第11話 ウィザードゴブリン

 「……上手く誤魔化せただろうか」


 ウェスタの部屋へと召喚された俺は、バンガルドのローブを着ながら呟いた。学園の制服でもあるこのローブは耐久性に優れているらしく、防具代わりに着ておいた方がいいらしい。


 「ん……どうしたんですか?」

 

 後ろを向いているウェスタがあくびを噛み殺しながら聞いてくる。

 俺はかぶりを振った。


 「いや、こっちの話だ。それより今日は何するんだ?」

 

 ローブを着終わった俺はウェスタに声を掛ける。頭頂部のアホ毛がぴょこんと動いた。


 「やるべきことはたくさんありますけど……最終的な目標は、やっぱりオーエンの【ギフト】発現レベルを上げることです。先日私が体を、その……張ったんですけど、まだ足りませんから」

 「でも、俺の【ギフト】の性能って低いんだろ? レベル3くらいいるんでねえの?」


 そう言うと、ウェスタは両手のひらを向けてきた。

 

 「いやいや。レベル3へ達するにはとても時間が足りません。なので、まずはサウム狩りの練習をしましょう。5体狩るだけで10点貰えますからね」

 「わかった。でもどこで練習するんだ? あんな奴がその辺に生息してるわけでもないだろうし」

 「ふふふ。実はおあつらえ向きの施設があるんですよ」

 

 慣れていなさそうな笑い方をしながら、ウェスタはその辺に置かれていた紙を拾って見せつけてきた。『訓練場入場許可証』と書いてある。はしっこに髪の毛が引っ付いているのを見るにあれから掃除はしていないようだ。


 「その名も訓練場」

 「そのまんまだな」

 「学園内で飼育されているサウムを使い本番に極めて近い練習が出来る、ありがたい施設です。しかも無料で」

 

 無料、というのをやけに強調してきた。

 ペンキ代わりにゼンマ……の血を使うくらいだし、金欠なんだろう。

 気持ちはわかるぞ、と同情の念を寄せているとおもむろにウェスタがローブをひるがえし、杖を手に取った。


 「さて、お手伝いさんを待たせてしまう前に出発しましょう。オーエンはそこに立ってください」

 「え、【顕現終了ノン・アクティブ】とかいう魔法また使うの?」


 あのせまっくるしい感じはどうも好きになれない。

 

 「当然です。幻獣携帯禁止期間は過ぎましたし、なにより許可証は一枚しかありませんからね」

 「さいですかぁ」


 じたばたしてもどうにもならないようなので、俺は大人しくウェスタの指示に従った。

 


 寮からしばらく歩いていくと、先日訪れた闘技場に似た造形の建築物が見えてきた。あれが訓練場か。ちょこちょこガラス張りになっており、そこから見えるだけでもかなりの人数がここで訓練していることがわかる。この建物も敷地内にあるというのだから、つくづく学園の規模のデカさには驚かされる。

 

 件のサウム狩り練習が出来る場所は、訓練場の2階にあるという。なのでまず俺たちは2階へと続く階段に向かった。やたらと豪奢な戸を抜け大理石の廊下を2人、並んで歩く。ここにも壁に絵画のレプリカが設置されている。観るだけでも結構楽しい。


 『おお、オオムカデナメクジガエルの塩焼きが売ってますね。私結構好きなんですよ』

 『あ、いや別に俺は……』

 『あとで買ってきますからオーエンも一緒に食べましょう』


 1階には売店の他にも瞑想部屋、シャワールームなんかが設置されている。現在それらを使用しているのは主に4年生らしい。数が限られているので、上級生から優先して使用するべしという暗黙のルールなのだそうな。


 帝国の兵士を育成するための学園だし、体育会系的なノリはやはり存在しているらしい。

 

 

 大理石のらせん階段を上り、2階へとやってきた。2階は1階ほど広くはないが、行き来している人数はそれより多い。皆胸部辺りに不思議な形状の道具を取り付けており、表情も硬い人間ばかりだ。


 『あれは「プロテクター』ですよ。ほら、研究室に行ったとき見たでしょう?』

 『え……あ、ほんとだ』

 『2階では様々な角度から「実戦形式」の練習が出来るんですよ。サウム狩りもその1つです』


 ウェスタの丁寧な説明を聞きながら廊下を進み、突き当たりにある施設の前で立ち止まる。『サウム狩り、始めました』というどこかで見たことがあるような文言の看板が目を引く。てか、この文字どっかで見たことあるな。どこだっけ。


 「お! 来たかウェスタ!」


 どうやら待ち合わせをしていたらしく、ハルドリッジが片手を挙げて近づいてくる。『お手伝いさん』とは彼のことだったようだ。

 

 「ハルドリッジ。すみませんお待たせしまして」

 「なに、俺も今来たばかりだから心配すんな! 受付はもう済ませてあるからよ」


 ずんずんと進むハルドリッジの後を追うと柵で囲われた、闘牛場に似た広場が見えてきた。床はこの辺と同じく大理石で出来ている。ふっ飛ばされた場合の痛みを想像しそうになったので慌てて振り払う。その間に2人は柵へ取り付けられたゲートに許可証をかざし、中に入る。ゲートが閉じるとウェスタは杖を取り出し、俺を元の姿に戻してくれた。


 「よし、それじゃあ始めるか。オーエンはまだ【ギフト】を発現させたばっかりだったよな?」

 「ああ。だから正直言って全く自身が無い」


 両腕をぐるぐると回しながら頷くと、ハルドリッジはニカッと笑った。


 「だろうな。だからまず俺が手本を見せてやるよ。ちょっと待ってな、サウムを呼び出せる幻獣に来てもらう」

 

 そう言うと、ハルドリッジは広場の中央に進み、ポケットから一枚の銀貨を取り出して床に置いた。ウェスタの手がピクリと動く。たしなめるような視線を送ると目を逸らされた。


 「ウィザードゴブリン! いるか!」

 

 ハルドリッジが銀貨を床に置いたままの姿勢で叫ぶ。すると、銀貨を中心として蒼い魔法陣が姿を現した。


 「大声を出さなくとも聞こえておりますよ」

 

 魔法陣の中から現れたのは、しわしわの黒っぽい深緑色の肌に真っ白な髪と髭を生やした1匹のゴブリン。左手で先端に緑の宝石が付いた漆黒の杖を握り、意思の強そうな瞳を俺とウェスタに向けてくる。


 「ほう、ヒューマも一緒でしたか。ハルドリッジ殿とヒューマの主はご友人だったのですね。失礼、お名前を聞いても?」


 ウィザードゴブリンはウェスタに対してうやうやしくお辞儀をした。

 

 「ウェスタです。今日はよろしくお願いします」

 「ええ、よろしく。そして」


 と、ここで俺の方に向き直る。


 「貴方あなたがヒューマ、オーエンでしょう。我がミストレスからうかがっております」

 「ああ……ヒューマって俺のことか?」

 「いかにも。貴方の学名ですよ」


 おそらく学名とは、オーガやドラゴンといった種族名のことだろう。人間に限りなく近い、けれど(異世界基準で)人間ではない新しいタイプの幻獣。俺がその第1号というわけだ。


 「なるほど。てか、喋れるんだな。てっきり幻獣は喋れないもんだと思ってたよ」

 「私も召喚されたばかりは話せませんでしたが、我がミストレスから言語を学び、今こうして話しているわけです」

 「幻獣に言葉を教えられる召喚魔導士がいるのか。どんなやつなん──」


 言いかけて、俺は顔をしかめて口をつぐんだ。眼前のウィザードゴブリンは人……ゴブ生経験豊富なご老人。初対面なのにフランクに接していい相手じゃない。

 

 「ほほ。気遣いなど無用。同じ召喚魔導士に仕える下僕同士なのですから」


 だが、ウィザードゴブリンはまるで俺の心を読んだかのように笑った。


 「そ、そうか。ありがとう」

 「こちらこそ。……さて、ハルドリッジ殿」

 「おう。早速だが、サウムを召喚してくれ」

 「おまかせを」


 ハルドリッジとウィザードゴブリンは互いに距離をとり、杖を構える。


 「【顕現せよアクティブ】」


 まず最初に唱えたのはハルドリッジ。先端の黄金色の宝石が輝き、中に納まっていた幻獣が姿を現す。


 ──グルルルウル……。


 唸り声を上げながら、四足歩行の獣がハルドリッジの前に進み出た。顔は獅子のようだが尻尾はブタに、四肢は像に似ている。背中には無数の小さい蛇がまとわりついており、シャーと威嚇しているのが聞こえた。たてがみに覆われた首筋から前足にかけて刻印が刻まれている。


 合成獣キメラだ。

 

 「では、私も。【────】」


 続いてウィザードゴブリンも聞き取れない言語で詠唱する。前方に淡く光る水色の魔法陣が出現し、バチリと弾けた。

 幾何学きかがく模様の中心に立っていたのは藍色の毛で身を覆い、額に黄金の角を持つ一角獣。


 ──ゴーア!


 現れたサウムは低い鳴き声を上げ、間髪入れず合成獣に向けて突進した。それに対して合成獣は……ぴたりと制止している。ハルドリッジの指示を待っているのだ。


 「じゃあ、次は……【貴公に万象の加護をゲニウス・ベネディカート】」


 ハルドリッジが【ギフト】のレベルを引き上げる呪文を唱えつつ杖を掲げる。一瞬宝石が光り、合成獣の肉体に刻まれた刻印が光を帯びた。直後に、背中から赤と青のまだら模倣を持った大蛇が出現する。


 「うおっ! 蛇が増えた!?」

 「へへっ。これがこいつの【ギフト】『増殖』、だ」

 

 合成獣は獰猛な笑みを浮かべ、サウムの突進をひらりと回避する。恐ろしく俊敏な動きだ。


 ──ガアァ!


 サウムの隣へと回りこんだ合成獣。先ほど出現した大蛇がたけびと共に首筋へと嚙みつく。サウムは小さくうめき声を上げ、ぴくぴくと2回痙攣した後に動かなくなる。ぐったりとしたサウムを口から離した合成獣キメラはハルドリッジの足元まで進み、そこで丸まった。


 「……と、まあこんな感じだ。サウムは凄まじいスピードでの突進が厄介だが、逆に言うとそれさえ対処出来ちまえば大した敵じゃない。素早く横に回りこんで、首筋にガツンと一撃。この動きをマスターすれば、サウムは楽勝だ」


 合成獣キメラを杖の中に戻しつつ、ハルドリッジはジェスチャーを交えて説明してくれた。

 理屈はわかる。サウムの唯一の強みを殺し、そして殺す。

 でも、頭でわかっているのと行動に移せるかはまた別の話で。


 「大丈夫だ。オーエンにはウェスタがいるだろう。ウェスタは作戦とかを組み立てるのが上手いから心配は──ってウェスタ? おーい」

 「……っ!」


 ハルドリッジに声を掛けられウェスタがわずかに飛び上がる。ボーっとしていたらしく、目の焦点が定まっていない。


 「どうしたんだ? ウェスタらしくもない」

 「ああいえ、その、2日連続で1限からだったので、少々疲れがたまってまして」


 ウェスタは慌ててかぶりを振った。頬をぺちぺちと叩き、杖を握りしめる。


 「もう大丈夫です。さあ、ハルドリッジもお手本を見せてくれたことですし、今度は私たちの番ですよ」

 「わ、わかった」

 「ウィザードゴブリンさん。お願いします」

 「任されました」


 サウムの亡骸を回収していた彼は再び杖を掲げ、呪文を唱える。

 先ほどよりもひと回り小さいサウムが姿を現す。

 俺は合成獣キメラがそうしていたように、恐怖を押し殺してサウムの正面に立った。首筋の刻印がかすかに熱を帯びる。ウェスタが【ギフト】を発現してくれているのだ。

 

 『カウントが0になったら横っ飛びで回避してください。3,2──』

 

 これなら、いける。

 俺は両足に力を込めて、サウムの突進に備えた。


 『0!』

 「ふっ!」


 コールと同時に右に飛んで、サウムの突進を回避する。転瞬、俺は身をひるがえしてサウムの首筋めがけて拳を叩きこむ。ゴキリ、と音がした。

 【ギフト】を発現すれば、俺でもサウムを倒すことが出来る。

 そう確信したのも束の間。


 「……あれ?」


 気づけば俺の肉体は、くるりくるりと宙を舞っていた。

 一体、何が起こったんだ?

 しかし、状況を理解する前に大理石の床に叩きつけられる。


 「ハッ……!」


 ミニマムドラゴンのブレスに匹敵するレベルの痛みに浅い息を吐く。口端から暖かい液体が流れ出ているのを感じる。視界の端に、こちらめがけて地面を蹴るサウムの姿が映った。しかし、今の俺にはどうすることもできない。


 「【────】」


 だが、そこでウィザードゴブリンが魔法を唱えた。杖から蒼い電撃がほとばしり、サウムの首筋に直撃する。まぬけな声を上げて地面に崩れ落ちた。追撃がこないことに安堵し、ほうと息を吐く。


 「オーエン! 大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってきたウェスタに支えてもらい、ゆっくりと上体を起こす。みぞおちが痛い。脂汗が出そうだ。というかもう出てる。


 「回避のタイミングは完璧でしたが、いかんせん攻撃力が足りませんな」

 

 サウムを回収し、同じく駆け寄って治癒魔法をかけてくれていたウィザードゴブリンが呟いた。

 確かに、俺は攻撃力がない。ブレスも吐けなければ魔法も使えない。かといって強靭な肉体を持つわけでもない。多少は【ギフト】で補強出来るとはいえ、それは他の幻獣も同じだろう。


 「やはり、オーエンに最高級のA5ランクゼンマイナメクジガエルステーキを食べてもらうしか……」


 ウェスタがぶつぶつと言いながら俺のみぞおち辺りをさすってくれている。それはありがたいのだが、病気になりそうな名前のカエルを食わせようとするのはやめてほしい。


 「【ギフト】の出力を強化するのもそうだけど、何か武器とかがあればなあ……」


 石器時代の人々は、黒曜石の槍でマンモスを倒したのだという。

 槍とまではいかなくても、せめて棍棒とかでもあれば違うんだろうけど。


 「武器か! それならいいアイディアがあるぜ!」


 と、ここで俺の呟きを聞いたハルドリッジが正面に回りこんでくる。


 「あー、そういえば、ハルドリッジの実家は武器屋でしたっけ」

 「おう! オーエンなら人間用の武器でも問題なく使えるだろ?」

 「確かに。ヒューマほどの知能を持つ幻獣であれば人間と同じ武具を使いこなせるでしょうな」

 「だろだろ! 丁度明日手伝いに帰る予定だったし、ウェスタたちも来いよ!」


 そういや初めて会った時に『5連休の真ん中に親父の武器屋を手伝いに行く予定が出来た』って言ってたな。

 いい案だと思ったのだが、ウェスタは迷う素振りを見せた。


 「でも、武器って結構高いんじゃあ」

 「大丈夫だ。昔大量生産されてた分の余りがいっぱいあるから、ショートソードとかなら安く買えるぞ」

 「え、そうなんですか。ここを逃すと行く機会を逃してしまいますし……どうしま」

 「よーし決まりだな! まだチケットあるかもしれんし確認してくる!」

 「あっ、ちょっ、まだ行くと決めたわけでは」


 ウェスタが明日同行してくれるのが嬉しいようで、ハルドリッジは返事も待たずに広場を飛び出してしまった。


 「行ってしまいました……」

 「まあ、いいんじゃないか? 折角の連休なんだし」

 「うーん、わかりました。では、明日の早朝にお呼びしますね」

 「わかった」


 頷いて、俺はウェスタの肩を借りて立ち上がる。

 もう一度サウムを呼び出してもらおうとも思ったが……この傷だと無理そうだな。ウィザードゴブリンに傷は塞いでもらったけれど、少し体を丸めただけで痛みが走る。

 明日はフルプレートアーマーなんかを試してみるのもいいかもしれない。


 「ヒューマ」


 ウェスタが俺に杖を向けようとした瞬間、ウィザードゴブリンが種族名で呼んできた。


 「我がミストレスは、貴方のことを高く評価しておられます。次回ここに来られた時が楽しみです」

 「……期待に沿えるように努力するよ」


 彼の言う『我がミストレス』が誰かは知らないがね。

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