第4話 対決! ファザコンゴブリン

 『なんでもいいんです。思いつく限り言ってみてください』

 『んー……』


 件の広場へと向かう道すがら、俺はウェスタに好物について訊かれていた。ちなみに特定の区域以外で幻獣を顕現させることは校則違反だそうで、現在の俺は杖に押し込まれている。


 『ステーキ、ピザ、寿司。あ、ラーメンなんかも好きだな』


 異国の血が混ざっているといえど、味の好みは純日本人と同じだ。母親の機嫌がいい時はアイルランドの伝統料理なんかを作ってくれたが、飲み込むのに苦労した覚えがある。単に母親の料理が下手くそなだけかもしれんがね。


 『ステーキは分かりますが、ぴざ、すし、らーめん? は聞いたことがありません』


 まあそりゃそうか。ただ肉を焼くだけのステーキと違い、残りの3つはそれぞれの地域で独自に発展した料理だしな。この世界に無いのも頷ける。


 『じゃあステーキで、と言いたいところだが無理だろうな。高級品だろ?』

 『そうですね……現実的ではないです』


 学生だと結構な出費になるはずだしな。


 『もっと安いものでお願いします』

 『安いもの……安いもの……だいたいどんくらい?』

 『理想は無料がいいですね。しかも、数に限りが無いものだと最高です』

 『そんな都合のいい物なんか……あるわ』


 人間の三大欲求の1つ。


 『そ、そんなものが!? どこにあるんです?』

 『女の子の身体』

 『真面目にお願いします』

 『女の子の身体だ』

 『私の言葉聞いてました? 信頼関係を構築するどころか破壊しにいってますけど』


 ウェスタはこれまでで一番鋭い目を向けてきた。思いつく限りって言ってたじゃん……。


 『一応弁明すると、学生を除く18歳以上のだから。もちろんウェスタは当てはまらないぞ』

 『……っ! そ、そうですよね! 知ってましたとも! ええ!』


 こいつ絶対勘違いしてたな。俺はそっち方面に興味など無いというのに。


 『こほん。……つまり、妙齢の女性の肉体が好物だと』

 『その言い方だと語弊がある。あくまで好物の1つだ』


 ちなみに俺は20歳だが、経済力が無いフリーターなので未だチェリーボーイ。見た目の良し悪しでモテるのは学生の間だけだ。なので恋愛とも無縁である。泡のお店に行く余裕も無いし。


 『まあ、娼婦を抱くよりはステーキの方が安いだろうからこの案はボツだな』

 『クラリア先生に頼めば……もしかすると……タダで……』

 『オイ。お前今すごいこと言ったな』

 『な、何も言ってませんよ!』


 ひょっとするとウェスタは異性に免疫が無いんじゃなくて、ただむっつりなだけなのか。意識しすぎず、もっと肩の力を抜けば男友達を作れる時が来るかもしれない。


 『……他に何かあります? その、俗物的なものでなくて、もっと高尚なものでも』

 『無い。俺は俗世の人間だからな』


 一応脳内をまさぐってみたが、何も出てこない。

 何か異世界でも出来そうな趣味を作っとけばと後悔する。


 『ま、そろそろ広場に着きますし。色々試してみましょう』

 『そうだな』


 

 そうしていくらか歩いた後。

 俺たちは「小さな広場」と形容するには大きすぎる広場に来ていた。どう見ても田舎の公立中学の校庭くらい面積があるが、この学園基準では小さいらしい。ウェスタ曰く「滅多に人が来ない、静かな場所」とのことだったが……。


 「ちょっと! ここは自由に使っていい広場なんでしょ! 別にいいじゃないのさ!」

 「まぁ、ごめんなさい。ここは既に私たちが使うと決めてしまいましたの」

 「決まったものは仕方ありませんわよねぇ?」

 「な、の、で。どいてもらいませんと」


 アリテラスを取り囲むように立っているのは、今朝ウェスタに絡んできた女子生徒たち。通称『ゴブリン三姉妹』だ。不当にこの広場を占拠しようとしているらしい。


 『またあの3人ですか……面倒なことを』


 ウェスタは心底嫌そうにため息を吐いて、彼女らの方に向かっていく。それを見たゴブリン三姉妹は待ってましたとばかりにアリテラスから離れ、今度はウェスタを取り囲んだ。


 「これは奇遇ですわねクライエスさぁん?」

 「こんな偶然があるなんて」

 「わたくしも嬉しいですわぁ」


 どうやらゴブリン三姉妹は最初からウェスタが目的だったらしい。アリテラスには目もくれずにじわじわと距離を詰めてくる。


 「何の用でしょうか」

 「貴女あなたのご学友の娘さんが、わたくしたちの広場を使うと言い出しましたのよぉ。許されませんよねぇ?」

 「その通りですわ!」


 ウェスタの問いに、3人の内2人が前に出てくる。分かりづらいので何か区別を付けたいが、3人とも金髪碧眼のドリルツインテールなので難しい。


 『彼女らの名前って分かるか?』

 『右をテンプレゴブリン、真ん中を便乗ゴブリン、左をファザコンゴブリンでどうでしょうか』

 『……仮にも貴族の娘さんなのにそんなあだ名つけていいのか?』

 『口に出さなきゃバレやしませんよ』

 

 というわけで今回前に出てきたのは、ファザコンゴブリンと便乗ゴブリンだ。……見てくれはかなりいいだけに、すさまじい罪悪感を感じる。


 「おや、そんな態度をとっていいんですの?」

 「生意気ですわ!」

 「わたくしのお父様にかかれば、この女を退学させることだって可能ですのよ?」

 「……っ!」


 ファザコンゴブリンの言葉に、アリテラスが悔しそうに俯いた。定期的に父親の存在を匂わす辺り、高い権力を握っているのだろう。


 「それで、私たちにどうして欲しいんです? どけばいいんですか?」

 「ウェスタ! こんな奴らの言いなりになっちゃっていいの!?」

 

 いいように言われたアリテラスは怒りを抑えられないようだが、ウェスタは慣れっこのようでさっさとアリテラスの手を引いて広場を去ろうとする。


 「……ちょっと! 待ちなさい!」


 しかしすかさずテンプレゴブリンが回りこんで道を塞ぐ。後ろからは残りの2人が迫ってきている。


 「貧民の分際で逃げようだなんて。愚かなこと」

 「愚かですわ!」


 ゴブリン三姉妹は、まるでシマウマを追いつめるライオンのように2人を追いつめる。

 しかしウェスタはむしろ表情を余裕たっぷりなものに変化させた。


 「おや、そんなことして良いんですか? 今朝私がドラゴンすら打ち倒す幻獣を下僕としたことをお忘れで?」


 ウェスタの言葉で今朝のことを思い出したのか、途端に三姉妹が鼻白む。実際はまともに戦えるかすらも怪しいのに。

 

 「ほら、どうしたんです? もしかして、怖いんですか?」


 その道に進んでも充分やっていけるくらいにウェスタの演技は様になっている。鋭い目つき、嘲るように開いた口元。完璧だ。

 

 「う……怖く、なんて……」

 「そう、ですわ……」

 「……へぇ?」


 しかし、煽りすぎたせいかファザコンゴブリンにはバレてしまったようで。

 彼女はわざとらしく広場を見回してから、ニヤリと笑った。


 「なら、ここで見せて下さいな。貴女の、ドラゴンすらも倒すという幻獣の実力を」

 「そ、それがいいですわ!」

 「そういえば広場は幻獣に【顕現せよアクティブ】を使っても問題ない場所……。ふふ」


 彼女の言葉に残りの2人もはっとした顔でウェスタを見やる。当の本人は分かりやすいくらいに動揺してしまっていた。


 「し、しかし」

 「ほら、見せなさいよ。……もしかして嘘、じゃあありませんわよねえ?」

 「そうですわ!」

 「折角試験も近いことですし、ここで模擬戦をしてみましょうか」

 「私に任せなさいですわ!」


 テンプレゴブリンの提案に乗ったとばかりに、ファザコンゴブリンが腰から杖を取り出す。先端に付いた地球ではまずお目にかかれないレベルの巨大な宝石が輝きを放つ。


 「【顕現せよアクティブ】! お出でなさい! 我が下僕!」


 ファザコンゴブリンの掛け声と共に、幻想的な光が広場中に飛散する。それらは束となり、流動体のようにうねうねと形を変えていく。最後にひときわ激しい光をまき散らし、1メートル程のトカゲらしき姿へ変貌をげた。


 ──キュゥゥゥゥゥゥゥ!!!


 親鳥が恋しいと鳴くひな鳥みたいな鳴き声を発して、トカゲはファザコンゴブリンの前に進み出た。


 「ふふ。小さいと侮るなかれ。れっきとしたミニマムドラゴンですわ」

 「覚悟しなさい!」

 「極東の地でのみ伝わる魔法陣で取り寄せた、特別な幻獣ですのよ」


 素人目からすると大したことないように見えるのだが、ウェスタとアリテラスは顔面蒼白になっている。


 『なあ、そんなにヤバい奴なのか?』

 『……確かに見た目は可愛らしいですが、ドラゴンはドラゴン。並の幻獣では指一本触れることができないでしょう』

 『真正面からぶつかれば助からないか』

 『もちろんです。ドラゴンは全てのステータスがA~Sレベル。幻獣として扱われる中でも最強の種族です』


 震えるウェスタの声を聞いて、俺はようやくハッタリの効力を理解できた。そこまで恐れられているのか。


 「さあ、クライエスさんも幻獣を顕現させなさいな。この子はドラゴンの中でも最弱ですのよ?」

 「……っ」

 「ちょ、ちょっと待ってよ! 『プロテクター』も無しに模擬戦をする気なの!?」


 下唇を噛むウェスタを庇うようにアリテラスが声を荒げる。


 「黙っていなさい。お父様に頼んで貴女の家族もろとも路頭に迷わせることも出来るんですのよ?」


 だがしかし、ファザコンゴブリンの言葉にアリテラスは覇気を失い黙り込んでしまう。見ていられなくなったのか、ウェスタは顔を上げてゴブリン三姉妹を睨みつける。


 「私は、『プロテクター』無しの模擬戦は受け付けません。申し訳ありませんが、またの機会に──」

 「やりなさい」

 

 毅然とした態度で紡がれたウェスタの言葉は、ミニマムドラゴンの放った火球によって打ち消される。紅の火球はウェスタの頬をかすめ、数メートル先の岩に激突した。ずっしりと地面に構えていた岩は、最強の種族による攻撃であっけなく粉微塵に砕け散る。まさか攻撃されるとは思ってもみなかったであろうウェスタは、目じりに涙を浮かべて尻もちをついた。


 「早くしなさいよ!」

 「そうですわ!」

 「おや、情けない顔ですわねえ。わたくしのハンカチを貸してあげても良くってよ?」


 恐怖により硬直しているウェスタを、これ幸いにと取り囲んで見下ろす。今まで何を言われても大して動揺を見せなかったウェスタは、荒い息を吐くだけで抵抗することが出来ないでいる。


 「っ! なんてことを!」


 我慢できないとばかりにアリテラスが杖を構える。


 「おっと。そのような狼藉ろうぜきは見逃せませんわねえ?」


 しかし、それを察知したファザコンゴブリンが素早く指示を出し、ミニマムドラゴンがアリテラスに向き直る。口元からちらつく炎にけん制されアリテラスは身動きが取れなくなってしまう。


 『ウェスタ! 大丈夫か?』

 『も、問題ありません。かすり傷です』


 ウェスタの声は若干震えていたが、本来の調子を取り戻しつつある。


 『しかし、まさか小心者の彼女らがここまでするとは思ってもみませんでした……模擬戦の申し出を受けるしかないかもです』

 『受けるって、そんなことして大丈夫なのか? 万が一攻撃が当たったら』

 『その時はその時です。それに』


 こくん、と生唾を飲みこんだ。


 『アリテラスを巻き込んでしまった以上、このままやられっぱなしでは終われませんから。なのでオーエン。私に力を貸してください!』

 『うっ、やっぱりそうくるよな』


 先ほど測定された貧弱なステータスが頭をよぎる。【ギフト】が発現していればもう少しマシになるかもしれんが……。

 

 『大丈夫、【ギフト】を使用せずとも勝てますよ。私に簡単な作戦があります』

 『作戦?』

 『模擬戦が始まったら、わざと背を向けて逃げる素振りを見せて下さい。そしたら多分、ミニマムドラゴンはオーエンの背めがけて飛びついてくると思うので、そこに向けて地面を蹴って目つぶしをしましょう。それが決まれば後は簡単。ドラゴン種に共通する弱点、喉元に全力でパンチです』


 完璧な作戦でしょう、とウェスタは得意げだ。確かに簡単ではある。


 『いやぁ……そんなに上手くいくもんか?』


 筋書き通りに事が運べばの話だが。

 

 『上手くいきますよ。私が見たところ、おそらくファザコンゴブリンはミニマムドラゴンと契約して日が浅いはず。【ギフト】も発現してないでしょうし、狩猟動物が持つ本能を利用しましょう』

 『でも』

 『タイミングは全て私が指示を出しますから、オーエンは頭を空っぽにして動いてくれれば攻撃を受ける事はないはず。お願いします。オーエンの力が必要なんです』

 

 そこまでいうなら、やってやろうじゃないか。


 『わかった。やれるだけのことはやってみる』

 『そうこなくては! 目に物言わせてやりましょう!』


 ウェスタは覚悟を決めた表情で、今にも襲い掛かろうとする土だらけの靴を払いのけて立ち上がった。


 「わかりました。私の力を見せます」


 溜まった涙をローブの袖で拭い、ウェスタは背中の杖を取り出し構える。


 「ふぅん、やる気なんですのね。いいでしょう。東洋より呼び寄せたドラゴンの力。その身で味わいなさい!」


 ファザコンゴブリンの声に合わせて、残りの2人は端に避ける。それと同時にアリテラスも杖をしまい、何かあれば逃げられるように出入り口に陣取った。

 彼女らの動きが停止したのを確認したウェスタは、杖を強く握りなおす。


 「【顕現せよアクティブ】! 私に力を貸してください!」


 エメラルドグリーンのきらめきが辺りを覆いつくす。研究室の時と同じ順番で五感が復活していき、段々と広場に吹くからっ風を感じ取れるようになる。そして、視界も開けていく。


 「……よし」


 肉体を取り戻した俺は、誰にも届かぬ声で気合を入れた。これから戦うのは、このファンタジー世界で最強の幻獣。うまいことウェスタの作戦がハマってくれればいいが……。


 「なっ……!?」


 対面のファザコンゴブリンは下卑た笑みを浮かべていたが、俺の姿を見ると心底驚いた様な声を上げる。まさかウェスタの幻獣が人型の、それも自分たちとほとんど変わらない造形だとは思いもしなかったんだろう。


 『いいですか、オーエン。貴方みたいなタイプの幻獣はおそらく誰も見たことがありません。きっと最初は出方をうかがってくると思います。その間隙を突きましょう。5秒数えるので、0と同時に背を向けて全力ダッシュです』

 『あ、ああ。その、ウェスタ。カウントの前に1つ聞いていいか?』

 『もちろんです。なるべく認識の違いはすり合わせた方がいいですからね』

 『「プロテクター」って、召喚魔導士を守るモノなんだろ? なら模擬戦といえど、俺があのブレスの直撃をもらったらヤバい気がするんだが』


 岩をも砕く攻撃だ。まともに食らえば確実にあの世行きだろう。


 『…………大丈夫です。私の指示通りに動いてもらえば、ブレスを受けることはありませんよ。たぶん』

 『えっ、今多分って』

 『さ、そろそろ行きますよ! 5,4,3──』


 こいつ……! 一番大事なことをっ!

 正面のミニマムドラゴンは今にもあのブレスを撃ってきそうだというのに。

 

 「ちょっと、落ち着きなさいな! まずは相手の出方をうかがうんですのよ!」

 『2,1──』


 まあ、ウェスタのいう通りあのコンビは統率がとれていないみたいだし。

 今のところ作戦通りに事は運んでいる。


 「頼むぞ、ウェスタ」

 『0! 今です!』


 ウェスタの合図とともに、俺はわざと足を震わせ、背を向けて逃げ出す構えを見せた。


 「はぁ? 敵前逃亡ですの? 何を考えて──」

 ──ギャア!

 「へっ!? 待ちなさいな!」

 

 その姿を見たミニマムドラゴンは爛々と目を光らせて突進してくる。


 『後ろを振り返っては駄目です! バレてしまいますよ!』

 『うっ、すまん』


 わかってはいたが、やっぱり原始的な恐怖がつきまとう。でも【ギフト】を使用せずに勝つには、ウェスタの言葉を信じるほかない。

 

 俺はミニマムドラゴンの圧力を背中で受け止めひた走る。それなりに鍛えているつもりなのに、襲い来るプレッシャーにゴリゴリと体力を削られていく。


 『3,2──』


 ウェスタの合図がくるまで、速度を緩めてはならない。相手はファンタジー世界の最強種族だ。


 『1──』


 サボれば、捕まる!


 『0!』

 「らぁ!」


 0のコールと同時に俺は振り返り、思い切り地面を蹴り上げた。巻き上げられた僅かな砂粒が宙を舞う。本来なら目くらましにもならないであろう、意味のない行動。


 ──キュェェェェッッ!


 だが広場に吹き込むからっ風と、猛獣の習性を利用すれば、砂粒はミニマムドラゴンの視界を奪うに事足りる。

 またしても、ウェスタの作戦通りに進む。


 「なっ、ちょっ、落ち着きなさいな!」


 ファザコンゴブリンが慌てて指示を飛ばすも、完全に油断していたところでいきなり目を潰されたミニマムドラゴンは完全にパニック状態。眼球にこびりついた砂粒を落とそうと右や左へのたうち回る。その過程で傷がついたのか、既に喉元の皮膚が一部がれていた。

 

 『よし、成功です! 次のコールと同時に、喉元に全力の一撃をお願いします!』

 『了解だ』

 『2,1──』


 仰向けになりゴロゴロと地面を転がるミニマムドラゴンは、堂々と喉元を晒している。急所というだけあって胴体や尻尾にある硬い鱗がついておらず、今の俺でも充分にダメージを与えられそうだった。

 

 俺はほう、と息を吐いて、右腕に力をこめる。

 深く腰を落とした。


 『0! お願いします!』

 「っ!」

 

 合図とともに俺は未だのたうち回るミニマムドラゴンに距離を詰め、大きく腕を振りかぶった。ファザコンゴブリンが何やら指示を飛ばしているが、もう遅い。

 

 「ぐっ!」


 右拳に衝撃が走る。熱く、柔らかい感触。手ごたえは充分。

 だったのだが。


 ──ギャアアアアアアアアアアア!


 ミニマムドラゴンを戦闘不能にするほどの威力は出せなかった。【ギフト】で肉体を強化しきれていない、素の人間の攻撃ではこれが限界か。

 

 「ちょっと! いい加減にしなさいな! お父様の顔に泥を塗る気ですの!?」


 しかし、全くの無意味ではなかったのだろう。ミニマムドラゴンはパニックを通り越してもはや恐慌状態と化している。ファザコンゴブリンが必死の形相で指示を飛ばすも、全く聞こえていないようだった。

 

 『チャンスですね。今のうちに退散しましょう』

 『え、あ、そうだな』


 この模擬戦はゴブリン三姉妹に退路を塞がれて仕方なしに始めたもの。彼女らがミニマムドラゴンに気を取られている今なら撤退できるな。

 ウェスタは俺とアリテラスとアイコンタクトを交わす。瞬時に意図を理解したアリテラスは少しづつ後ずさりしていく。俺たちもそれに続いた。


 「お待ちなさいな!」

 「待ちなさいですわ!」

 「いつまでそうしているつもりですの!? さっさと敵を倒しなさい!」


 ──ギャアアアア!


 しかし。

 

 ゴブリン三姉妹の言葉を受け、恐怖でどうしようもなくなったミニマムドラゴンが無差別にブレスを放ち始めた。

 大変やっかいだが、空や地面へ撃たれるのはまだいい。

 問題なのは、校舎に向けて撃たれた火球だ。簡単に岩をぶっ壊せる威力の火球が直撃すればどうなるか。


 当然、砕かれた建物の破片が広場へと降り注ぐことになる。

 

 「ひゃああああ! なんですのなんですのなんですのー!?」

 「ですのー!」

 「ひゃあああ!」


 石の雨に対して温室育ちのご令嬢たちに冷静な判断が出来るはずもなく、叫びながら地面にしゃがみ込んだ。それを見たウェスタが慌てて駆け寄ろうとする。急いで俺はその腕を掴んだ。


 「おい、何してんだ! むやみに走ると死ぬぞ!」

 「で、でも! このままでは大変なことになります!」


 一度はあの火球を当てられそうになったというのに。お人好しが過ぎる。だが、ウェスタの言う通りなのもまた事実で。


 「オーケー、それなら俺が行こう。石粒くらいへっちゃらだ」


 俺は早口で言い切り、ウェスタの返答を待たずに駆け出した。ミニマムドラゴンは未だに興奮しているのか、絶え間なくブレスを発射し続けている。なんとかそれらをかいくぐって、ゴブリン三姉妹のところへ到着した。


 「おい、お前ら。そこにいると危険だからこっちにこい」

 「「「こ、言葉!?」」」

 「つべこべ言わずに早く来るんだ。高い金かけて手入れしたお顔に傷がついちまうぞ」


 石の雨より俺が言葉を話せることに驚いている3人を、なんとか中腰姿勢で立ち上がらせる。そのまま少しずつ移動させ、無事ウェスタとアリテラスがいる場所へと避難させることが出来た。


 「た、助かりましたわ……」

 「ありがとうございます」

 「あの、お名前を聞いても」


 あれだけウェスタを虐めていたゴブリン三姉妹は、今やすっかりしおらしくなっている。その様子にイラついたのか、ウェスタがファザコンゴブリンのローブを引っ張った。


 「落ち着いたならとっととドラゴンを鎮めてください。このままでは旧校舎が壊れてしまいます」

 「そ、そうでしたわ!」


 大急ぎで杖を石と砂煙の方へと向けるも、ミニマムドラゴンはもはや恐慌状態におちいっているようで全く鎮まる気配がない。

 ……こうなったのも、半分は俺のせいか。


 「仕方ない。なんとか俺が──」


 落ち着かせてみる、と口にした瞬間。

 紅色の炎球が、俺の背中を直撃した。


 「がっ……!」


 岩すら砕く強烈な衝撃と、耐えがたいほどの熱が全身を駆け回る。踏ん張ることすら出来ずにふっ飛ばされ、崩れかけの校舎に激突した。

 

 これは、まずいな。

 この世界に来た時と同じくらいの、いやそれ以上の頭痛がする。それに合わせて徐々に感覚が薄れていく。

 

 なぜか地面に吸い込まれるような感覚を再び味わいながら、俺は意識を手放した。

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