第9話 ストレンジレート

 試合が始まってからおそらく30分ぐらい経った。

 現在生存者は2名。バンガルドが鮮やかな奇襲で撃破されたのを皮切りに、更に2名の生徒が脱落した。


 ──フィポ・ドラクマさんが脱落しました。

 ──アレクザンダー・デンドラさんが脱落しました。


 学生最強と称される、ドラゴン使いの手によって。


 「なあ、ショウ先輩これで4人倒しちゃったぞ。いくらなんでも強すぎないか?」

 「ただでさえストレンジレートが高い奴しかいないってのに、バケモンかよ……」

 「あれが天才ってやつかあ。分けてほしいわ全く」


 観戦している生徒の雰囲気は、憧れを通り越してどこか諦めたようなものに変化しつつある。


 「……あぁ」


 隣に座るウェスタもまた、その中の1人だ。


 「でも、ウェスタが推してたアーグス先輩はまだ残ってるな」

 「そうですけど」


 ウェスタの手のひらにある水晶には、空を悠々と飛ぶフォレストドラゴンから逃げ回るオーガの姿が映っている。【ギフト】の山吹色の光が全身を覆っており、その眩さから最大出力であるのがわかる。

 だが、それをもってしても少しづつ、確実に追い詰められていく。時折天に向かって手のひらを掲げ、火球を放つ魔法で応戦してるが芳しくない。蛇行しつつ荒野を駆けるも、30メートルほどもある大岩によって通行止めを食らってしまった。


 「やっぱりドラゴンを下僕に出来るほどの召喚魔導士は強いですね。先輩も手堅い立ち回りをしてるはずなのに、未だに突破口が見えません」

 「正直、実際に見るまでは実戦形式なんて単純に幻獣のぶつかり合いだと思ってた。だけど、結構それを操る人間の実力も大事なんだな」

 「……はい。私もそう思います」


 楽譜も読めないような人間にウン億円するピアノを与えても、まともな音色を奏でられないのと同じ。

 いくらドラゴンが強かろうと、それを下僕として従えなおかつ完璧に心を通わせていなければ、そもそも学生最強なんて言われることはないのだろう。昨日のファザコンゴブリンとミニマムドラゴンがいい例だ。


 「あっ、よかったまだ終わってないんだね」


 熾烈しれつなレースも終盤に差し掛かった頃。ハルドリッジの介抱を終えたアリテラスが戻ってきた。


 「お疲れ様です。ハルドリッジは大丈夫でした?」

 「うん。ただの飲みすぎだってさ。涼しいトコで水飲んで寝てれば治るらしいよ」

 「それならよかったです」

 「んで、戦況は……って! もう終盤も終盤じゃん! まだ6人くらいは残っていると思ってたのに」


 ぱたぱたと顔を手で扇ぎながら、『観戦玉』を起動したアリテラスが声を上げる。


 「ショウ先輩がほとんど倒しちゃったんですよ。バッタバッタと」

 「えー、見たかったなあ。んでも、最後の2人の闘いはなんとか見られそうだね」


 大岩まで追い詰められたオーガは主人の指示の甲斐あってか、今のところ機関銃の如く放たれるブレスを避けることには成功している。しかし、ジリ貧なことに変わりはない。オーガの動きはどんどん精彩を欠いていく。おまけに砕けた岩のカケラが周囲に散乱して身動きも取りづらそうだ。辛くも回避していたブレスにも対応が遅れている。かすり傷を負い、次の攻撃にこそ対応しようと動き、先ほどより深く傷を負う。


 「これは、さすがに決まったんじゃないか?」


 素人目にも、オーガ側はもう詰んでいるように見える。既に席を後にする生徒もチラホラと。


 「んーそうだね。いくら持久力に定評のあるオーガといっても、この状況は厳しいかなあ」

 

 アリテラスもそう感じたようで、イスの上でぐっと伸びをした。


 「いえ、まだわかりませんよ」

 「えっ?」


 だが、ウェスタはそう思わないようで。

 徐々に逃げ場を失っていく様子を冷静に見つめていた。


 「私にはどうも、アーグス先輩はわざとやっているようにしか見えないんです」

 「わざと? でも、このままじゃ本当にやられちゃうよ」


 ついにオーガはブレスの直撃を食らい、その場に崩れ落ちる。肩に乗っていたアーグスも衝撃で気を失ったらしく、ピクリとも動かない。脱落判定ギリギリのところで耐えたようだが、フォレストドラゴンの勝利は揺るがないだろう。旋回を辞めて地に足を下ろしたフォレストドラゴンは、ゆっくりとした足取りで近づいて。


 「多分、アーグス先輩は、きっと」


 とどめをさすために、今までよりも明るい翡翠色のブレスを発射する。

 その瞬間。


 「ドラゴンの急所を狙うために、あえて大岩まで追いつめられたんじゃないでしょうか」


 フォレストドラゴンの喉元に、鋭利な石が投げつけられた。極限までエネルギーを集約したブレスが行き場を失い、口内で大爆発を起こす。気絶したかに見えたアーグスは、口元に笑みを浮かべてゆらりと立ち上がる。


 「ええー!? なんでわかったの? ウェスタすごっ!」

 

 ウェスタが推測を口にしたのと、オーガが左手に隠し持っていた石を投げたのは、ほとんど同じタイミングだ。見事に先輩の意図を推理してみせたウェスタを、アリテラスが尊敬の眼差しで見ている。ミニマムドラゴンの時も即席で効果的な作戦を組み立てていたし、その手のことが得意なんだろうな。

 

 「た、たまたまですよ。それに、まだ勝敗がついたわけではありませんから。ここからが勝負です」

 「そんなことないよ! このまま倒しちゃうんじゃない?」


 喉元を切り裂かれ、完全に虚を突かれたフォレストドラゴンは、周囲に衝撃波を発生させるほどの咆哮をあげて崩れ落ちた。どうやら脱落はまぬがれているようだ。しかし、対するオーガも身を挺した作戦の後遺症で満足に追撃ができない。


 「これは、大番狂わせ来るか!?」


 会場内の熱も復活し、生徒たちは固唾を呑んで見守っている。数刻の後、先に動いたのはオーガの方。筋肉の塊のような右腕を山吹色にきらめかせ、地に横たわるフォレストドラゴンへ向けて振るう。


 轟音とともに砂埃がまき上がる。


 ──アーグス・アウグル・ファウビルスさんが脱落しました。

 

 がしかし。

 直後にショウの勝利を知らせる、無機質な声のアナウンスが鳴り響いた。


 ◇


 「あたし絶対アーグス先輩が勝ったと思ったんだけどなー」

 「うむむ……やはりフォレストドラゴンは強かったですね」


 試合も終わり、俺たちは広場で売ってた屋台飯をウェスタの部屋に持ち帰って食べていた。外で食べる予定だったのだが、食事をとれそうなベンチや休憩所はすべて埋まってしまっていたのだ。

 

 「……んぐ」


 今回俺が選んだのは、ウェスタ激推しのシャトーガエルの串焼き。このカエル、相変わらず味は悪くない。けれど串焼きになるとなぜか例の弾力感が増しており、正直リピートはしたくない。

 

 「まさかブレスが暴発したように見せかけてたとはねえ」

 

 ちなみにオーガが敗北してしまった原因は、口内に温存されていたブレスをもろに食らったかららしい。フォレストドラゴンは急所を突かれながらも、ブレスのエネルギーをキープし続けたのだそうな。

 主を勝たせる、というフォレストドラゴンの強靭な意思と、それを瞬時に察知したショウの手腕による勝利だ。


 「それにしても、【ギフト】を使用すると幻獣って生き物は見違えるほど強くなるんだな」

 「今日出てたのはストレンジレート1000以上の人たちばっかりだったからってのもあるけどね。たぶん私たち2年生の試験ではあそこまで高いレベルにはならないと思うよ」

 「あ、そういやストレンジレートってのは生徒個人個人にもあるんだろ? 2人はどれくらいなんだ?」

 

 今まで聞こうか聞くまいか迷っていたが、つい興味を抑えきれず口にしてしまう。

 それが顔に出てしまっていたのか、2人は顔を見合わせた後に肩をすくめた。

 

 「正確な数値は研究室に行かないとわからないけど、あたしがだいたい460くらいで」

 「私が620くらい、といったところでしょうか」

 「……あれ? ウェスタって結構高いんだな」


 退学ギリギリとか言ってたし、もっと低いのかと思っていた。

 

 「私は戦闘特化型の召喚魔導士なので、アリテラスよりも高めなんです」

 「あたしは文官志望で、戦闘向きじゃないからね。でも2年生までは実技試験は実戦形式しか選択できないから、どうしても低めになるんだよ」

 「なんで同程度の人間同士で振り分ける必要があるのかと思ってたけど、そういうことだったのか」


 要は、実戦形式とは必修科目のようなものなんだろう。

 いくら前線に出ないといえども、最低限の武力は持っておかねばならんということか。


 「ちなみにバンガルドとコルネはどれくらいかわかるか?」

 「確かコルネが1200くらいだったので、バンガルドはそれより少し低いくらいじゃないですかね」

 「本当にその2人はすごいよね。あたしも今の子とはもう2か月になるけど、【ギフト】のギの字も発現しないし。それどころか言うことすら聞いてくれないし……」

 「うう……胃が痛い……はぐっ」

 

 串焼きをかじりながら、2人はどこか遠くを見ている。心の中に巣くうトラウマを呼び覚ましてしまったようだ。


 「そ、そういえば! アリテラスの幻獣はどんなヤツなんだ?」


 すぐさま話題を逸らそうと試みる。しかし、アリテラスの顔はより陰鬱なものへと変わってしまった。


 「えー……まあ、賢い子だよ。でもプライドが高くって、あたしの言うことを全く聞いてくれないし。発現以前の問題なんだよね……」

 「うっ、なんというか、その、申し訳ないです」

 「いいんだよ。あたしが未熟者だから」


 そのままどんよりとした空気を醸し出すアリテラスを見ると、なぜかこっちまで不安になる。


 「大丈夫ですよオーエン。【ギフト】の発現はもう済んでいるんですから。後はこの1か月半でレベル2になれるかどうかです」


 串焼きを平らげたウェスタが俺の肩をポンと叩く。

 ソースが口端に付いているのに気づかないまま、ぐっと拳を握りキメ顔で言う。


 「本番まで時間はたくさんありますから。焦らず、ゆっくりとやっていきましょう」

 「……そうだな」


 ウェスタはゆっくりと、噛み締めるように口にした。

 俺の瞳を一切見ることなく紡がれた言葉は、なんだか。


 「惜っしいなぁ。それでソースがついていなかったら完璧だったのに」

 「ふえっ!? そんな、教えてくださいよ!」

 「あはは。ごめんってばあ」


 まるで、自分に言い聞かせているかように聞こえた。


 ◇

 

 それからしばらく雑談していると、突然例のアナウンス声が寮内にこだました。


 ──まもなく、式典が開催されます。見学を希望される生徒は、所定の場所で許可証を発行してください。

 

 なんでも、先の『プラレート』の表彰式がもうじき行われるらしい。今回1位をとったショウは、なんと直々に皇帝陛下から拝謁はいえつたまわるのだとか。


 「あっ、もうそんな時間? おーし。んじゃ、あたしはそろそろ失礼するよ」

 「わかりました」

 

 アリテラスは口端に付いたソースをちゃんと拭き取り、腰に手を当てて立ち上がる。表彰式では殿上人てんじょうびとである皇帝を見られる数少ない機会ということもあって、会場には先ほどよりも大勢の観客が押しよせるのだとか。

 しかしウェスタは返事をしただけで動こうとしなかった。


 「あれ? ウェスタは行かないのか?」

 「……本当は、私も行きたいんですけど」


 テーブルを拭いていたウェスタは、鞄の中から教科書を取り出した。そういえば座学の試験は難しいものになるらしいし、今のうちからやっておかないと間に合わないのだろう。


 「オーエンはどうする?」

 「そうだな……行こうかな」


 せっかくの機会だし、異世界の皇帝とやらを見てみたいと思ったのだが。

 そこでウェスタが申し訳なさそうに手を挙げた。


 「申し訳ないのですが、そろそろ魔力が空っぽになりそうなので難しいかもです」

 「ありゃ、そうなのね」

 

 『幻獣が現世で姿を保てるのは、召喚魔導士が魔力を供給しているから』だったな。


 「ウェスタが魔力切れしそうって、一体いつから顕現させてるの?」

 「昨日の夕方からです」

 「はえー。 相変わらずウェスタの魔力量はとんでもないなあ」


 アリテラスが感心したように頷いた。


 「アリテラスには出来ないのか?」

 「ムリムリ! せいぜい3時間が限界っていうか、だいたいの人はそれくらいが普通。ほとんど丸1日顕現させ続けるなんて、同級ならそれこそコルネぐらいしかできないと思う」

 「マジかよすごいな」


 何でもないように見えて、相当すごいことを平然とやってたのか。

 いつも自身無さげなのに。


 「……魔力だけあっても、それを使う幻獣がいないと意味ないですけどね」

 

 しかし、当のウェスタは卑屈になっている。


 「あー、また拗ねてる。褒められてるんだから素直に喜べばいいのにさ」

 「拗ねてません! ほら、急がないと始まっちゃいますよ!」

 「はいはい、んじゃ、またね」


 真っ赤な顔のウェスタにドアまで押し込まれたアリテラスは、ひらひらと手を振りながら出て行った。

 見送った後にはあ、とため息を吐いてこちらを向く。


 「す、拗ねてませんから。本当です」

 「……疑ってないから安心してくれ」


 俺は首を傾けて両手を上げる。子どもっぽいと思われたくないのだろう。

 なおもじっと俺を見ていたウェスタは、やがて諦めたように杖を抜いた。


 「……それじゃあ、今から魔力供給を一時的に切断します。明日は補講があるので明後日の昼ごろに呼びますね」

 

 明後日か。時間の流れに差があることを考えるとそんなに先ではない。


 「わかった。てか切断する時にも専用の呪文があるんだな」

 「当然ありますよ。無理やり幻獣への魔力供給を止めると、契約破棄扱いになっちゃいますから」


 幻獣にとっての魔力はさしずめ、電子機器にとっての電気と同じなんだろう。

 精密機械であるそれらのコンセントを、いきなり引っこ抜けば壊れてしまうのと同じだ。

 

 「じゃ、勉強頑張れよ」

 「……もちろんです。では、また明後日に」

 「ああ」

 「──【しばし休息をサスペンション】」


 ウェスタの短い詠唱と同時に、例の頭痛が襲ってくる。五感が薄れていき、地面へと吸い込まれていく感覚。

 おそらくこれに慣れることはないだろうと思いながら、俺は目を閉じた。

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