第12話
クイントゥスは女性恐怖症に陥りそうだった。たぶんここから無事に出られたとしても、もう女性に対して幻想を抱くことはないだろう。今回たまたま特別毛色の変わったのが集まっただけかも知れないにせよ、一緒に生活して悪夢のような生態を見せつけられてしまった以上、どんな女性にもこんな裏があるのかと思うと、信じられなくなってしまった。
アリスは超わがままなくせに、王子が来るとなるととたんに儚げな猫なで声で話す。この年齢で男と女に対する態度が違うというのにはゾッとした。
セイリーンは家事一般が得意なのはいいが、人をこき使ってくれる。自信過剰だし、とにかくずうずうしい。
カレンは学問に生きるのは勝手だが、頭が固い。多少着飾ったところで近寄りがたいだけで、不気味なものを感じる。
「あたくしの生家では、女が着飾るということは罪悪でした」
カレンがぽつりと言う。
「……慎ましい女性であればいい。豪華なドレスで女性らしさを強調し、化粧をするのは、男の気を引くものだからと。厳格な家だったので、鏡を見るのも嫌でした。鏡に向かって微笑むのを見られたら、怒られるような気がして」
極端な家だ。そこまで深刻に考えないでもいいじゃないか、とクイントゥスは思う。世の女たちが着飾り化粧するのは、いちいち男を意識してのことなんだろうか。女の自己満足だと思っていた。自分は着飾った女に少しも好感を持たないからだ。
「でも両親は死んだんでしょ? だったら自由にすればいいんじゃないの?」
セイリーンがお茶を配りながら、案の定口をはさむ。
「……あたくしは、やはり自分で選んだんです。男性を誘惑するような、はしたない女になるのが嫌だったから」
だから美貌でなく知性を売りにして生きていこうと思ったのか。別に勝手だけど、とクイントゥスは思う。思い込みが激しくて極端だ。
話を聞いていたイサベラが笑った。
「限度知らないんだから。男が知性ひけらかす女なんて、好きになると思うの? ほどほど馬鹿な方がいいのよ」
「別に男性にすがって生きてゆくつもりはありませんから、好かれる必要はありません」
こういう女、嫌だ。男だけでなく、男と協力しあって生きている女をも馬鹿にしている。自分みたいなのが一番偉いとでも思っているのだろう。
「だったらアリスにはどうさせたいの? 本当は自分がこうなりたかったって恰好をアリスにさせてるんじゃないの?」
思わずクイントゥスは言った。
「そうかも……知れないですね」
意外にもカレンは素直に認めた。
「アリスさまには、あたくしみたいな無理な生き方はして欲しくないです。あたくしとは別の生き方、殿下にふさわしい女性になっていただきたくてここまでお仕えしてきたんです」
そうかね。でもあんたの大事なアリスは「カレンが妃に選ばれたら?」と言った時に、幸せを喜ぶどころか真っ青になって否定したんだぞ。
「ま、お嬢ちゃんはまだ若いんだから、もう一回待ったっていいじゃない」
イサベラが言うのにセイリーンが飛びつく。
「あ、いいね。アリス。あたしが王子と結婚するから、あたしの子供が結婚する時にまたおいでよ」
セイリーンがすかさず乗っかる。カレンもそうだが、美人なんだから黙って座ってればいいのにとつくづく思う。
「ば、馬鹿言わないでくれる?」
アリスがいきり立つ。こんなことにいちいち怒るほうも怒るほうだ。
「そう言えばおばさまの年齢だと二回目ってところかしら? 両陛下が結婚されたのは十七年前ですものね」と腹立ちまぎれにアリスが続ける。
単純計算でも母が十四の頃か、とクイントゥスは考えた。いや。母は妃選びのパーティーには出たことがなかった。時期的にパーティーを目前にして父親の借金のため準備も叶わなかったはずだ。
「出たことはなかったわ。何せ九歳の頃ですもの」
「嘘よ。ロレンス師より年上じゃないの?」
「うるさいわね小娘。年齢にこだわるなんて無意味よ」
なにを言ってるんだか。だがクイントゥスにはこれで合点がいった。なるほど。それで母は若き日の心残りを今再び実現せんとはりきり、父はそんな母の無念を知っているから止めなかったのだ。少女の夢を壊してしまった罪悪感があったために。女性にとって、王子の妃選びの誕生パーティーとは特別な意味を持つのかも知れない クイントゥスはもし自分が女性恐怖症から立ち直り、結婚相手を選ばなければならないとしたら、相手の女性がパーティーに出たかどうか確認しようと誓った。
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