第21話 イベント開始

 あれから時間が経ち、結局パウルス主催の模擬戦には104名もの参加者が集った。

 超がつくほどのイケメンで、更に実力もすさまじい彼が主催したにしては少ない。そう思っていたのだが、ウェスタ曰く『これでも多い方』らしい。なんでもパウルスの指揮する第57軍団は、戦争終結後も国境付近で戦い続けた精鋭揃いなので、生半可な召喚魔導士はほとんど一方的にやられてしまうのだとか。

 一瞬でボコボコにされたら練習にならんからな。


 一応それは主催者であるパウルスも理解しているようで、兵士は純粋な1対1ではなく、生徒2人を同時に相手するというハンディキャップつき。更に生徒側は常に『観戦玉』で兵士の位置を把握することまで出来る。

 

 制限時間は30分。実戦形式と同じく相手の幻獣を消し去るか、時間切れまでにより多くのダメージを与えた側の勝利だ。

 しかし生徒側もペア相手と対戦相手の兵士さんを選ぶことは出来ず、あらかじめ割り振られた番号をランダムに振り分けることで決定される仕組みになっている。

 

 『軍人は、基本的に配属先と相棒を選べない』ということだそうだ。

 なお、模擬戦終了後には直接兵隊さんからアドバイスを貰えるらしい。


 『予想はしてましたけど、ものすごい観客の多さですね……しかもほとんどが女子生徒です』

 『やっぱパウルスって、召喚魔導士女子のアイドル的存在なんだな』


 俺の方では7時間と少し。ウェスタの方では翌日。

 仮眠もばっちりとった俺は、深夜3時にウェスタの呼びかけに応じて訓練場へとやってきた。

 先ほどウェスタが漏らした通り、会場となる模擬戦場の前には多くの女子生徒が詰めかけている。

 会場近くで『観戦玉』を起動すれば、好きな試合を観戦出来る仕組みだそうだ。きっと大半がパウルスの姿を見ることだろう。

 彼女らをかいくぐって受付を済ませ、ウェスタは胸部に『プロテクター』を取り付け所定の位置へと赴く。

 待機場所には既に大勢の人がおり、他の生徒と雑談を交わしたり瞑想していたりと様々だ。

 

 「あっ、ウェスタ! お久しぶりです!」

 「うわっ……」


 その群衆の中には、学年最強の名を持つ黒髪美少女のコルネもいた。

 彼女はウェスタの姿を見つけると、滅茶苦茶嬉しそうに駆け寄ってくる。


 「あらちょっと、その反応はいかがなものでしょうか?」

 「すいません条件反射です」


 コルネはショックを受けたように仰け反った。

 

 「そんな! ……というか病棟にいたそうですけど、体調は大丈夫ですか? ここ数日の間は授業にも出てませんでしたけど……」

 「充分な休息をとったので大丈夫です。アリテラスたちにもお見舞いに来てもらいましたし、クラリア先生に休んでいた間の授業内容も教えてもらえましたので」

 「まあ、私にも病室を教えていただければ行きましたのに……」


 しかし何度か戦ったことがあるとは言ってたけど、ここまで仲良さそうに話せる間柄だとは。

 コルネと話している時のウェスタは、アリテラスたちと話してる時と同じくらいリラックスしているように見える。


 「ああそういえば。ウェスタは何番でしたか? 私は31番でしたけど」

 「……73番です」

 「73番! わかりました、覚えておきます。ふふ、同じペアになれるといいですねっ」

 「そうですね私もそう思います」

 「はい! あ、そろそろ始まりますね。では、ごきげんよう」


 ウェスタが適当な返しをしたのとほぼ同時に壇上にパウルスが現れる。

 それを見てコルネも軽く手を振って戻っていった。

 雑談の声も徐々に小さくなっていく。反対に観客陣からは猛烈な歓声が上がった。


 「生徒の皆さん。今日は我々レールス帝国軍第57軍団が主催するイベントに参加してくれてありがとうございます。皆様1人1人に──」


 脳幹に訴えかけてくるような滑らかな言の葉の数々を紡ぐパウルス。

 前回対面した時も感じたことだが、彼の声は聞いてるだけで自然と「この人の下に就きたい」と思わせる何かがある。

 天性のカリスマ、というやつだろう。

 仮に俺が兵士で、もしパウルスがマネージャーみたいな声色だったならば、迷わず謀反を起こす自身がある。


 「それでは、皆さんお待ちかねのペア分けを発表致します。こちらに表示された番号を確認し、先ほど説明した通りに動いて下さい」


 パウルスが左手を掲げる。兵士さんたちが数人がかりで番号が打ち込まれた、馬鹿でかい看板を持ってきた。

 ウェスタの番号である73番の相方の番号は……1番。

 幸か不幸か、コルネとペアにはなれなかったようだ。


 『いやいや超ラッキーでしょう。コルネとペアなんて想像するだけで怖気が走ります』

 『そこまでいうか』


 あんなに仲良さそうだったのに。


 『仲良くないですよ。コルネが一方的に迫って来てるだけです』


 ウェスタは素っ気なく返して、指定された魔法陣の上に立つ。

 それから隣にいる、今回ペアを組む予定の1番さんに挨拶しようとして──固まった。

 互いに唇を震わせ、ゆっくりと口を開く。

 

 「「なんで、貴女あなたが……」」


 ウェスタのペア相手は、まさかのネアールであった。


 ◇


 模擬戦の舞台となるステージは、鬱蒼とした深い森の中だった。

 一番に抱いた感想は『雑多』である。

 日本でもよく見かける針葉樹みたいな木もあれば、ジャングルの奥深くに居を構えてるようなヤシ類の木もある。

 しかし不思議なことに、それらは互いを尊重しているかのように植生していた。


 「よりよってウェスタとだなんて……陰謀の匂いがしますわ」

 「甘ったるい香水の匂いしかしませんけどね。鼻が曲がりそうです」

 「あらぁ、ごめんなさい。どこかの誰かさんと違って水で希釈してから使うのを忘れてましたわ」


 ……足を踏み入れる者までそうとは限らないか。

 ここに転送されてから、2人はずっとこんな調子で言い合いばかりしている。

 もう模擬戦は始まってるのにも関わらず、『観戦玉』でパウルスの位置を確認しようともしない。


 そして。


 「さて2人とも。お喋りはそれくらいにしてもらおうか」

 「「……っ!」」


 言葉と共に2人の間を切り裂くように藍色のブレスが飛来した。その後木に着弾したが、水分量が多いのか燃え広がりはしない。

 2人は息をのんで振り返り、相対する人物を見てまた息をのむ。

 しとやかに輝くウロコを持ち、前に見たオーガとは比べ物にならないくらいに、隅々まで幾何学きかがく模様が刻まれた藍色のドラゴンの横に立っていたのは、金髪碧眼の男。


 パウルス・アウグル・ポントゥムであった。


 「おっと、まさかクライエスさんに、ネアール。こりゃあ、随分なめぐりあわせだね」


 彼はわざとらしい口調でうそぶきながら、先端にサファイアが付いた杖を向けてくる。

 この世界の貴族はクジを弄るのが趣味らしい。

 おそらくウェスタがネアールとペアになったのも、対戦相手がパウルスだったのも全て仕込みだろう。

 

 「……仕方ありませんね。こうなった以上、手を取り合って協力しましょう」

 「……」


 ウェスタはため息を吐いて手を差し出すが、ネアールは硬直したまま動かない。パウルスは無表情のまま、2人の様子を見守っている。

 

 しばしの沈黙の後。

 ネアールはウェスタの手を払いのけ、杖を構えながらいきなり走り出した。


 「貴女は下がっていて下さいな!」

 「なっ、はっ……え?」


 その凄まじい剣幕にウェスタは困惑気味だったが、ネアールは目もくれない。


 「【顕現せよアクティブ】!」


 叫ぶようにして詠唱を完了させ、ミニマムドラゴンを呼び出す。

 そのまま勢いよく突貫していく。


 「へえ、嫌いじゃないよ」


 妹の様子にパウルスは口端を歪め、左手をゆらりと前に向ける。

 直後。ドラゴンが尻尾をブンと振り回し、ネアールはミニマムドラゴンもろとも吹き飛ばされてしまった。

 バキバキと木の枝が折れていく音が耳朶を打つ。

 

 「なっ……!」

 「全く。2対1で戦うというルールなのにさ。妹の性格には参るよ」


 一瞬でネアールたちを蹴散らしたパウルスは、次いでウェスタに杖を向けてくる。

 ウェスタの方も負けじと杖を構え、魔力を籠めはじめた。


 『はぁ、いいですかオーエン。おそらく、あの突撃女はまだ失格にはなってないでしょう。助けに行ってくるので、しばらくここで足止めしててください』

 『わかった』

 『パウルスはたぶん、コルネどころかあのショウ先輩よりも強いと思います。でも本気でくることはないはずです。貴方なら出来ますよ、オーエン』


 眼前のパウルスは割と本気マジな目をしてるが、あくまでもこれは模擬戦。

 その証拠にネアールは失格にはなっていない。たぶん相当手加減してくれている。

 俺もサウム狩りを経てだいぶ動体視力を鍛えられたし、時間を稼ぐぐらいならいけるかもしれん。


 「【顕現せよアクティブ】」


 静かなる詠唱を経て、俺はウェスタとパウルスの間に降り立った。同時に、ウェスタはネアールがふっ飛ばされた方向へ走り出す。

 彼はドラゴンをウェスタへとけしかけるが、俺は遮るようにローブをひるがえし、背中から『豪鎚ルース』を取り出した。

 襲い来るかぎ爪を、どうにかブロックすることに成功する。


 「は……本当に人間じゃないか」


 俺の姿と、手に持った戦鎚を見たパウルスは嘆息する。

 ヒューマを見るのは初めてか。


 「それに、君の持ってる武器。ドリスに貰ったものだろう?」

 「……知り合いなのか」

 「同級生だよ。そんなアンティークな武器を幻獣用に調節できるのは、彼以外にいないだろうからね」


 そう言って、パウルスは口を閉じ俺の様子をじっくりと観察し始めた。頭からつま先まで、ねっとりと。

 とはいえ俺の目的は時間稼ぎ。

 向こうが攻めてこないなら、こっちも攻める必要はない。


 「おや。【ギフト】を発動してるのに攻めてこないのかい? 今、隙だらけだよ」


 パウルスが自身の首筋をトントンと叩く。

 

 「攻勢に出たらすり潰されるのは目に見えてる。俺はウェスタとネアールが戻ってくるまで時間を稼ぐだけでいい」

 「へえー、大したもんだ」


 彼は納得したように頷き、杖を高々と掲げる。すると、ドラゴンの肉体中に刻まれた幾何学模様のうち、首筋の部分だけが淡く光りはじめた。


 「いいだろう。君たちの作戦に乗ってあげようじゃないか」

 「それはありがたいです」

 「ただし──」

 

 パウルスがニヤリと笑い、それに呼応するかの如くドラゴンも牙をむき出しにする。


 「それまで、私の下僕の攻勢を耐えられたらの話だがね」

 「なっ!」


 いきなりブレスが飛んできた。

 さんざんサウムの突進を食らってきた経験を活かし、なんとか身体をねじって回避。そのまま勢いを殺さず横方向に飛んだ。

 元いた場所に2発目のブレスが直撃する。まさか2発とも避けられるとは思ってなかったのか、パウルスは目を見開いていた。

 何気にネアールとやった時以来の対人戦であったが、俺だって長いことサウムと対峙してきた。

 ウェスタの援護がなくとも、手加減しまくってる今のパウルスなら時間を稼ぐくらいは出来る。


 「おおっ!」


 次いで飛んできたブレスを跳躍して避けた。空中へと逃れた俺めがけて鋭いかぎ爪が迫ってくる。

 それに戦鎚の一撃を合わせ、無事相殺。地に足をつけ再びスタートラインへ。


 「驚いたな……まさか、主のサポート無しでここまでやるとは思わなかった」

 「直に体力がきれますから、今のままでも倒せますよ」

 「冗談を。クライエスさんの魔力総量は私よりも多い。長期戦になればこちらが不利だ」


 は? ウェスタってパウルスより魔力多いのかよ。

 

 「だが、いくら魔力が多かろうと、質は私が勝る。少し、出力を上げさせてもらうよ」


 俺の言葉で火がついたらしいパウルスは、杖に魔力をこめはじめる。

 『待て』の姿勢を保っていたドラゴンも、途端に歓喜の雄たけびを上げて俺に迫ってきた。

 さっきとは威力もスピードも段違いのブレスが降ってくる。


 「ちなみにこのインディゴドラゴンの【ギフト】は身体強化、君と同じだ。最も、最強と幻獣であるドラゴンの、だけどね」

 「身に染みてます」

 

 なんとか躱したが、たまたまだ。数回、数十回と同じことを同じことをされたらたぶんもたない。


 ウェスタさんや、頼むから早めに来てくださいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る