らの会釈を受けて、彼は愉快そうに手を振った。

 

 「フハハ、そう畏まらずともよい。もう日も落ちる。あとは我の家の者に任せて休息をとれ」

 「「わ、わかりました! ご厚意に感謝いたしますわ!」」


 一字一句違わない言葉を言いながら頭を下げて、2人はふらふらと学園の方へ戻っていく。


 「あ、オーエンさん。1つだけ、お願い事をしてもいいですか?」


 しかし2人は直後に振り返り、俺の方をしっかりと見据えてきた。

 真剣な眼差しで。


 「もし、もしですけど……ネアールと会ったら、こう伝えてくださいな。『もう一度、一緒にお茶したい』って」

 「もちろん構わない。だが、俺なんかに頼むよりもっと他の人に頼んだ方が」

 「それは、そうなんですけど」

 「ネアールも私たちも、色々やってきたせいで人望に乏しくて……オーエンさんくらいしかいませんの」


 色々、ね。

 まあ彼女らも変わろうとしている。せめて、ほぼ部外者の俺くらいでも聞き入れるべきだろう。


 「なるほどな。よし、次に会ったら伝えておくよ」

 「感謝しますわ」

 「では、失礼しますわね」

 

 最後に2人は儚げな笑みを浮かべて、ゆっくりとした足取りで帰路についた。

 後には、汗だくの男2名が残される。

 西日が俺たちの片頬を照らし、人々の喧騒と靴音が俺たちの間を過ぎていく。

 

 「オーエンよ、少し我の愚痴に付き合ってくれんか」


 ほんの少しの間だけ沈黙が流れ、それを打ち破るようにバンガルドがベンチに座り、隣をパンパンと手で叩いた。

 元の世界は深夜12時にさしかかっているだろうし、本来ならばすぐに戻るべきなんだろうけど。


 「ああ、わかった」


 沈黙を経て俺は、この男と話したい気分になっていた。

 大貴族の生まれかつ、学年ナンバー2の実力を持っており、目下最大の敵。

 おそらく同じ土俵で戦えば絶対に勝てないであろう存在が、さして親しくもない俺に愚痴を聞かせたいというのだから。


 「ふむ、感謝する」


 バンガルドは短い例の言葉を述べ、俺が隣に座ったのを確認すると、再び前を向いた。

 眉間には深いしわが刻まれている。

 

 「まずは感謝を。オーエンのおかげで、今日中に『豊穣の凱旋』を組み立てることが出来た」

 「サーニャとシルがいたからな。俺1人では、運び出すことなんてできなかった」

 「フハハ、か弱き少女の身ながらも、よくぞあそこまで」


 腕を組み苦笑していたが、目は全く笑っていなかった。


 「あのような娘までが力仕事を進んでやるとはな」

 「まあ、『信ずる者は救われる』って言うしな」

 「……それほどまでに、神とやらは偉大なのだろうか」

 

 バンガルドの後半の呟きは、まるで壊れかけのガラス細工に、水銀を貯めて口元まで運んでいるかのような危うさを感じた。

 当然ながら、俺は驚きに目を見開いた。

 なぜか。

 今の彼の様子は、俺が今まで持っていたイメージから大きく乖離していたからだ。

 

 ──強いやつ、面白い奴、珍しい奴と戦いたい。

 

 そう公言しているらしいバンガルドとは、とてもじゃないが思えない。

 あらゆる分野で負けを知らぬ天才召喚魔導士で、超上流階級の出身で。

 悩むことなんて、ないと思っていたけれど。

 

 「ハ、その慣用句は故郷の言葉か? なんとも都合の良い響きだな」

 

 ベンチの上に座る彼は、この時ばかりは、俺たちと同じく悩み苦しむ、1人の青年だった。


 「──オーエンよ。なぜこの国の民があれほどまでに祭りの準備を手伝いたがる理由が、わかるか?」


 しばらく天を仰いでいたバンガルドは、やがて俺の方へ視線を向けてくる。

 前にウェスタを遮った時のとはまるで違う、濁った瞳で。

 

 「確か、『神様を祀り上げるため』の祭りだからなんだろ? ウェスタもすごく喜んでたし」

 「うむ。その通りだ。レールスの民は皆初代皇帝、レムルス・レールス・アウグストゥスが造り上げた神を信仰しているからな」

 「……その口ぶりだと、まるで神様を人間が造り上げたって意味に聞こえるけど」


 そう言うと、バンガルドはこちらを向いて片方の眉を上げてみせた。


 「その通りの意味である。かつて。初代皇帝は自らの権威を高めるために、側近──我やネアールの父祖と協力して、今世にまで伝わる神々を創作したのだ。オーエンよ、お主ならわかるであろう? この世に神などいない、と」

 「そりゃあ、わかるけど……」


 ちょうど高卒認定試験の勉強でやったところだ。

 数千年に渡って、人間はそれぞれの神を信仰してきた。

 だがしかし。啓蒙思想が広がりフランス革命、産業革命を経て、人は徐々に神ではなく科学を信仰するようになった。

 パンが膨らむのは神の力などではなく、イースト菌が糖を分解してアルコールと炭酸ガスを生成する際に膨らむのだと、誰もが信じるようになったのだ。


 ……って世界史の参考書に載ってた。

 おそらく、いや確実に範囲外だろうけど、なんとなく気になったので覚えている。


 「結局のところ我のような『アウグル』は、神の子孫だと嘯いて平民から金を巻き上げているだけにすぎん」


 眉間のしわをより深くしながら、自嘲気味に呟いた。

 

 「逃げたいと、思ったこともある。どこぞの平民と契りを結び、背を向けたいと思ったことも」


 これは、あれか。

 きっとバンガルドは、神様の存在に疑問を持ちながら生活してきたのだろう。

 それこそ、中世ヨーロッパのような宗教観の中で。

 

 「だが我はセルウィ家の長男である。いかなることがあっても、逃げ出すことは許されぬ。許されぬのだ……」

 

 誰もが羨むような特権階級の家に生まれたとて、心まで満たされるわけではない。

 俺も金だけは豊富にある家へ生まれた。しかし決して幸福ではなかった。

 父親がいなくなり、母親が死ぬまでの10年間で経験したことは、20歳になった今でも俺の心を縛り上げている。

 それでも今俺が前を向いていられるのは、他ならぬウェスタのおかげだ。


 「だからこそ」


 と、ここでバンガルドが伏せていた顔を上げる。

 その瞳には、活力が戻っていた。

 凄いな。俺みたいなのは心が不幸だと、どうしたってそんな目は出来ない。

 彼なりに割り切っているのだ。逃げられないから、その中で最善を尽くすために努力している。

 

 「だからこそ、このような機会では少しでも平民を喜ばせたいのだ。搾取に搾取を重ねた果ての、潤沢な資金を以てしてな」

 「潤沢な資金……ってまさか」

 「気付いたか? 実は此度の祭り、我々『アウグル』の一族が全ての金を出している。飲食物や人件費なども含めてな。当日は全ての見世物を無料で提供するつもりである」

 「マジかよ」


 飲み食い全部無料って、マジか。

 貴方が神か、いや神はいない。


 「大丈夫なのか? その、財政的に」

 「フハハ! 問題ない。毎年やっていることだからな。必要経費として割り切れる」

 「ま、毎年全部無料の祭りを開催してるのか……?」

 「当然である。神の子孫を自称するのだから、日々信仰してくれている民草に還元せねばなるまいて」


 普段平民から金を毟っているのだから、こういったイベントで盛大にばらまいて市民に娯楽を提供すると。

 現代日本に生きている人間としては、馴染みのない感覚だ。


 「……つい長くなってしまったな。我は普段他人に愚痴を吐き出せる機会に恵まれてないのだ。許せ」


 強いオレンジ色の光が、バンガルドの頬に照りつける。

 もうすぐ日没だ。


 「いや、いいよ。面白い話も聞けたしな」

 「ほう! あれが面白い話だとは! オーエンは変わり者だな!」


 確かにこれが日本の話だったらつまらんと思っていたかもしれんが、何せ異世界の話だからな。

 自然と興味も湧いてくるというもの。


 「では、我はそろそろ行くとする。まだまだ準備は終わらんからな!」

 「ああ、じゃあな」

 「うむ! では次は、戦場にて会おう! 手加減はせぬぞ。今日は弱いところを見せてしまったが、それでも我は珍しき者と矛を交えたいという欲を抑えきれんのだ」

 「当然だ。俺も手加減はしない」


 ここにウェスタがいれば『え、いやいや手加減してくださいよ』と言うのかもしれない。

 でも、俺にはとても言えそうになかった。

 なぜなら。


 「では、失礼する!」


 バンガルドが抱く葛藤、そして誇りのようなものを、まざまざと見せつけられたから。

 男が他者に弱みを見せることの難しさを、俺は良く知っている。


 だがそれもまた、バンガルド・アウグル・セルウィの持つ強さであり、紛れもない才能なのだろう。

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