聖女の導きと姉妹の愛。
私、そんなにキョロキョロしてた?
しょうがないじゃん。ここ、初めて来たんだもん。こんな素晴らしい景色、むしろキョロキョロしないほうが変だ。
「私を探しに来たの?」
眉をひそめてサンディが言った。
「あ、うん。みんなで手分けしてね。何があったの?」
なんとか彼女が怯えないように、私は抑えた口調で問いかけた。
「…………」
まあ、言いづらいよね。分かる。
大体何があったかは分かっているが、いきなりそれを問い詰めても本人が悲しくなるだけだ。
こういう時は、向こうから話始めるまで黙っているのが正解。
「わたし、お姉ちゃんの役に立ちたくて……。それで箱を持ったら、落としちゃって……。ううう」
サンディの瞳から、大粒の涙が流れ落ちる。
肩も震えて、呼吸も辛そうだ。それでも彼女は、頑張って話し続ける。
「いっつもお姉ちゃんはお店の手伝いしてて、わたしが……やればほめてくれるかなって。それで、一緒に遊んでくれるかなって」
かわいいい! なんていい子なんだ。こっちまで泣けてくる。抱き寄せて撫でくりまわしたい。
でもこの体でやったら事案だ。前世の体だったとしても事案だ。
「私も同じ経験あるよ」
「え?」
子供はみんな似た経験があるだろう。善意からやったことが、失敗して迷惑をかけてしまったという経験。
そこまで大した事ではなくても、それは子供にとってすごくヤバいことをやってしまった気になるものだ。そしてどうにもならなくなって逃げ出してしまう。解決もできないから戻れないし。戻らないとお腹も減るし。
「私はねえ……、母親の大事にしていた壺を磨こうとして割っちゃったり、父親が買ってきた高そうな絨毯を綺麗にしようとして風魔法でボロボロにしちゃったり……」
「高いって、どれぐらい?」
「小さい家が買えるぐらいだったかなあ」
「えええ! ラグナお兄さん、それやりすぎ!」
サンディはお腹を抱えて笑い出した。
とりあえず泣き止んでくれたみたいだ。よかったよかった。
「それで、怒られたり……した?」
「うーん。どうだったかな。そんなに怒られなかったよ。こんなだったら、逃げたり隠れなくてもよかったなって」
実際は烈火の如く怒られたのだが、まあそれを正直に言ってもサンディは怯えてしまうだろう。
「ふふふっ」
背後から小さな笑い声が聞こえた。
振り返るとそこには、口を押えながら肩を小さく震わせているアリスが立っていた。
「ごめんなさい。いい雰囲気だったのに。でもラグナさんの話が面白くて」
いつからいたんだろう。
クスクスと笑いながら、アリスはこちらにやってきた。
「サンディちゃん。一緒に戻りましょう」
導くようなアリスの声に誘われて、サンディはそっと顔を上げた。そこに向かって、白く綺麗な指が差し出される。
「でも……。お姉ちゃん、怒ってない?」
「全然。ウェンディは怒るどころか、すごく心配してるよ。だから、一緒に帰ろう」
「……うん」
小さな指が、アリスの手をぎゅっと掴んだ。
沈みかけた夕日が、二人の影を地面に映す。
私はその光景に見入ってしまった。なんだろう。やけに幻想的に見える。
迷える子供に、手を差し伸べて導く聖女。
その光景は、まるで一枚の絵画のようだった。
手に小さな柔らかい感触。私とアリスは、サンディを挟んで手をつないで歩いていた。
あたりはもう薄暗い。街の通りに、柔らかい街灯の明かりがぽつぽつと落ちている。
「サンディー!」
通りの向こうから、ウェンディが必至な様子で走ってくるのが見えた。
私の手を握るサンディの指に、少しだけ力が入る。
「ウェンディ。サンディちゃん、見つかったよ」
目の前に立ったウェンディの肩が、呼吸に合わせて大きく上下している。
「サンディ!」
ウェンディの大きな声に、サンディの顔がくしゃりと歪む。
私も少しだけびっくりしてしまった。
「心配、したんだから」
今にも泣きだしそうなサンディの体を、ウェンディが優しく包み込んだ。
「ごめんなさいいいいい!」
安心したのか、サンディは大きな声で泣き始めた。
「わたし……、お姉ちゃんの……役にたちたくて」
「うん。わかってるから」
抱き合う二人。ウェンディも少しだけ泣いている。
「よかったですね」
二人の様子を見て、アリスはそう言って笑った。
聖女らしい整った笑顔ではない。それは普通の少女のような、あどけない笑顔だった。
「ごめんね。二人に迷惑かけて。ほら、サンディも」
「ごめんなさい……」
全然迷惑だなんて思ってない。むしろ、いいイベントを見れて感謝だ。
美しき姉妹愛。なんて尊い。私も少し泣いてしまった。
とにかく、これにて一件落着。よかったよかった。
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