第8話 第52回レールス帝国プラエ……

 翌日。

 バンガルドの制服を身に着けた俺は、多くの生徒が行き交う学園の中央広場に来ていた。ウェスタが形だけの説教を食らっている間に、異世界の学校がどんなものなのか気になったのだ。

 ニュースで見る渋谷のスクランブル交差点ほどもある人の流れをかき分け、なんとか広場の中央にそびえる像の元へと辿り着く。ここがウェスタの言っていた待ち合わせ場所だろう。この辺は特に人の流れが凄いものの、無駄に背が高いおかげで周囲の景色を視界に収めることが出来た。


 「これは……」


 周りを見回した俺はこの学園のあまりの規模のデカさに声を漏らす。異世界といえば中世ヨーロッパというイメージだが、ここはひょっとしたら俺の住む町なんてメじゃないくらいに発展していた。広場を起点とし、放射状に伸びた歩道の端には黄色い屋根の屋台がずらりと併設されている。屋台では串焼きなどの食べ物を売っているようだ。


 「それにしてもこの造り……まるで、フランスのパリに来たみたいだな」


 昔、図書館で見た本に載っていたパリの街。情景こそは大きく異なるけれど、放射状に広がる道はそっくりだ。地球にいるどんな天才でも観測できないくらいに遠い場所にいるはずなのに、なぜかセンチメンタルな気分になってしまう。

 ふぅ、と息を吐いた。


 「すみません、遅れました」

 

 と、そこでウェスタが説教から解放されてくる。


 「おっ、ウェスタお疲れ」

 「まだ朝ですから元気いっぱいですよ。それなりに鍛えていますからね」

 「それはようござんした」


 どうやらファンタジー翻訳が直訳したせいでニュアンスが伝わらなかったみたいだ。ウェスタの話す言葉が俺の耳には完璧な日本語に聞こえるので、異世界の言語を使っているのを忘れそうになる。


 「あれ? 私何か変なこと言いました?」

 「いや、そんなことはない」

 「ならいいですけど。それより、昨夜はよく眠れましたか?」

 「ソファーがちと硬かったが、これくらいなら大丈夫そうだ」

 「そうでしたか。来週にお布団を買いに行くのでそれまで辛抱してください」


 昨晩はウェスタの部屋で睡眠をとったので、元の世界には戻っていない。


 ──『好物』とやらが現状見つかりませんから、同じ部屋で眠り同じご飯を食べて、少しづつ信頼関係を構築していきましょう。


 という方針を定めたからだ。一応早朝から工事現場バイトのシフトが入っていたが、もはやどうでもいいことだ。


 「ああ、こんなところで立ち話をしている場合ではありませんでした。2人に席をとってもらってますし早めに行きましょう」

 「わかった」


 俺は早足で歩くウェスタの後を追った。

 

 ◇


 「あー! 遅いよ2人とも! もうすぐ始まっちゃうよ!」

 「すみません。クラリア先生に引き留められていまして」

 

 俺たちがやってきたのは、昨日行った小さい広場の丁度反対側に位置する、巨大な闘技場……みたいな建物の観客席。少し前に開かれた、スポーツの祭典で使われた競技場に形は似ている。大きさも同じくらいだ。

 事前に教えてもらった番号表を片手になんとか自分の席を見つけ、どっかりと腰を下ろした。

 

 「お、ウェスタ! 間に合ったか。んで、そっちの赤髪が件のヤツか」


 一息ついていると、俺たちが通った後を追うようにハルドリッジがやって来た。並んで座る俺たちの前をすいすいと通過し、俺の左隣に座っていたアリテラスの左側に座る。両手にはキンキンに冷えた黄金色の液体の入ったジョッキが握られていた。酒じゃないよね?


 「オーエンだ。そっちは、ハルドリッジだろう?」

 「おう! よろしくな! ささ、まずは友好の証に一杯」

 「お、お酒飲むんですか!?」


 やっぱり酒だったか。


 「たりめえよ! やっとこさ酒が飲める年齢になったからな。……んぐっ。うめえええ!」

 「もう……」

 「あはは。いいじゃない。せっかくの機会なんだし」


 いや、未成年では? と思ったが、ここは異世界。酒を飲める年齢が違うのも別におかしいことじゃない。その証拠に、周りの学生もビール片手に酔っぱらっている輩がちらほらと。


 「ほら! オーエンも飲めよ!」


 ここで断ると今後に響くかもしれないので、仕方なく俺はジョッキを受け取る。

 

 「ああ、美味いな」

 「だろお!? 女子はまだ飲めねえのが可哀想だぜ!」


 そういえば、酒を飲んでいるのは男子生徒ばかりだ。

 いや、女子生徒で飲んでいるのもいるにはいるけれど、いかんせん数が少ない。


 「ウェスタたちは飲めないのか?」

 「この国の場合、飲酒は男性17歳、女性19歳からなんです」

 「だから、女子は4年生からじゃないと飲めないんだよね」


 そうなのか。こういうところが違うと、異世界にいることを強く実感できる。


 「そういや、オーエンはいくつなんだ? 見たところ年上そうだけど」

 「20歳だ」

 「へえー! じゃあ先生がいない今、オーエンが会場で一番の年長さんなわけだ!」


 その言い方はなんか傷つく。


 「あ、もうすぐ始まりますよ」


 ウェスタの言葉に、俺たちは会話を中断して前を向く。ステージの中央には黒いローブを纏った生徒たちが一糸乱れぬ整列で直立している。徐々に観客席から雑談の声も消えていき、人数を感じさせない静寂の後。骨を震わせるような鐘の音が鳴り響いた。


 ──ただいまより、『第52回レールス帝国プラエトリアーニ候補選抜試験兼ストレンジレート杯決勝戦』を開催いたします。観客の皆さまは、大きな拍手をお願いします。


 相変わらずどこから出ているかわからない女性の声でアナウンスがかかり、会場は歓声に包まれるが。

 

 「え? なんて?」


 それよりも、俺はクソ長い大会名の方が気になってしまう。


 「だから、『第52回レールス帝国プラエトリアーニ候補選抜試験兼ストレンジレート杯決勝戦』ですよ」

 「いやそれはなんとなくわかったんだ。ただ、長すぎて」

 「あー、わかる。確かに長いよね。だからあたしたち学生は『プラレート』って略してるんだよ」


 あれ略語だったのか……。にしてもだいぶ略してるな。


 「ここに来たばっかのオーエンにわかりやすく説明するとぉ! プラエトリアーニってのはぁ、レールス皇帝を守る近衛兵のことだ! そんで! ストレンジレートってのは生徒1人1人に付与される実技点数みたいなもんだ! んで! 『プラレート』は1年に1回、各学年で最もストレンジレートが高い者から順に2名が選出されてぇ、実戦形式と同じルールでバトるって感じだな!」

 

 既に出来上がっているハルドリッジが大声で補足してくれた。もう3杯近く飲んでいるようだが、ペースが速すぎて心配になる。


 「1人1人ってことは、ウェスタたちにもストレンジレートってのはあるんだな」

 「もちろん。なんなら実戦形式はこのストレンジレートを参考にしてグループ分けが決まりますからね」

 「え、そんな重要なやつならあの時に教えてくれれば良かったのに」

 「これ以上固有名詞を出さないでくれって懇願こんがんしてたのはオーエンじゃないですか」


 ウェスタがむぅ、と頬を膨らませる。そういや【顕現終了アクティブ】の状態だと考えが筒抜けだったな。

 俺を気づかって小出しにしてくれたのか。感謝感謝。

 

 ──それでは、選手紹介に移ります。まずは1年生から……。


 続いてアナウンスがかかり、ステージに並ぶ生徒たちが1人1人前に出て、簡単な自己アピールをし始めた。

 その度に各方面から歓声が上がるが、俺はこの世界に来たばかりなので特に知り合いはいない。


 ──続きまして2年生からは、バンガルド・アウグル・セルウィ選手。


 「諸君! 我は今日強いやつ、面白い奴、珍しい奴と戦いに来た!」

 

 いや、1人だけいた。昨日俺にローブを貸してくれた人だ。

 彼の名前が呼ばれた瞬間、各方面から大きな歓声が上がる。監督生徒ってのになれるくらいだし、相当人気なんだろうな。


 「……やっぱり、コルネは欠場ですか」

 「家庭の事情で出られないって、前に言ってたしね。仕方ないよ」

 「まじかぁ! 見たかったんだけどなあ!」


 コルネって確か、ウェスタが学年最強って言ってた人か。

 そういや昨夜にバンガルドと話してたな。


 「その人、そんなに凄いのか?」

 「ええそりゃあもう。もし出てたら優勝候補筆頭だったでしょうね」

 「4年生よりも強いのか?」

 「互角以上だと思いますけど、どうでしょう。4年生には彼がいますから──っとと、ほらちょうどその彼が」


 ウェスタと話している間に、3年生の紹介が終わり4年生へと。勝気そうな金髪の女子生徒と、どっかで主人公してそうな黒髪の男子生徒が前に出る。

 最上級生である彼らが受ける声援は、下級生とは比べ物にならないほどに多い。

 

 ──4年生からはアーグス・アウグル・ファウビルス選手と、ショウ・トゥーカ選手が参加します。

 ──これにて、生徒の紹介を終わります。会場の皆さんは今一度、大きな拍手をお願いします。


 割れんばかりの拍手の中、ウェスタが主人公ことショウ・トゥーカを指さした。

 

 「あの黒髪の人が現在、学園最強と呼ばれている生徒です。『半減』という【ギフト】を持つ、フォレストドラゴンを従えています」

 「それって、どういう効果なんだ?」

 「自分の受けるダメージを半減以下に押さえて、その分自分の攻撃力を増強させます」

 「マジのチートじゃんかよぉ……」


 俺なんかただの身体強化なのに。これが種族の違いってヤツか。

 もし『半減』みたいな【ギフト】を手に入れられてたら、きっと輝かしい異世界ライフを送れてたんだろうなぁ。

 

 「あっ! おめーら見てみろお! きたぞぉ!」


 俺の隣でひたすらに呑んでいたハルドリッジが声を上げる。グラウンドの方を見やるとそこでは出場選手たちが皆杖を掲げていた。

 先端の宝石から出た光が宙を彩り、元来の姿を取り戻す。


 「おおっ……」

 

 ガルム、コカトリス、ガーゴイル、グリフォン──エトセトラ。紙の上でよく触れていた存在が目の前にいると、やっぱりテンションが上がってしまう。

 だが、この世界の人々が渇望する幻獣といえばやはり。


 「んおおおおおおー! フォレストドラゴンじゃねえかぁー!」


 そう、ドラゴン。ショウが顕現させたそれを見て、会場のボルテージは最高潮。全長10メートルほどもある巨大なドラゴンの背には、黄金の果実を生やした木々が根を下ろしている。『森の竜』という名に相応しい姿だ。

 

 ──それでは、5分後に試合を開始します。選手の皆さんは各自、転送に備えてください。


 再びアナウンスがかかり、グラウンドに極大の魔法陣が出現した。蒼い光に照らされた生徒たちは皆真剣な面むちでその時を待っている。観客席からはそれぞれが応援する生徒の名前が飛び交い、特に名前を呼ばれることが多いショウは時折手を振り返している。


 「うわぁ、この転送までの時間が一番緊張するんだよねえ。すぐにやっちゃえばいいのさあ」

 「『プラレート』のステージにあの魔法陣で送り出すのは分かるんだが、その間俺たちは見られないのか?」

 「彼らが試験を受けている間、私たちはこれで観戦するんです」


 そう言ってウェスタはローブのポケットからこぶし大の水晶玉を取り出した。


 「この水晶は、レールス帝国首都ヤヌスにある7つの丘の1つ、『カピトリヌス地区』で造られ販売されている水晶。その名も『観戦玉』です」

 「そのまんまだな」


 気づけば、アリテラスやハルドリッジ含め周りの生徒たちはみんなこの水晶を手に持っている。


 「っておい。ひょっとしてその水晶がないとまともに観戦出来ないのかよ」

 「きっとこれが入場料の代わりなんでしょうね。結構なお値段がしますけど、一度買えば壊れない限り何度でも使えます。……ちなみに私はお金が無いのでこれしかありません。なので」


 言いながら、ウェスタは俺の方へと体を寄せてくる。まるでカップルのような距離感に、昨日のことを思い出してしまう。


 「……ほら、もう始まっちゃいますよ」

 「……あいよ」


 意識しているのは、ウェスタも変わらないらしい。おかげで少し冷静になれた。


 ──カウントダウン。5、4、3、2、1……開始します。


 グラウンドから目を覆いたくなるほどの蒼い光がほとばしる。眩しくて見ていられなかったので、俺はウェスタと同じく水晶へと視線を移す。舞台となるは朱い岩と砂の荒野。砂嵐が吹きすさぶ中、早くも生徒たちと遣う幻獣は思い思いの方法で駆け抜けていた。


 「うはー、やっぱりドラゴンは迫力があるなあ」

 「ショウ先輩はこの学園最強の召喚魔導士だからな。すげえよほんとに」


 俺たちの後ろに座る生徒はやはりショウの視点を見ているらしい。周りから聞こえてくる声から察するに、彼らだけでなく多くの生徒が彼を観戦しているようだ。ちなみに音は出るが生徒と幻獣の声は再生されない仕組みらしく、ショウの声は俺たちに聞くことは出来ない。

 俺はコロコロと視点を変えているウェスタに顔を寄せた。


 「ウェスタもやっぱりショウを観戦するのか?」

 「いいえ」

 

 ウェスタはふるふると首を振った。


 「正直、ショウ先輩は別格過ぎて参考になりませんから。……コルネやバンガルドくらい才能のある人なら別ですが」

 「ふむ。じゃあ誰を見るんだ?」

 「ええと、この人にしましょう」


 少し逡巡しながらもウェスタが選んだのは、筋骨隆々としたオーガを操る生徒の視点。

 勝気そうな見た目の女生徒を肩に乗せ、凄まじいスピードで疾走する様子が映されている。

 本来ならばその動きに着目すべきなんだろうけど……。


 「オーガはこの中だと一番人に近い姿なので、最も参考になるかと思いまして。このアーグス先輩って人も凄いんですけど、ショウ先輩みたいに才能溢れるって人じゃないですし」

 「あ、ああ。それはわかったんだが……なんか」


 俺としてはオーガの動きよりも、全身を覆うように刻まれている幾何学きかがく模様が気になってしまう。

 

 「刻印が首筋どころか全身に刻まれてるのが気になる」

 「ん? ああ、あれは発現レベルを上げてくと自然とああいう見た目になるんですよ。今のオーエンは首筋にしかないですけど、上のレベルが解放されてくにつれて徐々に広がっていきますよ」

 「いずれ俺もやくざ者になっちまうのか……」

 「やく……?」


 試合に目を戻すと、ちょうどアーグス先輩がむにゃむにゃと唱えつつオーガに杖を振りかざしていたところだった。途端に全身へと刻まれた刻印が山吹色に光り輝く。俺のそれとは違う、澄んだきらめきだ。途端に速度が上昇し、『観戦玉』の視点すら一瞬追いつかなくなる。

 見た目はもちろん、その性能も昨日俺が窓から飛び降りる時に使ったやつとは比べ物にならない。

 

 「詠唱してる?」

 「お、よく気付きましたね。レベル2以上の【ギフト】を発現させる場合、決まった呪文を唱えると円滑に行えるんです」

 

 ウェスタが少し誇らしげにしながら説明してくれる。まあ確かに、杖を持ちながら詠唱するのはカッコいい。

 決まり文句を唱えれば、あんな感じでオーガが岩を破壊し坂をすさまじい速さで駆け上ってくれるんだもんな。


 「ちなみに、あれって発現レベルどれくらい?」

 「4ですね。一般召喚魔導士の限界がレベル3と言われてるので、アーグス先輩は一目置かれる存在なんですよ」


 努力で才能の壁を突破したってことか。


 「だからあんな無茶苦茶な動きが出来るのか……」

 「いえ、あれはレベル4以上に共通する効果によるものですね。固有の【ギフト】とは別に身体能力を大幅に強化してくれるんです」

 「えっ、そんな特典までついてるのか。……まてよ、それって俺の【ギフト】と被ってな」

 「あーそうそう、オーガの【ギフト】って『魔法発現』らしいですよ。よかったですね、魔法が見られるかもしれませんよっ」

 

 くそ、強引に話を逸らされた。

 なのに魔法と聞くだけで胸の高鳴りを感じちゃう自分が悔しいっ!

 

 「そっ、それに『身体強化』だって万能で決して悪い効果では──あっ! 丁度戦ってますよ」

 「……はっ!」

 

 ウェスタの言葉通り、観戦玉はオーガとアーグス先輩が狼と良く似た一角獣に襲われている様子を映し出していた。あれがサウムって名前の魔獣だろう。オーガがデカすぎるせいで体長はわかりにくいけれど、多分地球の大型犬くらいはあるはずだ。

 サウムは自らの額に生えた黄金色の角に雷を纏い、オーガの足元に向けて突進する。しかし、オーガは最小の動きでひらりと躱して尻尾を掴み、そのまま天高く放り投げた。討伐までの流れが美しすぎる。手慣れてるなんてもんじゃないなこれは。

 

 「あの動きを真似すれば簡単に討伐出来ますよ」

 「おいおい、さも当然のように言わないでくれ」

 

 素人目にもわかる。あれはたゆまぬ努力と研鑽けんさんの果てに会得したものだと。


 「も、もちろんああは上手く出来ないとは思いますけど。流れはつかめたんじゃないですか?」

 「そうだけどなあ」


 頭の後ろで手を組み空を見上げる。青空ではなく灰色の天井が見えた。


 「ああっ!」


 アリテラスが声を上げる。


 「どうしました?」

 「今カラカ先輩の視点見てたんだけど、トラップにかかっちゃって……」

 

 ウェスタは観戦玉を操作し、そのカラカ先輩とやらの視点に切り替える。巨大なアリジゴクの巣みたいなのに吸い込まれているのが映った。パートナーであろうドリアードが必死に引っ張っているも、どんどん中心へと吸い込まれていく。

 そして。


 「漁夫か」


 その隙を見逃さないとばかりに、空から飛来した風の刃がドリアードの背に直撃する。完全に虚を突かれたドリアードは、応戦することすら出来ずにトラップの中心へと転がり落ちた。


 「な、なんだ今の?」

 「バンガルドのグリフォンが持つ【ギフト】、『精霊王・風』の効果です。あの巨大な翼で起こした風を、自由自在に操ることが出来ます」

 「もう、俺とはスケールが違うな……」

 

 硬い樹木に覆われているはずの、肉体が緑閃光りょくせんこうの粒子へと変わっていく。

 その光景を見て天から刃を放った張本人、いや張本獣のグリフォンが勝どきを上げるように吠えている。


 ──カラカ・パッシア選手が脱落しました。


 ドリアードがトラップに吸い込まれ姿を消した瞬間。無機質なアナウンスが鳴り、グラウンド全体が淡く光る。光の中から姿を見せたカラカ先輩は膝立ちで天を仰いでいる。白いローブを着た2人の女性教師が両脇を抱えて立ち上がらせ、控室に消えていった。

 

 「うーん、まさかトラップに引っかかってしまうとは。運が悪かったですね」

 「最初に3年生がやられちゃうなんて……」

 

 2人が色々と話している間にも、彼女を脱落させた生徒は次の標的に狙いを定めたようだ。

 砂煙がまき上がるほどのスピードで空を飛ぶグリフォンの背に乗っているのは、金髪の偉丈夫ことバンガルド。彼は相対する者を皆戦慄させるような、獰猛どうもうな笑みを浮かべて指示を出し空から突撃をかまそうとするも。


 「おっ、またトラップか」


 直後に竜巻が襲いかかり、空中でたたらを踏んでいた。追尾されていた1年生は、なんとか命拾いした形となる。


 「うーんそれにしても、トラップなんてものが設置されてるんだな。少々過剰な気もするが」

 「そりゃあ学園で最もレベルの高い『プラレート』ですからね。私たちの試験では無いので安心して下さい」

 「でも3年の試験からはトラップが追加されるんでしょ? しかも結構厄介な」

 「んーだぁーなぁー。なかにはあきらかにころしにきてるよーなもんもあるしぃ……」

 「ちょっ、リジー! いくら何でも飲み過ぎじゃない!?」


 もはや危ないレベルにまで達しているハルドリッジをアリテラスが慌てて医務室へと連れていく。まあ、初めて酒が飲めるとなればテンションが上がり飲み過ぎるのも理解できる。


 「大丈夫でしょうか……?」

 「ま、これで次からは自分の限界が分かったんだし、あそこまで飲むことはないだろうさ」

 「だといいのですが……」


 なおも不安そうにするウェスタを横目に、俺は『観戦玉』へと視線を落とすと。

 ちょうどバンガルドが、1年生が従えるガルムと対峙している時であった。


 「さあ、どうなるやら」


 ガルムは紺青こんじょう色の体躯をバネのように伸び縮みさせながら、グリフォンの出方を伺っている。身体はこれまた紺青色の光を放つ幾何学模様に覆われており、少なくともレベル3以上であることは確実。今回はトラップに引っかかっているところを不意打ちした時と違い、一筋縄ではいかないだろう。


 と、思っていたのだが。


 俺が一瞬だけ瞬きした後に広がっていたのは、グリフォンがガルムのしなやかな胴を風の刃で一刀両断している光景だった。刃で削られた大地から、土煙が吹き上げる。それらが地へと舞い戻った頃には、ガルムは光の粒子となり霧散していた。

 

 ──マルクス・アピシス選手が脱落しました。


 同じくバンガルドの視点を見ていたらしい生徒たちから、どよめきの声が上がる。

 素人の俺にはガルムが瞬殺されたようにしか見えなかったが、きっと何らかの駆け引きがあったのだろう。一部の生徒からは簡単のため息がこぼれていた。


 「やっぱりバンガルドは強いですね……。さすが、学年ナンバー2の男です」

 「あれでナンバー2なのかよ」


 コルネって生徒はどんだけ強いんだ。


 「てか、本番であれと当たったらまずくない? 同じ学年だよな?」

 「ご心配なく。私のストレンジレートは、彼に、遠く及びませんから」

 「……それ、ドヤ顔で言うことなのか?」


 ふふんと胸を張るウェスタ。偉そうにしているが、言ってることは結構情けない。


 「っとと、もう次の標的を見つけてますよ。あれは……アシアスのミノタウロスですね。同じ2年生です」

 「お、おおう」


 禁断の果実に視線を吸い寄せられそうになったタイミングで、ウェスタが現実へと引き戻してくれた。

 異世界にいるとつい現実のことを忘れてしまうから、段々と男としての本能が回復してきている気がする。

 戻ったら消費しておこう。


 ……俺がしょうもない決意を固めている間にも、グリフォンはずいずいとミノタウロスへ迫っていく。しかし標的にされた方は全く気付いておらず、べらべらと何か喋っているように見える。

 それにしても、ものすごい好戦的な立ち回りだな。今のところ脱落者は全て彼の手によるものだし。自己アピールで言ってたあの言葉は自身を鼓舞するためではなく、単なる事実だったようだ。


 そして今まさに、グリフォンの風の爪が食い込もうとしたその時。


 背後から、翡翠ひすい色のブレスが飛来する。


 「あっ!」


 それを察知したバンガルドは急いでグリフォンに指示を飛ばし、回避を試みたが……。

 完璧なタイミングの奇襲にはどうすることも出来なかったようで。


 ──バンガルド・アウグル・セルウィ選手が脱落しました。


 『観戦玉』から見える景色を翡翠の輝きに染め上げた後、更にブレスが発射されて。


 ──アシアス・キュースさんが脱落しました。


 哀れ、バンガルドの標的にされていたミノタウロスもついでとばかりに餌食になってしまった。刹那の出来事に、観客席を沈黙が支配する。

 しかし。


 「「「「「うおおおおおおおおお――――っ!!!!」」」」」


 直後に割れんばかりの大歓声が巻き起こり、ビリビリと空気を振動させた。

 脱落したことでステージに戻されたバンガルドは、神妙な顔で天を仰いでいる。

 あれほど勢いに乗っていた彼とグリフォンを一撃で仕留める、鮮やかな奇襲を成功させた生徒の名はもちろん。


 今回の『プラレート』の主人公、ショウ・トゥーカだった。

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