最強を目指そう。それが王道だ。

 私が生まれてから八年が経った。


 屋敷の広い庭から裏口を出て、小さな森を抜けると湖がある。

 私はよく一人でここに来ていた。


 柔らかい風が頬を優しく撫でていく。

 ゆらゆらと揺れる水面が、小さな光を反射して少し眩しい。


 水辺に立って底の方を覗いてみると、透明な鏡の中に黒髪の少年が映った。

 そう……。これが今の私だ。

 整った顔立ち。少し吊り目の大きな瞳。なかなかのイケメンである。これなら将来も期待できる。


 というか、私はとんでもないことに気がついてしまっていた。私は、この顔を知っているのだ。


 この顔の持ち主はラグナ。

 なんと、私が前世でプレイしていたゲームのキャラなのだ。


 ゲームの名前は『世界の始まりを虹に誓う』。通称セカニ。

 所謂、乙女ゲーと呼ばれるもので、聖女である主人公が色んなイケメンキャラと恋愛するゲームだ。


 ラグナもその中の一人。なんと私は、ゲームの世界に転生してしまったのだった。


 私はこのゲームが好きだった。元々ゲームをやるほうではなかったのだが、このゲームだけは別だ。

 多彩なキャラ、人間関係、ストーリー、どれもとても素晴らしかった。

 登場するキャラのストーリーは全部やった。何度もやった。寝ないでやった。ガチャも回した。グッズも買った。ご飯は食べれなくなった。


 もしかして……、それが死因か?

 そもそも、前世の私は死んだのか? 全然覚えていない。寝た瞬間がわからない。そんな感覚だ。


 とはいえここは大好きな世界。そんな世界に転生できてとても幸せだ。本当に奇跡だと思った。


 でも……。でもでも!

 なんで男?


 こういうのって普通、主人公の聖女に転生するんじゃないの?

 それでイケメンと恋愛できるんじゃないの? イケメンが私を巡って争うんじゃないの?

 なんで? どうして? こんな姿じゃイケメン達と恋愛できない! 生殺しだあああ!


 奇跡の中に起きた事故。

 まるで宝くじで一等が当たったと思ったら、組違いだった時のような気分だ。当たったことないけど。

 はああ。私はこれから、一体どうすればいいのか……。


 ……。


 …………。


 よし。決めた!


 私はラグナとして生きる!

 今さら嘆いてもしょうがない。どうせならこの世界での人生を、めいっぱい楽しんでやる!

 何よりこんな美少年に生まれ変わったのだ。きっと楽しいに違いない!


 こうして私の第二の人生が動き始めた。


 差し当たって、まずはどうするか……。


 よし! この世界で最強を目指そう。

 ゲームの知識を使って最強。よく聞く話だ。


 私は早速、翌日から動き始めた。


「カタリナさん。ちょっとお願いがあるんですけど」


 私はそう言って、メイドの一人を呼び出した。


「ラグナ様。なんのご用でしょう?」


 彼女は白銀の髪を持った綺麗な女性だ。やや吊り上がった大きな瞳が、まっすぐにこちらを見ている。

 シンプルに白と黒で整えられたメイド服に身を包み、凛と立つその佇まいは見とれるほどに美しい。


 だが……。


「あの、その前に……、ボタン掛け違えてます……」


 どこか抜けている。


 さっきまで冷静な様子だった彼女は、途端にあわあわと慌てながら掛け違えたボタンを直し始めた。

 そんな仕草がまた可愛らしい。気を張っている時とのギャップに萌える!

 私は心の中で和太鼓を叩いた。


 さて、こんなことのために彼女を呼んだわけではない。最初の目的に戻ろう。

 彼女を呼んだ理由は、魔法を教えてもらうためだった。


 この家にいる人の中で、一番魔法の扱いがうまいらしい。

 そして何より、彼女はなんとエルフなのだ。そりゃあ魔法すごいわ。納得だ。

 まさしくファンタジー。年齢はミステリー。


「カタリナさん。私に魔法を教えてください」


 それを聞いた彼女は、目を丸くしてこちらを見ている。


「魔法を? 今必要なのでしょうか? おそらくラグナ様が十三歳になれば、旦那様が専門の方をお呼びになるかと……」


 そうなのだ。だいたいこの世界の人たちは、十三歳を目安に魔法の勉強を始めるらしい。

 そりゃあゲームのバランスを考えるとそうなのかもしれない。このゲームの本編の始まりは十六歳。あんまり早い時期から魔法を覚えてしまうと、ゲーム開始時に超強いなんてことになってしまう。


 でも、それはゲームの話だ。今、私はこの世界に生きている。

 ゲームバランスのことなんて考えてられない。正規の方法で進めても決して強くなれない。


 専門の人が教えてくれると言っても、どうせ仲間になった時に覚えていた初級魔法しか教えてくれないだろう。

 だったら、それ以外の方法で強くなるしかない。それに、ファンタジー物の定番、エルフから魔法を教わりたい。


「今! 今がいいのです」


 私はそう言って身を乗り出した。


「それは……、旦那様にお許しをいただかないと」

「わかった! 聞いてくる!」


 その場に彼女を残し、私は父親の元に向かって駆け出した。

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