説明なんて①

「…………………………ハァ……………………アッ……アアッ……ハァハァ……ハァ………」

 高畑が缶ジュースを持ってきてくれた。決してやましい行為中ではない。


 C組の劇が予想以上に盛況してしまったせいで、どの店も売れ行きはさらに順調とのこと。

 私たちにとっては最も効率的で、最適解。各所のニーズをヒアリングするよりも、適当にこちらから押し付ける。そう均等配分だ。


「出店されている生徒のみなさーん!」

 委員長は、自らの正解にまっすぐに向かうことを、本当に躊躇しない。


「私たちは2年A組です。先生に依頼されたので、今から屋内屋台を出店している皆さんに缶ジュースを配りまーす!どこも不足していると思うので、皆さん来てくださいー!」

「えっ………………そっそんな…相川さん…………結構大胆なんだね………」

 委員長の思い切りの良さに、高畑君が驚いている。まぁこいつはこういったことは出来ないだろうな…。決してやましい行為中ではない。


 割と一般のお客さんの注目も集めてしまったのだが、屋台を出店している生徒がゾロゾロ集まってくる。

「何のジュースでも良いの?」

「ハイ、というかどれ変わらないので、1つずつ持っていけば大丈夫です」

「うちの店はもっと欲しいのですが、、」

「まずは1ケースでお願いできますか…?いったん今ある分を配ってしまって、追加でまだ運ばせますので、またアナウンスします」

「あっ…また僕が運ぶ必要があるんだ…」

 人の上に立つ者として、委員長は相応しい。もっと画一的にやるのだと思ったのだが、とはいえ人間社会はそうは行かないので、各所と上手く調整をしながら進めている。高畑君はこのあとその犠牲になるのだが。

 供給元は私たちしかいないので、まさに入れ食い状態で。


「すぐ終わっちゃったわ」

「そうだね、、結構あっという間だったね、、」

「この後僕また運ばなきゃいけないの…?」

 高畑は自分のことしか考えていない。


「教室にまだ在庫はあったと思うけど、それだけじゃ多分足りないわよね」

「確かにそうだね…というか、一応私たちの企画用に残しておかなきゃだし…」

 一応ここまで3人で頑張ってきただけあるし、というか疲れたし、早く教室に戻りたい。


「実際ここの出店に必要なジュースの量を考えると、全然量としては足りないよね…」

「それもそうね、そしてそれを考えるのは私たちじゃなくて文化祭委員の仕事だから、まぁもういいかな~そこまで気を配るほど、私はお人よしじゃないわ」

 このあたりのバランス感覚も、委員長は長けていると思う。私だったら、何事も0か百で考えてしまいそうだ。


「じゃあ皆で帰ろうか…」

「と言っておきながら申し訳ないけど、あと2ケース位持ってきてもらえる?それ位在庫として捌ければ、私たちも丁度良くなると思うから」

「あっ…やっぱり僕だよね…」

 という訳で、私と委員長は2人で高畑君を待つことになった。


「荒崎さんは見てみたい出店とかある?ないよね?」

「そんな自分から質問してきてその言い方なんだね…まぁ確かに無いけど…」

「まぁそうだよね、ちなみに私もそんな無いわ~」

 委員長が周囲を見渡しながら言う。学校と言う箱庭を俯瞰するように。


「荒崎さんは友達っている?いないわよね?」

「だから何でそんな言い方…まぁいませんけど」

「まぁそうだよね、ちなみに私は何人かはいるんだけど」

「あ、そこはいるんだ…」

 しれっと差を見せつけられてしまった。


「皆、例えば部活で今日は大会に行ってたり、もしくは企画とかにも参加してない子とかばっかりだから、文化祭の周り甲斐がなくて」

 俯瞰する人の目。何事も、他人事として捉える。


「まぁもっと友達作ろうよっていう話なのかもしれないけど、それは差し引いても、どうして全然知らない人たちのことで盛り上がれるんだろうって結構私思うの」

「その心は?」

「う~ん、例えば荒崎さんってスポーツ中継って観る??」

「いや…全然観ないかな…むしろ邪魔だって思う」

 好きなラジオ番組が、野球中継で平気でつぶされたりするものだから。


「私も観ないんだけど、多分それはスポーツそのものに対する興味が無いからだと思うんだよね。サッカー好きか、とか、野球が好きか、とか」

「ま基本的にはそうだよね」

「でもさ、例えば極端な話、荒崎さんがメジャーリーガーになったとしたら、私アメリカまで見に行くとおもうんだよね!」

「え…どういう設定…?」

 わたし帰宅部のジャパニーズベーカリーなのですが。


「たとえ話だよ!要はそのジャンルが好きじゃなくても、それやってる人が好きだったら見るなって思ってさ」

「は…はぁ…」

「となると、私は今この学校で、そこまで興味のある人って少ないんだなって」

 何事も他人事に見える。祭だからといって、そんなものは理由にならない。冷めているから。


「でもそれはそうだよね、そもそも高二の学年全体だって、別に知らない人の方が多いんだから、まぁ仕方ないかなって」


 こういうのは、人として望ましくないのだろうか?


「仕方ないのかな…?」

「え?」

「でもさ、相川さんなりに嘘をついてる訳じゃないじゃん。そっちの方が、なんていうか、実は誠実っていうか…」

 学校だって、社会だって、どこをどうしたって、「人としての望ましさ」を強要してくる。それは目に見えないから、たちが悪いし、目に見えないから、「望ましい人」ほど、それを空気の様に取り扱う。


「いいと思うけどね。まぁ委員長の中では、そんな悪いもんじゃないかもしれないけど…」

 「望ましい人」は全力で祭を楽しむのかもしれないけど、私たちは違う。少なくとも、今ではないと思う。「今しかないことを」というのは、基本的に嘘だ。


「ふふ、荒崎さん、そう言ってくれるなんてありがとう。まぁ、私たちなりに今日は楽しみましょう、ちょっと私舞台もっと前で観てくるわ」


 「今日を楽しむ」か…。そういうことを、最近あまり考えていなかったな。あと私、さっき「好き」って言われたのか…?まぁそれは違うか…。

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