第24話 お尻の人

 パウルス主催のイベントも終わり、俺も大家さんの靴をぺろぺろして時限つきとはいえ安住の地を手に入れた。

 異世界にいる時はウェスタと共に実戦経験を積み、元の世界ではバイトと高卒認定試験の対策に追われる日々。

 そのような生活を送り、こちらでは4日と少し。異世界で2週間ほどが経過した。


 「さあ、トドメですオーエン! 『レックミッヒイムアルシュ』です!」

 「グワアアアアッ! また負けちまった! おいウェスタ、いつの間にそんなに強くなったんだよ!? それにその技名! めっちゃカッコいいな!」

 「ふふーん、そうでしょうとも! とある文献に載っていた言葉を引用したんですけど、響きがカッコいいんですよねえ」

 「本当か! くそっ、俺も何か幻獣に技名を授けてやりてぇ!」

 「……まあウェスタが言ってるその技名、レールス語に直訳すると『俺の尻を舐めろ』って言葉になるんだけどね」

 「「…………えっ、マジですか?」」

 「うん」


 まあそんな感じで、順調に実戦経験を積んでいる。

 ここ2日ぐらいは発現レベル2を継続的に維持できるようになってきたおかげで、最初はボロ負けしてたハルドリッジの合成獣にも完勝出来るようになってきた。なお、例の呪文は封印してもらったのであれから使っていない。


 他にはトドメを指す時にウェスタがいちいち変な技名を叫んでるのだけ気になっていたが、なんか涙目になってるしそのうち止めるだろう。


 

 ちなみに。

 異世界時間で10日ほど前に、改めて『マーズ』で俺の能力を測定した。

 発現レベルを上昇させるのに『好物』が必要って話だったのに、そんなのお構いなしにレベルが上がったので、測定結果が間違ってるんじゃないかっていう話になったからだ。

 そんで、期待感を胸に改めて測定した結果。


 【筋力D 知力EX 魔力E 精神力C】

 【ギフト】身体強化 発現レベル2?


 発現レベルこそ上がってるが、ステータスは何1つ変わっていなかった。

 悲しい。

 

 「レベルの後ろに『?』マークがついてるのはなんでなんですか?」

 「クライエスさんが無理にペルペラを唱えたせいで、刻印に傷がついてるんだよ。ああいうことはもうしないようにね」

 「わ、わかりました……」


 と、クラリア先生からお叱りも受けていたっけか。

 それと、発現レベルを上げる心得みたいなのが書かれている項目にも変化が生じていた。

 具体的に言うと発現レベルを上げる条件が、『好物を与える』ではなかったことが判明した。


 「『主に必要とされた時』ですか……」

 「そういやレベル1と2が発現した時も、ウェスタに似たようなことを言われた後だったな」

 「じゃ、じゃあ私が『今すぐにレベル5になってください』って願ったら──」

 「いやさすがにそんな単純じゃないと思うよ」

 「うっ、そんな簡単にはいきませんか」

 「もしそれで発現レベルを上げられるなら、わざわざ4年間も学園に行く必要なんてなくなるだろうし」

 

 レベル1が発現する前、ウェスタに涙ながらに「ありがとう」と言われた。

 レベル2が発現する前、ウェスタに「時間を稼いで下さい」と言われた。

 

 つまりあの胸押しあて事件は、【ギフト】の発現に全く寄与していなかったことになる。

 俺は変態ではなかったのだ。


 「そんな……結構身体張ったのに……」

 「まあまあ。結果的に【ギフト】が発現したんだからいいじゃないか」

 「うう……男性に胸をわしづかみにされたのは初めてです……」

 「おい捏造は止めろ」


 ウェスタは結果を受けてだいぶしょぼくれていた。

 

 「クラリア先生。どうして最初正しく測れなかったかわかります?」

 「うーん、私もよくわからないんだよね。結構『マーズ』の測定結果って幻獣の状態に左右されるしさ。一応ありえるのは、召喚されたばかりで色々と不安定だったとかかな?」


 あと、これはついでに教えてもらったことなのだが。

 『マーズ』の測定が上手くいかなかったのは、当時の俺の精神状態が良くなかったかららしい。

 帰り際に先生がこっそり教えてくれた。

 

 当時は自分の精神状態は普通だと思ってたが、今考えると確かに良くなかったわな。


 ◇

 

 時間軸は現在へと。

 ハルドリッジたちと別れ、自室へ戻ったウェスタは。

 

 「カッコいいと思ってたのにドウシテ……ドウシテ……」

 

 扉を閉めてイスに座ってからずっと、ブツブツと何やら呟いていた。

 今までドヤ顔で使っていた決まり文句が、実はド下ネタだったのが相当堪えたらしい。

 俺はローブと豪鎚ルースを所定の場所にぶち込んでから、ウェスタの肩に手を置いた。


 「まあ、なんだ」

 「……」

 「ドンマイ!」

 「煽ってるんです?」


 じろりと睨まれる。

 がしかし、すぐさま机に突っ伏した。


 「いいんです……どうせ私は犬みたいにお尻を舐めてるのが性に合うんですよ」

 「そこまで卑屈にならなくても」


 まさかこのファンタジー世界に地球と同じ習性の犬がいるわけないだろうし、その辺は翻訳の都合だろう。


 「ていうか、そんな文献どこで?」

 「ちょっと前、図書室へ資料を取りに行ったとき見つけたんです。フランツっていう人が書いた論文で、くっ! あの時気付いていれば……」


 どうやらウッキウキであの文言を採用した時を思い出してしまったらしい。再び頭を抱え出した。


 「あー! ダメです! これ以上お尻のことを考えていると気が狂いそうです!」

 「そ、そうか」

 「なので、今から試験勉強をします! ではオーエン、さようなら!」


 振りきれてテンションがおかしくなったウェスタは、机から額を離して杖を──取り出そうとして固まった。

 机中を見回した後イスに座りなおし、筆箱を引っ掴んで中身を全てぶちまける。


 「やっぱりない……」


 そう呟くと、今度は引き出しやらノートの隙間やらを確認し始める。

 

 「何がないんだ?」

 「ペンです。愛用してるお気に入りのペンが、どこかにいってしまいました」


 机の周辺に無いとみるや立ち上がり、クローゼットにある服のポケットに片っ端から手を突っ込み始めた。

 その慌てようを見るに、どうやら件のペンは相当大切なものらしいとわかる。


 「うーむ、どこかに落としたんでしょうか」

 「どっかの教室に忘れてきたってことはないのか?」

 「え? ううーん、どうだろ。あのペンは暗記科目でしか使わないと決めているので。あっでも」


 しばらく唸ってから、ポンと手を打った。


 「そういえば、少し前図書室で暗記科目の過去問を解いた記憶があります。もしあるとしたらそこかも……」

 「よし、それじゃ図書室に行くか」


 だが俺がドアを開こうとすると、ウェスタは申し訳なさそうに視線をさまよわせた。


 「あー……えと、行き方を教えるので、オーエン1人で行ってきてもらえませんか?」


 近くにあった紙へ10秒ほどで簡単な地図と、無くしたペンの特徴を描いて手渡してくる。

 件のペンは『オウスイガエル』とかいう聞くからにヤバそうなカエルの皮が使われており、かなり珍しいので聞けば一発でわかるそうな。

 

 「あ、ああ。別に構わないが、行きたくない理由でもあるのか?」

 「今の時間帯に行くと色々と面倒なことになりそうなので。今ならあの辺に幻獣がいても怒られないでしょうから、お願いします」

 

 やけに含みのある言い方だが、まあいい。

 特に断る理由もないし。


 「わかった、んじゃ行ってくる」

 「頼みます」



 というわけで、俺はウェスタお手製の地図を片手に図書室へ赴いたのだが。

 ウェスタが行くのを渋っていた理由がなんとなくわかった。

 まず図書館に近づくほど、やたら物を運んでいる幻獣とすれ違うのだ。さすがに主が近くにいるから噛みついてきたりはしないだろうが、穏やかではない。

 

 そしてもう1つ。

 たぶんウェスタが嫌がった最大の理由。

 すれ違う生徒は全て、どこかしらのお貴族様の生まれだ。

 なぜその辺の知識が全くない俺でもわかるかというと、わざわざ家名を示す腕輪をしているからだ。

 ここ数分でキュース、リキス、グラスス、パンポード──と様々な家名を見た。

 ウェスタに旧校舎の広場でいちゃもんをつけてたネアールでもしていなかったようなことを、おそらく中級または下級の貴族もやっている。

 疑問に思い彼らのうちの1人に聞いてみると。


 「5日後に開催される『収穫祭』の準備をしているんですよ。我々がこうして腕輪をしているのは、貴族の血を引く者だと証明するためです。平民は準備を手伝うことが許されていませんからね」


 ということらしい。しかし平民は『収穫祭』とやらの準備を手伝うことすら出来んとは。

 現代に生きる俺からすると差別的に感じるが、まあ異世界だし。

 価値観の押し付けはよくない。

 ちなみに準備を手伝えないだけで、当日お祭りに参加することは普通に出来るようだ。


 とはいえ、貴族アレルギーを持つウェスタには辛い環境だろう。


 「さて……」


 ようやく図書室の前に着いた俺は、まず入り口付近に置かれている『落とし物箱』と書かれた箱の中を覗き込んだ。

 貰った紙に描かれたペンの特徴と照らし合わせながら、1つ1つ確認していく。

 しかしながら、この箱の中に該当しそうなペンは入っていなかった。

 

 「ふむ」


 とりあえず司書の人に聞いてみて、届いてなかったらウェスタが過去問を解いた辺りを見てみるか。

 そう思い、実際に聞いてみたものの。


 「フランツ著者の論文に挟まっていたペンでしたら、先ほど所有者が見つかったとかで引き取られましたよ」

 「えっ、そうなんですか」


 なんと既に引き取られていたらしい。


 「その、引き取った方の特徴とかってわかります?」

 「確か……金髪の大柄な男性だったかと」

 「わかりました。ありがとうございます」


 司書の人にお礼を言ってから、直ぐに踵を返して歩き出す。

 何者かが悪意を持って所有者であると偽ったか、そもそも勘違いか。

 それはわからないけど、とりあえずウェスタに報告すべきだろう。


 だがしかし。


 「ああオーエン。おかえりなさい」

 「ウェスタ実は……って、あれ? それは?」


 ウェスタの手には、特徴どおりのペンが握られていた。

 

 「これですか。オーエンが出て行ってから少し後に、バンガルドが届けてくれましてね」

 「バンガルドが!?」


 きっと今、ウェスタが一番会いたくないであろう男が。

 わざわざペンを届けたとな。


 「だ、大丈夫だったのか? バンガルドの性格的に、また何か要求されたんじゃあ」

 「ええ、されましたよ。それも特大級のやつを」

 「マジかよ。てか、にしては嬉しそうだな」

 「んふふー、そう見えます?」


 再びバンガルドに借りを作らされたというのに、偉く嬉しそうだ。

 幸せですっ! って顔をしている。


 「本当に、何があったんだ?」


 訝しげに聞くと、ウェスタは華のような笑顔を浮かべて。

 

 「それがですねー、実は! オーエンに『収穫祭』の手伝いをして欲しいって言われたんですよっ! 私みたいな平民が使役する下僕に、ですよ!? いやー、バンガルド様も粋なことしてくれるじゃあないですか!」

 「バンガルド、様……?」

 

 温度差で風邪をひきそうだ。


 「あれ? オーエンの世界には、作物の実りを祝う祭りみたいなのはなかったんですか?」

 「いやそれはわかるんだが」


 近年はどうだが知らんけど、昔はそういう趣旨の祭りも各地で行われていたはず。


 「俺が疑問なのは、なんでお祭りの準備を手伝ってくれって言われるだけでそんなに喜ぶ必要があるのかがわからないんだ」

 「えっ? 神様をまつる行事の準備を手伝えるんですよ? このうえない名誉じゃないです?」


 真面目くさった顔で言われてしまった。

 この学園の設備がハイテクなせいで忘れそうになるが、そもそもここは中世ヨーロッパ風の異世界。

 当然ながらそこに生きる人々の宗教観も、それに準じたものである。

 無宗教の俺には理解しづらい感覚であるものの、ウェスタの様子を見るに、本来なら平民には許されないことなんだろう。


 「ウェスタはネアールとか嫌ってたし、神様とかは嫌いなんだとばかり」

 「私はあくまで神の子孫を自称するお貴族様が嫌いなだけで、神様自体は尊敬しています」


 それもそうか。

 

 「てか、そんなに嬉しいならウェスタも手伝いに行けばいいじゃないか。俺は別に興味ないし」

 「いえ私はテスト勉強をしないといけないので」


 その辺はリアリストなんかい。


 「お願いしますよー、この間オーエンに効率の良い暗記方法を教えてあげたじゃないですかー」

 「ぐぬぬ……」


 俺も自分の世界で勉強を始めたことは、ウェスタに話している。その時にいろいろと勉強方法のアドバイスを貰ったのもまた事実。

 クラリア先生に貰った時計を見るにバイトまで時間もあるし、断る理由も見つからない。

 仕方ないとばかりにため息を吐いた。


 「わかったよ。ちょっと行ってくる」

 「ありがとうございますっ! いやー、持つべきものは幻獣ですね!」

 「それはどうも」

 「バンガルド様はエントランスで待ってるそうなので、そちらで合流してください」


 鼻歌を歌いながら、自分の机へと向かうウェスタ。

 ちょっぴり仕返ししてやろう。


 「あーそうそう。そのペン、尻の人が書いた論文に挟まってたそうだぞ。何をメモしてたか知らんが、気を付けろよー」

 「えっ」

 「んじゃあなー」


 固まるウェスタを尻目に、俺は部屋のドアを開けた。

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