力試しに魔物の森へ。
家からしばらく歩いたところに、薄暗く深い森がある。そこには魔物がいるはずだ。
いくつかの魔法を覚えた私は、それを実戦で試すことにしたのだ。
父はそれを止めなかった。ようやく跡継ぎの自覚がでてきたようだと父は言った。
母は心配していたが、そんな母の様子を父は心配のしすぎだと笑った。
私には自信があった。
何年も修業したおかげで、今の私はゲーム開始時のキャラよりもずっと強い。
森に棲む魔物は低レベルの奴らばかりで、元々ゲーム開始時に行くような場所だ。負けるはずがない。
「ラグナ様、私もご一緒します」
「いえ、大丈夫です。今日は一人で行きます。森にいる魔物も、そんなに強くないはずですし」
私はカタリナの申し出を断った。
どうせなら自分の強さを全力で出してみたかった。
今の私の強さを他の人が見たら、きっと驚いてしまうだろう。前世にあったこういう転生物は大体そうだった。
だから私は、一人で森に向かうことにしたのだ。
遠出用の準備を整えて、裏庭から外に出た。
風魔法を使って走ればすぐに着くだろう。
風魔法<ファストエアリー>
信じられない速度で景色が流れていく。
体が羽のように軽い。前世の私は運動音痴だったので、こんな感覚は新鮮だ。
気持ちが抑えられなくなった私は、そのまま飛んだり跳ねたり、おかしいくらい浮かれていた。
目の前には、洞窟のような暗い森。
移動速度の上がる魔法のおかげで、本当にすぐ森に着いてしまった。
うーん……。怖い。
ゲームでは画面に森の背景が出るだけだったのだが、実際はこんなに深かったのか。
強さは問題ないはずなのに、いざこの中に入るとなると怖気づいてしまう。
私は、足元にある長く伸びた草を眺めた。
序盤のレベル上げで来る選択肢の一つぐらいで、特に良い報酬も無い場所だ。きっとこんな場所、誰も来ないんだろう。
固い草を踏み分けながら、私はゆっくりと森の中へ足を踏み入れた。
太く絡み合った木の枝を見上げると、隙間なく葉が生い茂り、足元には光がほとんど届かない。
お陰で森の中は、陰鬱な雰囲気に満ちている。
遠くから、葉が動く小さな音が聞こえた。
時間が停止したように、体が一瞬にして強張る。心臓が勝手に走りだした。ドクドクと耳元がうるさい。
音を立てないように、ゆっくりと音のする方を向く。
静かにゆっくりと、息を止めてゆっくりと。
姿を現したそれは、小さく丸い形をした生物だった。
見慣れた形。どんなゲームにも登場するあいつだ。
「なんだ、スライムかあああ」
私は、盛大に息を吐きだした。
ああ、もうホント、ただのスライムかよ! 緊張して損した。私の心臓を返せ。
意味の分からない私の頭の中をよそに、目の前のスライムはプルプルしている。
スライム一匹に私は……。なんだか急に恥ずかしくなってきた。
このプルプルめ。どうしてくれようか。
スライムぐらいなら、その辺にいた奴を何度も倒してきた。
こいつもサクッとやっつけてやる。別に、カワイイから気が進まないとか思ってないんだからね。
風魔法<ウインドシェル>
手のひらに風を集めて塊をつくる。初級の魔法だが、こいつにはこれで十分だろう。
私はその塊を、スライムに向かって投げつけた。
それはスライムに触れた瞬間、水風船のようり張り裂けた。巻き込まれたプルプルの体が、勢いよく弾け飛ぶ。
初級魔法なのに、この威力。うん。いい感じだ。
緊張が解けた私は、それから魔物を狩りまくった。
スライム、ウルフ、ホーネット、バット。
やっぱりこの森は、低級の魔物が選り取り見取りだ。
ただひたすらに、倒して、倒して、倒して、倒して、私はどんどん森の奥に入っていった。
なんだろう? 急に周囲の様子が変わった。
張り詰めたような空気。景色は変わらないのに、いきなり別の場所に飛ばされてしまったような感覚だ。
目の前が、突然真っ暗になる。
私の視界を、黒い何かが覆い隠した。その正体は……。
それは巨大な熊だった。
こいつは、ブラックベアだ。色んな場所に低確率で出現する、普通より強い敵。
こんな奴に出会ってしまうなんて。
ゲームなら、レベルが低いうちは逃げるのが鉄則だ。
でも……。足が動かない。
今の私なら倒せるはずなのに。腕も指も、どこもかしこも凍ってしまったかのようだ。
熊……、怖すぎ。
鈍く光る尖った爪が振り下ろされる。
私はそれを、瞬きをすることもなく眺めていた。
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