第15話



 娘たちの館へ出向いたロレンスは、その日突然生徒たちに授業のボイコットを受けた。

「今日は授業どころじゃない」

 平素は無愛想なまでに静かなクインティアが、ロレンスの前に立ちはだかった。ロレンスは玄関口に唖然として立ちすくんだ。

「何かあったのですか」

 同様にいつもは愛嬌のある笑顔で出迎えてくれるセイリーンも、仁王立ちして睨み付けている。いがみ合っていたはずだが、女が団結すると恐ろしい。男にはとても踏みいることができない。

 はっと気づくとアリスがセイリーンの陰に隠れてじっと自分を見ている。無言で自分を見つめる目には涙をためている。声をかけようとしたら、避けるように館の中に入ってしまった。……勘弁してくれ。

「カレンが他の男に襲われたの。たぶんセンセイの知り合い。だからそいつを探し出して」

 セイリーンの目が座っている。

「……え?」

 カレンがいない。いつもならアリスと一緒に出て来るはずだ。

「カレンから詳しく話を聞かせてください」

 ロレンスは事情がわからず状況を確認しようとしたが、近づこうとするとクインティアに巻き割り斧を一振りされた。

「王子に聞けばわかる」

「何故殿下が?」

 殺気まで漂わせ、すごい迫力で凝視される。気のせいだろうか。目のかたきにされているようだ。

「『こまった人だ』と独り言を言っていた。両陛下の耳に入れたくないので、あの場では騒ぎを避けたのだと思う」



 お妃候補の授業の時間だが、そのまま予定外の王子に面会を申し込む。ほどなく教育係の控室に王子がエセルとやって来た。

「カレンが襲われかけたって聞いたけどまさか」とエセル。

「何言ってるんです」

 ロレンスは憮然として言った。またそんな根も葉もない噂が流れているとしたらたまったものではない。

「ロレンスはそんなことしない。距離を開けて山ほど恋愛詩を聞かせるよ」とユリウス王子が言ってくれる。一体自分は彼らに信用あるのかないのか。

「不愉快な思いをした人がいるのです。そういう冗談はいかがかと」

 ユリウスは表情を改めた。

「館へ出向くことにする。要求通りに犯人を突き出して、彼女たちを安心させないと」

「そうしていただけると助かります」

 クインティアに斧を振り回されたらロレンスにはもう太刀打ちできない。お妃候補にも関わることなのでおおごとにしたくはないが、多少は関与しているらしい王子に助っ人に来て頂くほかはない。

「彼女たちのことは、本来は私の問題だからね」

「クインティアは『ユリウス王子は男を遠くから見ているはずだ』と言っていました。心当たりは」

 ロレンスもエセルも、期待をこめてユリウスを見つめている。

「……ロレンスとエセルの頭の中にある人物だ」

 三人は同時にため息をついた。



「本日は武芸の先生を連れてまいりました。たまには面白いかと思いまして」

 窓から盗み見ると扉の外側で、ロレンスが努めてにこやかに言っているのがわかる。腰が引けていていささか情けなく見える。ユリウス王子はその背後にいて、威厳ある表情で少女たちの返事を待っている。

「どうしよう。入れる?」

 居間に集まった女たちはしばし会議を行う。セイリーンは皆を見渡した。カレンだけは自室にいるために不在だった。

「連れてこいって言った手前、入れないわけにはいかないでしょ」

 とイサベラが、要求したクインティアを顎でしゃくって示す。

「じゃ、クインティア行っといで。カレンはまだふさぎ込んでるの? アリス。二階行って声かけて」

 クインティアは立ち上がって斧を手にした。アリスもうなずくと素直に階段へ向かった。あれ以来カレンに同調するようにもの静かになり、セイリーンが命令口調になってしまっても逆らうこともない。

 セイリーンはソファに座って思いめぐらせる。武芸の達人を連れて来るなんて、王子はいざという時には強行突破をするつもりなのだろうか。さすがに相手がそんな男では、クインティアも勝ち目はないだろう。断固戦うつもりもないが。

 自分たちは王子の妃候補としてここにいる。ここで王子の和解案を拒絶しては本末転倒だ。ただ、皆が今回の件には気分を害していた。女を侮辱する男は、断じて許せなかった。ましてや妃になるかも知れない女の身内ではないか。一緒に生活している連帯感も手伝って、熱しやすいセイリーンやアリス、何故か日頃は淡白なクインティアまでが、王子に訴えなければ気が済まないという決断を下した。

 王子にその男を罰してもらうまでは、妃の選出の件は保留だ。

「大丈夫? しんどいんだったら上にいてもいいけど、一応挨拶だけでもしておいた方がいいと思って」

 降りてきたカレンに向かってイザベラが声をかける。まだ顔色は良くないが、足取りはしっかりしている。

「ええ……これ以上迷惑はかけられません。殿下やロレンスさまにも謝まらなければ……」

 ふいにカレンが顔をあげ、耳をすますようにして言葉を切った。

「……きさま!!」

 玄関口に出ていったクインティアの声が聞こえてきた。

「ちょっ……クインティア、やめて下さい」

 続いてロレンスの狼狽した声がする。セイリーンとイサベラは顔を見合わせた。聞こえてくる物音やロレンスの悲鳴で、斧を振り回すクインティアの姿が容易に想像できた。

「クインティア!?」

 カレンが顔をあげ、外に駆けだしていた。慌ててアリスも後を追いかけて出ていく。

「クインティアはもはや、女を演じるつもりもないのね」

 セイリーンは思わず呆れて呟いた。

「あら。ばれてるの」

 イサベラがそっけなく言った。セイリーンもあっさりと答えた。

「当たり前よ。わからないと思うなんて自惚れもいいとこだわ」

「あんたに自惚れ云々を言われるとは、あの子も哀れだわね。で、王子に何故黙っているわけ?」

「このあたしが男に負けるわけないもん。なーんで男に対抗意識燃やして言いつける必要があるわけ?」

 セイリーンは当然とばかりに言った。

「気づかないのはぼんくら王子と……」

 自分もそのぼんくら王子に選ばれた一人であることは棚にあげているセイリーンは

「やっぱりぼんくらなあの人くらいじゃないの」

 と背中越しに走ってゆくカレンを指さしながら言った。



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