第20話 金髪碧眼のイケメン

 クラリア先生に貰った2つの時計を見比べていたウェスタが、おもむろに口を開いた。


 「オーエンの予定までかなりの時間がありますし、訓練場に行きましょう」


 現在、日本の方は18時52分。自宅に着いてウェスタを呼んだのが18時を少し周ったくらいだったから、だいたい40分くらい経っていることになる。レールス側の時間はウェスタの部屋にある時計と違い、なぜか読めないのでわからないが……。

 先生が言っていた『3分の1』というのは確かなようだ。


 「サウム狩りの練習をするのか?」

 「いえ、サウム狩りは今のオーエンなら問題なく出来るでしょうし、直前に確認する程度でいいです」


 ウェスタは香水をつけ髪をきっちりとセットしている。


 「ひとまず私たちの目下の目標は、『対バンガルド』です。私たちを完璧にハメてくれた彼を、どうにか退ける方法を模索しなければなりません。とはいえ……」

 

 一瞬だけ視線を下に落とし、再び力強い瞳を向けてきた。


 「それが簡単に見つかるなら、そもそも学年ナンバー2なんて呼ばれてないでしょう。なのでまずは、訓練場の2階にある、『模擬戦場』という施設を利用します」

 「ああ、そういややたら人が集まっている場所があったな」


 2階に上がってすぐの場所にあった施設のことだな。思い詰めたような顔の人が多くいたのを覚えている。

 

 「今はちょうど4限中の時間帯なので人も少ないはずですから、滑り込んじゃいましょう」

 「……やっぱり、【顕現終了ノン・アクティブ】使わないとダメ?」

 「ダメです。規則ですから」


 そう言ってから、ウェスタは俺に杖を向けるのだった。



 『模擬戦場』は、俗に言うFPSゲームに似たシステムを採用している。

 場内に設置された、合計100個の魔法陣。それらは2つ1組になっており、該当する魔法陣がそれぞれ使用されれば、2人の生徒が同じステージに転送される仕組みだ。しかもそのステージは実際に実戦形式で使用されているステージと造詣が同じなので、マップ把握にも役立つ。おまけに利用する際には受付が生徒のストレンジレートを確認し、同程度の人物とマッチさせるため、一方的に蹂躙されることは起こりにくいように調整されている。もちろん任意で特定の相手と戦うことも出来る。

 

 試験のために模擬戦をしたいけど、自分の実力にあった練習相手を捜すのは難しい。

 この施設はそんな召喚魔導士たちの悩みを解消してくれる場所である。

 

 空いていれば。

 

 「えっ!? 全て利用中なんですか!?」

 「申し訳ございません」


 どうやら3年生は試験まで後2週間程しかないらしく、ほとんど彼らが使用中。実際後ろにも3年生が多く並んでいる。

 何人かは受付のお姉さんの言葉を聞いて、残念そうにきびすを返していた。

 ウェスタもその1人である。

 

 『困りましたね……』

 『どうする? 今日はもう解散するか?』


 試験の配点は半分以上が実戦形式に偏っているものの、だからといって座学を蔑ろにしていいわけではない。

 むしろバンガルドに絡まれるのが確定しているウェスタはより座学を重視する必要がある。


 『でも、明日となればオーエン側が朝になってしまいます。確か、予定があるんでしたよね?』

 『……まあな』


 明日は昼から夜にかけてシフトが入っている。

 それに今後のことも考えると、とある人物に頭を下げる必要があった。


 『うーむ、どうしたものですかね……』


 腕を組み、うつむき加減に歩くウェスタ。人気のある施設なので人通りも多めなのだが気づく様子はない。

 そのまま廊下へと出たせいで出入り口付近にいた、フード姿の女子生徒とぶつかってしまう。


 「……あっ」

 「あ、すみません。大丈夫ですか」

 

 肩同士が軽くぶつかっただけではあったが、虚をつかれたらしい女子生徒は尻もちをついてしまった。

 ウェスタは慌てて助け起こそうと手を伸ばそうとして──引っ込める。


 「なんだ、貴女あなたでしたか。心配して損しました」

 「ぶつかっておいて、その言い草はなんですのよ……?」


 フードの中身はまさかの、ウェスタと犬猿の仲のネアールだった。


 ◇


 あの後数十分待ってみたが、模擬戦場は空きそうになかったので、俺たちは諦めて帰路についた。

 結局今日の出番は掃除くらいしかなかった。ま、こういう日もあるだろう。

 ちなみになぜかネアールはウェスタにぴったりとくっついて来ており、先ほどから言い合いばかりしている。

 

 「ちょっと、何でついてくるんですか。貴女のお部屋は向こうですよね?」

 「そちらこそ、私についてくるの止めてもらえません? 第一、寮に戻るなら中央広場を通らない道の方が早く着きますわよ」

 「はあ……全く、これだから貴族様は困りますね。中央広場には屋台があるでしょう? そこから漂ってくる串焼きの匂いを堪能しつつ帰って、パンをかじるのが至福の時間なんです。自称神の子孫には私みたいな庶民の気持ちなんてわかりません」

 「いえそんな乞食みたいなマネ、庶民でもそうそうしないと思いますけど……」


 若干ひいているネアールを無視して、ウェスタは屋台近くのベンチに腰かけてさっき買ったパンを取り出す。

 『お肉の匂いを嗅ぎながらパンを食べる』彼女が最近ハマっているマイブームだ。

 俺もやったことがあるので気持ちはわかるが……。

 あそこまで屋台の店主に嫌そうな顔で睨まれながらも、美味しそうにパンを頬張ることは出来そうにない。

 もはや一種の才能だと思う。

 

 「……んぐっ。というか、どうして貴女が訓練場なんかにいたんですか。自称神様なら、訓練せずとも満点とってくださいよ」

 「私はあくまで『神の子孫』であって神そのものではありませんわ。試験も努力しないと点数をとれないので、誰かさんがベッドで眠ってる間にも、私は訓練場で己を鍛えていましたの。この国の兵士となるからには、自分の面倒は自分で見ませんとねぇ?」


 ウェスタが体調を崩したことを引き合いに出し、勝ち誇るように口端を歪めるネアール。

 このレスバは彼女に軍配があがったか。


 『ちょっと、冷静に見てないで助けてください。このままでは悔しい想いをしてしまう可能性が高いです』

 『無理だ。女同士の言い合いに俺が介入しても何の役にも立たんぞ』


 俺は妃花にボコされる壮真をこの目で何度も見てきたんだ。

 火の中に飛びこむような真似はしない。


 『大丈夫ですよ。女という生き物はある程度顔とスタイルが良い男がいれば自然とキャットガエルを被る生き物なので』

 『そんな単純なわけ……えっ、キャットガエルって何』

 『お、ほら見てください。ちょうどイケメンが歩いてますよ』


 俺の質問は華麗にスルーされた。

 まあイケメンが俺たちの近くを歩いてるのは事実だ。

 きめ細やかな金髪に、南国の海の如きグリーンの瞳。背もかなり高い。モデルをやってるって言われても信じちゃうほどのイケメン。

 隣のネアールをちらりと見ると、ウェスタの言う通りそちらを見てぴしりと硬直している。

 容姿の力ってやっぱりすごい。


 『ほら、私の言った通りです。あの女、今にもとろけるようなため息なんか吐いちゃいそうです』

 『確かにあれはイケメンだな。……ちなみにウェスタはああいうのタイプじゃないのか?』

 『もちろん、ストレートど真ん中です。腰に手を回して欲しいです』

 『生々しいな』

 『でも私は背が低いので、基本男性には相手にされないんですよね……』


 これ以上この話題を続けると藪蛇になりそうだ。しかしそんな会話をしてる間も、ネアールは全く動かない。

 すっかり骨抜きにされてしまったのだろうか。

 そう思い、彼女の顔をのぞいてみたが。


 「なんで、よりによってこのタイミングで……」


 頬を紅潮させるどころか、顔面蒼白になっていた。まるで偶然天敵と出会ってしまったような、そんな表情で。

 じりじりと後ずさっている。


 しかし。


 「あっ、やっと見つけた。こんなところにいたのか」


 件のイケメンはネアールを見つけると、眩いほどの笑顔を貼り付けてこちらへとやってくる。

 透き通りすぎて怖いくらいだ。


 「おや、君は? 妹のお友達かい?」

 「友達じゃありません。つきまとってくるだけです」


 なぜか先ほどとは打って変わってぶすっとした顔になったウェスタを見て、彼は肩をすくめた。


 「ああそうだ。自己紹介をしておこう。私の名前はパウルス・アウグル・ポントゥム。ネアールの兄だ」

 「……ウェンスタラスト・クライエスです。妹さんには色々と世話になってるかもしれません」


 ネアールのお兄さんとなればかなりの権力を持ってるはずだが、ウェスタに全く怯む素振りはない。


 「クライエス……なるほど。君がかの英傑の娘さんで、新種の幻獣を召喚したと噂の」

 「ほほう、自称神様にも名を知られているとは。天国の父と母もさぞ誇らしいことでしょう」

 「……っ!」


 ネアールも思わず息を呑むような皮肉を浴びせられたパウルスだったが、彼は悲しそうに苦笑いするだけだった。

 ウェスタの両親は戦争終結後に追放され、その後亡くなった。

 詳細は俺も知らないし詮索するつもりもないが……様子を見るに貴族連中が関わってるのかもしれない。

 少なくともウェスタの目には明確な敵意が宿っている。

 パウルス本人が直接関係しているというわけでもなさそうだが。


 「……実は、近々学園でイベントを開催する予定でね。クライエスさんも良かったら参加してほしい」

 「覚えておきましょう」


 仏頂面で頷くウェスタ。パウルスはそれを見て物憂げな表情を浮かべていた。

 超がつくほどのイケメンだし、女にこんな反応をされるのは慣れてないんだろうな。


 「じゃ、私はこれで。ネアール、行くよ」

 「……はい」


 パウルスは最後にウェスタへ軽く目くばせをした後、ネアールの背中を押すようにしてその場を離れた。

 彼女の表情はうつむいてるからわからない。でも、肩が震えている。

 貴族だし、兄妹だからといって安心できる相手じゃないのか。


 『ネアール、大丈夫なのか?』

 『ふん、今まで好き勝手やってきたツケがやってきたんですよ。自業自得です。……というか、いつの間に名前を?』

 『ポントゥムで会ってな。色々案内してもらった』

 『……そうですか。意外と優しいところもあるんですね。よし、じゃあ行きましょうか』

 『行くって、どこに?』


 そっちは寮のある方向じゃない気がするんだが。


 『訓練場ですよ。さっき彼らが歩いていった方向は寮の方向。今行くと鉢合わせになる可能性が高いです』

 『時間潰したいだけなら、別にここに座ってれば』


 俺の言葉を遮るように、ウェスタが屋台の店主に目をやる。

 忌々しげにウェスタを睨んでいた。


 『……そろそろ店主さんが怖いので、早くここを離れたいんです』

 『ビビるくらいなら最初から止めとけ』


 ブームの終焉は、あっけなく訪れるものだ。


 ◇


 再び模擬戦場に戻ってきたが、相変わらず多くの生徒が出入りしていた。

 一応60分の利用制限があるので占領されてるわけではないはずなのに。


 『いくらなんでも……多すぎません?』

 『確かにな』

 『それになんだか、女子生徒が増えてるような?』


 先ほど訪れた時の男女比は半々といったところだ。

 しかし今は8割がたを女子生徒が占めているし、中には明らかに実戦形式を選択してなさそうな生徒も混じっていた。

 熱に浮かされたように受付へと殺到する彼女らを見て、ウェスタは訝しげに眉を寄せる。


 『むむ。ちょっと聞いてみましょう』


 ウェスタは自分よりも少しだけ背が高い、幸薄そうな雰囲気を纏う女子生徒へと近づく。

 いかにも文学少女といった出で立ちだ。兵士よりも、看護師とかが似合いそうなタイプ。

 

 「すみません。今日はどのような目的でこちらにいらしたんです?」

 「えっ? あっ、ごめんなさい。邪魔でしたか?」

 「邪魔ではありません。ただ、時間帯にしてはやけに人が多いものですから」


 口ではああ言ってるけど、たぶん彼女が別の目的で来てることを察知したんだろう。

 それに彼女自身も気づいたらしく、苦笑した後に懐から1枚の紙を取り出した。

 

 「さっき、寮の近くでこんな広告が配られててね。興味もあるし来てみたの」

 「『第57軍団による模擬戦参加者募集 兵士に勝利した場合は賞金あり』明日開催、ですか。魅力的ですね。貴女も参加するので?」


 ウェスタの問いに、彼女は頬を紅潮させながらかぶりを振った。


 「ううん。私は戦闘向きじゃないから……ただ、この第57軍団ってあのパウルス様が指揮されてる部隊だそうなの。見学も無料で出来るらしいから、どうして見てみたいなーって!」

 「なるほど……見学ですか」

 

 どうやらパウルスは『イベント』とやらの告知を行うために寮へと赴いたらしい。

 ここにいるのは実際に参加を申請しに来た人と、イケメン貴族のパウルスを生で見たい人の2パターンか。

 しかしこんな大掛かりなイベントならもっと前日などではなく、もっと大々的に告知してもよさそうだが。


 ……と思いながら広告を読んでいると、どうやら告知は5日ほど前からされているむねが記載されていた。

 ウェスタは寝込んでいたから知らなかったみたいだ。

 もしかすると、昼にいた彼らもこのイベントのために鍛えていたのかもしれない。


 『すみません、明日ちょっとだけでいいので参加できません?』

 『出場するのか?』

 『はい。こんな機会そうそうないので。実際の兵士ならバンガルドより強いでしょうから、現在の実力を把握できるいい機会になるかと』


 ウェスタがそう言うのなら、俺に断る理由はない。

 次に呼ばれるのは真夜中になりそうだがまあ、仮眠をとっておけば大丈夫だろう。

 

 「貴女はどうするの? 見学するなら──」

 「いえ、参加する側にまわろうと思います。ちょうど試験までに模擬戦経験を多く積みたいと思ってましたから」


 憮然とした態度で答える。

 

 「えっ、大丈夫なの? 曲がりなりにも本物の兵隊さんを相手にするんだから、かなり実力がないと……」

 「大丈夫です。試験まで後1か月。やれるだけのことはやっておきたいので」


 そう宣言し、ウェスタは受付へと足を運んでいく。

 男気溢れるその姿に、背後の少女が憧憬の眼差しを向けていることには気づかずに。

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