第2話 ちーと、すきる?
頭と膝がくっつきそうな勢いで頭を下げていたウェスタは、ゆっくりと顔を上げて、持っていた首輪を俺の眼前に突き出した。
「では早速、契約を結びましょう。召喚魔導士である私と幻獣であるオーエンが、主と下僕の関係を結ぶ儀式です」
「わかった。てか……その首輪って」
どうやら魔道具やアーティファクトなどの銘が授けられる類の物だったらしい。そのままの用途で使うもんだと思っていた。
少しかがんてウェスタに首輪を付けてもらう。じゃらじゃらとした鎖には魔法陣と似たような
幼い頃に見た万華鏡の景色を思い起こしていると、ウェスタが背負っていた杖を握りしめた。先端の宝石が
「うおっ!?」
全身を鋭いもので撫でまわされているような感覚が三度起こり、そして消える。青白い光も徐々に霧散していき、視界が完全に開ける。
いつの間にか首輪が無くなっていた。なんとなく首筋を触ると、ざらざらとしたくぼみが出来ているのに気づく。鎖に描かれていたのと同じ模様だった。
「それが、召喚魔導士と幻獣との契約の証、通称『刻印』です」
「……緊急時はこれで強引に命令を聞かせるのか」
「いえ、そんな便利なものではありません。もし刻印にそんな力があるならこの学園は存在しませんよ」
真顔で否定されてしまった。
「私たち召喚魔導士が刻印を通して出来ることは大きく分けて3つあります。1つ目は幻獣に魔力を供給し、姿を保たせることです」
「……俺に魔力を供給することが、なんで姿を維持することにつながるんだ?」
「幻獣は、その名の通り幻なんです。魂だけを呼び出し、そこに刻まれた情報を元に仮想の肉体を構築しています。仮想の肉体なので、召喚魔導士は必要に応じて強化したり、傷を治療したりも出来るんですよ」
じゃあ、俺の元来の肉体は今も休憩室に転がってるのか……。
あの後はしばらくマネージャーしかいないから、見つからないとは思うけども。
いや、どうせ戻るつもりもないし。関係ないか。
「ちなみだけどさ。ウェスタの魔力供給が途絶えた瞬間、やっぱ俺は消えちゃうの?」
「消えますね。人間は体内に魔力を蓄積出来ますけど、幻獣はそうじゃありませんから」
「なるほど……って、俺魔力無いの?」
思わず聞き返すと、ウェスタはきょとんとした表情で。
「無いですよ。というより、体内に魔力を蓄積できるか否で人間と幻獣の区別を付けているんです」
「え、そうなの。じゃあどのみち俺はこの世界の基準だと、幻獣として扱われるってことか?」
「申し訳ないですが、そうなりますね」
衝撃の事実が判明する。
まさか異世界に来たのに魔法を使えないなんて……。いや、まだ諦めてはいけない。
魔法の才能はあるけど魔力に恵まれない、なんてのはよくある話だ。
「んんっ、では2つ目です。これが一番重要なんですけど、幻獣すべてに備わる特殊能力。通称【ギフト】の発現と強化をおこないます」
「特殊能力! もしやそれは、チートスキルというヤツなのでは!?」
脳裏に浮かぶのは、今までたくさん見てきたファンタジーアニメの戦闘シーン。チートスキルと現代の知識を融合し、すさまじいパワーを生み出し無双する主人公の姿。
「ちーと、すきる? なんですそれは?」
「要するに万能の力ってことだ」
「ば、万能ですか。残念ながら、そこまですごいものではないですけど……」
「そうなのね」
そんなに人生甘くないか。
「じゃあ、その【ギフト】っつう特殊能力は今からでも使えるのか?」
「い、今は無理です。【ギフト】の発現には特定のプロセスを踏まないといけませんから。まだ会って数十分の私たちにはとてもとても」
いやいや、と手を振るウェスタ。
もう数十分も経ったのか、とやや場違いなことを思っていると、突然お寺の鐘を鳴らしたような音が響き渡った。
かなりの爆音に俺とウェスタは肩を縮こまらせてしまう。
──ただいま8時をお知らせいたします。生徒の皆さん、おはようございます。今日も元気に学んでいきましょう。
鐘が鳴りやんだかと思えば、無機質な女の声がした。なるほどこれがこの学校の予鈴なのだろう。中世ヨーロッパ風の世界なのにハイテクだな。さすが魔法の世界。
「っと、そろそろ教室に行かないと。オーエン行きますよ」
「え? 俺も行くの?」
「はい。幻獣を連れていると、色々な面倒ごとを避けられますので」
なんと。まさかこの年で新しく学校へと通うことになるとは。
「なるほど、制服はあるのか?」
どうせ通うならコンビニバイトの制服ではなく、ウェスタのようにローブを着てみたい。やっぱりファンタジー世界の衣服には興味がある。
「制服……? そんなものはありませんよ。ささ、そこでじっとしてください。丁度3つ目を実践して見せましょう」
「あ、ああ」
ウェスタが怪訝そうな顔をしたので、俺は大人しく直立姿勢をキープする。そのまま待っていると、彼女はおもむろに背中に背負っていた杖を俺に向けてきた。
「ん? 何か魔法をかけるのか」
「……【
ウェスタの一言に、杖が反応し緑の淡い光を放つ。幻想的なそれを眺めていると、いきなり光がひも状に変化して俺の身体を覆い始めた。
「な、なんだこれはァァァ!?」
緑の光は全身を包み、凄まじい速度で縮小していく。それに合わせて俺の身体も縮み、同時に再び肉体の感覚も失われる。
これに慣れることは一生ないだろうな、と考えながら俺は目を閉じた。
◇
『まさかこんなことができるなんて……魔法はなんでもアリだな』
『なんでもは出来ません。先人によって解明されたことだけです』
今俺たちがいるのは、学校の廊下。
だがそこは異世界の、しかも国立の学校。廊下といえど地球のバロック建築に似た複雑な装飾が施されている。
日光を通さないガラス張りの天井。足を踏み出す度にそこだけ色が変わる不思議な床。
《ルビを入力…》ベージュ色の壁にはおそらくこの世界で有名な名画のレプリカらしきものが飾られており、背中に色とりどりの杖を背負って歩く未来の召喚魔導士を見守っている。
『さっきからどうしていちいち情景を誰かに説明するような口調で喋っているんですか?』
『そんなこと言っちゃいけません。……そういえば、俺たちは脳内で会話しているんだったな』
ウェスタが先ほど俺にかけた【
そしてこれは全ての幻獣に当てはまるのかはわからないが、この姿でもテレパシーのような感じで会話が出来る。ついさっきの会話も、互いに声に出すことなく脳内で完結しているというわけだ。
『それ自体は、顕現してる時でも出来ますよ。まあ幻獣自体は喋れないのが普通なので、こんな使い方してる召喚魔導士はいないと思いますけどね』
『なるほど。メッセージアプリみたいな感じで会話できるのか』
『アプ……? ま、まあそんな感じです』
ウェスタのありがたい補足を受けつつ、俺たちは教室への道を進む。
「あらぁ? クライエスさんじゃあないですの」
「お久しぶりですわねぇ」
「まあ、今日も素敵なローブですこと」
しかし、行く手を阻む人影が3つほど。
あれよあれよという間に。ウェスタはいかにも良家の貴族といった感じの女子生徒に絡まれてしまった。
彼女らは皆端正な顔立ちではあるが、口元はわかりやすく歪んでいる。
「まだクライエスさんは退学になってないのね」
「ほーんとそれよねー。往生際悪すぎって感じ」
彼女たちが声をかけた途端、付近にいた何人かの女子生徒が陰口を叩きながら近づいてくる。
あっという間に人の壁が出来てしまった。
「……むっ」
しかしウェスタは一瞬だけ面倒そうに顔を歪めたが、それ以上何か言うことなく壁を突破した。そのまま絡まれる以前と同じように廊下を歩いていく。
『彼女らは?』
俺はつい気になってしまい聞いてみた。
『あれらは……よくいる手合いですよ。自称神様の子孫などとのたまう恥知らずなお貴族様。私はゴブリン三姉妹と呼んでいます』
後ろを見やると、彼女らは
「ぜぇ……ぜぇ……ちょ、ちょっとお待ちなさいな!」
「そうですわ!」
「名門貴族ポントゥムの血を引くこの
「お父様に言いつける」の言葉にウェスタははぁ、とため息を吐いて足を止めた。さっきの説明通り、家柄は確かなもののようだ。ウェスタが立ち止まったのを見るや、彼女らの表情は加虐心に満ちあふれたものへと変化する。
「ふ、ふふ。クライエスさん? そんな態度をとっているから、幻獣たちに逃げられるんですのよ?」
「間違いありませんわ」
「そろそろ試験ですわよねぇ? 来月末にはもう会えなくなるでしょうし、今のうちにお茶でもいかが?」
ウェスタと出会ってまだ少ししか経っていないが、ウィークポイントを的確につついた暴言であろうことは俺にも分かった。
「お言葉ですが」
だが、ウェスタは大して気にもしていないような態度で。
「私は既に新たな幻獣を下僕とすることに成功しましたので。支援は必要としていません」
背中に背負った杖の先端、つまりを俺を指さしてはっきりと言い切った。
「へっ? も、もう新しい幻獣を従えたんですの!?」
「あり得ませんわ!」
「平民の癖に!」
途端に彼女らは顔に驚愕を貼り付けて後ずさる。なるほど、「面倒ごと」というのはこのことか。
お手本のような台詞を吐く様子に興が乗ったのか、ウェスタは更に口を開く。
「何ならここで勝負しても構いませんよ。私の下僕は、ドラゴンすらも打ち倒す力を秘めています」
「「「ふ、ふぐぅ……」」」
『ふん。語彙力のない連中ですね』
ウェスタは彼女らの後ろ姿を見ることなく歩き出した。周りに集まりつつあった野次馬も霧散していく。
『ちなみになんだが、俺ってドラゴン倒せるの?』
『……頑張りましょう』
『ハッタリかよ』
……願わくば、あの三姉妹と戦うことにならないことを祈るばかりだ。
教室に入るともう既に多くの生徒が着席していた。一般的な高校のように等間隔で小さめの机が置かれているわけではなく、数メートルほどの長い机を数人で利用する形。
高校生だった頃に見学へと訪れた大学にあった大きめの教室にあるやつだ。
『そういや、ウェスタは2年生なんだよな? この学園って何年間通わないといけないの?』
『4年間ですね。……あぁ、あと2年も退学のレッドラインに立ち続けないといけな──うぐっ!』
『し、心中お察し致しまする』
勝手にダメージを受けているウェスタの背中に揺られながら、周囲を見回す。
『国立』なんて名前が付いてる学園だし、生徒たちは試験も近いし皆勉強の虫になっているかと思いきや、意外にも楽しげに談笑している生徒の方が多い。
中には自分の幻獣とコミュニケーションをとっているのか、自分の杖に顔を近づけ笑顔を浮かべている生徒もいた。
「やあ、ウェスタ。おはよう」
「アリテラス。おはようございます」
ウェスタが席に着いた途端、左の席にいた生徒が顔を向けてくる。エメラルドグリーンの瞳。
「お、杖が光ってる。新しい幻獣が見つかったんだね。どんな子なの?」
「うーん。まあ、普通ですかね」
「幻獣に普通な子なんていないって! 後で見せてよ」
アリテラスはぺちぺちとウェスタの二の腕を叩きながら笑った。明るく、おしゃべりなアリテラスはウェスタと気が合いそうだ。
「分かりましたよ。アリテラスは今日2限目までですよね?」
「そだよ」
「なら、旧校舎裏の広場で見せますよ。あそこなら人も寄り付きませんし」
「お、契約できたのか!」
最後の言葉を発したのは、いつの間にかウェスタの右に座っていた男子生徒。サラサラの茶髪に明るい黄金色の瞳。女にモテそうな風貌のナイスガイだ。
ウェスタはびくりと体を震わせて振り向いた。
「ハルドリッジ。いつの間に」
「よう、2人とも。おはようさん」
「おはよっリジー。……ちょっと汗かいてる? 走り込みでもしたの?」
「5連休の真ん中に親父の武器屋を手伝いに行く予定が出来たから、埋まらないうちに魔道馬車の席を確保してきたんだよ。アリテラスのもあるぜ」
アリテラスの言う通り、彼の額には玉のような汗が浮かんでいた。前髪も汗でぐっしょりと濡れている。
しかし彼はそんなことなど気にせず身を乗り出した。
「それよりウェスタ。新しい幻獣の【ギフト】は何だったんだ?」
「あ、アタシも気になってた」
「まだわかりませんよ。何せ今朝召喚しそのまま契約しましたから。2限の後に『マーズ』を借りる予定です」
ウェスタは
『マーズって何だ?』
『幻獣のステータスや、【ギフト】の詳細やレベル。それを発現させるために何をすればいいのかを教えてくれる測定器具のことです』
『つまり俺の筋力や知力なんかを、SからEまでとかで表面化してくれるってことか!?』
『そ、その通りです。よく知ってますね……』
一体どんな能力なのだろう。
想像するだけでわくわくする。
「今朝っておま……すげえバイタリティだな」
「大したことはしてません。召喚して直ぐに契約を結んでくれましたから」
多少盛られている気もするが、おおむね間違ってはいない。
「従順なら、ウェスタにピッタリじゃないか。これでクラリア先生から幻獣を借りなくて済むな」
「う……その節はすみません。でも、あの時は助かりました」
しおらしく頭を下げたウェスタの肩を、アリテラスが優しく叩いた。
「いいっていいって。クラリア先生もノリノリだったんだから。今日はテスト発表の日だし、あの人きっとウッキウキで教室に入ってくるよ」
「……間違いありませんね」
「試験かー。前回もぎりぎりだったんだよなぁ。もっと簡単にして欲しいよ」
「前回の試験は大荒れだったからね。このクラスでも5人くらいが落ちちゃったはず」
「今回は一体何人落ちてしまうんでしょうか……」
3人は顔を見合わせて、大きくため息を吐いた。が、直ぐに瞳に力強さが宿る。
「よし! 勉強だ勉強。座学で落ちることがあっちゃあならねえからな」
「そうだねえ……んじゃ、ウェスタ。また後で」
2人はいそいそと鞄から書物を取り出し、びっしりと何やら文字が描かれたノートを開いた。入った頃は騒がしかった教室も、今や静まりかえっている。
息抜きは終わり、ということだろう。
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