第13話
お妃教育の続くある日、王妃から三人の娘たちにお茶会への招待状が届いた。
「王宮に行けるの?」とセイリーンは好奇心から喜び、アリスは「両殿下とお話が出来る」と楽しみにしていたが、クイントゥスは憂鬱だった。二人のように張り切って着飾る気にもなれない。
招待はお妃候補だけとのことだったので、お付きで来ているカレンやイザベラは含まれないが、カレンは宮殿の図書館で皆の帰りを待つという。
「あたくしがいなくてもアリスさまは大丈夫です」
カレンは頻繁に王城の図書館に通っている。セイリーンはロレンス師との逢瀬かとはやしたてたが、カレンと、何故かアリスは違うと断言している。毎日カレンは昼食を済ませると、アリスの学習を見る。片手間にセイリーンに教えることもある。王城へ行くのはお茶を飲んでからで、帰ってくるのは夕食の準備前になる。そんな生活が続いている。
セイリーンはちょっと化粧をし、そこそこ上品な恰好をすれば、別人のように淑女らしく見えた。その変貌ぶりは見事なものだった。ちょっとした美人がいくら気合を入れたところで敵わないだろう。
しかしながら、ようやく夢であった王宮に上がった当人は、王家の人々との会話よりも供されたお茶や特に軽食に夢中だった。一つ一つ味わっては給仕の者にこれはなにかと尋ね、味を褒めている。
「そもそもここに来た目的はなんだ」と疑問に思うほどのセイリーンの見事な食べっぷりだったが、クイントゥスもセイリーンの飲食に便乗することにした。男とバレないためには、王や王妃と話すことは避けたい。視線をそらし、手元に夢中になっているフリをする。元より王太子妃になる気はないのだ。印象薄くやり過ごしたかった。
「クインティア、これ美味しいよ!」とセイリーンが満面の笑みで一口サイズのパイを薦めて来る。それを「うん」と給仕の者からもらい、口にする。
「お気に召して頂けて嬉しい」と王妃はご機嫌だが、国王と王子は娘たちの様子にちょっとひいている。クイントゥスにも向けられる痛い視線に心中では呻きながら、知らん顔を決めた。
「今日のために何日も前から料理長たちが計画して用意したものなの」
「どれもとっても手間がかかっているので、とっておきの時にしか作れないですよね!」
セイリーンは何を食べても「美味しい」「ああもう幸せ!」とニコニコしていた。ユリウスが料理長とパティシエを応接室に呼ばせると、セイリーンは立ち上がり、王子や国王にも見せなかった積極性で、ぐいぐいと近寄って行った。
「さすが王家の料理人ですね! ユリウス王子の誕生日の時のお料理も、どれも美味しかったです!」
語彙は極めて残念なのだがセイリーンは料理人たちを絶賛し、「ああもう、ここにお嫁に来たい!」と言ったのでアリスが「何言い出すのよ!」と反論した。
「あなた結局、美味しいものを食べたいから結婚したいんじゃないの」
「美味しいものを、誰かと一緒に食べられるって幸せなことじゃない」と、とびきりの笑顔でクイントゥスを見て言うので、「その笑顔は王子に見せるべきでは」と内心思った。
「そうですわね」
王妃が微笑んで応じた。なんだか実感がこもっている。国王と王子が王妃を見てから、まじまじとセイリーンを眺めた。料理人や給仕たちはすっかり感極まった様子だった。
クイントゥスは限界を感じた。無言で物を食べ続けるのも、王族との会話を回避するのも。
化粧など一切してないが「化粧室に」と言って応接室を出て、人がいないことを確認してはあ、と一息つく。
バルコニーからは庭園を眺めることができた。「お庭が綺麗だったので」とか言って眺めていたことにしよう。実際見事な庭園で手入れが行き届いていた。
妃候補になってから常に屋敷に人がいて出入りが可だったため、人の視線を意識していたし、会話にも神経を使っていたので疲れていた。
ここは王家の住まいだから、父が働いているのは別棟のはずだ。王子の誕生パーティー以来連絡はとっていないが、さぞや気をもんでいることだろう。
何でこんなところにいるんだろう、と何度も考えた。
父ルキウスのとっさについた嘘を、王太子妃が決まるまでは遂行しなければならない。ついでに妃候補たちに支払われる手当てには抗えなかった。妃候補としては落選し、かつ代価を得て帰るのが理想だった。
セイリーンやアリスを良く見せる引き立て役になることは、国家にとって損失でしかないが、自分が妃になる悪夢に比べたら、100倍マシな現実だった。
「どうかしたのか」
決意を固め振り返ったところ、ユリウス王子が立っていた。予想外だったので「うわっ!」と大声をあげたため、ユリウスがびくっと後ずさった。もちろん素の男の声だ、驚くだろう。
「……き。緊張のためにちょっと具合が悪くなったので、こちらで休んでいました」
あんなにセイリーンと飲み食いしていたのにか、と自分でも思いながら、俯きながら小声で答えた。
「両陛下には伝えておくので、このまま退出しても構わない」
ユリウスが心配そうに言ってくれるのが申し訳ない。やっぱり根はいい人なのだろう。ちょっと趣味は変わっているかもしれないが。
「誰か付き添いをつけるか?」
と言われたのでとっさに「アリス……姫の、家庭教師のカレンが城内の図書館に来ていますので、彼女に頼みます」と答えた。王家の使用人の手を煩わせる気にはなれなかった。
「そうか。ここで休んでいるがよい。カレン嬢には人をやってここまで来てもらう」
無意識にユリウスは図書館のある方を見たのだろう、庭から望む聖堂や塔のある眺めの中に、大きな建物があった。あれが図書館か。さほど興味はないが――。
嫌な感じがして、クイントゥスは目を見張った。
人影が見える。カレンの前に男がいた。男はこちらに背を向けているために判別しがたい。城の関係者の人間だとしても、クイントゥスには王子とロレンスしか認識できないが。男がカレンの手首を掴んだのが見えた。
「何故答えなければならないんです」
かかとの高い靴のため、ゆっくりにしか歩けないことが、これほどもどかしいとは思わなかった。
「あなたにひとめぼれしたからですよ」
男は大真面目に答えた。ふざけた芝居をしているような口調だった。恋愛、もしくは喜劇の芝居。
「美しい人。どうかお名前を教えてください」
「お断りします」
そろそろ時間になると思い、アリスたちのいる宮殿に歩いてきたのだが、おかしな男に付きまとわれてしまった。
図書館を出る時にロレンス師が「お送りしましょうか」と言ってくれたのを「あの建物をめざせば良いだけですし、お忙しいでしょうから」と断ったことを後悔した。
「最近ロレンスと一緒にいる美女というのは、あなたですね」
からかうような男の声に、カレンはかっとなった。
「一体なんなんです?」
異性といれば、そんなことばかり言われる。
自分はここに結婚相手を探しに来ているわけではないのに。
怒りのあまりに泣きそうになる。男はかえって近づいてきて、カレンの手首をつかんだ。
「な、なにを。殿下に言いつけますわよ!!」
だが言葉は無力だ。男は無理やりカレンの腕をつかんで引き寄せようとした。
「つれないことを。女性が口紅を塗るのは、キスをしても良いというしるしではないのですか?」
カレンが必死で抵抗しようとしたが、男は笑いながら抱き寄せようとする。
「だったら男がそういう馬鹿げたことぬかすのは、頭をかち割られてもいいっていうしるしなんだろうな!!」
叫びながら、クイントゥスはスコップを振りかぶって男めがけて振り下ろした。
「な、なんだ貴様。……女か?」
かわされた。相当武術の心得があるのか随分と反応が早い。それにこのスコップも当たり前だが到底戦闘用の武器ではないから、片手で繰り出すものでもない。非常にやりにくい。
ユリウス王子が「はあ!?」と叫んでいた。
クイントゥスはバルコニーから飛び降りて、庭師からスコップを拝借して駆けつけたのだ。スカートは歩きにくいわ、武器は使い勝手が悪いわ、最悪だったが少なくとも間に合った。
「……!」
間をおかず再び男を目掛けてスコップの柄を掴んで振り回す。これも見切られたように避けられている。
「クインティア!?」
カレンが正面から抱きついてきた。よほど恐かったのだろう。だがクイントゥスは武器を男に向けたまま片手でカレンを押しやった。
「邪魔。危ないからどいてて」
しかし隙を与えてしまった。追おうとした時には男は遠ざかっていた。
カレンはクイントゥスに抱きついたまま、震えていた。いくらもう男はいないからと宥めてもなかなか歩きだせないほど怯えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます