第14話
「それでそいつは誰か、わかりそうなの!?」
セイリーンは激怒した。カレンが襲われかけたと聞き、我がことのように怒っていた。
「王子とロレンス師じゃないってことくらいしか、わからない」
クインティアが無愛想に答える。
スコップを手に戦おうとしたクインティアの姿を、バルコニーの上から王子、セイリーン、アリスたちが見ていた。セイリーンはさすがにバルコニーからは飛び降りなかったものの、王子より先に駆けつけて来て「何があったの!?」と聞いてきた。その後はずっと、屋敷に戻ってきてからも憤慨し続けているのだ。
「ロレンスさまのことをご存じでした」
「『ご存じ』なんてつけないの!」とセイリーンがいちゃもんをつけたが、カレンは混乱していた。努めて冷静に話そうとしたが、涙があふれてきた。いけない、と思う。アリスはじっと手を握ってカレンに寄り添ってくれている。この娘には心配をかけてはいけない。
「きどったこと言ってはずしやがった上に、ウケなかったからって力にもの言わせて女に言うこと聞かせようなんて、さいってい!!」
とセイリーンが拳を振り回して騒ぎたてる。「あんたはちょっと黙ってなさい」とイサベラにたしなめられた。カレンは他人が妙に怒ると何故か当事者は冷静になってしまうものだとぼんやり考えた。
「怖い思いをしたね。日中だし、通い慣れてるし、まさか国王のお膝元でそんな奴が徘徊してるとは思わないだろうし」
イサベラが、淡々とした言い方をするのが少し心地よかった。年下の少女たちばかりの中で、唯一頼っても許される相手だった。
「……手をつかまれたことより、言われたことの方がショックで……」
今更になって父母の教えが正しかったのだとわかった。毎日必要以上に女らしさを強調したドレスを着て、ぎこちない足取りで男たちの前を歩いてきているのだから。誘惑しているととられても仕方がない。
「またまた。女はみんな、自分に色目使ってると勘違いしてる馬鹿が悪いのよ」
とまだセイリーンがカレンの自虐を否定する。
最初は彼女は外見で妃候補に選ばれたのだと思い、言動の品の無さや虚飾を好むのを見て、おぞましくさえ思った。だがセイリーンはどこまでも素直で、羨ましい子だと思う。
「……もういいです。あたくしは、自分らしくします」
カレンは丁寧に編みあげた髪をといた。城に出入りするために気をつかったとは言え、全く男の目を気にしなかったわけではない。自惚れていたのは確かだ。
「大丈夫。そっちのカレンを好きだって言う男は必ず現れるから」
いつも素っ気ないクインティアが、珍しく熱心に言ってくれるのがありがたかった。なんて真摯な眼差しなのだろう。こんな純粋な子供に心配をさせてはいけない。
「ありがとう。みんないるから大丈夫。もう恐くないわ」
無理に微笑んでそう言うとクインティアはムッとしたように目をそらした。
「ああ私の息子は成長したものだと感動したよ」
部屋に戻ろうとしたところを呼び止められ、クイントゥスは母の部屋の前で立ち止まった。何を言うかと思えば。
「なんだよ」
「女を守るために動けるなんて、立派な男だね」
他にも何か言いたそうだったが、クイントゥスは睨み付けて黙らせた。
「褒めてるのに。今日ほどお前を産んでよかったと思った日はないくらい誇らしいよ」
「ふーん。僕がお妃候補になった時よりも?」
からかわれてるのかと思ったが、セイリーンといい、アリスといい、母親までもが「よくやった」と褒めてくれるのが、いささかむずがゆかった。
ようやく自分の部屋に入り、一人になれた。
いろいろありすぎた日だった。
絶対にカレンのような女は、タイプではない。頭がいいことをだけを頼りにして、男なんか興味ないみたいなそぶりしながら、やっぱり始終男の視線を気にしているような、だからこそやぼったい恰好をする、支離滅裂な女だ。
四つも年上なくせに全然色気を感じない。抱きしめられたってちっとも嬉しくなかった。少しもだ。
それにカレンは自分を女だと思っている。男だとばれたら今度こそ男性不信どころか人間不信に陥るだろう。
何故かそう思うとため息が出た。
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