第12話 異世界といえばロングソードだろ!
訓練場では口にしなかったが、俺は『魔道馬車』というものを楽しみにしていた。
なにせ、異世界の乗り物である。地球には当然のごとく存在しない乗り物だ。
テンションが上がらないわけない。
そんなわけで、全く痛くないみぞおちを触りながら自室のベッドに寝転がり、その時を待っていたのだが──。
「おはようございます。オーエン」
「あ、はい。おはようございます。……あの、ウェスタさんや。ここはどこでしょうか」
「あー言ってませんでしたね。ここはアリテラスとハルドリッジの故郷、
異世界へと戻った俺の前には、
城郭都市ポントゥム。
レールス帝国首都ヤヌスから魔道馬車で1時間ほどの距離に造られた、レールス第二の都市。
緊急時には首都ヤヌスを守る最後の砦としての役目を担うこの都市は、四方を純白の城壁で囲っている。最も今は平和な時代なので、城壁はむしろ邪魔だという者も増えてきたようだが。
とまあ、そんな地理的経緯もあってか、この都市は武に関わる仕事をしている者が多く住んでいる。ウェスタ曰く、あの学園に通う生徒の3割がここポントゥムの出身なのだとか。
まだ早朝なので、人の往来はそこまで多くはない。
なので俺、ウェスタ、ハルドリッジ、アリテラスの4人が肩を並べて歩くだけのスペースがあった。
目的地はもちろん、ハルドリッジの父の自宅兼仕事場である武器屋。その道中で、ウェスタが両手を合わせて謝ってきた。
「すみません。まさかオーエンが魔道馬車に乗るのを楽しみにしていたなんて……」
「や、気にしないでくれ。ちょっとがっかりしただけだから」
確かに残念ではあったが、別に謝られるほどのことじゃない。
そもそも席が空いていたかもわからないし、武器を買うとなればお金もかかる。
金欠のウェスタに無理はさせられない。
「それよりお金は大丈夫なのか? いくら安くても武器を1つ買うってなると、結構な出費だろ?」
「む、失敬な。さすがにそれくらいのお金はあります」
「まあ足りなくなったら、友達のよしみで多少まけてやるから心配すんな」
「本当ですか!?」
ウェスタの目がキラキラと光り輝く。今日のウェスタはいつもより肌の血色が良いな。
昨日は眠たそうだったし。
そう思いながら横顔を見ると、粉っぽいモノがお肌に付着していた。あれは、白粉か。遠出するからおめかししてきたらしい。白髪赤目の彼女によく似合っている。
「何か?」
ウェスタが
っと、いかん。つい見過ぎてしまった。
「いや、なんでもないよ」
女性の顔をまじまじと見つめるのはよくない。
この間も
「……? 変なオーエンですね」
「ほら、ウェスタがお化粧してるから
「えっ!? そそそんなことは……あります?」
……何にせよ、気を付けなければ。
ハルドリッジの父親が営んでいるという武器屋『大熊』には、意外とすぐに到着した。
個人的には武器屋と聞くと街道の端の方にぽつんとあるイメージが強い。しかし案内された場所は街道に入って5分も歩かない所だった。
元々戦争のために造られた都市だし、隅っこに武器屋があるのは不便なのだろう。
「帰ったぞー」
『準備中』という札が掛けられていたが、ハルドリッジはそんなのお構いなしに戸を開ける。まあ実家だしな。
彼は慣れた足取りで薄暗い店内の中を進み、パチリと何かのスイッチを押した。
途端に周囲が明るくなる。
「おお……」
現れた光景に、俺は思わず声を漏らした。
店内の造りは自転車屋の武器バージョンといったところだが、その量が凄まじい。
俺たちのいる手前側にはピカピカに磨かれたショートソードやロングソードが所狭しと棚に並べられている。
思わず手に取ってしまいそうになるのをぐっとこらえ、奥を見やると今度は槍や甲冑、盾に弓なんかが置かれていた。どれも鉄か何かの金属製だ。正直、あれらを使いこなすにはかなりの筋力がいると思うのだが、この世界の人々にとっては朝飯前なのかもしれない。
ぼーっと盾に反射する自分の顔を見ながらそんなことを考えていると、2階の売り場へと続く階段から人が降りてきた。ハルドリッジと同じサラサラの茶髪を短く切り揃えた中年の男だ。彼が父親だろう。
「おおリジー。早かったな」
彼は俺たちに気付くと、片手を上げて近づいてくる。
「あれ? ウェスタちゃんの隣にいる彼は?」
「あー、手紙見てねえ? ほら、ヒューマだよ。最近発見された新種の幻獣。ウェスタが召喚したんだよ」
「え、あー……あー!」
ハルドリッジの父親は訝しげにしていたが、しばらくすると得心がいったように手を叩いた。
俺は1歩前に進み、軽くお辞儀をする。
「初めまして、ヒューマのオーエンです。今日はよろしくお願いします」
「こ、言葉……! こりゃあすごいな。えーと、ここの店主をやっとりますロザックです。こちらこそよろしく」
俺が挨拶するとロザックさんは目を見開いた。喋れる幻獣はやっぱり珍しいのか。
「リジーが幻獣用に武器を見繕ってくれって言ってきた時は驚いたけれど、君ならむしろ僕たちよりも使いこなしそうだ。んじゃ、私はちょっと出てくるよ」
「ん? どこ行くんだ?」
「ドリスがまた森に出かけちゃったから、代わりに仕入れへ行かないといけなくなったんだよ」
そう言って、ロザックさんはひらひらと手を振って出て行った。
ハルドリッジが「またかあのバカ兄貴……」と呟いているから、いつものことなのだろう。
「ウェスタってロザックさんと知り合いだったの?」
「……前の前の幻獣の時に、色々とお世話になったんですよ。ささ、オーエンの武器防具を見繕いましょう」
「だな。オーエンは、何か使いたい武器種とかあるか? ショートソードとかさ」
「そうだな……」
ここに来る前は『異世界といえばロングソードだろ!』と思っていた。でも店内には多くの武器種が揃っているし、色々試してみたい。
俺はとりあえず、ハルドリッジの横に立てかけてあるショートソードを手に取った。柄も金属製なのだが持ってみると意外と軽い。
「おお、サマになってますね。どうです? 振れそうですか?」
「試し切りしてみるか。こっちに来てくれ」
ハルドリッジの案内で、裏手にある広場へと移動する。
10個ほどの分厚い木の板が、太く長い木の棒で地面に固定されており、板の表面にはいくつもの細かい傷が付いていた。
「んじゃ、俺は他の武器持ってくるからとりあえずやっといてくれ」
「わかりました。……さて、まずはオーエン。あそこの板を両断してください」
「え、お、おう」
剣で板を両断するって、結構難しいんじゃなかったか……?
一応ウェスタが【ギフト】を発現してくれているので、力任せに振ればいけるかもしれない。
そう思い、俺は一歩踏み込んで思いきり剣を下ろした。
ザッ、と鈍い音が
「……ぐっ!」
続いて右腕から肩にかけて骨に響くような衝撃が走り、剣を取り落としてしまう。ヒビが入ったかもしれん。
ゆっくりと上の板を見上げると……うん、板に小っちゃい傷が追加されてた。
こりゃ実戦では使えんな。
「……オーエンって、もしかして剣を持ったのは今日が初めてですか?」
「あ、はい。そうです」
振り返ると、ウェスタが申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめんなさい。私も剣についてあまり詳しくないので……てっきり振れば切れるものだと思ってました」
「俺もそう思ってた。結構難しいんだな」
アニメとかの主人公はいかつい銘のロングソードを使いこなしてたんだがなあ。
試験まであまり時間もないし、剣を採用するのは厳しいか。
「剣って上手くなるまでに時間もかかるらしいし、他のにすれば? ほら、槍とか弓とか」
「弓は難しそうですけど、槍なら突くだけですしいけそうですね。槍にしましょう」
「わかった」
と、いうわけで次に俺は槍を試すことになったのだが──。
◇
結論から言うと、槍もダメだった。
長槍と短槍両方試したがダメだった。
長槍は重くて扱いずらく、もっさりとした動きしか出来ない。こんな体たらくではサウム狩りなど夢のまた夢なので却下。
短槍は長槍よりマシだったが、そもそも下手くそすぎて突きの威力が低い。
弓は見るに堪えないシロモノだったので割愛。
ならば全身を甲冑に包み盾でぶん殴る戦法を試してみたが、素の肉体の強度が低いゆえにあまり意味を成さない。
斧は剣と槍が使えないなら無理だろうとのことで、結局俺が渡されたのは。
全長1メートルくらいの戦鎚だった。
「これならいけるだろ。切る技術もいらないし、弱点を的確に突く必要もない。避けること前提の立ち回りになるから防具も
「確かに! これなら
「お、おう……」
だが試しに使ってみると、これがまた良い味出すのだ。
槍や剣では切りこみを入れるのがやっとだった板は軽く叩き潰し、甲冑を着ける必要がないのでマックスのスピードで動ける。リーチも短すぎず長すぎずで、ウェスタの得意とするヒットアンドウェイ戦法にもマッチしていた。
俺用に調節は必要だが、今までに比べれば十分過ぎる。
「はえー……すんごい威力だね。どこでこんなの見つけてきたの? 戦鎚なんてあたし使ってる人見たことないけど」
「前帰った時に兄貴がピロス森から持ち帰ったやつを引っ張り出してきた。なんでも、百年前に流行ってた武器らしい。あいつ定期的に森に行ってはガラクタ持って帰ってくるんだよ。たまにこの戦鎚みたいな掘り出し物もあるんだけどな……」
「え、お兄さんの私物? 売り物じゃないんですか」
「いや、あいつ最近金に困ってるし、売れるとなれば飛び上がって喜ぶと思うぜ」
「なんと運が良い。お兄さんに感謝ですね。さて、武器も決まったことですし、これと鎖帷子を買って帰りましょうか。調節できます?」
ウェスタは俺の持つ戦鎚を指さし、懐から財布を取り出そうとしたが。
「いやー……それが、戦鎚の調節はたぶん兄貴しか出来ねえんだよな。俺と親父も、百年前の武器を調節する方法なんてわからねえからな」
「え、そうなんですか」
参った、とばかりにウェスタが顔をしかめる。
「皆さんどうです? ウチの商品は……って、何かあったのかい?」
と、そこでロザックさんが仕入れを終えて戻ってきた。両手に持ったトレイの上には氷水入りのグラスが4つある。ありがたい。
「あー……実はな」
ハルドリッジが事の経緯を説明し終えると、ロザックさんは深々と頭を下げた。
「申し訳ない。私の知識不足のせいだ」
「い、いえそんなことないですよ。百年前の武器なんて普通知りませんから」
「そういやさ、兄貴はいつ帰ってくんの?」
「ん? ああ、さっき帰って──」
「話は聞かせてもらったよ!」
ロザックさんの背後にある戸を勢いよく開け放ち現れたのは、金髪に近い茶色の髪を持つ、20代前半の男だ。丈夫そうな緑の作業服は泥にまみれている。
彼は好奇心たっぷりな眼差しで俺たち、というか俺とウェスタを見ていた。
「君たちが僕の戦鎚を買ってくれるんだね!?」
「あ、はい、そうです」
ウェスタが一歩後ずさりながら答えると、対面の彼はますます頬をほころばせた。
「なんと素晴らしい……よし、決めた! レールス金貨7枚で譲ってあげよう!」
「な、7枚……」
ウェスタは今金貨4枚、銀貨8枚、銅貨3枚を持っている。
この世界の貨幣の価値は良く知らないけれど、彼女の表情を見るに足りなそうだ。
「すみません。そこまで持ち合わせがなく……」
「な、そうかい」
彼は残念そうにのけぞったものの、すぐに合点がいったように頷いた。
「いや、仮にも僕は20を超えている。そんな僕が弟と同い年の女の子からお金をもらうわけにはいかないね。だから君には夕方まで僕の代わりに働いてもらおう!」
「えっ? でも私、武器の知識とかないんですけど」
「大丈夫! リジーと一緒に店番してるだけでいいからさ! どうせお客さんなんて来ないだろうし!」
「おい、ドリス」
ロザックさんがものすごい顔してる。
「……金貨7枚分の価値があるものを、無料でもらってもいいんですか?」
「店番してくれたらね。ちょっと森の中でいいもの見つけたからさ。急いで取りに行きたいんだ」
「わかりました。それなら、ドリスさんの代わりに店番します」
「交渉成立ぅ! んじゃよろしくねー」
「待ちなさい!」
ウェスタが頷くのを確認するや否やあっという間に出て行ってしまう。
引き留めようと腕を伸ばしていたロザックさんが、額に手を当て深いため息を吐いた。
「すまない、ウェスタちゃん。悪いけど今日は頼むね。ちゃんと別に給金も出すから」
「謝らないでください。戦鎚を貰うためですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。このあと直ぐに出かけないといけなかったから……それじゃあよろしくね」
最後に申し訳なさそうに頭を下げてから、ロザックさんも訓練場を後にする。
戸が閉まると同時に、今度はハルドリッジが頭を下げた。
「すまねえウェスタ、ウチのバカ兄貴のせいでこんなことになっちまった」
「いいんですよ、最近お金に余裕がなくなってきたところだったのでありがたいです。と、いうわけなので。オーエンはお使いを頼まれてください」
「お使い?」
疑問符を浮かべると、ウェスタがしわしわのメモ用紙と金袋を手渡してくる。
「それに書いてある商品を夕方、ここに戻ってくるまでに買って来てください。そんなに量は多くないので、観光出来る時間はあると思います」
「……いいのか? 俺はウェスタを手伝おうと思ってたんだが」
「魔道馬車に乗せてあげられなかったお詫びです。ここは主に華を持たせてください」
そこまで言うなら、観光させてもらうか。
「わかった。じゃあまた夕方に」
「では、よろしくお願いします」
メモ用紙には『時間論 上下巻』『羽ペンのインク』『リュウサンニンニクガエルの串焼き2つ』と書いてある。
「昼頃から用事があるからずっとはいられないけど、この街を案内するよ。本屋の場所とかわかんないでしょ?」
「助かるよ。ありがとうアリテラス」
ヤバすぎる名前の串焼きは夕方に買えばいいから、昼からは暇になる。
ウェスタもああ言ってるわけだし、空いた時間はその辺をぶらぶらするか。
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