エルフの教えは最高です。

「では、ここでやりましょう」


 私は湖の畔に立って、腰に両手を置きながらそう言った。


「本当に魔法の修業を始めるのですか?」


 心配そうな顔で、銀髪のメイドエルフはこちらを見ている。


「はい! お願いします。父には了解をとってあります」


 私が魔法の修業を始めることを、父は二つ返事で了承した。強くなりたい。誰よりも強くなるには、早い方がいい。そう伝えたところ、そんな私の考えに父は感激したようだった。


「まさかお前がそんなことを言い出すとは。今まで、覇気の無いしょんぼりした奴だと思っていたが……。構わん。存分にやれい!」


 父はそう言って、私を送り出した。武闘派(のように見える)の父だ。息子が強くなろうとするのを止める理由は無いのだろう。

 教える魔法使いを用意すると言われたが、それはお断りした。私はエルフに教わりたいのだ。


「それでは、まずラグナ様の属性を調べます。このオーブに手をかざして、意識を集中させてください」


 カタリナはそう言って、透明な水晶のような玉を取り出した。


 あ、これ見たことある。ゲーム開始時のオープニングイベントで、主人公の属性を調べたやつだ。

 その結果、希少な光属性を持っていたことで周りから驚かれるという内容だった。


 私はわくわくしながら、透き通った玉の上に手の平を掲げた。

 まあ、自分の属性は知ってるんですけどね……。


 透明なオーブの先に、すらりと伸びたカタリナの白い指が見える。私の前世とは大違いだ。羨ましい。

 そんなことを考えていると、オーブの中に徐々に色が滲んできた。


 その色は緑。風属性の魔力が注がれた時に見える色だ。


「ラグナ様の属性は風ですね。奥様の魔力を引き継いだのでしょう」


 カタリナはそう言って、ミントのように爽やかな薄緑に染まったオーブを覗き込んだ。


「魔力量も問題なさそうですね」


 そう。この世界の人たちは、漏れなく魔力を持っているらしい。そして一人につき、一つの属性が備わっている。

 だが、魔力量によって使える魔法が異なるのだ。もちろん少なすぎると、まったく使えないなんてこともあり得る。

 そこはゲームの設定的にも、私に問題はないはずだった。


「それでは、魔法の修業を始めましょう。ですが私の属性は氷なので、魔力の使い方を教えるぐらいしか出来ませんが」

「はい、大丈夫です! 風魔法は、魔法書を読んで勉強します! よろしくお願いします!」


 私は気合を入れて、カタリナに向かって大きくお辞儀した。


「ラグナ様は変わっていますね」


 カタリナはそう言って、少しだけ口元を緩めた。


「では、まず手のひらに魔力を集めることから始めましょう。オーブに魔力を映した感覚と似ていますが、より集中する必要があります。体の中の魔力の循環を意識して……。血が、体中を流れるように」


 そう言いながら、カタリナは両の手のひらを差し出した。

 その上に、ゆっくりと冷たい空気が集まっていく。


 すごい。これが魔法。私の中で、心がわくわくと踊り始めた。

 すぐさまそれに倣って、手のひらに意識を集中させる。


 集中……。


 集中…………。


 ……………………。


 こうして……、私の魔法の修業が始まった。



* * * * *



 修業を始めて早三年。

 月日が経つのはあっという間だ。


 そういえば、生きた時間が長くなるほど、時の進みが早く感じると聞いたことがある。

 もしそうならば、前世がある私は余計にそう感じるのかもしれない。


 修業の経過は順調だった。

 魔力の操作にはじめは苦戦したが、それを乗り越えたらすぐに魔法を使えるようになった。


 魔法はイメージが大事だ。

 魔力を操作して、思い描いた魔法を発動させる。


 私は、どんどん魔法書を読んで、次々に色んな魔法を習得した。

 カタリナは、そのスピードに驚いていた。

 魔法をイメージし易かったのは、ゲームをプレイしていたので、どんな魔法がどんな効果か知っていたかが大きいかもしれない。


 私は自信に満ち溢れていた。

 憧れの魔法を使えることが嬉しかった。画面の中ではなく、自分の手から魔法が生み出されていくのを見るのが楽しかった。


 こんなに気持ちが充実したのは初めてだった。

 生まれ変わってよかったと思った。


 それなのに……、どうしてこうなった。


 真っ赤な雫が、ぽたぽたと地面に滴っている。


 血……。そう、血だ。

 瞬きをするのも忘れ、私はそれに見入っていた。


 目の前にはカタリナが立っている。

 押さえられた左腕から、それは脈々と流れ落ちていた。


 現実感がない。こんなにたくさんの血、見たことない。

 これまでの人生で一番血を見たのは、前世で子供のころに見た同級生の鼻血ぐらいだ。

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