傘なんて②

「お姉ちゃん…?ミサキさんの妹…?」

「ミサキさんに妹っていたんだ、、」

「ていうかあんまりその辺の話聞いたことなかったよね」

 メンバーの皆の反応。胃が痛い。


「お姉ちゃん、何で部活でこんなこと…」

「こっち来い」

 胃が痛い。自分のことをオープンにしてこなかったことの付けが回って来たのだ。


 実希を体育館の外へ連れ出し、誰もいない部室棟の裏まで連れていく。雨は落ち着いてきたけど、以前としてパラパラ降っている。雨粒が大きいから、傘がないとすぐに濡れてしまう。ひさしをつたって、衣装が濡れないように慎重に行く。妹の手を引いて。


「お、お姉ちゃん、なんで外へ連れ出すの…?」

 妹は私のこと凄く慮ってくれるけど、まさかこんな行動に出るとは思わなかった。

「あんなところじゃ話が出来ないでしょ」

 私はいつもの私で話す。「ミサキ」ではなく。いつもの家の中にいる姉の私として。


「何でこんなところまで来たの?私別にこのこと一切言ってないよね、どうしてくれるの」

 当たり前のように、私の口調は厳しいものになる。これがいつもの私だから。


「だって、お姉ちゃん夏休みの間すっごく忙しそうだったから、気になって…」

 濡れないように、部室等の裏、文化祭で皆出ているから、都合よく誰もいない。


「忙しいから?何?」

「忙しそうだから、私に何か出来ること無いかなって思って、、」

「ない、そんなもの」

 私の言うことさえ聞いてくれればいい。実希はいつもその期待に応えてくれるのに…。


「でも、気になって…色々ね、学校のHPとかSNSを見てみたのね」

 おもむろに、実希はスマホを取り出す。そうだった、当たり前すぎて忘れていたけど、うちの部活はSNSを運用している。大したことは発信していないけど、今年の文化祭ステージのことを最近掲載しだしたのだ。


「特にこの時期は試合とかは無いはずなのに、どうして忙しいんだろうって思ったら、文化祭だったんだね…」

 妹はここまで動いて、調べて、私に話をしてくる。実希がこんなことするだけの度胸があるなんて、私は知らなかった。


 驚きは見せないように。


「で、何なの」

 平静を保って。


「それを知ったのが本当に今週で、私悔しくて…お姉ちゃんのこと全然理解出来てなかったんだって…」

「そりゃそうでしょう。別に実希にそこまで話さなかったんだから」

 そこに対して、悪気は特にない。別に敢えて話さなかったという訳でもないけど。

「でも、、私に何か出来ることは無かったのかって思って」

今日は制服を着ていて、私のカーディガンを着ているせいもあり、いつもと印象が違う。私に、真っすぐ向かってくる感じが。


「今週は特にお姉ちゃん忙しかったし、ご飯とお風呂が終わったらすぐ寝ちゃって、話す時間も無かったから…だったら本番に行くしかないって思って…」

 話している感じはいつもの通りだけど、ここまで自分の意見を述べるなんて思わなかった。

「で、どうしたい?もうすぐ本番だし…」

 私の気持ちなんて関係なく、世界は回っていくものだから。

「お姉ちゃんは、それでいいの…?」

 私の気持ちなんて関係なく、世界は回っていくものだから。


「いいよ、ていうか私がどうこういうもんじゃないし」

「お姉ちゃんは部長じゃん…」

「部活は私のものじゃない、皆で回しているものだから」

「だったら、別にお姉ちゃんはやらなくてもいいだけじゃん…今日のは試合じゃないんだし…」

「だから言ってるじゃん、皆でやることなの。私だけ参加しないとか、参加しなくてもいいとか、そういう話じゃないって」

 自分でも情けない組織の論理の話をしていることは、重々承知している。それでも、私は今のまま、進まなくてはいけない。


「私は、正直出て欲しくない」

 実希は、強引にまた話を続ける。


「お姉ちゃんがすごく努力していたのは分かる。そりゃ直接は知らないけど、私にだってそれ位想像はできるよ」

 あれだけ妹に当たり散らして、家事を任せて、イライラしていれば、さすがに妹も感じるものがあったのだろう。当たり前だ。缶蹴りなんて何故私が強要したのかさえ覚えていない。


「それで?」

 でも、あくまで私は私でいる。


「たまたま今回はこういうことが起こったし、お姉ちゃんも卒なくこなしてたんだと思う。だけど、こういうのが続くのは良くないと思う」

 学校にいないはずの妹が、この空間にいて、心が宙に浮いたような気分だ。現実離れしている。祭の効果だろうか。だから、話がすっと入ってこない。


「一度許しちゃうと、ズルズルいくと思うんだよね…」

 実希は伏し目がちに話を続ける。勢いが少し無くなってきた。


「これからも、お姉ちゃんは人気者だから、色んなことがあると思う。お姉ちゃんも器用な方だから、上手く立ち回れると思う。でも、気持ちが本物じゃなきゃ、どうしても疲れちゃうし、あんまりお姉ちゃんも楽しくないと思うんだよね」

「そんなの、別に関係ないから」

「お姉ちゃんはそれで本当にいいの…?このまま、ステージに出ちゃって…」

「出たから何?出なかったから、これからどうなるの?これは全部私の問題。私の気持ちの問題」

 いきなりステージ準備から抜け出してしまったから、部員たちは驚いているだろう。だけど不思議と、急いで帰らなきゃとは思わない。かといって、妹の言うことを聞いて、早々と逃げだす気もないけど。部員の皆は大好きだし、今日までのことに対して後悔の念は無いけれど、結局は自分の意志が無いのだ。


 私の気持ちなんて関係なく、世界は回っていくものだから。私の意志があったとして、それを実現する上では努力が必要だ。それこそ、藍李のように、自分から積極的に動いて、周りを巻き込んで、1つの「説得力」へと収斂していくよう、努力を重ねる必要がある。

 私はどうだ?そんな努力、何一つしていない。何一つしいていないのに、私に今更どうこう言う資格は無い。本当に無い。むしろ、周りが作ってくれる流れに乗るべきだ。その流れに、最大限の感謝の意を表すべきだ。


 だから。


「私は出るよ。これは、私の問題。私の気持ちは、ちゃんとここにあるから」

 言葉を残して、私は踵を返す。本当は実希の気持ちにもっと配慮すべきだし、何なら一緒に体育館まで戻るべきなのだけど、私はそこまで優しくない。


「お…お姉ちゃん…」

 実希は私の名前を呼ぶだけで、その場で立ち尽くす。引き続き雨が降る。

傘なんて無い。だけど、濡れないように帰るのは容易い。濡れないことだけを考えるのは、そこまで難しくない。難しくないけど、部室棟の庇は伝わった大きな雨粒は、とても冷たく感じた。

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