第21.5話 自分を信じて
ネアール・アウグル・ポントゥムには、召喚魔導士としての才能が無い。
それはこの学園に来てから嫌というほど味わされた、紛れもない事実である。
入学早々、自信満々で挑んだ初めての実技試験にて。
何言ってるかわからないくらいキツイ方言で喋る、英雄の娘とやらにボロボロにされた。
その敗北を糧に努力して、いざリベンジしようと思ったら、その娘はコルネとかいう女によって心身共にへし折られていた。
そのような経験を経て、彼女は自分の限界というものを自覚していたつもりであった。
が、かつての英雄ガイウス・クライエスにも迫らんほどの才覚を持つ、兄パウルスの指導下において。
ネアールはそれをより、強く感じるようになる。
「それではダメだ。自身の下僕を手足のように扱え。ただし、おざなりな態度をとってはいけない」
「常に相手の召喚魔導士がどこを見ているかチェックしろ。瞳の動きで、考えを読み取るんだ」
「魔力の質を高める努力を怠るな。魔力総量には限りがあるが、その質には上限がない」
兄の指導は別段厳しくも、優しくもなかったが……ネアールにとっては耐えがたい苦痛だった。
まるで自分を構成する、大切な何かをガリガリと削られていくような。
お前は所詮、その程度だと。どれだけ努力しても、足掻いても、本物には届かないんだぞと。
解らされている感覚がしたから。
とはいえ。いかに凡人であろうと、希代の天才が教鞭をとれば成長しないはずもなく。
彼女の下僕であるミニマムドラゴンは、たった1週間程度で【ギフト】を発現することが出来た。
だがしかし、伊達に2年間もこの学園に在籍しているネアールではない。
どんなポンクラでも、教科書通りの訓練を積めば、発現レベル1くらいなら簡単に達成できると知っている。
ここから次に進むまでにかかる時間は、人によって様々だ。
『マーズ』の解析によって多少は楽になったものの、それでも発現レベルを上げるには未だに個人の才覚によるところが大きい。
何も考えずにアドバイスをなぞっているだけでは、生涯かけてもレベル2には至らないだろう。
「それにしても、クライエスさんかぁ……。ネアールは、いい
「……はぁ?」
昨日。ウェスタと別れ、イベントの宣伝をしている最中。
唐突なパウルスの言葉に、ネアールは思わず口調を荒げてしまう。
「あれほどの魔力総量を持つ召喚魔導士は、そうそういないからね。せいぜいクラリア先生くらいじゃないかな。純粋に張り合えるのは」
「確かに、その点に関しては、同意します」
昔のウェスタは自身の圧倒的な魔力量にものを言わせた持久戦を得意とする召喚魔導士だった。
最も、コルネが操る『自己修復』の【ギフト】を持つホーリードラゴンに真っ向からひねりつぶされてからは、そのスタイルを捨てたようだが。
「彼女は天才だよ。やっぱり、ご両親に似たんだろうね。ネアールが憧れてた気持ちもちょっとわかるよ」
「……」
そう。ウェスタは、自分と違って。本物と肩を並べられるポテンシャルを持っているんだ。
なのに、いつもいつもコルネやバンガルドといった傑物達と自分を比べて、勝手に諦めている。
自分を信じて努力すれば、絶対にそこへ行けるはずなのに。
明らかに向いてないであろう難しい教科ばかりを選び、自分から筆記試験の点数を下げて、退学のレッドラインへと堕ちている。
「ああいう人と時間を共に出来るのは、とても貴重なことだよ。彼女の動きを出来るだけ盗めるといいね」
今回の筆記試験は特に難しいし、もしかすると……いや、このままなら確実に退学するだろう。
喉から手が出るほど欲しい
妬ましくて。羨ましくて。もどかしくて。どうしようもなくイライラする。
だから私は。
ウェスタのことが、嫌いなんですの。
◇◇◇
湿り気のあるざらざらとした何かを、頬に擦られて目が覚めた。
まどろみの中に落ちていた意識が、少しづつ這いあがってくる。
「んぅ……?」
他人には絶対に聞かせられないであろう声を出し、ネアールはゆっくりと身体を起こす。
彼女の胸とお腹の上にあった木の葉たちが、ゆらゆらと宙を舞って地面に落ちる。
何かに擦られた部分を撫でながら周囲を見回すと、光沢のある紅いウロコを持つ、小さなドラゴンと目が合う。
──ギャッ!
どうやら気絶している自分に木の葉をかけて姿を隠し、時折頬を舐めてくれていたらしい。
そう理解したネアールは、ご褒美だとばかりに彼の顎に触れた。
目を細めて、気持ちよさそうにしている。
ひとしきり撫で終えた後、ネアールはローブに付いた汚れをはたき落として立ち上がった。
最初はどうにかウェスタと協力……はしないまでも、それなりに知恵を絞ってパウルスに立ち向かおうとしていた。
しかしウェスタに手を差し出され、それを満足そうに眺めるパウルスの姿を見て、やり場のない怒りが爆発してしまったのだ。
今頃、ウェスタはあの兄に1人で立ち向かっていることだろう。
さっきまでいがみ合っていた相手が、派手に突っ込んで吹き飛ばされたのだから。
徒党を組んで行っていたイジメも軽くあしらっていた彼女だ。
心の内では、自分のことを嘲笑っているかもしれない。
と、考えていたネアールだったが。
「はぁ……はぁ……やっと見つけました。全く、どうして私が突撃ゴブリン娘のお守りをしなきゃならんのですか」
生い茂る背の高い草木をかき分けて、ウェスタの
直ぐに表情を取り繕い、デフォルトのふてぶてしい顔を維持する。
「ふん、悪かったですわね。ゴブリンみたく特攻して」
「お、わかってるじゃないですか」
ウェスタは感心したように頷いた。
こういう顔を見ると非常に腹が立つネアールだったが、今回は完全に自分が悪いので我慢する──。
「ささ、早く戦線に復帰してください。一緒に戦いましょう」
だがしかし。ウェスタに手を差し出された手を見た瞬間、再びネアールはダムを決壊させてしまう。
パシンと手を払いのけた。
「結構ですわ!」
その場の勢いのまま、くるりと背を向けて歩き出す。
が、慌ててウェスタがネアールの右肩をがっしりと掴む。
「ちょいちょいちょい、いいんですか? 大好きなパウルスお兄様の整ったお顔におしっこをかけるおつもりで?」
「……パウルス兄様のことは、嫌いです」
「嫌いなら、なおさら協力してください。この模擬戦は、2対1を基本とする仕組み。このままでは金貨が貰えるかもしれないチャンスを逃してしまいます」
「たとえ、2人で協力したとしても、勝てませんわ」
ネアールは背を向けたまま、ぶっきらぼうに言い放つ。
最後の語尾が震えていたことには、気づかずに。
「確かに勝てないと思いますけど、
「いい加減にしなさいな!」
振り返り、逆にウェスタの肩を掴んで叫ぶ。
ネアールの足元にいるミニマムドラゴンが、不安そうに喉を鳴らした。
「……そういえば貴女、バンガルドに目を付けられたらしいですわよね? どうせ詰んでいらっしゃるのですから、残り1か月、おとなしくしてなさいな」
いつも彼女を煽っていた時みたく、
人の神経を逆なでする口調で、吐き捨てた。
だが、ウェスタは眉をピクリと上げるだけで、困惑するだけだった。
「……嫌ですけど」
「は?」
つい聞き返してしまう。
「嫌、と言ったんです。私はたとえ、バンガルドから狙われ退学になるのだとしても、最後まで自分を信じて立ち向かうことにしたんです」
「自分を、信じて……?」
どれも、あのウェンスタラスト・クライエスが発したとは思えない単語の数々。
「ある人に言われたんです。『もう少しだけ、自分を信じてあげてほしい』って。私はコルネにはもちろんバンガルドにも逆立ちしようと勝てませんが……それでも、励ましてくれた人がいるんです。だから、もう、逃げません」
「……っ」
そうか、とネアールは悟る。
『彼』がウェスタを変えたのだと。ウェスタと似た雰囲気を纏い、けれど自分と同じような雰囲気も持っていた彼が。
一番どうしようもない状況にいた彼が。
『自分を信じて』と言ったから、ウェスタは変わったのだと。
「まあ、優秀な家族を持つと何かと辛いのは理解できますし、無理にとは言いませ」
「わかりましたわ」
杖を強く握りしめ、強い視線を目の前の双峰にぶつける。
もう眼前にいる女は、自分と同じかそれ以下の負け犬ではなく。
「ウェスタ。貴女に協力しますわ」
「……そうですか。ありがとうございます」
今まさに自分を追い越そうとしている、存在なのだと気づいたから。
はいそうですかと道を譲るわけにはいかないのだ。
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