今、入学の時。

 いよいよ今日は、学園に入学する日だ。すなわち、ゲームの本編が開始される日。

 はああ、なのにテンションがまったく上がらない。


 待ちに待った日なのに、先日のやらかしが後を引いている。

 結局あの日は、一日中アリスと一緒に街を回ってしまった。あまりアリスとは関わらないように決めたはずだったのに。


 憂鬱だ……。

 憧れの世界で、その学園への入学という一大イベントなのに。


 そんなことを考えているうちに、その学園が見えてきた。

 わあ。ゲームで見た建物そのままだ。白を基調とした建物は、教会のような神聖さがある。


 ん? なにやら門の周りが騒がしい。人だかりができている。

 あれは一体……。


 なにやら、中心の誰かを皆で囲んでいるようだ。

 私は目を凝らして、人だかりの中を遠くから覗いてみた。


 ……。

 あれは……。

 あれはあああ!


 この王国の王子、ヴァン・ヴェルオール!

 なんてことだ。ゲームで私の一番推していたキャラがそこにいた。


 金髪碧眼。まさに王子。

 アリスとは違って、濃い髪色はまさにゴールド。それでいて派手さはなく、むしろ爽やかだ。

 エメラルドの様な瞳も美しい。最高。


 本物。本物だ。本物のヴァン様がそこにいる。か、かっこよ!

 私の脳みそは沸騰しそうだった。


 ヴァンは、何人もの攻略対象の中で一番のメインキャラだった。

 そのため、設定や容姿は王道の王子様キャラ。攻略も一番簡単で、初心者が初めてクリアする時は大体このキャラだ。

 王道すぎて、人気はそこそこといったところだったが、私は一番好きだった。


 そんな人を、こうして実際に見られるなんて……。

 転生、万歳。


 これは、もっと近くで見なければ。

 私は、じりじりと人だかりに向かって行った。


 ん? どうやら傍にもう一人いるようだ。

 あれは!


 ヴァン王子の側近にして親友、アシェル!

 ヴァンよりも背が高く、落ち着いた雰囲気。側近という立場ではあるが、ヴァンは彼を兄の様に信頼していたはずだ。


 よくある設定。だが、それがいい!

 うわあああ。内なる私、太鼓を叩くのを止めなさい。頭の中で、十六ビートが鳴りやまない。


 ここはいったん離れよう。このままではもたない。

 もっと眺めていたかったが、私は渋々とその場を後にした。


 門をくぐると、受付のようなものが置かれていた。

 ここで入学許可証を見せればいいはず。


 そして、それが終わって学園の中に入った時、いよいよ物語が始まるのだ。

 アリスの物語だけど……。


「ラグナさん!」


 受付で並んでいると、後ろから声をかけられた。

 聞き覚えのある声。はいはい、あの子ですね。


 振り返るとそこには、やっぱりゲームの主人公アリスがいた。

 なんで私と出会っちゃうかな。まだギリギリ本編始まってないんだけど。


 アリスは私を見ながら嬉しそうにニコニコしている。

 そして、そんな彼女を周りの者たちが見ている。


 そりゃそうだ。だって可愛いもん。ありえないくらい美少女だもん。


「よかった。知ってる人がいて。心細かったですが、ラグナさんがいて安心しました!」


 それはよかった。だが、私は安心できない。

 予想通り、周りから注目されてしまっている。門をくぐってきたヴァン王子たちもこちらを見ている。


「今日、一緒にいていいですか?」


 なんてことを言い出すんだ。これ、もう攻略しにきてる?

 子犬のようにすがる目。そんな目でそんなこと言われたら、断れる男いる?


 いやいや、思い出せ。

 本来、このラグナはツンデレキャラの設定だ。誰とも群れない孤高の存在。

 親交を深めていくと、主人公にだけ優しくなってくる。

 攻略難易度も高く、最初のほうはかなりツンツンしてたっけ。


 そうだ。あんな感じで対応すれば……。


 だめだ。どうやってツンツンすればいいのかわからない。

 私はそんなキャラじゃないんだよおおお。それに、こんな可愛い子に冷たくなんてできるわけない。


「はい。大丈夫です」


 私は敗北した。


「お待たせしました。ラグナさん」


 受付を済ませた私たちは、先に進んで中庭へと足を踏み入れた。


 わあ、広い。ここが、あのゲームの舞台。

 私の目に飛び込んできた景色は、とても美しいものだった。


 綺麗にガーデニングされた中庭。それはまるでどこかの宮廷庭園みたいだ。

 所々に花も植えられて、景色に色を添えている。


 中央には大きな噴水が見えた。あそこで様々なイベントが発生したのを覚えている。

 それにしても、やはり画面で見るのと実際に見るのとは大違いだ。


「すごい。こんなに綺麗だったんだ」

「ほんと。すごい所です。なんだか気後れしちゃいます」


 頬を撫でる風が、この現実を実感させてくれる。

 感動だ。私は今、憧れの場所に実際に立っている!


 私たちは、しばらくその光景をぼーっと眺めていた。

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