第4話

 いけない。そう思いつつセイリーンは動けなかった。

 目の前には見たことないような御馳走が並んでいた。コックたちの顔ぶれを見ると異国の料理人も招かれていることがわかる。これは……これは食べない手はない。

 周囲を見れば若い女ばかり。これだけ女がいるのに、自分だけ目立とうとしても限界がある。だが、ふとそんな弱気になことを考えはじめた自分を怒った。平凡な女ならばそれでいい。ちょっと王子を眺めて、王子の成人パーティーに出たことを後に自分の子供に語って聞せかるネタとするところだろう。

 いいや。自分の人生をここで終わらせてたまるか。

 鳥の足をかじりながら、セイリーンは考えた。

 周りを見ても母親の時代のドレスなど、着ている娘は一人もいない。この日のためにあつらえた新品ばかりだ。セイリーンは化粧も髪も自分でやった。誰も褒めてはくれないが、自分は母親譲りの美人だ。母が生きていれば、ちゃんと準備も出来て結構いい線行っていたはずだと思う。

 こうして周りを見てもどれを見てもたいした顔の女はいない。王子が面食いだったら、まず自分を選ぶはずだ。でも、と思う。その前にドレスだ。下品な真っ赤。野暮ったくてセンスがない。顔を見る前に忌避されるだろう。

 給仕に向けてグラスを突き出す。どうせ税金から出ているのだ。まずは腹ごしらえをしてから行動にでることにしよう。最近、隠れて呑むことを覚えた。こう見えても強いのに、家では好きに呑めない。妃になった日には毎日城で宴会をしてやろうと誓った。

「お、いい呑みっぷりだね」

「まーね」

 若い男が横に来てセイリーンに話しかけた。王子ではない。確かその後ろにいた奴だ。王子のご学友、いいところのボンボンだろう。

 相手は屈託なく笑った。結構話のわかりそうな少年だ。エセルバートと名乗った。やはり気になる女性がいるのか、会場をそわそわと見渡している。なんだやっぱりそんなところか、とセイリーンは再び食べに入った。コックが手渡したのは、スープの中に細い麺の入った碗だった。東方の国の食事らしい。珍しい味だがなかなか旨い。

「よく食べるなお前」

 確かに、セイリーンは小食でもないエセルの倍は食べているし呑んでいる。

「人が作ってくれるものはなんでも美味しいのよ」

「普段は自分で作っているのか」

「まーね。家事なら一通りのことは出来るわ。自慢にもならないけどさ」

 エセルの目が輝いたように見えた。

「お前、よく見ると可愛いな」

 なんていい人なんだろう、とセイリーンは思った。同時に、この一言でこいつに嫁いでもいいかと思ってしまう自分の境遇にも哀れを感じてしまう。自分に言い聞かせる。断じてそんな安売りは許してはいけない。

「完璧な金髪だし、肌も白いし、目は最高に綺麗なブルーだし。うん。」

「気づいてくれる人がいただけでもありがたいわ。そーなのよ。あたし結構美人なのにこんなダサイ服着てるから誰も気づきやしないのよ」

 エセルは満足そうに全身を眺めると、セイリーンの腕を掴んで人込みをかき分け、歩きだした。

「おーいユリウスっ、こっち!!」

「エセルちょっと……」

 やばい。セイリーンの身体が凍りついた。折り悪く王子が手を取っていたのは、セイリーンの義理の姉だった。傍に保護者としてついていた義理の母が、顔をひきつらせている。

「そんなブス相手にしてないで、この子なんてどうだ? 別嬪だろ」

 すごいことを大声で叫んでくれる。いや、エセル最高、あんた本当にいい奴じゃない。もっと言って言って!! とセイリーンは心の中で応援した。

「セイリーン。なんであんたここに」

 平べったく大きな顔をした義姉は、いい女ぶって華奢な王子にすがりついている。まったく胸焼けがしそうな光景だ。

「あんたなんて家で床を磨いていればいいのよ!」

 意地の悪い口調に、王子はぎょっとしたように義姉を見た。ほら、もうボロ出した。ざまあ見ろ。

「ほんと? この子下働きなの?」

「そうですわ。洗濯や飯炊きをする女ですの。こんな晴れがましい場所には相応しくない女ですわ」

 当の本人たちは調子づいてまくしたてるが、明らかに貴族の娘を苛め働かせてる継母と義姉、の方に一部の人々はとまどっている。

「でかしたエセル!!」

 王子は義姉の手を振り払うと喜々としてセイリーンの前にやって来た。

 これよ。セイリーンは叫びだしたい思いにとらわれた。

 これなのよ!! あたしの美貌は王子をも感動させるのよ。ご覧!! ブスども。王子はあたしの美しさに感動しているじゃないの。

 広間中の女たちの、セイリーンに向ける視線は嫉妬と羨望がごちゃ混ぜになっている。ひそひそ声の中には確かにドレスの趣味の悪さを批判するものもあるが、それでも毅然として見据えると相手は息を呑んだ。ふん。化粧ブス。お前ごときに負けはしないわよ。

「踊っていただけますか?」

「喜んで、殿下」

 だがセイリーンの足は最初の数歩で止まった。もともとダンスは苦手ということもある。幼い時から家事に追われて、大して淑女としてのたしなみを教わらなかった。だが、これはそれ以前のことだった。

「君は母と気があうかも知れないね」

 ……げげ。もしかして、マザコンか?

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