学園編

私、出会っちゃいました。

 ついにこの時がやってきた。

 ラグナに転生して十六年。ゲームの本編が始まる年だ。


「はあああ。これが王都!」


 私はその壮大な景色に目を見開いた。

 都市を囲んだ高い城壁。立ち並ぶ綺麗な街並み。その中心には、神聖さが感じられるお城がある。


 私はゲームの舞台である学園に入学するため、この王都に来ていた。

 やっぱり、画面の絵と実際の景色を見るのとは大違いだ。


 学園の生徒は、寮に入って生活する。

 荷物を部屋に置いたら、急いで観光に出かけよう。


 はああ、すっご。想像以上に広い街だ。

 きっと一日だけでは探索しきれないだろう。ゲームではパパっと行きたい所にワープできたのに。


 それにしても、なんて美しい街だろう。

 統一感のある建物たち。それらが切れに並べられている。

 私は外国に行ったことがなかったらから、こんな光景は初めて見る。


 カタリナも連れてきたかったな。

 私は一人、美しく並べられた街を歩き回った。


「きゃあ」


 いけない。誰かにぶつかってしまった。


「すみません! よそ見してしまってました。立てますか?」

「は、はい。こちらこそすみません」


 差し出した手のひらに、柔らかい指先が触れた。

 ゆったり顔を上げた少女と目が交差する。


 かわい! なにこの美少女。

 ていうか、主人公じゃん!


 まずい……。私やっちゃいました?


 光の輝きの様な眩しい髪。大きく澄んだ青い瞳。

 そして何より、この神々しい雰囲気の少女。この子は……。


 ゲームの主人公。聖女であるアリス・アイリス。


 彼女は私の顔を見て微笑んだ。


 やばああ! なんでこんな所にこの子がいるの!?

 こんな所で、主人公に会うなんて聞いてないよ! 会うのは学園が始まってからのはずなのに!


 私の頭の中は、もう大混乱だった。


「あの、どうかされましたか?」


 目の前の少女は、屈託のない瞳でこちらを見ている。


「い、いえ、なんでもないです。とにかく、ぶつかってしまってすみませんでした。怪我は?」


 私は慌てて平静を装った。


「大丈夫です。ご親切にありがとうございます」


 そう言いながら、少女は肩にかかった三つ編みの髪をかき上げた。


 つやっつや! そしてさらっさら!

 これ人間か? 作り物じゃないの?


 ありえない。こんな綺麗な人見たことない。前世のアイドルにだっていないぞ。

 なんで私の転生先が、この子じゃないんだよおおお。

 私の中で、怒りの太鼓がドコドコ鳴った。


 それにしてもまずい。早くここを離れなければ……。


 私は学園に来る前に、心に決めていたことがあった。

 それは、ゲームの主人公と関わらないこと。


 なぜかと言うと、私の中身は女だからだ。

 この世界の元となったゲームは恋愛がメインだ。


 主人公のアリスが、色んな男性キャラと親睦を深めていく。もちろん、私であるラグナもその対象。

 そして、その中の誰かと恋人になるという内容なのだが、私が女の子と恋愛なんて出来るはずがない。

 だからなるべく関わらないようにして、恋愛対象にならないようにしようと考えたのだ。


 それが、こんな形で出会ってしまうなんて。


「怪我もないようですので、私はこれで……」


 なんとか無難に去ろう。この子の記憶に残らないように。


「あ、あの!」

「はいいいい」


 そうはさせてもらえなかった。

 呼び止める声に、情けない返事をしてしまう。


「もしかして、学園に入学する方でしょうか?」

「は、はい。そうですが」


 ここで嘘を言ってもしょうがない。


「やっぱり! 私もなんです。入学する前に街を回りたくなって」

「ああ、私もそんな所です」

「そうなんですね。でしたら一緒に回りませんか?」


 しまった。まさかこんな展開になるなんて。なんとか断らなければ。


「私、こんな大きな街に来るの初めてなんです。一人だと心細くて……」


 あああ、断りづらい。

 そんな綺麗な瞳で見つめないでほしい。聖女のおねだり、やばい。


 結局、一緒に街を回ることになってしまった。


「わああ、綺麗ですねええ。あ、あそこはなんのお店でしょう?」


 アリスは、楽しそうに街中をピョンピョン跳ね回っている。

 彼女は清楚な見た目とは違って、意外と無邪気なようだ。ゲームでは自分が操作することになるので、こんな性格の子だとは知らなかった。


 だがそれでも、どこか綺麗というか優雅というか、そんな雰囲気が感じられる。

 前世の私がこんな風にしていたら、完全に痛い人だったはずだ。


「そういえば、まだ名前聞いてませんでしたね。私はアリス。アリス・アイリスです」


 知ってる。


「私は……、ラグナ。ラグナ・クロークです」

「ラグナさん! 改めまして、よろしくお願いします」


 アリスはそう言って、聖女と呼ばれるに相応しい笑顔を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る