第22話 対決! パウルス・アウグル・ポントゥム
ウェスタと、髪の毛に葉っぱと枝が刺さっているネアールがやって来てくれたのは、ちょうど10回目のブレスを回避し終えた後のことだった。
「オーエン! すいません、遅れました!」
「おおう……本当に遅れましたねぇ……」
彼女が来るまでの間、右肩付近に一発。左太ももに一発。計2発のブレスをかすめてしまった。
どちらも直撃こそ避けたものの、酷い火傷後になっている。
「だ、大丈夫ですか……?」
「表面が焦げただけだ。動きに支障はない」
たぶん、元の世界で同程度の傷が出来たなら、痛みにのたうち回ってるんだろうけど。
純魔力製の身体に加え【ギフト】やらなんやらのおかげで、時折痺れが走る程度にとどまっている。
「兄様」
「ネアール。頭は冷えたかな?」
「……はい、おかげさまで。指導していただいたことを生かして、全身全霊で挑みます!」
少し離れた場所では、兄と妹の小さな会合が果たされていた。兄妹仲は冷え切っていると思っていたが、別にそうでもない様子。
俺は1人っ子だったので、ああいうのは少し羨ましい。
「なーにお兄様の手柄にしちゃってるんですかまったく。さっきまでビビり散らかしてたくせに……」
「まま、いいじゃないか」
ウェスタは不服そうに声を漏らしていたが。
「さあて。役者も揃ったことだ。第2ラウンドを始めようか」
パウルスがまるでラスボスのごとく両手を広げだした。それを受けてネアールも、静かに俺たちの元へやって来る。
「いいですか。
「……わかってますわよ」
ぶっきらぼうなネアールの返事に、ウェスタは「本当に分かってるんでしょうね……?」と懐疑的な目を向けている。まあ、あの様子なら大丈夫だろう。
隣のネアールは、決意のこもった顔をしてるからな。
「いけっ!」
パウルスの掛け声に呼応するように咆哮したドラゴンが、猛烈な勢いで尻尾を振り回し始める。
狙いは、俺だ。
『インディゴドラゴンは、全身を非常に硬いウロコで覆っています。攻撃はミニマムドラゴンに任せて、オーエンは注意を引きつけてください』
『了解だ』
その直後、ウェスタの魔力が刻印になだれ込んでくる感覚が。火傷の痛みも感じなくなり、力が増し、活力が湧いてきた。
「おおっ!」
先ほどなら、なんとか避けるので精いっぱいだった攻撃。
だが魔力供給量が増えた今なら、受け止めることが出来る。
ガチン、と金属同士を衝突させたような音が鼓膜を揺らす。腕の骨と筋肉が軋み、嫌な音を立てているがとりあえず動きは止められた。
「……っ」
視界の右端に、大きく展開しているネアールたちの姿が映る。ミニマムドラゴンの喉元は淡い光を発している。
もう一押しだな。
俺は一瞬だけ、戦鎚に込める力を緩めた。当然ドラゴンの尻尾は塞き止められていたエネルギーを爆発させて迫りくる。
そこで俺は素早く尻尾と地面の間へと滑り込んだ。その間も戦鎚は決して手放さない。
パウルスがこいつにどんな指示を出してるのかは知らない。まあ彼は本気じゃないし、逐一こうしろああしろと命令しているわけでもなかろう。
ある程度は自己の判断に任せているはずだ。
確かにウェスタの言葉通り、インディゴドラゴンは全身を硬いウロコで覆っている。
だがしかし、急所である喉元はお留守なのだ。
俺は全身全霊で、戦鎚を振りかぶり。
──ガアアァ!!!
急所へと叩きこもうとしたその時。ドラゴンは巨体に似合わぬ速度で身を
かくして俺の渾身の攻撃は失敗に終わってしまったが……真の目的は果たされた。
ちらり、と右方を見やる。そこでは遊撃を任されたミニマムドラゴンが、今まさにブレスを放とうとしているところだった。
もちろん、インディゴドラゴンは俺に意識をとられており気づいた様子はない。
ネアールが【ギフト】と魔力でフルブーストし、白熱化したブレスが今にもインディゴドラゴンの喉元を──。
「ぐふっ……!?」
……通り過ぎ、かぎ爪にブロックされたままの姿勢で、宙に取り残されていた俺に直撃する。
コンマ数秒間だけ視界がブラックアウトし、きりもみ回転を交えて地面に叩きつけられた。
「オーエン! 大丈夫で……すか、それ……?」
「あぁ……」
慌てて駆け寄ってきたウェスタに抱き起される。逆方向にいるネアールも、口元に手を当て青ざめた顔でこちらを見ている。
今にも追撃にインディゴドラゴンが来る……と思ったが、パウルスに『待て』を食らってたたらを踏んでいた。
「ヒューマくん。今の動きは、もしかして釣ろうとしてたのかな? しかも自分で判断して、かい?」
「そうだっ……」
体中が痛い。身じろきする度に、みしりと嫌な音がする。
前食らった時は一発で逝けたからわかんなかったが、ドラゴンのブレスをまともに食らうとこんなに痛いのかよ……。
「ふふ、だろうね。なんとなくわかってたよ。クライエスさんは目線でフェイントかけてたけど、彼と連動したものじゃなかった。だから独断だろうと思ってさ。あえて引っかかるフリをして、ミニマムドラゴンのブレスがくるであろう位置に誘導したのさ」
「……」
図星だったのか、正面を向いたまま黙りこくるウェスタ。
俺の知らないうちにサポートしてくれていたらしい。
独断で動かない方が良かったかもしれん。
「ああちなみに何で分かったかって言うとね、私は……ほら、第57軍団の団長だから。その気になれば──」
ちなみに俺が心の中で反省している間も、パウルスはずっと1人で何やら喋っている。
ウェスタとネアールもうんざりした顔してるし、たぶん誰も聞いてないけど……。
「そこで、私の大きな杖がビクビクって──」
楽しそうだし、触れないでおこう。
『オーエン、体力は回復できましたか?』
『ん?』
と、ここでウェスタがテレパシーで話しかけてくる。
『言われてみれば……なんだか痛みが引いてきたな』
『パウルスが卑猥なこと言ってる間にも、私がオーエンに魔力を補充してましたからね。ほとんど元通りに動けるはずです』
『卑猥? ンなこと言ってたか?』
『…………解釈の違いです。それよりも、両腕を見てみてください』
『両腕? わか──うおっ!』
ウェスタの言葉に従い、骨がくっついたばかりの両腕を見やると。そこにはいつの間にかびっしりと
それも、集合体恐怖症の人間が見たら卒倒するレベルの。
『さっき抱き起した時に気付いたんです』
『え、いや、え? これ何? なんかしたのか? 寝てる間にステーキでも食わせてくれた?』
『私は何もしてませんよ。オーエンが自力で、発現レベル1の壁を突破したんじゃないですか』
──今のオーエンは首筋にしかないですけど、上のレベルが解放されてくにつれて徐々に広がっていきますよ。
かつて4年生の試合を観戦している時に聞いた、ウェスタの説明を思い出す。そうか。俺、ウェスタが散々ヘラってた壁とやらを突破したのか。
『オーエン、本当に何したんです? クラリア先生にヤバい薬とか飲まされてませんよね?』
『そんなことはない、と、思う。いや思いたい』
ありえそうな例えを出してくるのは止めてほしい。
『そうですか……まさか、こんなあっさりと突破するなんて。一体どんなからくりが』
『まま、よかったじゃないか。これでバンガルドと戦えるな』
『まだ油断はできませんよ。まずはじっくりと身体を慣らさないといけないんですから』
『あ、いきなり使えるってわけじゃないんですね』
『使えないってわけではないですけど、オーエンの負担が大きいですから』
ウェスタの詠唱でパワーアップする、ってのやりたかったんだがな。
ひとまずお預けか。
『ささ、体力も回復したでしょうし、パウルスが油断してる今のうちに反撃しましょう』
『わかった』
身体の調子を確かめるように、ゆっくりと立ち上がる。軽く手足を伸ばしたりジャンプしたりしてみたけれど、特に痛い場所はない。
対角のネアールも杖を構え直し、じりじりと距離を詰めていた。
しかし。
「──さて、クライエスさんとネアールの改善点も把握できたし。本当ならもっと楽しみたいところなんだけど、どうやら私たち以外の試合は終わってしまったようだ」
パウルスは手元の『観戦玉』に一度目を落とし、それから獰猛な笑みを浮かべた。
「そろそろしまいにしようか」
1人語りタイムを終え、正気に戻ったパウルスがすっごく大きい杖を掲げる。先端の宝石がビクビクと震え、青白い光を……って、今気づいた。卑猥ってこれのことだったのか。
「【
前にハルドリッジが言っていたのと同じ、【ギフト】の発現レベルを引き上げる呪文が唱えられる。
首筋の辺りしか光を帯びていなかったのが、両前足まで広がっていく。
──ガァァアァァァ!!!
喜びを爆発させるかの如く、インディゴドラゴンが吠えた。
口元から発せられる熱気。より肥大した筋肉。爛々と輝く深海の瞳が魅せる眼力。
全てが、桁違いだった。
「ネアール! さっきみたいなヘマしたら許しませんよ!」
「わ、わかってますわよっ!」
ウェスタの言葉に威勢よく返したネアール。だが足は竦み、杖を持つ手は震え、歯がカチカチと鳴っている始末。
しかしその目は変わらずにパウルスを見据えており、諦めているわけではなさそうだ。
『……ふん、やるじゃないですか』
彼女の姿を横目で見ていたウェスタが、心の中とはいえ称賛の言葉を送る。
男よりも男らしい、覚悟を決めた表情だった。
『負けてはいられませんね』
ギリ、と音がするくらいに杖を握りしめる。
『というわけで、ちょいと我慢してください』
『……俺への負担が大きいんじゃなかったのか?』
『ご心配なく。せいぜい全身に徹夜明けの頭痛と同じくらいの痛みが走る程度でしょう』
『リアルだなおい』
『なので、お願いします』
まあ、ネアールに負けたくないという気持ちもわかるし。徹夜明けくらいならいいか。
『わかった。どんな痛みだって我慢してやるさ』
『本当ですか!』
『……』
単なる常套句なのに、ウェスタはそのままの意味に捉えてしまったらしい。
『いや今のは比喩みたいなもんで……』
『ふふふ。控えめにいく予定でしたけど、オーエンがそう言ってくれるなら最大出力でいきましょうか』
駄目だ。すっかりその気になってやがる。
『仕方ないな』
『んふふ、ありがとうございます!』
やたらとニヤニヤしながら杖を俺に向けてきた。
ずいぶんと嬉しそうな声色だな。
『……いきなりそんなことして、大丈夫なのか?』
『私も最初はセーブするつもりでしたけど、そうも言ってられなさそうですから』
ちらりとインディゴドラゴンを見る。
俺を視界に収め、ヨダレをだらだらと流していた。
あれは肉食動物の目だ。
『まあ確かにそうだな』
『そうでしょうとも』
「話し合いは終わったかな?」
と、ここで律儀に待っていてくれたパウルスが口を開く。
インディゴドラゴンは待ちきれないとばかりに、天へブレスを吐いた。
「ええ、おかげさまで。ですが、もう少しだけ待ってください。どうしても、やりたいことがあります」
確固たる決意がこもった瞳を向けられて。
「いいとも。模擬戦、だからね。試せることはどんどん試すべきだ」
パウルスはしかと頷く。
それを受けてウェスタは、ばっと両手を広げる。
「【
直後、尋常じゃない量の魔力が俺に流れ込んできた。首筋と両腕の皮膚が焼け落ちそうなくらいに熱を帯びる。
明らかに許容範囲を超えた魔力を一度に流されたせいか、次いで吐き気と悪寒が襲い掛かってくる。
ウェスタも似たような症状を感じているのか、顔色が酷いことになっていた。
だがしかし。
負けじと杖を掲げて。
「【
勢いよく振り下ろす。
「アガガガガアアアアアアアアッッッ!!!!」
その瞬間。俺はとてもじゃないが、自分の喉から出ているとは思えない唸り声を上げた。
直後に
なんとか、唇を噛んで防いだが──。
「君達では、まだそこに手を伸ばすのは早すぎるね」
気付けば、凍てつくような瞳のパウルスがインディゴドラゴンに指示を飛ばしていた。
生物としての本能が警鐘を鳴らす。
だがしかし、急いでその場から飛び退こうとするも、自分のものじゃないかのように足が動かない。
結局俺は一歩も動けないまま、ブレスの直撃を食らった。
「ぐううっ!」
のだが、なぜか吹き飛ばされることなく。四つん這いで踏ん張って耐えることに成功した。しかも痛みはほとんどない。
凄いな、これがウェスタの呪文の効果か。
皮膚が鋼鉄の如き硬さになり、全身のあらゆる筋肉が躍動しているのが伝わってくる。
対面のインディゴドラゴンも、まさか俺が耐え切るとは予想していなかったらしく、驚きに目を見開いている……ような気がする。
ドラゴンだからわからんけども。
とはいえ。この力があれば、勝てる。
「っ!」
かもしれなかったが。あいにく身体の方が持ちそうになかった。何せ、尋常じゃないくらいに身体中の筋肉という筋肉が痛い。
このまま戦うのは不可能だ。
「オーエン!」
「おや、いくらブレスを耐え切る力があるとはいえ、さすがに終わりかな?」
膝をついた俺と駆け寄るウェスタを纏めて睥睨するパウルス。
またもや『待て』を食らったドラゴンが滅茶苦茶イラついてるけど、後で焦がされたりしないんだろうか。
「……今ですわ!」
だがその時。ネアールが合図を出す。
後方から白熱化したブレスが飛来し、インディゴドラゴンの翼に直撃した。
いかに頑強なウロコで覆われているとはいえ、無防備な状態で受ければダメージは少なくない。
──ガァァ!
インディゴドラゴンは数歩よろけ、後ろ膝をつく。
「おぉ、意外とやるじゃないですか」
あのネアールに対して辛辣なウェスタも認める、見事な奇襲であった。
「ああうん。確かに見事な奇襲だったよ、ネアール。さすがは私の妹だ」
でも、それはあくまで一般論だ。
ウェスタとネアールを同時に相手しながらも余裕を見せられる、この男には通用しない。
彼はあざ笑うかのように一瞬でドラゴンの翼を治療すると、ミニマムドラゴンへ向けて杖を掲げる。
「ひっ……!」
インディゴドラゴンは一瞬でネアールの眼前へ到達し、尻尾でミニマムドラゴンごと薙ぎ払う。
ネアール自身は『プロテクター』のおかげで無傷だったものの、ドラゴンの方はなんと一撃で消滅してしまった。
その様子をしかと確認した彼女は、地べたにへたり込んでしまう。
「ふむ。まだまだ練習が必要だね」
パウルスはそう呟き、インディゴドラゴンを引き連れて俺たちの元へやって来た。
対する俺は痛みのせいで上手く立てないし、先の呪文の影響か、ウェスタからの魔力供給は明らかに減少している。
「……私たちは、もう戦えません。降参です」
だから、ウェスタが両手を上げたのも、仕方のないことだろう。
◇
模擬戦も終結し、それではお開きに……とはならない。
このイベントのもう1つのメインディッシュは、兵士たちが自ら対戦相手だった生徒の改善点を指摘する、というものである。
敵軍との豊富な実戦経験を持ち、1人1人が戦闘のエキスパートである第57軍団。
彼らが余裕を持って生徒たちを叩き潰し、動きなどのアドバイスを行う。
「えっ? 兵士さんに勝った人がいるんですか!?」
という趣旨だったのだが。
何人かは勝ってしまったらしい。
「そうなんだよ。まさか、この平和な時代に私たち現役の兵士に勝つ生徒がいるなんてね。後でクレーム対応に追われそうだ……」
パウルスからしても想定外だったようで、額に手を当て天を仰ぐような仕草をする。
ちなみにその1人はコルネだ。ウェスタが会場に戻り、パウルスが指示を出すまでの隙間時間に。
「ウェスタぁんお疲れ様です! パウルスさん相手に最後の詠唱、すごくカッコ良かったですよ! ……え、私ですか? 普通に勝ちましたけど、それがどうかしましたか?」
と、ハイテンションで言ってきたからな。
その後ウェスタが八つ当たり気味に俺を杖に戻したせいで、再びあの頭痛がぶり返してきている。実体がないのに、頭が痛いって感覚はなんであるんだよ。
「……っと、すまない。君たちには関係のない話をしてしまった。アドバイスだけど──」
それからパウルスは自身の経験なども絡めて、ウェスタに向けてアドバイスをし始めた。話を聞くに、彼女は俺の知らないところで目線でのフェイント、ネアールと挟撃するタイミング調整等など色々やってたらしい。最も、結果的に俺が独断で動いたせいもあり全ておじゃんになってしまったようだが。
これからは動きを逐一報告せねばなるまい。
意見共有は何事においても重要だ。
「──だから、どんな相手だろうと恐怖心に心を支配されないよう、冷静に状況を見極めるのが重要なんだ……とまあ、こんな感じかな。試験まであまり時間もないし、大変だろうけど頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「うん」
パウルスは最後に儚げな笑みを浮かべて、ネアールの元へ歩いていった。
その後ろ姿を見送っていたウェスタが、ぽつりと呟く。
「恐怖心、ですか……」
『恐怖心?』
『先ほどパウルスに言われたことです。どうも、私の立ち回りは「常に何かを恐れている」ように見えるらしいんですよ』
ううむ、とウェスタが首を捻る。
『そうなのか。結構勇敢に立ち回ってた気がするんだけどなあ』
『私もそのつもりだったんですけど……彼ほどの天才だと、見える景色が違うでしょうし。もしや、ペルペラを唱えたのがまずかったのでしょうか』
『それって、さっきの激痛の原因のやつか?』
思わず聞き返した。
『はい。【
『反動ねぇ』
徹夜明けどころか、人生で感じたことがないレベルの痛みだったんだが。
『ご、ごめんなさい。前に使った時は別に何ともなかったので、そこまで痛みを伴うものだとは知らず』
『ひょっとしてウェスタがぽんぽん契約切られてたのって、それが原因じゃねえの?』
『ふふ、そこはご安心を。ペルペラが原因で契約を切られたことは1度しかありません』
『……自慢げに言うことか?』
まあでも、このイベントのおかげで大きな1歩を踏み出せたのはかなり大きい。
バンガルドの特攻をいなせる可能性も現実味を帯びてきた。
あと1か月。それまでに俺も色々とカタをつけておかないとな。
「会場にお集まりの皆さん。本日は我々第57軍団が主催するイベントに参加して頂き、誠にありがとうございました」
と、ここでいつの間にか壇上に上がっていたパウルスが閉会のアナウンスを出した。それを受けて、兵士からアドバイスを受けていた生徒も開会の時に指定されたポジションへと移動していく。
その中には先ほどまでパウルスの指導を受けていたと思われるネアールも含まれていた。
彼女はウェスタのことをちらりと
「あ、ちょっといいですか」
したがその前にウェスタが呼び止めた。
ネアールも足を止め、不機嫌そうに振り向く。
「最後のミニマムドラゴンのブレス、あれは大変いいものでした。最初お兄様にビビり散らかしていた割には、結構やった方じゃないんですか?」
やけに挑発口調なのが気になるが……おそらく褒めているのだろう。
ウェスタなりの激励というヤツだ。
だが。
「……話しかけないでくれます? この後直ぐに殿方と会う約束をしておりますの。貴女の水っぽい香水の匂いが移ってしまいますわ」
そう吐き捨てて、スタスタと歩いていってしまった。
ネアールの後ろ姿に向けて、無言のままウェスタが顎下を人差し指で突きさすジェスチャーをし始めた。
『それ、どんな意味だ?』
『頸動脈を突かれて死ねって意味です』
『怖え!』
『当然の報いですよ。せっかく励ましてやったのに、なんですかあの態度は』
ネアールのあんまりな返しに、ウェスタは怒り心頭のようだ。
俺もマネージャーに似たような態度をとられたことがあるし、気持ちはわかるが……。
俺には見えてしまったのだ。
去り際。ネアールが歯を食いしばり、その目には涙が溜まっているところを。
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