私の下僕になってくれませんか!?

屑出ノロマ(くずでのろま)

第1話 私の下僕になってくれませんか!?

 突然だが、あなたは『異世界召喚もの』というジャンルを知っているだろうか?

 

 『異世界召喚もの』とは平穏な、けれど退屈な人生を送っていた人間が剣と魔法の世界に召喚され──というのを主軸とする物語の総称だ。

 

 今の日本を生きる紳士淑女の方々なら、一度は耳にしたことがあるだろう。

 ひょっとすると今俺の話を聞いてくれている人の中には、実際に経験したという人がいるかもしれない。

 

 ん? そんなわけないだろうって? フィクションの話を現実に持ち出すなと?

 

 うんうん。その言い分もごもっともだ。異世界召喚なんぞあくまで紙の上のお話。現実に起こるわけがないな。わかるぞぉ。

 俺もほんの数分前まではそっち側だったからな。



 ──でも、俺は声を大にして言いたい。異世界召喚はフィクションなんぞではなく、実際に起こりえるものであると。

 なぜなら。


 「私の下僕になってくれませんか!?」


 俺に無骨な首輪を突きつけて満面の笑みを浮かべる魔法使いの美少女が、ちょうど目の前にいるからである。

 一体なぜ、こんなことになってしまったのか。


 少し退屈かもしれないが、召喚される直前の俺の様子から見てもらいたい。


 

 ◇◇


 

 「だーかーらぁ! メビスの5ミリっつてんだろ!」


 薄明はくめいの空も終わりを告げる時間帯のコンビニエンスストアに、苛立ちを乗せた男のだみ声が響き渡る。この手の高圧的な客はよく来るが、コンビニバイト歴3年の俺──佐藤さとうオーエンにとっては慣れたものだ。


 「……こちらでお間違えないでしょうか?」

 「ああそうだよ! ったく、どんだけ時間掛けてんだよ……ガイジンはバイトすんなよな」

 「それは良かったです」


 にこやかに営業スマイルを浮かべる俺にこれ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、男は乱暴な手つきでぴったりの金額を払い退店していく。ちなみに俺はアイルランド人とのハーフではあるものの、生まれてこの方日本から出たことはない。


 「またあのおっさんですか。いい加減番号で言ってくれないもんすかね」


 男が自動ドアの奥に消えていった途端、唐揚げを揚げていたバイト仲間の岸本壮真きしもとそうまが話しかけてくる。

 俺はふんと鼻を鳴らした。


 「仕方ないさ。ああいった連中は新しいことを覚えるのが嫌なんだよ」

 「いやぁ、番号1つ覚えるのが面倒くさいって……どんだけヤバいんすか」


 何が具体的にどう『ヤバい』のかを壮真は語らなかったものの、言わんとすることはわかった。もう20歳になるが、今のところは彼ら高校生が『ヤバい』に込めるニュアンスをくみ取ることには苦労せずにすんでいる。

  俺もまだ大丈夫、と1人で安心している間にも壮真はテキパキと揚げ物をセットしていく。


 「よし、じゃあ俺はこれで上がらせてもらいます」

 「お疲れさん」


 ふと時計を見ると午後6時半をまわっていた。壮真はこれから塾に行くのだろう。彼のズボンの後ろポケットには、隠すように英単語帳が突っ込まれている。


 「あ、先輩方お疲れ様ですー! お先に失礼しますね!」


 壮真は凄いなあ、と思いながらレジで突っ立っていると、裏の方から元気な声が聞こえてくる。このコンビニでバイトしているもう1人の高校生、坂本妃花さかもとひめかだ。


 「は!? おい坂本ふざけんなよ! おまえまたサボる気だろうが!」


 妃花の声が俺の耳に入った瞬間、今度は壮真の怒鳴り声が店内に響き渡った。気弱そうなご婦人のお客が手に持っていたパンを落としてしまう。


 「また喧嘩してるのか……僕は弁当に賞味期限切れがないかチェックしてくるよ」

 「了解です」


 バイトのマネージャーが苦笑しているのを尻目に、俺は婦人客の対応を済ませて裏手に向かうと、案の定2人は激しく口論していた。


 「岸本先輩……毎回毎回ウルサイんですけど。乙女の鼓膜を破る気ですか?」

 「お前がサボろうとするからだろうが!」


 冷静だが煩わしそうにする妃花へ壮真は唾をまき散らしながら怒鳴っている。

 しかし妃花は俺がやってきたのを見て、ラッキーだとばかりに巻き込んできた。


 「あ、オーエンせんぱい聞いて下さいよー。岸本先輩ったら、しょうもないことでJKの青春を邪魔しようとしてくるんですよ?」


 サボりを咎めるのはしょうもないことじゃないと思うのだが、妃花はずっとこんな調子だ。気分屋ですぐにサボるが要領は良い。真面目で実直な壮真とはまさしく水と油の関係だ。

 俺は暴発寸前の壮真をなんとかなだめつつ、妃花の方を向いた。


 「まあまあ……妃花も用事があるみたいだし。妃花の分の業務は俺がするから、壮真もそれで許してやってくれ」

 「さっすがオーエンせんぱいです!」

 「先輩! こいつどうせ彼氏とデートに行くだけですよ! また自分勝手な理由でサボろうとしてるだけですって!」


 壮真の言う通り、妃花はバイトの制服である山吹色の上着に緑色のズボンは履いていない。今の彼女は、模様付きの黒シャツとダメージデニムを合わせ、薄めの化粧と銀色のイヤリングを付けた完全装備だ。

 まあ、壮真の言う通りデートだろう。


 「せんぱーい、JKの青春は一度きりでしーかーもーあっという間に過ぎていくんですよー。あっという間ですよ?」

 「2回も言わなくても分かるから……オーケー、認めよう。妃花の言う通り、青春は一度きりだ」

 「さっすがオーエンせんぱいです!」


 その言葉も2回目だ。いかに足元を見られているかがわかる。


 「それじゃあ、失礼しますねオーエンせんぱい! また明日!」


 俺の許可を得た妃花はぶんぶんと手を振りながら帰っていった。戸が閉まる音と同時に、壮真が舌打ちをする。


 「ったく、先輩は坂本に甘すぎますよ。どうせ勉強もせずに遊び歩いているバカなんですから」

 「悪いな壮真。他の人に迷惑はかけさせないつもりだから安心してくれ」


 妃花をこうして許すのもこれで5度目だ。既に俺に何を言っても無駄だと悟ったのか、壮真は大して責めることなく去っていった。

 

 「……ふぅ」


 誰の耳にも届かない声量で、小さく嘆息する。

 先ほどまで妃花が連呼していた『青春は一度きり』という単語が耳にこびりついていた。


 「佐藤君! 少しいいかな?」


 マネージャーの声だ。もうすぐ夜ご飯時だからか、お客さんも多くなってきたらしい。妃花の分まで働かないとな。

 俺はぺちぺちと頬を叩いて、彼のところへ向かおうとすると。



 ──我が呼びかけに答えよ!



 「ん?」

 

 突然聞き覚えのない女の声が頭に響き、思わず立ち止まってしまう。

 そういえば昨夜一気見したファンタジーアニメのヒロインがそんな感じのことを言っていたような。幻聴だろうか。遠い異国の血が入っているのもあって身体の丈夫さには自信があるつもりだが、意外とガタがきているのかもしれない。帰ったら予約していたノベルゲームをプレイするつもりだったけれど止めておこう。


 「佐藤くん? ちょっと……早くしてくれない?」

 「あ、はい。今行きます」


 ぼんやりと思案しているうちに、マネージャーの声がする。これ以上待たせると何を言われるかわからない。

 俺はもう一度頬を叩いた。


 

 ──そ、そう! 来てくれますか!



 「なんだ? 今また声がしたような……って……えぇ……」


 安心したような女の声がした瞬間。俺は突如として酷い頭痛に襲われた。視界が明と暗を繰り返し、身体が震え出す。


 「あ……」


 立っていられなくなり、その場に倒れ込んでしまう。白と黒を反復していた世界が白一色になっていく。

 

 地面に吸い込まれていくような感覚を最後に、俺の意識は闇に沈んでいった。



 ◇◇



 「に、人間……?」


 意識を取り戻した俺の聴覚が一番にとらえたのは、直前まで頭の中に響いていた女の声だった。どうやら困惑しているようだ。


 「どう見ても幻獣では……うーん、でも」


 しかし俺がそれに何かを思う間もなく徐々に五感が復活していく。暗闇に覆われていた視界が段々と鮮明になっていき、先ほどの声の主が明らかになる。


 めっちゃ可愛い。


 彼女を一目見た瞬間、俺の脳内辞書はあまりにも安直な言葉を持ってきた。目が痛くなるほどに白い髪。紅玉こうぎょくの瞳。歳は15、6くらいか。小柄だが凹凸のある身体に黒いスカートと白いシャツ、黒いローブで覆っている。トランジスタグラマーと形容してもいいだろう。

 

 ついでとばかりに背中には小粒の宝石が付いた杖を背負っており、まさに魔法使いといった出立ちだ。


 「ああえっと、その……私の言葉がわかりますか?」


 未だ呆然と立ち尽くす俺を見た少女は、今度は心配そうに目線を合わせてくる。少女の瞳に反射して映る景色に腰を抜かしそうになるも、ひとまずは気づかないフリをした。


 「わかるよ」

 「そ、そうですか。まさか意思疎通が可能なんて……召喚魔法陣の翻訳機能はすごいですね……」


 少女はそのままぶつぶつと何かを呟き始めた。その隙に俺は周囲を見回してみる。

 

 どうやらここは少女の私室のようで、簡素なベットの上にはぬいぐるみが置かれていた。足元には赤いペンキでハングル文字とアラビア文字をごちゃ混ぜにしたような文字が書かれている。その横には微かに光る幾何学きかがく模様の描かれた紙が所狭しと敷き詰められていた。魔法陣、というヤツなのだろうか。ダメ押しとばかりに彼女の後ろにある窓からは、バロック風建築の町並みが広がっている。

 

 どう見ても日本ではない。


 「コホン。すみません取り乱しました。自己紹介をしますね。私はウェンスタラスト・クライエス。長いのでウェスタと呼んでください」

 「……俺はオーエン」


 自己紹介をしつつも俺は少しの不安と体中を駆け巡る高揚感に包まれていた。なぜならこの状況は昨日見たアニメのような『異世界召喚もの』の作品と同じだからだ。突然中世ヨーロッパ風の世界に連れてこられ、お姫様もしくは魔法使いに進むべき道を教えてもらえる。……もしかしたら違うかもしれないが、そう仮定しないと頭がついてこない。


 「ふむふむ。オーエンですか、変わった名前ですね」


 ウェスタはうんうんと頷きながらも、しきりに俺の名前を呟いていた。そんなに連呼されると気恥ずかしくなる。

 しばらくして満足したのか、ウェスタはポンと手を叩いた。


 「はい、覚えました。それでオーエン、早速呼び出しておいて悪いんですけど……頼みごとがありまして」


 きたぞ。これはおそらく『世界を救って欲しい』といった感じの頼みごとをされるのだろう。最近知り合いにオススメされたライトノベルではまさにそんな感じのことを言っていた。怖くもあるが、同時にテンションも上がってしまう。男の子だもの。

 

 「俺に出来ることならなんでも」

 

 俺はなるべく口元が緩まないように引き締めて、彼女の言葉を待つ。

 ウェスタは顔をぱあっと輝かせた。

 

 「本当ですか!」


 わたわたと両手を動かしながら、ローブのポケットをまさぐっている。何を探しているのかとのぞき込んだ瞬間。

 

 右手に首輪が握られているのが見えた。鎖がじゃらり、と音を立てる。


 「あったあった! よしっ」

 

 まさか、下僕になれとでも言うんじゃ……。


 ◇

 

 「私の下僕になってくれませんか!?」

 

 ──と、いうのが今までの流れだ。突然召喚されたと思ったら、いきなり下僕になれと迫る美少女が眼前にいる。勇者となる俺の野望は完膚かんぷなきまでに打ち砕かれてしまった。


 「……!」

 

 ウェスタは頬を紅潮こうちょうさせ、希望に満ちたキラキラした目で俺を見ている。

 表情と言葉のギャップが激しすぎるだろ。どうか聞き間違いであってくれ。

 

 「お願いします! 私の下僕になってください!」


 俺が答えないでいると、ウェスタは大声でお願いしてきた。

 悲しいことに聞き間違いではないようだ。


 「下僕って……あれだよな。主に絶対の忠誠を誓い、その命令を忠実に遂行するという」


 一応価値観の違いもあるかもしれないので確認する。


 「そこまできつく縛るつもりはないですけど……まあその認識で構いません」


 同じだった。


 「断る」

 「えっ」

 「断る。俺は奴隷みたな扱いなど許容できん」


 今よりも劣悪な環境に置かれるなんてゴメンだからな。

 

 「まあまあそう言わずに。ちょっとドラゴンと戦って勝つだけでいいですから」

 「は、ドラゴン!? そんなのを倒すとか無理に決まってんだろ!」


 何言ってんだこいつは。平和な国でぬくぬく生きてきた俺に出来るわけないだろう。

 

 「も、もちろん冗談ですよ。ドラゴンはものすごく強いですからね。合成獣キメラで我慢しますよ私は」

 「は? どのみち無理だろ」

 「えっ……そんなぁ……」


 どうやら断られると思っていなかったらしい。涙目でオロオロするウェスタの姿は庇護ひご欲を掻き立てられるものがあるが、それはそれ。この中世ヨーロッパ風の世界での下僕がどんな立ち位置なのか。想像するだけで恐ろしい。


 「そこをなんとか! どうかお願いします!」

 「だから無理なものはむ──ちょっ、くっつくな!」


 頑として拒否していると、ウェスタが叫びながら抱き着いて懇願してきた。いくら小柄といえど腰に巻きつかれたらさすがに重い。振り落とそうと腰をよじってもすかさず食らいついてくる。おまけにファンタジー世界の魔法でも使っているのか、やけに力が強──いや違う。俺の力が弱くなっている。床の魔法陣から光が伸びて腰に絡みついてくる。反抗されないように何やら細工を施してるようだ。

 

 そうしてしばらく取っ組み合うこと数分。ウェスタは息切れしてきたようで荒い息を隠そうともしない。見る人が見れば誤解を招きそうだ。


 「はあっ、はあっ……ど、どうかぁ……」

 「……」


 早く諦めてほしい。しかしウェスタの必死さを見ていると、その理由が知りたくなってくる。俺はぐてんぐてんになっているウェスタを引きはがして両肩を掴んだ。


 「なあウェスタ、どうしてそんなに必死なんだ?

 ……もしかして、俺じゃないとダメな理由でもあるのか?」

 

 俺の言葉を聞いて、ウェスタがゆっくりと顔を上げる。

 真っ白になっていた。


 「……1か月半後の試験で合格点をとらないと、退学になるんです。今から準備しないと間に合いません」

 「ふーん。なるほど……え、退学? ウェスタ、学校に通ってるの?」

 「あ、言い忘れてました。私は『レールス帝国立召喚魔導士育成学園』へ通ってる2年生です。試験に合格するため、貴方の力を貸してください!」

 

 召喚魔導士って……おいおい、人間をモンスター扱いかよ。

 きっとこいつは、将来貴族様のショーに出演するための試験に俺を使おうとしてたに違いない。

 「獣よりも人間の方がえるわ」と思ってんだろうな。可愛い面して随分とエグイことしやがる。

 ふつふつと怒りが沸いてきた。


 「なるほど。要するにお前は、人間の俺をモンスターとして召喚し、ドラゴンと丸腰で戦わせようとしてたわけか。ええ?」

 

 指をぽきぽきと鳴らしながら凄むと、彼女は「ひっ」と喉を鳴らして後ずさった。


 「ち、違います。そもそもドラゴン云々は冗談で……私もドラゴンと戦うのは二度とごめんですし……それに、私も人間がこの魔法陣で召喚されるなんて思わなかったんですよ」


 涙声で訴えるウェスタを見て、ひとまず俺も溜飲を下げた。

 どうやら彼女からしても想定外のことらしい。


 「つまり、あんたは俺を見世物にするつもりはなかったと」

 「も、もちろんです。そういうことをする召喚魔導士も中にはいますけど、私はレールス帝国の名に恥じぬ兵士兼立派な召喚魔導士を目指していますから」


 兵士。ということは、彼女の通う学園は防衛大学みたいなもんか。

 サーカスの団員を育てる場所では無かったのだ。

 

 「そうか。悪かったな、脅すような真似をして」

 「いいんですよ、私も説明が足りませんでした──」


 お互いに頭を下げ合っている間に、状況を簡潔に整理する。

 

 ウェスタは、召喚魔導士として国の兵士になるべく研鑚を積んでいる学生。

 1か月半後にある試験を突破するために、魔法陣を使用。しかし召喚されたのは、モンスターではなく人間だった。

 召喚魔道士は原則1体までしかモンスターを手元に置けないので、俺が断ると色々とまずい。


 「って感じでいいか?」

 「モ……とは幻獣のことです?」

 「ああ」


 この世界では幻獣と呼称しているのか。


 「その認識で構いません。ですがひとつ付け加えると、試験に合格できないと退学がほぼ確定します」


 そうだ、それを忘れていた。

 試験とやらをパス出来ないと退学ねえ。

 

 「……厳しくない?」

 「厳しいです。厳しいんですけど、だからこそこの『レールス帝国立召喚魔導士育成学園』を卒業したいんです」


 噛みしめるように言葉を紡ぐウェスタ。

 余程の理由があることは、馬鹿な俺でも察することが出来た。

 

 『レールス帝国立召喚魔導士育成学園』

 

 名前からしてエリート校だ。

 きっとここまでくるのにも、相当努力してきたのだろう。

 俺みたいなやつの想像すら及ばぬくらいに。

 

 俺だって今でこそフリーターやってるけど、昔はそれなりの高校に在籍してた。将来は名のある大学を卒業して、立派なところに就職するんだぞと息巻いていた。

 結局、内外の要因によって諦めざるを得なかったが。


 俺とウェスタは、あらゆる意味で状況が違う。

 彼女はおそらく俺よりも努力できる人間だ。壁にぶち当たっても、諦めずに前を向いていられる人間だ。

 そして、そんな人間が俺なんかを必要としている。そうしなければならないほど、切羽詰まってる。

 

 だから俺は。

 いや、言い訳は止めよう。

 

 断って元の世界に戻ったとしても、どうせ貯金残高を気にしながら、毎日家とバイト先を往復する空虚な日々が続くだけなんだ。

 たった一度きりの人生。


 ──それなら、最後に頑張るのもいいかもしれない。

 

 「……仮にだ」

 「っ! はい!」

 「もし俺が断ったら、新しい幻獣を召喚するのにどれくらいかかるんだ?」

 

 無論、この質問は前置きみたいなもので大した意味はない。

 

 「えと、準備諸々合わせると1週間くらいでしょうか」

 「えっ」

 「あ、でも最近はどんどん召喚魔法陣の性能も上がっているのでもっと短いかも──」


 言いかけてはっとなり、今度はウェスタが俺の肩をつかんだ。


 「あああでもだからといって別にオーエンがいらない子とかそういうわけじゃ」

 「……いや、わかった。わかったから」


 どんどん握る力が強くなっていく手をパンパンと叩いて落ち着かせる。

 なんか、うん。考え過ぎていたかもしれない。

 もしこの世界の召喚魔導士がモンスターを中世の奴隷のように扱うのがデフォルトでも、この子なら優しくしてくれる気がした。


 「決めたよ。ウェスタの下僕になる。試験とやらがどんなものかは知らないが、退学になるのは嫌だろう?」

 「……! ありがとうございます!」

 

 こんな俺でも、誰かを喜ばせられるんだな。

 破顔するウェスタを見て、俺はそう思った。

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