乙女は誰も愛せない ~この転生、失敗でしょ。聖女や王子たちに囲まれて、男になった私はいったい誰と恋愛すればいいの!?~

ちくわ大統領

幼少編

ちょっと待って、あそこになんか付いてるんですけど!?

「あの……、私、あなたのことが……!」


 目の前の美少女が、ほんのり頬を染めながら言った。

 言葉を発したその唇は、桜の花びらのように小さく可愛らしい。


 柔らかい風が、胸元に垂れ下がった金の髪の三つ編みをゆらゆらと揺らしている。

 その髪色は、黄金というよりクリームのような優しい色で、触っただけで溶けてしまいそうな繊細さが感じられた。


 少女の表情は真剣そのもので、緊張しているのか耳の端が薄っすらと赤い。

 色白の小顔には、宝石のような大きな瞳が輝いて、アクアマリンのように澄んだその瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 全身から満ち溢れる美しさは、まさに聖女と呼ばれるに相応しい。


 この可愛さ、……反則でしょ。

 こんな女の子に迫られたら落ちない男はいないはずだ。


 でも耐えられる。

 そう……、私ならね!



* * * * *



 目が覚めるとそこは異世界だった。

 唐突な展開。突然の転生。

 あれ? 私死んだんだっけ?


「あうー、あうー」


 頭では色々考えられるのに、こんな情けない声しか出せない。


「おぎゃあ、おぎゃあ」


 言いたいことはいっぱいあるのに、泣き喚くことしか出来ない。


 これが……、人体の不思議か!


 髪の長い女性の腕が、包み込むように私を抱く。初めてのような懐かしいような、不思議な香り。

 この人が母親なのだろうか。


 柔らかい黒髪が頬をくすぐる。それがなんとも心地良い。いつまでも抱かれていたい。


 いやいや、私は大人だ。大人だったはずだ。私を抱く女性は、前世の私と同じぐらいの歳ではないか? もしかしたら、年下かもしれない。

 そんな女性に抱かれて、うっとりしている場合ではない。

 私は、大人なのだから!


 でも体は、見まごうことなく子供だ。幼児だ。だったらいいのではないか。

 母親に抱かれる子供。それは当然のことなのだから。


 うん……。いい……。この優しさは、社会に疲れた私の精神こころを癒してくれる。

 この優しさを受け入れよう。だって私は、子供なのだから!


「どれ、私にも抱かせなさい」


 私の体が、なにか固いものに持ち上げられる。

 見上げるとそこには、顎髭を綺麗に揃えた男性の顔があった。


 怖い……。鋭い目がこちらを睨む。前世での職場にいた、嫌な上司を思い出す。品定めするようなその目線は、なにもしてないのに責められているような気分になってくる。

 もしかして、私の正体を見破られてのだろうか。


「おぎゃあ!! おぎゃあ!!」


 体が過剰に反応して、大声で泣き出してしまった。これは自分でも抑えられない。

 子供の身体とは、なんて扱いが難しいのだろう。


「あらあら。だめですよ、そんなに乱暴に抱き上げたら。ほら、かしてください」


 そう言って、母は慌てて私を取り返した。


「あうー」


 助かった。やはりこの胸の柔らかさは天国だ。もう離さないぞ。

 私はそう決意して、母親の襟元を握りしめた。


「こ、この程度で泣き出すなど情けない。そんなことでは、将来家を継ぐことなど――」

「もう……、この子はまだ産まれたばかりなんですよ。そんなことわかるわけないじゃないですか」


 そうだそうだ。こんな子供になにを言っているんだ。子供は泣くのが仕事だぞ。


 しかし落ち着いてみると、ここは中々立派な家のようだ。

 おそらく父親と思われる目の前の男性は、貴族風の高そうな服を着ている。そして私を抱いた母親が座るのは、キングサイズほどの大きなベッドだ。それが置かれたこの部屋だけでも、かなりの広さがある。


 扉付近には、三人の女性が立っているのが見えた。その服装からしてメイドだろう。

 そんなに人を雇えるのなら、きっとお金持ちの家に違いない。ついに当たりを引いてしまった。

 私は頭の中でガッツポーズをとった。


「もう一度、抱かせなさい」


 太い腕が、再び私を持ち上げる。

 ああ、子供の体はなんて力が無いのだろう。しがみついた指は簡単に剥がされてしまった。


 これが父親かあ。なんだか武闘派といった感じだ。

 私は父の顔をじろじろと眺めた。


「いずれお前には、立派な跡継ぎになってもらわなければならん」


 父はそう言って、私を抱いたまま大きな鏡の前に進んでいった。


 改めて生まれ変わった自分の姿を見る。

 本当に赤子だ。今の状態だと、どっちに似ているかはわからない。出来れば母親に似たいが……。


 ん? あれ? なんかついてる?

 私は見つけてしまった。身体を包む布の裾から、ちらりとはみ出しているアレの存在を。

 こ、これは……。もしかして、あれか? 男にのみついてるとされるあの伝説の…………。


「おぎゃあ!!! おぎゃあ!!!」


 私はあまりの衝撃に、また大声で泣き出してしまった。

 完全にパニックだった。信じられなかった。こんな異世界転生あるのか?


 そういえば聞いたことはあった。

 トランスセクシャル。そうだ……、TSだ!

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