第16話 最強クラスの男

 今回ウェスタが振り分けられたグループは、なんとストレンジレートの平均が最も高いグループだった。知らない名前が3つか4つあったものの、彼らもまた手ごわいのだという。


 最も。


 『ネアールもいるのは良く分かりませんけどね』

 

 とのことらしいが。しかし中でも気になるのは、やはりバンガルド、そして学年最強の名を持つコルネだ。

 なぜかウェスタと同じグループになってしまった、学年最強クラスの2人。


 『そうですね……』


 俺はやたらビビっているウェスタにそのスペックを簡単に教えてもらった。


 まずはコルネ・プレ・キンナートゥス・クラウディア。

 入学と同時に従えるのが最も難しい幻獣の一種、ホーリードラゴンを召喚。

 『自己修復』の【ギフト】を持っており、即座に消し飛ばさないと半永久的に戦うハメになるという。

 加えてわずか半年ほどで【ギフト】の発現レベル3まで上げた、学園トップクラスの天才召喚魔導士。


 『レベル3って、どれくらい凄いんだ?』

 『一般的な召喚魔導士が生涯かけて到達するのがレベル3といわれています。どんな幻獣でもレベル2までは割とすぐなんですけど、そこからがとてつもなく長いんですよね……』

 

 学園最強はこの間無双してたショウという先輩らしいが、ポテンシャルは彼女の方が勝るらしい。ウェスタは1年の頃に何度か戦ったことがあるようだが、本人曰く「勝てる気がしない」とのこと。


 『ですが、いくらコルネが強くても実戦形式は8人で行う試験。逃げ回りつつサウムを狩っていれば20点は稼げます。しかし……』


 問題なのは、もう1人の天才召喚魔導士。

 バンガルド・アウグル・セルウィ。

 ネアールたちと同じく名門貴族出身の彼は入学前に独学で強力な幻獣グリフォンを召喚し、入学後は1年と経たずに発現レベル3へと到達させた。常人の限界がレベル3なので、彼はあっという間に一般人の人生分へと追いついたことになる。

 更に今では第2学年で唯一レベル4へと到達しており、コルネのレベル3すらも上回っている。

 

 『精霊王・風』という【ギフト】を持ち、風を駆使した攻撃の最大威力はなんと、森の半分を吹き飛ばしてしまうほどの威力なんだとか。

 おまけに風を操って猛スピードで空を飛んだり、強烈な風圧で攻撃を逸らしたりとやりたい放題。

 レベル4になれば身体能力向上もセットで付いてくるし、まさに至れり尽くせりだ。

 

 『……あれ? ならバンガルドの方が強いんじゃないか?』

 『確かにレベルではバンガルドの方が上ですけど、ドラゴンとグリフォンではそもそもの地力が違いますから』

 『何があろうと基本的にドラゴンは最強なのか』

 『はい。そもそも最大威力で攻撃したらさしものバンガルドといえど、一瞬で魔力が尽きてしまいますから』


 だが彼が本当に厄介なのは、その性格。

 幼い頃からあらゆる分野で負けを知らない彼は、度を越して挑戦的なのだ。一応コルネには負けているらしいが、それだけで矯正されるはずもない。

 

 「強いやつ、面白い奴、珍しい奴と戦いたい」

 

 彼は度々そう口にしており、実戦形式では自らの点数など厭わずに特攻してくる。

 世界一珍しい幻獣であるベビーフェニックスを召喚した男子生徒が、運悪くバンガルドと同じグループになってしまい退学になったというエピソードもあるらしい。


 『つまり、俺が狙われる?』

 『……間違いなく。人間に限りなく近い新種の幻獣であるオーエンに、バンガルドが興味を抱かないわけがありませんから』

 

 当然だろうな。地球に突如ネアンデルタール人が出没したとなれば興味を抱かない奴はいない。

 元々好戦的であればなおさらだ。


 『もしかして、かなりマズイ?』

 『マズイです。マズいんですけど、まだ決まったわけではありません』

 『というと?』

 『先生方に抗議します。おそらく効果は薄いでしょうけど、クラリア先生辺りなら取り合ってくれるかも。……こんなことが、許されていいはずがありません』

 

 どうやらかなり腹に据えかねているようだ。

 確かにこのグループ分けには、明らかに人為的なものを感じる。

 ウェスタは一縷いちるの望みにかけて、本校舎へと急ぐが──。


 「ムダだ」


 行く先で、バンガルドが両腕を広げて立ちふさがっていた。

 冷めた薄墨の双峰がウェスタを見据えている。


 「久しいなウェスタくん、これで貸し借りはチャラにさせてもらったぞ」

 「……バンガルド、どうして、貴方はッ!」


 ウェスタは半歩後ろに下がり、杖を構える。

 

 「おっと、杖を下ろしてもらおう。我としてはここで彼と戦っても構わぬが、ウェスタくんは困るだろう?」

 「……【顕現せよアクティブ】っ!」

 

 逆上したウェスタの詠唱で俺の肉体が形作られ……って、ここで顕現させたら。


 「おい落ち着け! またペナルティ食らっちまうぞ!」

 「でも……でもっ!」


 暴れるウェスタを羽交い締めにして、なんとか落ち着かせようと試みる。

 興奮して体温がかなり高くなっている。


 「ふふ、我のローブはさぞ役に立ったであろう?」

 「やっぱり、あのグループ分けは仕込みか」

 「当然」

 

 バンガルドがにやりと笑う。


 「この学園が貴族の権力に弱いことは、ポントゥム家のご令嬢とめた時に理解しただろう。我の実家もそれなりの名家だ。これくらいのことは容易い。しかし──」


 そこで言葉を切り、ローブをひるがえす。


 「我は彼女らとは違う。家の権力をむやみやたらに使おうとは思わん。だから、使う前には必ず貸しを作ると決めている」

 「それがこのローブか」

 「うむ。それのおかげでオーエンは上級生の試験を見学できたし、防具も手に入れた。かなりの戦力アップになったであろう」

 「そんなことで、そんなことで他人の人生を狂わせてもいいとでも!?」


 ここで、しばらく黙っていたウェスタが吠える。今にも掴みかからんばかりの勢いでバンガルドを睨みつけている。

 

 「……ウェスタくんは、1つ勘違いをしている」


 対照的に、バンガルドは恐ろしいほど冷徹だ。その表情は一切の熱を帯びておらず、むしろ哀れんでいるようにすら見える。


 「別にまだ、退学が決まったわけではないだろう? 実戦形式だけで全てが決まるわけではない。筆記試験だってある。なのになぜ、そんな絶望にまみれた顔を向けてくるのだ?」

 「バンガルドみたいな天才にはわかりませんよ! 私みたいな、凡人の気持ちなんて……」


 ウェスタは抵抗を止めて項垂れた。ゆっくりと、羽交い締めを解く。


 「私は、絶対にこの学園を卒業しなければいけないんです。もし退学になっても太い実家を持つ貴方とは違う。ここで終わるわけには、いかないんですよ……」

 「それなら、全力で我を打ち倒せばよかろう。君にはそれだけの力がある」

 「私では、これ以上の力を引き出すことは出来ません」


 目頭に涙を溜めてうつむく姿を見て、バンガルドは悲しそうな顔でため息を吐いた。


 「そうか。コルネくんに借りを返そうと思ってたが、随分と先になりそうだ」

 

 両側のポケットに手を入れて歩き出す。

 すれ違い際に、バンガルドは一度立ち止まった。

 

 「我はこれでも、ウェスタくん。君に憧れていた。彼の英傑と同じドラゴンを操り、いくら苦心しても勝てなかったコルネを叩き潰す、その姿に」

 「……あれは、若いだけの才能です。既に枯れ果ててしまってますよ」

 「そうか、残念だ」


 涙声で応じるウェスタを一瞥し、今度こそバンガルドは去っていく。

 その後ろ姿は、ひょっとすると、今のウェスタよりも落ち込んでいるかのようにさえ思えた。


 ◇


 「見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」


 俺を杖に戻して、自室へと帰還したウェスタは再び俺を顕現させると、開口一番に謝ってきた。

 だが纏う空気は変わらず絶望感に満ちている。


 「謝る必要はないさ」


 努めて笑顔を作った。

 今俺がやるべきことは、打ちひしがれた彼女を励ますこと。

 数時間前の状態に戻すのだ。

 年頃の女の子を慰めるのは苦手だが、あおに無理やりやらされたゲームの知識が役に立つやもしれん。


 「誰だってあんなハメられ方をすれば、怒りも沸くもんだ」

 「……本当ですか?」

 「応ともさ。俺だったらバンガルドに一発ぶち込んでたところだ。たぶん他の奴に止められても振り切ってしまったと思う。だから、ウェスタはよく我慢した方だ」

 「……はい。そう言ってもらえると助かります」

 

 ウェスタは力なく口端を緩めた。

 徐々にいつもの調子を取り戻してきた様子。


 その後しばらく無言の時間が続いたが、やがてウェスタは椅子から立ち上がる。

 

 「さて、いつまでもバンガルドに文句を言っている暇はありませんね。こうなってしまった以上、作戦を変更しなければなりません」

 「そうだな」


 元々の作戦はサウムを5匹、加えて他の幻獣を1~2体倒すことを目標にしつつ順位を伸ばす、というものだった。

 しかし開始直後にバンガルドが襲ってくること確定した以上、この作戦はほぼ遂行不可能になったと言ってもいい。

 俺がグリフォンみたいなのとまともにぶつかれば、確実に瞬殺されてしまうだろうから。


 「まあ、言っても作戦と呼べるものではないですけど」

 「と言うと?」

 「簡単です。実戦形式は諦めて、筆記試験で点数を稼ぐしかありません」

 

 ウェスタが自嘲気味に笑う。


 「えっ? つまり、今までやってきた練習は……」

 「無駄、とまでは言わないですけど」


 ウェスタは深く息を吐いて、椅子に腰かけた。

 瞑目したようにまぶたを閉じている。

 

 「あまり、意味のないものになってしまいました」

 「……本当に、打つ手はないのか」


 縋るような口調になってしまい、顔をしかめる。

 幸いウェスタはそれに触れることなく、再び自嘲気味に笑った。


 「ありませんよ。私では、オーエンの力をこれ以上引き出すことは出来ません」

 「でも、まだ契約してから1週間くらいだろ? 諦めるには早すぎるんじゃあ」

 「自分の実力は把握しています」


 真っすぐ目を見ながら言われ、口をつぐんでしまった。

 

 「そうか。一応、これから俺がやるべきことを教えてくれ」

 「完全に諦めたわけではないので、1週間に一度はサウム狩りの練習してもらおうと思います。……そんな顔をしないでください。次の試験ではちゃんとオーエンの出番がありますよ」


 たしなめるようなウェスタの言葉を受けて、眉間を押さえた。

 俺は言われるほど酷い顔を……してただろうな。

 「次の試験」と言われた瞬間、家賃のことを考えていたから。

 

 異世界にいる時にまで金のことは考えたくない。

 俺は大きくため息を吐いて、両手を腰に当てた。

 

 「はぁ……わかった、1週間後だな。俺はいつでもいいから、好きな時に声を掛けてくれ」

 「は、はい。わかりました」


 ウェスタは一瞬だけ躊躇うように動きを止め、ひと息ついてから杖を向けてくる。

 

 「【しばし休息をサスペンション】」


 消え入るような声と共に、俺の意識は薄れていった。



 ◇◇



 純白の少女は泡沫のように目の前から姿を消し、慣れ親しんだ自分の部屋が視界を埋める。

 ぼんやりとした感覚が完璧に消え去った瞬間。


 「はぁぁぁぁあぁー……」


 熟練のロングブレスダイエッターのごとく息を吐きだして、後頭部からベットに倒れ込んだ。

 手元のスマホに表示された時刻は、マネージャーにハメられた翌日の午前10時。

 異世界とこちらを行き来していると、時間の流れが著しく遅く感じる。

 もちろん、純粋な時間の流れもあるのだろうけど。


 「やっぱり、楽しいんだよなあ……」


 異世界での日々は、こちらの世界よりも遥かに充実していた。

 明確な目標があり、それに向かってがむしゃらに努力する。

 まるで小中学生の頃に戻ったようだった。


 だが、俺はあくまでウェスタの夢を叶えるための道具に過ぎない。

 充実しているのは彼女の人生であって俺の人生ではないのだ。


 テーブルの上に無造作に置かれた、反省文の下書きが目に入る。


 「よし」


 今回の試験では、俺の出番はない。しかしウェスタは「次の」とも言った。

 ならばそれまでに終わるわけにはいかないだろう。


 俺は床に落ちていたボールペンを握りつつ、スマホで求人サイトにアクセスするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る