魔王討伐の顛末とその後

二歳児

第1話

 やっと終わったな、魔王。え、疲れたって? そりゃあそうだろうよ。俺だってめちゃくちゃ疲れた。こんな長い時間かかると思っていなかったからな。


 そこ座れよ。そんな顔すんなって、全部終わったんだから。少し話そうぜ。


 どこから話すかって? そんなのどこからでも良いだろ。んじゃあ、俺が生まれたところからの話する? 二十五年間の話みっちり聞くことになるけど。

 え、それが良いの? まじで言ってる?


 言葉にするのって難しいんだよなぁ………。どう始めりゃ良いかな。


 うっし、これで行こう。じゃあ聞いてくれ。『或る勇者の話』。かっこつけるなって? 良いだろ、これぐらい。勇者なんだからかっこつけさせてくれ。


 俺が生まれたのは普通の農村の、どちらかというと貧乏な家だった。ただ俺が十五歳の時にその村が魔物に襲われて、村民の大半が殺されて、村が滅亡。両親兄弟全員殺されたから生きて行く当てがなくて冒険者稼業を始めた。


 最初は散々だったよ。若いから舐められるし、高い依頼は受けられない。一日の生活もぎりぎりで、どうしようもなくて魔物の肉を食う日も少なくなかった。っていうか魔物の肉にありつけるだけまだマシだった。酷いときは雑草齧ってたからな。

 でもそうやってなりふり構わず、それこそ自分の命を顧みないで色々やってから、強くなるのも速かった。


 魔物の肉ばっかり食べてたおかげで自分の体が魔法に馴染むようになったらしく、魔法が使えるようになった。それで、冒険者としてやっと真面な生活が出来るようになった。ちゃんとした鉄製の剣を買って、革製しかなかったけど防具も身に着けて。

 ダンジョン、って知ってるか? 迷宮って書いてダンジョンって読むやつ。人族側にしかないって聞いたことがあるんだが………。あぁ、あれは魔族が嫌がらせのために作ったんだな。初耳だわ。知らなかった。


 話が逸れたな。それで若気の至りで迷宮ダンジョンに飛び込んで、まぁご察しのとおり結果は散々だったよ。


 右手を魔物に噛み千切られて、剣も失って、魔力も使い果たして。生き残れたのは本当に幸運だった。自分でも何で生きてるのか分からなかった。なんてったって出血多量でふらふらで、頭も真面に働きやしなかったからな。

 命からがら迷宮の入り口まで出てきて倒れてるところを拾ってくれたのが師匠だった。拾って、治癒魔法で俺の右手を治してくれてな。実は後で発覚したんだが、師匠は純粋な人族じゃなくて、魔族と人間の混血だったらしい。と言っても親が魔族ってわけじゃなくて、祖父が魔族ってことで血は薄かったらしいけどな。………でもそれで苦労していたらしくて、魔族への恨みは相当のもんだった。


 師匠は優しかったけど、同時に厳しかった。俺が一回死にかけたっていうのに迷宮に放り込まれるし、酷い時には暴走した魔物と素手で相対させられたからな。

 でも、かなり役に立ったよ。俺の成長には。剣の使い方なんて誰も教えてくれなかったから我流だったんだが、師匠のおかげで随分と綺麗な振りになった。魔法に関しては俺の方が上だったけどな。師匠はそれが気に入らなくて夜中に一人で魔法の練習しててよ。初めて見つけたときは信じられなかったよな。日中眠そうだと思ったら夜中一人で起き出してんのかジジイってな。でも、まぁ、楽しかった。


 冒険者として注目され始めたのがその頃だ。師匠は昔活躍した冒険者だったってのもあって、冒険者として生きて行く術を色々と教わった。その中には汚い手ももちろんあったさ。ギルドに媚びを売る方法とかな。それでも十分に有用だった。

 流石に一人で活動するのが難しくなって、俺と師匠と、あと二人ぐらいどっかから冒険者を見つけてきて、パーティーを組んで活動していた。


 順調だったよ。その頃はな。魔物を狩ればその分だけ金が入ってくる。そして魔物を狩れば狩るだけ自分は強くなる。良い循環どころの話じゃなかった。絶好調だよ、絶好調。

 金も溜まって、名前も売れて。鼻も若干高くなってた。


 活動を始めて一年で、場所を変えた。最初は田舎の辺境でやってたんだが、魔族領に近いところで活動しようってな。なんてったって魔族領に近い方が魔物が多いし、強い。だから金が入ってくる。実力も申し分なかった。だから誰からも反対はされなかった。


 ただ魔物って不思議なもんでさ、強くなればなるほど知性が上がるんだよな。普通に話す奴とかも出て来る。死にそうになると綺麗な目でこっちを見て、諦めたように血を吐くんだ。意味が分からなかった。俺の生きて来た全てが否定されたように感じた。

 この頃だな、自分の在り方に悩み始めたのは。


 悩み始めたものの、歩みを止めることは出来なかった。冒険者パーティーっていうのは一人の意見で出来上がっている訳じゃないし、その時のリーダーは俺じゃなかったからな。


 二年ぐらい冒険者を続けた。知性を持った魔物を殺すことにも抵抗を感じなくなってた。そういう物だって思うようにしてた。そうでもなけりゃあ、やってられなかったからな。


 でも魔族の子供に遭遇した時にそれも終わった。


 魔物との戦闘中に、後ろの方から魔族の子供が飛び出してきて、急に魔物の前に立った。なんだなんだと動きを止めた俺たちに対して、師匠だけは目を細めて髪を怒らせてた。子供に生えてる角を見て、魔族だって直ぐに分かったんだな。


 師匠の行動は早かった。戦闘もまだ残っているっていうのに剣を投げつけて、それが魔族の子供の額に刺さった。一瞬だった。我に返った俺以外の二人が魔物を殺して、師匠は魔族の子供から剣を引き抜いてた。骨に挟まって上手く抜けなかったらしくて、師匠に言われて手伝った。その時の魔族の子供の死体も、それを見て笑ってる師匠の顔も見てられなかった。

 悔しいとか怖いとかそういう感情じゃない。純粋に気持ち悪かった。


 宿に帰ってから大喧嘩した。殴り合いで、仕舞いには剣を取り出して戦ってた。お互い叫びながらな。『魔族の肩を持つんか、この馬鹿野郎!!』とか『お前だって魔族の血を引いてるじゃねぇか!』とかさ。

 最終的に師匠の剣を叩き落として、それを拾おうとする師匠の首筋に剣を当てて、もう止めようってんで喧嘩は終わった。二人とも納得はしてなかった。


 一週間もしないでパーティーは瓦解したよ。師匠の顔を見る度に吐き気がして、本当に辛かった。何でそこだけ分かり合えないのかが分からなかった。


 それで独り身になったんだけど、そうしたら王国に目を付けられることになった。魔族領との境界で活躍できる冒険者なんて数えるほどで、それが一人になってるんだから当たり前だよな。他国に出て行こうとしてた所を、国王に直接呼び出されて、勇者として任命された。裏切ったら殺すっていう言外の圧も掛けられた。


 最初は訓練から始まった。力を付ける前に行動を始めて命を落とすのも持ったないっていう発想だな。自分で言うのもなんだが、当時の俺はまぁまぁ珍しい程には強かった。それで、魔法だの剣だの血を吐くほど訓練をしたよ。特に魔法の方は体から魔力が抜けきって頭痛に悩まされながらもな。苦労自慢みたいになって申し訳ないんだが。


 一年ぐらい訓練をして、騎士団の連中とも仲良くなってから、やっと勇者としての活動が始まった。最初は調子に乗ってたよ。国が俺のバックについてるんだ~、ってな。今思えば青臭いことこの上ない。


 勇者としての活動の最初は、仲間を集めることだった。一緒に戦えるだけの仲間を探さなきゃいけない。それはそれは苦労したよ。結局見つからなくて、資質がある奴を見つけてこっちで育成することになった。


 一人一人の紹介は面倒だから避けるが、皆本当に良い奴だった。調子乗ってたのも、あいつらと話すようになってからはなくなったな。何せ、ちゃんとした奴らだった。責任感とか、諸々な。

 でもそれが裏目に出ることもあった。魔族と相対した時だな。王国の教えとして魔族は殺さなきゃならない。なんてったって恨むべき存在だからな。あいつらはそれを律儀に守ってた。魔族って聞くと悪態を吐かなきゃいけないって思ってるぐらい、律儀にな。


 それでも今度は我慢した。もし魔族に出会ったら逃がすつもりではいたものの、それでパーティーがまた崩れるのも避けたかった。師匠との二の舞は嫌だったからな。


 メンバーの育成も終えて、やっと旅に出た。その時には俺はもう二十五歳で、体力的にもその時期が限界だった。時間が無くて最後の方のメンバーの訓練が厳しくなったけど、それでもついてきてくれていた。

 分かると思うが、勇者としての仕事とは何かっていったら、魔王を殺すことだ。どうせ次世代が生まれるにしても、一度殺せば攻勢が緩まるのは目に見えてたからな。って言っても、人族と魔族の戦争はそこまで酷くなかった。一部地域で小競り合いが続いてるだけだっただけだ。それこそ一日に一人死ねば多い方だった。


 最初の計画はそれはそれは酷かった。寄ってく魔族の村を全て殲滅してこいっていう指令だったからな。何を考えてたんかは知らんが、どうせ貴重品の回収とかをしたかったんだろう。村を潰せば土地も畑も食料も、色々ため込んでるものだって奪える。

 胸糞悪かったよ。自分たちの村に同じことされたらどう思うんだって言いたかった。それでもそうやってただただ怒りを撒き散らすんでは意味がない。だから『スピード重視で最初に魔王城を目指すべきでは』っていう至極真っ当な意見を用意した。思ったよりすんなり意見が通って驚いたけど、村を襲う理由が思ったよりも少なかったってことなんだろう。それこそ道端のごみを拾うぐらいの意識だったんだろうな。


 話を戻すが、旅の出発は戦争が起きてる場所ではなかった。俺の案が通ったから、なるべく迅速に魔王を暗殺しようとしたんだな。

 それで、誘拐された。


 ははは、そんな怖い顔すんなって、魔王。確かに誘拐したつもりじゃなかったかもしれないけど、あの時はそうとしか言いようがない状況だったんだよ。


 そうその後は魔王も知ってる通りだ。魔王と会って、人族と魔族の和平を結びたいって言われて。無理だって答えたときのお前さんはめちゃくちゃ怖かったけど、理由説明したら分かってくれたから良かったな。

 どうせ和平なんて無理だ。人類は無条件に魔族を恨んでる。


 そっからは旅の途中で時折魔王と取りながら、どう魔族と人族の間で大きな戦争が起こるのを止めるかっていうのを考えた。久しぶりに頭を使って本当に大変だった。王国の法律を見ても、何か穴を突けそうなものは無し。和平条約を結んでも無理。いっそのこと魔族と人族で親善戦争でも開くかって思ったけど、無理だな。


 旅の途中は本当に大変だった。仲間も皆鋭くてな、何度詰問されたかわかったもんじゃねえ。度々いなくなる理由を説明しなきゃならないって言うんだからな。今じゃあいつらん中で俺は娼館好きのエロ勇者になってるぞ。


 それで、魔王と相対することになって。普段敬語で話してるのに俺たちパーティーに会った時には『ようこそ、勇者一行』なんて精一杯意地の悪い顔で笑うんだからな。その美人が台無しだっての。

 ごめんごめん、冗談。


 戦闘はまぁ、辛かったろ。お前。俺だって仲間の前で力を抜くわけにはいかないし、俺の仲間は魔王殺すために育てられた精鋭だ。良くあそこまで余裕そうに渡り合えたよな。いつお前がやられるかこっちはひやひやだったよ。


 あー、最後のやつは忘れてくれ。俺だってやってみたかったんだよ、技名叫んで大魔法放つの。気分爽快だったな。『俺のことは置いて逃げろ!』ってな。仲間にあそこまで辛そうな顔されるとは思ってなかったけどな。


 はい、これが魔王討伐の顛末。結局魔王は討伐してないけどな。これで良いだろ?


 おい泣くなよ、そんなに感動的な話だったか? ってそうじゃないってな。知ってるよ。


 最期ぐらい名前で呼んでくれって? なんでだよ。魔王で良いだろ、魔王で。良いじゃねえか魔王って称号。かっこいいだろ。

 最期まで頭がおかしいって? そりゃ誉め言葉だな。


 それで、ミリーナ。これで良いのか?


 おいおいおい、だから泣くなって。そりゃあそうだろ、魔法に代償は付き物だ。何なら下半身だけで済んで良かったと思ってるよ。

 それで死ぬんじゃ意味がないって? こうやって話せてるんだから良いだろ?


 あー、そろそろやばそうだな。視界が霞んできた。


 死ぬなって言われましても。そりゃ無理だよ。こんな出血、しかも魔力も使い果たして、下半身も、何なら腹までなくなってる。臓器もやられてるし、よく意識が保ってる方だよ。っていうか何でここまで話せたんだろうな。


 まぁ、良いか。話せてよかったよ、戦友。

俺ら良く頑張ったよな。今まで。


 俺の最期ぐらい笑ってくれよ。死ぬ前に見た顔が泣き顔じゃ天国行っても悔しくて戻ってくるかもしれねえぞ。そうなればいい、って言われてもな。無理なもんは無理だって。


 …………じゃあな。いつか天国で会おうぜ。








 勇者として戦い続けたその男は、私の腕の中で静かに息を引き取った。涙で前が見えない。息が詰まる。


 人族と魔族の衝突を回避するために勇者が提案したのは、魔族領と人族領の間の空間を切断することだった。確かに、彼の魔法があればできないことではなかった。大量の魔力と代償により、空間そのものを切断する。そうすれば誰も二つの領の間を通ることが出来なくなり、衝突は避けられる。

 最初にその提案を聞いた時には信じられない思いだった。無理だと思って止めた。しかし彼は止まらなかった。


 結局、彼はその魔法を成功させた。自分の半身と、その膨大な魔力全てを捧げて。意識が残っていたのは奇跡だった。


 彼の魔法が何を代償とするかは、魔法を使うまで教えてはくれなかった。その魔法を使えば死ぬ。そう分かっていても実行したのは、なぜなのだろうか。何が彼を突き動かしたのだろうか。

 魔法が成功して、思わず歓声を上げて、彼の姿を見つけて絶句した。ほぼ死体も同然だったのだから、仕方ないことだった。


 魔族と人族は分かたれた。元々少なかった魔族と人族の交流は、今後は全て無くなる。きっと、私と彼が最後だ。

 段々と冷たくなっていく彼の半身を抱く。体が血で汚れるのも気にならなかった。むしろ、そのままで居たかった。


 こうして勇者と魔王の全てが、終わった。

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