王子の炎、私が体で受け止めます。

 翌日、学園はお祭り状態だった。

 王子が決闘をするということで、噂は学園内に一斉に広まった。


 あれ、マジだったんだ。こんなイベント、無かったんだけど……。

 なんだかゲームとはまったく違うストーリーになってきてしまった。こういうのって、こんな序盤から起きるもの?


「おい、お前らどっちに賭ける? 俺はもちろん王子」


 どうやら賭けの対象にまでなっているようだ。


「なにか大変なことになってますね。ラグナさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです……」


 もうどうしたらいいか分からない。登校拒否したい。

 勝負なんてしたことないんだよお。こちとら中身は乙女なんだよお。


「ですよね。私、やめさせるように教師の人たちに言ってきます」


 いやいや、それはダメだ。教師にまで知られたらいけない。


「ちょっと待って。もしかしたら、大丈夫かもしれないなあ」

「え、すごい。何か秘策があるんですね」


 そんなものは無い。


「おい、お前。逃げるなよ」


 ヴァン様! その冷たい目もかっこいい。

 こんなやばい状況なのに、こうして実際に顔を合わせられるのがちょっと嬉しい。




 戦いの場となったのは、校舎から離れた場所にある訓練場だった。

 そこには多くの学生が押し寄せてすし詰め状態だ。


 なんでこんなに人が集まってるの。

 まだ入学して間もないのに、一大イベントすぎでしょ。


「来たか。さっさと終わらせてやるから準備しろ」


 すでに勝ち誇ったようにヴァンは言った。

 ああ。その表情、汚したくない。


「君が訓練用の的を初級魔法で壊したという生徒か」

「アシェル! そんなの、なにかの間違いに決まっている。それを今、証明してやる」


 隣には、王子の側近アシェルがいる!

 はああ。二人が並ぶとやっぱり絵になるなあ。


 そして、大半のクラスメイトもヴァンの側に付いたらしい。

 向こうにはさらに、他の攻略対象キャラの顔も見える。


「仕方がない。審判は私がやろう。公平にはするが、ヴァン、やりすぎないように」


 そう言って、アシェルは前へと進み出た。


「君は……、確かラグナ君といったか。準備はいいか?」


 おおお、アシェル様が私の名前を憶えてくれている! なんて喜ばしいことだ。

 そして、今初めてまともに名前を呼ばれた気がする。


「えっと……、はい」


 まあいいや。さっさと負けてしまおう。そうすれば、当初の予定通り。

 誰からも相手にされなくなった私は、草むらからイケメンを観察する学園生活を送るのだ。


 問題は別にある。それは私が、めちゃくちゃ緊張していることだ。

 こんな大勢に囲まれて、ヴァン様はよく緊張しないな。さすが王子だ。こういうのに慣れてるのだろうか。


「それじゃあ二人とも、ここへ」


 示された場所に進む。

 目の前にはあのヴァン様がいる。近い。緊張する。触りたい。


「始め!」


 アシェルの号令とともに、ヴァンは後方へ飛び退いた。

 右手に炎が集まる。流石だ。攻略対象キャラは、だいたいスタート時から魔法が使える。


 火魔法<ファイアブレット>


 小さな火の玉が、私に向かって放たれた。それは真っすぐにこちらに飛んでくる。

 私は手のひらに魔力を纏わせ、それを払う。


「な!? そ、それぐらいはできるか。今のはそう、小手調べだ」


 相変わらず小物のようなセリフを吐いてしまうヴァン様。

 でも大丈夫。私はどんなヴァン様も好きです!


 今度は火の玉が連続で飛んできた。

 すごい。連発もできるのか。王子は王子で頑張ってるんだなあ。なんだか感動だ。


 これは食らっておいたほうがよさそうだ。

 私は胸元で腕を交差して、その魔法を受け止めた。


「どうだ!」


 得意げな顔。無邪気な少年の様で可愛い。

 威力も悪くない。修業を始めた頃の私よりも、ずっと強いのは確実だ。体の表面に魔力を張ってるからダメージはないけど。


「やれやれー!」

「王子、止め刺しちゃってください!」


 外野が騒いでいる。なんか漫画みたいな野次だなあ。


「終わらせてやる!」


 火魔法<ファイアバースト>


 ヴァンの両手から、真っ赤な火炎が放たれた。

 これは! 初期から使える全体魔法。始めは全体魔法を使えるキャラが限られるから、雑魚敵を一掃するのにお世話になるやつだ。


「おい、ヴァン! やりすぎだ!」


 戦いを見守っていたアシェルが、焦ったように叫んだ。


「大丈夫だ。後で回復魔法をかけさせる」


 炎は私を包み込み、しばらくして消えた。


「なん……だと?」


 アシェルは傷一つ無い私を見て驚いている。他の人たちも、魔法を放った本人も同様だ。

 そうだ。これ、今の彼の最強魔法だ。


「うわあああ!」


 私は、思いっきり後ろに飛んだ。そして、壁に激突した。壁は壊れた。

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