第14話 豪鎚ルース

 あの後、びゃーびゃー泣き出してしまったサリーをアリテラスがなだめている間、俺たちはダニスの言い分を聞いていた。

 通りでは邪魔になるので、俺たちは彼らが暮らしているという孤児院の前へと移している。

 ちなみにアリテラスは10歳までこの孤児院で育ち、里親に引き取られてからもちょくちょく面倒を見にきているのだとか。


 「──ってわけなんだよ。サリーの奴、後先考えずにお金使いやがって……」


 ダニスによると、2日ほど前にサリーを筆頭に数人が「アリス姉が帰ってくるからごちそうを作ろう!」と言い、孤児院のお金を勝手に持ち出し市場でシャトーガエルの肉を購入。それで料理を作ったのだが、1つ問題が起きる。

 

 シャトーガエルの肉は孤児院の食卓では滅多に出せない高級品。たまに食べられる日もドリス……ハルドリッジの兄が近くの森で狩ってきたものだった。しかしサリーはそれを知らず、市場にて最も高級な肉を買ってしまう。

 こうして2日分の食費を失い、その後も紆余曲折あって今回のことが起こったらしい。


 「なあ! オーエンもサリーが悪いと思うだろ!」

 

 ダニスがダンと石畳を踏み鳴らした。


 「うーん……」


 確かに深く考えずに肉を買ってしまったサリーも悪いけれど、そもそもこの孤児院には読み書き計算が出来ない子ばかりだ。

 もし子どもたちだけで買い物に行ったのなら、相場なんかもわからないだろうし。

 それに、久方ぶりに帰ってくるアリテラスにごちそうを作ってあげたい! って気持ちも理解できる。

 というか、孤児院の大人は何してたんだよ。普通止めるだろ。

 ……まあ、起こってしまったことは仕方ない。今も勤務中らしき人たちが申し訳なさそうにこっちを見てるしな。

 彼らも忙しいのだ。


 「ほら、サリー。ダニスに謝って」

 

 そんなことを考えていると、アリテラスに連れられてサリーが孤児院の中から出てくる。

 サリーは泣きはらした目でダニスの方へ頭を下げた。


 「ごめんなさい。私が悪かったです」

 「……いや、俺もちょっと言い過ぎたよ。アリス姉にごちそうしたかったのは俺だって同じだし」


 あれだけ怒っていたダニスもサリーの殊勝な態度にほだされたのか、あっさりと許した。

 俺が何を言うまでもなかったな。ダニスは優しい子だ。

 

 「さあ! 仲直りも済んだことだし! 中で遊んでおいで!」


 パンと手を叩き、明るい声で2人を見るアリテラス。

 2人はまだ少し気まずそうにしているものの、こくりと頷いて走っていった。

 

 ひとまず一件落着か……と思ったのも束の間。


 「それで? なんで君がオーエンと一緒にいるわけ?」

 

 アリテラスが鋭い視線を、腕を組んで座ったままのネアールに向けていた。

 重い空気を察したのか、近くを歩いていた人たちが早歩きで去っていく。

 彼女もあの事件のせいで相応の被害を被っているし、怒るのも無理はない。

 

 「……」


 だがネアールはアリテラスの声など聞こえていないかのように瞑目したままだ。

 

 「ちょっと──」


 痺れを切らしたアリテラスがネアールに詰め寄ろうと一歩踏み出した、その時。

 ネアールがアリテラスの方へ向き直った。


 「オーエンとはたまたま会っただけですわ。決して、何かを企んでいるわけではありません」

 

 途中に口を挟ませないよう、早口でまくし立てる。

 そうか。

 貴族の中の貴族であるネアールが俺に何らかの形で因縁をつければ、最悪ウェスタの学園生活を終焉に追い込むことも出来たのか。

 一緒に行動したのは軽率だったかもしれない。

 

 「本当? 正直ウェスタにやたらと突っかかってるイメージしかないから信用できないんだけど」

 「……旧校舎を半壊させてしまってから、私も少しは反省しましたの。彼とは、本当に、たまたま会っただけです」


 ぴしゃりと言い放つネアールに、アリテラスはなおも訝しげな視線を送る。


 「アリテラス。ネアールと会ったのは本当に偶然なんだよ。ここに来るまでに色々案内してもらったし、やましいことはないと思う」

 「……オーエンがそういうなら、信じるけど」

 

 俺のフォローに、アリテラスは渋々といった様子で引き下がった。

 とはいえ納得はしていないようで。


 「次にまた同じようなことしたら、許さないからね」


 最後にじろりと睨んでから、孤児院の中へ入っていった。

 沈黙だけが残る。フードでネアールの顔は見えないけど、心なしか落ち込んでいるようだ。


 「……ウェスタは、素敵な友人をお持ちなのですね」


 ネアールが、ぽつりと呟いた。


 「確かにな。俺も自分のために怒ってくれる友人はいないから、ちょっぴり羨ましいよ」

 「あら、貴方もお友達には恵まれていませんの?」


 自嘲気味に笑っている。

 

 「まあな。学生やってた頃は、そう呼べる人もいたかもしれないけど……今はもう、いないな」


 そう答えると、ネアールは顔を伏せた。どうやら重い理由があると勘違いしているらしい。

 慌てて手を振った。

 

 「や、別にそこまでワケアリって話でもない。単に学校を辞めたから疎遠になったんだよ」


 ま、それを差し引いても友達はほとんどいなかったがね。


 「そうでしたのね。失礼、早とちりしてしまいましたわ」

 「いや、いいんだ。俺の言い方も悪かったから」


 互いに頭を下げ合い、俺たちは再び歩き出した。住宅街は緩やかな坂道に造られているので、少しづつ昇っていく形になる。

 いつの間にか空に浮かぶ恒星は西に傾き、白と青が混ざる天然のキャンパスにオレンジ色が進攻していた。

 なるほど、これがNTRってやつか。

 きっと今頃、妻である雲さんが夫の青空さんにこう言っているのだ。

 「ごめんなさい。もう貴方の光ではもう散乱しちゃうの。これからは夕焼けさんと一緒になるわ」ってな。


 ……俺、何考えてるんだろう。


 「ここまででいいですわ」

 「ハッ!」


 くだらないことを考えている内に、気づけば貴族の居住区にさしかかっていた。

 ポントゥムは平民と貴族の住む場所をデカい城壁で区切っているらしく、目の前の門には警備員らしき男が2人立っている。

 前時代的な、とも思うがここは異世界。それが常識であり、人々も受け入れている。

 余計な口出しこそ野暮ってもんだ。


 「私につき合ってくれてありがとうございます」

 「お礼はいいよ。メシもおごってもらったし、色々教えてもらえたし……」


 軽く咳払いをする。


 「正直、勘違いしていたよ。ウェスタとの初対面がアレだったからさ」

 「ふん……」


 多分、ウェスタと仲が悪いだけで、本来の性格はコレなのかもしれない。どうにも演技には見えなかったしな。

 しかし当のネアールはつまらなさそうに鼻息を出し、くるりと背を向けて歩き出した。


 「私は別に、したくてウェスタに意地悪していたわけではありません。ただ……」


 そこで一度言葉を切り、俺の方へ振り返った。その拍子にフードが脱げて、表情がはっきりと見えるようになる。

 ネアールは俺を真っすぐに見据えて。


 「持ってるのにうじうじと逃げてばかりの人を見ると、どうしようもなく苛立つだけですわ」

 

 激情と諦念。その2つを無理やり凍らせ、閉じ込めているような顔で言った。

 

 ◇

 

 ネアールを見送った俺はイカれた名前の串焼きを購入しつつ住宅街、大通りと進み『大熊』へと戻ってきた。

 一応アリテラスのいる孤児院にも寄ってみたが、何だか忙しそうだったのでやめておいた。

 上空では夕焼けくんと雲ちゃんが溶けあい寄り添っている。

 ドリスは客なんぞ来ないと言ってたが、もし接客中だといけないので、音を立てないように戸を開く。


 「いらっしゃいま──あ、オーエンでしたか。おかえりなさい」

 「ただいま。ほれ、買って来たぞ」


 購入してから10分以上経つのに未だジュワジュワと鳴る串焼きをウェスタは満面の笑みで受け取る。勤務中ではあるけれど客はいないので問題ない。


 「いただきまーす……んー! おいひぃでふー! ……んぐっ、オーエンも食べます?」

 「…………いや、いい」

 「そうですか? なら全部食べちゃいますね!」


 幸せそうに串焼きを頬張るウェスタが食べ終わるのを待つことしばし。

 手についた紫色のタレをぺろりと舐めとったあたりで口を開いた。


 「ハルドリッジはどこだ?」

 「……ちょっと前に騎士さんの集団がいらして、ロザックさんと一緒に対応してます。もうすぐ帰ってくると思いますよ」

 

 あの騎士連中か。

 

 「ドリスは?」

 「ドリスさんは騎士さんがいらした直ぐ後に帰ってきました。なんでも、武具を調節する器具を調節する必要があるそうで」

 「お、役者が揃ったねえ?」

 

 噂をすれば何とやら。

 気づけば顔中すすだらけのドリスが立っていた。今朝着ていた作業服はさすがに着替えたようだが、今度はところどころに木の枝が突き刺さっている。


 「よし! ちょうど調節の調節も終わったし、早速始めようか」

 

 満面の笑みのドリスに案内され、俺たちは今朝訪れた広場へと移動する。

 変わらず人はいない。


 「ちょっと待っててよー」

 

 ドリスはそう言うと、物置みたいな場所から戦鎚を持ってきてくれた。

 朝見た時には無かった、『ドリス・アルルス製作』の文字が側面に刻まれている。

 森で拾ってきたと言ってたが……まあこれくらいならいいか。


 ドリスは戦鎚を俺に手渡してしゃがみ込み、懐から懐中電灯に似た道具を取り出した。電球の部分にかぎ爪のような物がついている。


 「それは?」

 「ん? ああ、これは『メデスの知恵』っていう道具でね。これで使い手を照らすと、自動的に調節してくれるんだ。便利だよねえ」

 「……そんな便利なものがあるなら、ハルドリッジやロザックさんでも調節出来たのでは?」

 「ふふ、ウェスタちゃんもそう思うだろう?」


 訝しむウェスタに対して、なぜかドヤ顔のドリスが懐中電灯もどきの取っ手部分を見せてくれる。

 そこには米粒ほどの文字がびっしりと書かれていた。


 「この道具もピロス森に落ちてたんだけど、さすがに『メデスの知恵』みたいな精密な作りの物は壊れちゃっててさ。僕が応急処置したってわけさ。こう見えても学生時代は座学の『──』で満点をとったことがあるからね!」


 日本語に相当する言葉が無かったのか、教科名の部分は何を言ってるのかわからなかった。

 まあ得意げにしてるし、センター……いや今は共通テストだったか。それの数Ⅲで満点をとったようものなのかもしれない。

 

 「すごいですね。私は今それの基礎的な科目を受けてるんですけど、かなり行き詰ってます」

 「まあ僕は3年の時に150点取れなかったから退学になったんだけどね。まさか生かせる日が来るとは思わなかったよ」

 

 ドリスは戦鎚に『メデスの知恵』を取り付けながら苦笑した。


 「……退学になったんですか」

 「うん。おかげでろくな仕事にありつけないから困ったもんだよ」

 「それほどのことが出来るなら、仕事なんていくらでも見つかりそうですけど」

 「いやー、それがね。僕が学んだ分野は全然応用が効かないんだよ。ほら、今は平和な時代だしさ。じゃあ他の学校で学び直そう……っていうのはできないんだ。レールスでは一度学校に通ってたら他の学校に入りなおすことが禁止されてるからさ」


 あっけらかんと言ったドリスとは対照的に、ウェスタの表情は青ざめていた。

 そんな制度があったのか。そりゃあウェスタも必死になるわけだ。

 親が救国の英雄なんて呼ばれてるしな。


 「僕の場合は父さんがやってた武器屋を手伝えばいいけど、そういう受け皿がない人は厳しいだろうなあ……っとと、調整終わったよ。はい、どうぞ。これで君が身に着けてれば、【顕現終了ノン・アクティブ】や【しばし休息をサスペンション】を使っても戦鎚だけ取り残されたりはしなくなるよ」

 「ありがとうございます」


 礼を言い、戦鎚を受け取ると異様なほどに軽くなっていることに気付いた。


 「使い勝手はどうだい?」

 「今朝持った時よりも随分と軽くて、取り回しやすくなってますね」

 

 ウェスタのサポート無しでこれなら、サウム狩りなんぞ楽勝だろう。


 「それはよかった! 豪鎚ルースも君を祝福しているよ」

 「ルース?」

 「その戦鎚の銘だよ。軍神マールスを文字ってみたんだけど、どう?」

 「いいと思いま──あれ?」


 なんだか視界が歪んでいるような……。

 

 「どうしたんだい?」

 

 返答しようとすると、凄まじい頭痛が襲い掛かってきた。

 ああ、この症状には覚えがある。おそらく、ウェスタの魔力供給が切れ始めているのだろう。


 「……ごめんなさい。そろそろ限界です。申し訳ないんですけど、戦鎚を試すのはまた明日に」

 「わかった」

 「連休明けにはグループが決定しますからね。それまでに出来る限りのことをしておきましょう」


 あの戦鎚の使い勝手を試すのは、学園に戻ってからだな。

 まだ青い顔のウェスタに見守られながら、俺の意識は薄れていった。

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