第13話 ポントゥム観光
ウェスタに頼まれた本とインクを購入した俺は、アリテラスと別れ彼女におすすめされたレストランのある繁華街を訪れていた。
連休中ということで人通りはかなり多い。この辺りでは俺の赤髪は珍しいらしく、やたらめったら視線がくる。
彼らと目を合わせないようにしつつ、30分ほど歩くと目的地が見えてきた。
『大蛇亭』
レールス帝国の特産品であるシャトーガエルの料理を安く美味しく食べられる、観光客に留まらず現地民にも愛されるレストラン。
この国の人々のソウルフードがカエルなのは察しの悪い俺でもわかる。わかるのだが、牛や豚、鳥なんかは食べないのだろうか。
そう思いながら戸を開けると、あの
次いで酔っ払いの酒臭い匂いが混ざり、何とも形容しがたいものに進化している。
眉間にしわが寄るのを感じつつ待っていると、陽気な女性店員が声を掛けてきた。
「いらっしゃいませー! 1名様でお間違いないですか?」
「はい」
「では、あちらのカウンター席にどうぞー!」
彼女に案内され、カウンター席に向かう。
20席ほどあったがほぼ全て埋まっており、緑のフードを被った女性の隣しか開いていない。
俺がそこに座ると、彼女はびくりと体を震わせた。男性が苦手なのかもしれない。
「悪い」
「……っ! お、お気になさらず」
片手を上げて謝罪すると、上品さを感じさせる声色で返事してくれた。
うーむ、どこかで聞いたことがあるような……。
しかし女性をじろじろと見るのがよくないことは今朝で証明されている。
俺は軽く咳払いをして、メニュー表を手に取った。
『シャトーガエルの照り焼き シャトーガエルの串焼き シャトーガエルのステーキ……』
うん、さすが専門店だけあってシャトーガエルって単語ばっかりだ。
しかも見たところカエル料理しかないし、結構高いな。
向こうでは家賃を払うためにお金を貯めないといけないし、出来ればこっちで空腹感を満たしておきたい。
とりあえず、前食べられなかったスープに、サラダとパンが付いたセットを頼むか。料金も焼き料理に比べるとお安いしな。
丁度通りがかった店員に注文を聞いてもらい、俺は料理がくるまで仮眠をとろうと机に突っ伏した。
「……ねえ、ちょっといいですの?」
しかし、突っ伏した直後に隣の女性客に肩を叩かれてしまった。ずいぶんと機嫌が悪そうな声色だ。隣に座っただけで特に悪いことしてないぞ。俺は。
これに反応すれば、確実に因縁をつけられる。無視しよう……と、したはずなのに。
「あ、はい」
なぜか、次の瞬間には返事してしまっていた。彼女の声は、脳幹に直接語りかけてくるような何かがあったからだ。
たまにニュースで見かける、意味は分からないけど何故か聞き入ってしまう他国の王族や教皇のそれと似ている。
……と、つらつらと言い訳を並べてみたものの、返事した本当の理由は彼女の声に聞き覚えがあったからだ。
俺はメニュー表を元の位置に戻し、女性の方に振り向いた。
フードの隙間からのぞく藍色の瞳と視線がぶつかる。
間違いない、『ゴブリン三姉妹』とウェスタが名付けた内の1人だ。
ちなみに3人の中で誰なのかはわからない。彼女らは血縁関係ではないらしいが、顔立ちがそっくりだからな。
「やっぱり……
「はい。ウェンスタラスト・クライエスの下僕をやっとりますオーエンです。よくわかりましたね」
「お父様に呼び出される原因の一端を担う男の顔を忘れるはずがありませんわ」
お父様……なるほど。あのミニマムドラゴン使いの人か。
「ウェスタは一緒じゃありませんの?」
「彼女は今、武器屋を手伝ってます。ええと、話せば長くなるんですけど……」
「構いませんわ。どうせ時間はたくさんあるんですもの」
一応敵になるかもしれないし隠そうとも思ったが、被せ気味に言われてしまったので諦めて今までの経緯を軽く説明した。
あまり口が回る方ではないため、全部話し終えるまでにスープセットが届いてしまった。
特に気にした素振りを見せずに聞いてくれたのは幸いか。
「とまあそんな感じで、ハルドリッジのお兄さんが帰宅するのを待っているわけですはい」
「……ふーん。大した離れ業ですこと。魔力消費量もバカにならないでしょうに」
彼女はつまらなさそうに頬杖をついた。
「それと、今度から私のことはネアールとお呼びくださいな。どうせ、ウェスタはわたくし達のことをあだ名で呼んでいるでのしょう? ……そう、例えば緑の小鬼さんになぞらえたり」
おいバレてんじゃねえかウェスタ。
何が『口に出さなければバレない』だ。大貴族の娘さんだぞ。
仕方ない。ここは主の失態を下僕である俺がカバーせねば。
「ありがとうございます、ネアール様。えと、彼女は別に」
「謝罪など結構。貴方は知らないでしょうけど、レールスの女は気に食わない女へあだ名を付けますの。私達も同じことをしていますから」
「あ、はい」
ウェスタをフォローしようとしたが被せ気味に言われてしまった。
女性同士の言葉の殴り合い、怖い。ネアールはウェスタにどんなあだ名を付けてるんだろう。この際聞いてみようかな。
いや、
「それより、ネアール様はどうしてこのような所に? 貴族の娘さんだと伺っていたのですが」
「……いけませんの?」
ネアールの目が鋭くなっていく。
俺は口に運ぼうとしたパンを慌てて皿に戻した。
「あ、ああいやそんなつもりは」
「……冗談ですわ。私がここにいるのは、家の者から目の届かない場所で時間を潰すためです」
「時間を?」
「私、ポントゥム家の娘ですから。貴方との模擬戦で旧校舎を半壊させてしまったことについて、直接会って話がしたいとお父様に言われたのですけれど、夕方にならないと戻らないらしいんですの」
要するにカミナリを落とされにきたのか。
意外だな。ウェスタの口ぶり的にもっと好き放題しているのかと思った。
「あら、意外でした? これでも私、由緒正しきポントゥムの人間として、それなりに優秀な成績を修めてますの」
「……そうなんですか。勘違いしていました」
「ふん。まあウェスタと共に行動していればそう思うのも無理ないでしょうね」
吐き捨てるように言い、ネアールは席を立ってしまった。
そりゃ、ウェスタに向けてブレスをぶっ放した奴だしな。
あんまり印象はよくない。
ネアールもどこかに行ってしまったので、俺は温くなったスープを口に入れた。
すると、強烈な山椒の香りが鼻中を駆け巡る。想像以上だな。山椒の香りが苦手じゃなくて良かった。
ただ、今のところこの世界で食べた中では一番ましな味だと思う。
付け合わせのサラダをかっこみ、パンを残ったスープに浸して食べきった。
「ふう……」
食べるのに要した時間はおよそ10分。夕方まで結構時間があるし、もう少しのんびり食べても良かったかもしれない。
や、でも時間をかけてたらあの臭いに食欲をかき消されてたかもしれん。
串焼きよりはましだけど、コンビニ弁当の方がよっぽど美味いからな。
そんなことを考えながら伝票片手に立ち上がり、レジへ向かうとなぜか訝しげな顔をされた。
「あの……お客様の会計はもう済んでいますよ」
「えっ?」
「先ほど、フードを被った女性がいらして『彼のお代も払います』と」
どうやらネアールが払ってくれたらしい。
ふと入り口の方を見ると、フードで頭をすっぽり覆った女性が立っていた。
ネアールか。いったい何を企んでいるのだろう。俺のことはそこまで敵視してないように感じたけど、ウェスタのことは蛇蝎のごとく嫌ってそうだしなあ。
とはいえ、今更払いなおすことなどできやしない。
俺はそうですか、と言って店の外に出た。
「食べるの早いんですのね。あと20分はかかると思っていましたわ」
戸を閉めると同時に、ネアールがフードを脱いで話しかけてくる。
「……そんなに怖い顔をしなくてもいいですのよ」
一体何を言われるのかと警戒していると、肩をすくめられた。
「私、ウェスタは嫌いですけど、貴方のことは嫌いではありませんのよ」
「喜んでも、いいんでしょうか」
「もちろんですわ。これでも帝国創立時からの貴族、ポントゥム家の女ですから」
口調とは裏腹にネアールは苦虫を嚙み潰したような表情になっていた。
ま、わざわざこう言ってきたわけだし。俺を陥れようってわけじゃないんだろう。
「わかりました。それで、僕に何か御用で?」
「先ほど、私がどうしてここに帰って来たか話しましたわよね? 夕方まで暇つぶしに付き合って欲しいんですの」
なんだ、そういうことだったのか。
「もちろんです。僕としても現地の方が案内して下さるのは僥倖ですから」
そう言うと、彼女は満足したように頬をほころばせる。
絵になりそうな美貌だと思った。今まではウェスタがやれゴブリンだのなんだのと言っていたので気づかなかったが……。
ウェスタやアリテラスとはまた違う、上品な美しさだ。
「決まりですわね。では、参りましょうか」
「はい」
俺は久方ぶりに胸の高鳴りを意識しつつ、彼女の後を──。
「ああそれと、今後そのかしこまった話し方は止めてくださいな。ウェスタの下手くそな敬語口調を思い出しますので」
「……了解っす」
追おうとして一瞬足を止め、素早く隣に並ぶ。
ウェスタがネアールを嫌う理由が少しだけわかる気がした。
◇
ネアールの案内で俺は本来見て回ろうと思っていた繁華街ではなく、最初に訪れた大通りの方へ移動していた。
繁華街より人通りは控えめだが、それでもかなりの人数が行き来している。ぱっと見た感じだと余所者は少なめか。
あちらは観光客向けの店が多く、こちらは元々の住民やビジネスマン向けの店が多いからかもしれない。
あと全身を甲冑に包んだ人の集団が結構な頻度で歩いてくるため、眺めているだけで心が躍る。
THE・中世ヨーロッパって感じがするな。……定期的にカエル料理専門店が並んでいることを除けば、だが。
「……そういえば、昼食のお味はどうでしたの?」
『ゼンマイナメクジガエルA5ランクステーキ販売中!』の文字に眉を寄せていると、ネアールが苦笑交じりに声を掛けてきた。
「そうだな……。スープはコクがあって、硬めのパンと相性が良かったな。サラダも新鮮で、スープで油っぽくなった口内をリフレッシュしてくれて助かった」
正直な感想を述べたつもりだったが、ネアールはため息を吐いた。
俺の
「あのお店は、レールスでも有数のシャトーガエル料理専門店なのですが……貴方のお口には合わなかったようで」
「……」
図星を突かれてしまう。
「緑の、それもあんな質の良い服を着られる暮らしをしてきた人間が、カエルなど食べるはずありませんもの」
「そんなことは、無いと思うが」
日本でもカエルを提供している店があると聞くし、中には好んで食べる人もいるだろう。
少なくとも虫なんかよりはずっと良い食材のはずだ。
「でも、主食ではないでしょう?」
「……まあな」
「昔は獣なんかを食べていたらしいですわ。でも──」
そこからネアールが語ってくれたのは、この国が歩んできた歴史の話だった。
どうやらこの国は20年前まで他国と戦争をやってたらしい。それも、150年近く。だが勝ってたのは最初の30年くらいで、後の120年は負け続き。一時期はここポントゥムまで敵軍が攻めてくるほどに追いつめられたのだそうな。
しかし、そこに2人の英雄が現れる。
『聖竜召喚魔導士』ガルバード・クライエス・フェンタゴクス。
『黒龍召喚魔導士』アリア・キサルピ・クライエス・フェンタゴクス。
それぞれホーリードラゴンとブラックドラゴンの使い手であり、これがまたべらぼうに強かったんだと。
彼らの活躍もあり、レールス軍はポントゥムまで押し込まれた戦線をたった数年で押し返し、根を上げた敵国が講和を申し出て、戦争は終わった。終わったのだが……ある問題が残った。
短期間で人が死に過ぎたのだ。
この世界の人々は皆、総量に差はあれど魔力を持っており、死体となってもしばらく残り続ける。
通常であれば死体から漏れ出る魔力に動植物が汚染されないように、きちんと処理をするのが決まり。
でも、快進撃が続き過ぎたせいで死体が増えすぎてしまい、いちいち処理なんぞしてられなくなった。
死体は放置された。
そして大量にある死体から流れ出る魔力によって、獣たちが汚染されるにはそう時間はかからない。
こうして瞬く間に柔らかくて美味しい獣たちは、硬くて不味い魔獣へと変貌してしまったのだ。
唯一、魔力を受け流す性質を持ったカエルを除いて。
「──だから、現在レールスではカエル料理が爆発的な人気を博してますの」
ネアールの説明は、俺の心にすとんと落ちた。ピロス森とやらに戦鎚が落ちていたのは、百年前の名もなき勇者の遺品が今も放置されているからだったのか。
なぜ魔力で汚染された獣が魔獣になるんだ、とか疑問もいくつかあるがそれは置いておこう。どうせ聞いてわからんしな。
それよりも俺が気になったのは、英雄の名前だ。
「なあ、クライエスって」
「……ええ。2人の英雄は、お察しの通りウェスタの両親です。あの魔力総量は親譲りでしょうね」
やっぱりそうか。
あの自身なさそうな態度は、両親のせいもあるのだろう。
親が偉大だと、子は重圧を感じるって聞くし。
俺には良く分からん感覚だがね。
大通りを抜けると、赤レンガ造りの家が立ち並ぶ住宅街に出た。
大通りは客の呼び込みやビジネスマンの談笑の声が入り混じっていたのに、それが嘘のように閑散としている。
なので、自然と俺たちの口数も少なくなってきたのだが……。
「ちょっと! なんで食べちゃったの!? あり得ないんだけど!」
「仕方ないだろ! こいつらも腹が減ってたんだよ!」
ガチャン、と皿の割れる音とともに、激しく言い争う声が聞こえてきた。声質的におそらく10歳前後の子どもだとは思うけれど。少し心配だ。
俺とネアールはとっさに足を止め、声の方へと振り返る。
「「だいたいお前(あんた)はいつもいつも……!」」
つぎはぎだらけのメイド服を着た女の子と、シャツとズボンの男の子がお互いに掴みかかろうとしていた。少し離れた位置にいる5歳くらいの男の子が2人、泣きそうな目でこちらを見てくる。
これは、仲裁せねば。
「こらこら、こんなところで喧嘩はよくありませんわよ」
「あぁ!? ババァは引っ込んでろよ!」
代わりに俺が前に出る。怖がらせないように、かがんで目線を合わせた。
「一体どうしたんだ?」
そう聞くと、少年と少女は互いを指さした。
「ダニスたちが、アリス姉に出そうと作ってたお料理を勝手に食べちゃったのよ!」
「サリーがメシ抜きで夜まで我慢しろって言ってきたんだよ!」
なんか、この光景には既視感を覚えるな。
ウチのコンビニでも、よく言い争ってる2人がいる。
だが、あの2人と違って彼らは10歳くらいの子ども。特にダニスとかいう男の子の方は、今にもサリーって名前の女の子に殴りかかりそうだ。
何とか仲裁を……。
「こら2人とも! こんなところで喧嘩したらダメでしょ!」
「「アリス姉……」」
する前に、俺の後ろから保護者らしき少女がやってきた。途端に子どもたちがしょんぼりとした顔になる。サリーは今にも泣きだしそうだ。
ここからは彼女の役割だろうと、俺はショックを受けてへたり込んでいるネアールの肩をつかむ。
「ほら、行こう」
「この私に……この私に……」
「子どもが言ったことなんだから気にするなよ」
なおもブツブツと何かを言っているネアールを無理やり立たせて、俺は少女に軽く会釈をしようと振り向くと。
「あれ? もしかしてオーエン?」
「えっ?」
飾り気のないワンピースを着たアリテラスが、呆けたように立っていた。
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