説明なんて②

「荒崎さん!」

 またうるさいのが来た。


「荒崎さん!飲みましょうよぉ!今日はぁ…飲みましょうよぉ…」

「いやいや、おっさんですかあなたは…」

 しばらく姿を見せないと思っていたら、疲れ切った顔で帰ってきた。


「一体何してたのよ」

 興味ないけど。

「人生の踊り場を迎えておりました…」

「こいつちゃんと伏線回収するタイプなのかよ…」

「もう全部あり得ないです。あー無理もぅマヂ無理。。リスカ。。。は怖いから手にボールペンさしちゃお。。。」

「眠い授業中かよ」

 実際リスカする勇気なんて無いけど、言いたくなる気持ちだけはわかる。


「…………………………ハァ……………………アッ……アアッ……ハァハァ……ハァ………」

 吐息からお察しの通り、高畑が命令通り残りの缶ジュースを持ってきてくれた。

「おい!この童貞!」

「ハッ、ハイ…!」

 いきなり高畑君に対する呼び方がハードモードになる。


「箱をよこせ…!」

 アロハは段ボールにがっつき、そのままペットボトルに手を伸ばす。

「あ~~なんでなんだろう…こんなくだらない文化祭に…わざわざ時間をかけて…私にはわからないよ…」

「ちょっとあんた…やめなさい…」

「おい…お前っ…やめろよ…」

 アロハの動きを止めようとすると、同じように舞台上もヒートアップしていた。


「なんだよこの『シーン15』は…!『俺たちは会社の先輩後輩。部署が違うからこそ、気軽に話し合うことが出来る関係性。いつもは業務上の話しかしてこなかったけど、ひょんなことから飲みに行ったところ、関係性は発展して…』って、設定がベタ過ぎないか!?」

「まぁ…もうシーン15だし…脚本家も疲れちゃったんだよ…」

 ベタなメタ発言を入れてきている。もうそろそろ舞台も終了しそうだ。


「いや…でも、台本には次のページもあって…!」

「何だ…?えー『実はお互いに、陶芸教室に最近行った話で盛り上がった。というのも、お互いに交際関係がマンネリ化しており、色々なことをやりつくしてしまった結果、陶芸くらいしかやることがなくなってしまった…』って、何だこれ…?」

「そう!陶芸の話!まぁ実際そういうことってあるらしいよ」

「そうそう!いやー良いこと言うなぁ…ホントに…そうそう…」

 途中で酔った(風の)アロハが口をはさむ。気付いたらペットボトルのふただけ開けまくっていた。


「いや…何してんのさ…ていうかわかってないでしょこのBLの舞台」

「そんな!共感の嵐っすよ荒崎さん…!吹き飛ばされそうです、、」

「超ダル絡みじゃん」

「でも、実際私ラブホテルの娘じゃないですか」

「まぁ実際そうとしか言いようがないけどな…」

「親から聞いた話なんですけど、一定数常連さんっていうのはいらっしゃるんですね。まぁポイントカードとかも好評なんですけど」

 アロハは地べたを座りながらコーラを飲みまくる。常温だから、爽快感は無い。人生。


「基本は健全な方々が多いんですけど、まぁまぁ一定数いるじゃないですか、、フーリンさんが」

 カラーピーマンの一種を想起させる。


「なんか聞いていると、やっぱり不倫って良くないんだな~って思うんですけどね。でも、簡単に割り切れないというか」

「そうなの?不倫は良くないって言うのは、別にそれはそれで良いんじゃないの」

「ま理屈としてはそうなんですけどね。ですし、不倫も色々あると思うんですけど。その『行為』ただそれ1点に向かっていくだけの関係性っていうのは、正直無機質なんだと思います」

 高畑が直立不動で、チラチラ目線だけこちらに向けてくる。いや、別に普通に聴いていい話だろ。


「でもそれって、普通に交際している人同士でも変わらないんじゃないかって」

「それは、『行為』の話?」

 ていうか、これ勝手にペットボトルを開けたら怒られるんじゃないか…?基本は売り物なのに…。


「そうです。なんだか、こんな家庭環境にいるからこそなんですけど、人の欲って怖いなって…」

 という私の心配をよそに、アロハはペットボトルだけを開け続ける。人の欲って怖いな…。


「陶芸なんて、誰が興味持つんです?」

「いや…それはそれで沢山いるでしょうに…」

「違います、いません。いたとして、若者がそこまで興味を持つとは思えません。

 それも人によるとしか言いようが無いけど。傾向としてはそうだろう。


「陶芸に対する熱なんて無いじゃないですか。仕方ないからやっているだけじゃないですか。そういうのって私あまり好きじゃないんです。だったら最初からラブホテルに直行して欲しい。別に私が陶芸好きって訳じゃ全くないですけど」

 言葉はとめられないのであった。


「だからラブホ経営って、やっぱり人に忠実な仕事なのかなって。だから両親を私は尊敬しているんです。どうしても」

「まぁ確かに人の究極的なところにある仕事だからねぇ…」

「デートとかも要らないです。皆すっぽん料理屋でデートしてホテルに行けばいいんだ!」

「欲に忠実過ぎじゃん…」

「人間なんて噓つきばっかりです…嘘つき…」

 気付いたら、ほぼすべてのペットボトルが開封されていた。


 欲望に忠実であり。

 誠意のある欲望の前では。人というものは。


 『いや、そんなことないよ』と言えれば良いのだけど、今の私には、そう言えるだけの理論的支柱が、無い。もちろん経験も、足りない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る