傘なんて①
「オイっ…熱いんだから、俺にお湯かけるな…!」
「ふふ、ちゃんと温まらないよだめだよ~」
「おい、俺の肌は弱いんだ…!だから……優しく…して欲しい…」
出番前に、私は何を観させられているんだろう。
別にこれは大会でもないし、点数を競い合うものじゃない。だけど、この劇の後に、私たちはステージを披露するのか…?改めて今日は、本当に最悪な日なんじゃないかと思う。
「いや~すごく人が集まっちゃったねぇ…!これはプレシャーですね、ミサキ」
同じ現実を前にしても、感じることは人によって違う。存在するのは解釈だけだ、とはよく言ったものだと思う。
だから私は弱音をはかない。
「そうだね!結構劇の内容も異質な感じだから、ちょっとお客さんもびっくりしちゃうかもね、、!」
私はただ藍李1人に言うよりも大きな声で返す。
「だけど、その分『集客は楽』ってことにもならないかな?」
私は部員全員に届くように話す。何よりも私に向かって言葉を発したい。
私の言葉をきっかけに、部員たちが私に注目する。灯台に集まる船の様に。
「どうかな?ビラはまだ余っているし、この劇が終わったら最後の集客をしようよ!」
部員1人1人が、信頼しきった顔で私のことを見つめてくれる。
「皆はね、最高の広告塔なの。バッチリ衣装も来てるし、自信に満ちた顔をしている。だから皆で最後呼びかければ、絶対に色んな人が見てくれると思うんだ!」
この言葉は決して嘘じゃない。
「だからこの劇が終わった後、すぐに皆は観客の元に向かってね。これだけ練習したんだから、多くの人に見てもらいましょう!」
ハイ!といつもの返事を皆が返してくれる。私は信頼している。
「いや~やっぱりミサキがいて、皆と一緒にいれば何でも出来ちゃうよね~!」
藍李が常套句のように私に言ってくる。もちろん、これが嘘だとは思わない。
「ホントに私、バスケ部入ってなかったら青春終わってたと思うな~」
「いやいや、そんなことないでしょう」
本当に、藍李に限ってはそんなことは無い気がする。
「中学だってバスケ部でスタメンだったんでしょう?」
藍李は、無理をして高校デビューしました!といった子ではない。ずっとこういた集団で、楽しみながらやってきた。藍李はずっと藍李としか言いようがない。
「まぁまぁそうだけど、全然今のメンバーの方が楽しいな~皆良い子だし、嫌なこともはっきり言ってくれるし、しょうもないことでぶつかったりしないし」
それはそう思う。もちろん、私が見逃している可能性もあるけど、この部は凄く外交的な人が多い。そっと内側にとどめていく人は少ない。私は少し違うけど。
「いや~絶対一人だったらつまらないと思うんだよね、そういえばさ、この前回転寿司に言ったんだけどさ」
「えっ、なにそれ~?」
語尾に「(笑)」がつきそうになるけど、あまり「(笑)」をつけて大事なことを誤魔化す人は嫌いだ。
「この前ビブレのアニメイトに言ったんだけどさ、その帰りにすごく生魚が食べたくなって、でさ、その辺のよくある安い回転寿司に行ったの」
藍李は色々な方面にアンテナを伸ばしている。だけど、藍李は1つの話題をこちらに押し付けることはしない。そもそも今どき、恋バナと横浜のスイーツの話以外で、皆で盛り上がる共通の話題を用意する方が難しいと思うけれど。
「はいはい、まぁよくあるよね」
「そうそう、一皿100円とか、まぁ別に決して高くは無いんだけど、でもそんなパクパクは食べれないじゃん?」
私は一人で回転寿司に行ったことは無い。そもそもお金が無いということもあるけど、そんな行動力は無い。だったら、家で余っているハニトー用のパンを食べればよい。
「でさ、いやー思ったんだよね、自分の『気の小ささ』っていうものをさ」
「何それ!藍李に限ってはそんなことないでしょうよ」
「いや、というのもね、回転寿司って自分のペースで好きなだけ食べれるじゃん?良くも悪くも」
「『悪くも』ってどういうこと?良いことばっかりじゃん!」
「ままそうだよね。例えばさ、定食屋に行って800円のものを食べるとするじゃん?それってさ、その定食さえ食べればまず満足するじゃん?よっぽど量が少ない限り」
藍李は常に自分の視点から持論を展開する。ついていくだけで本当に面白い。
「だからキリがいいじゃん!?食べ終わったら、絶対にすぐ帰るから」
「そうね、食べ終えると達成感もあるもんね」
「そうそう、でもさ、回転寿司の場合って、それを自分で設定しなきゃいけないんだよね…それがすごく嫌だなって思って…」
「どうして?自分で好きなものを選べるからいいじゃない」
私はやったことないけど。
「普通はそうじゃん?例えば家族と一緒に行ったときは凄く楽しいの。好き放題やればいいから。だけどさ、自分のお小遣いからだと、なんかいちいち『今食べたのは何円で~』とか『今は何円分食べたから~』とか『あのおいしそうな寿司は何円だから~』とか考えなくちゃいけないの」
「あー確かに、そうなるとあんまり楽しくないかもね、、」
「そう!別に回転寿司なんてそんな大した値段じゃないんだから、気にせず食べればいいんだけど、どうしても一々考えちゃうんだよね、、」
「そんな大した値段じゃない」か。
「となると、どうしても自分一人だと、自分の『気の小ささ』みたいなのが前に出ちゃって…なんか、あんまり楽しくないなって。
でもその気持ち自体は私も分かるかもしない。私も、たった一人きりだったら、こんなところまで来なかったし、来れなかっただろう。
「じゃあその日は結局どのくらい食べたの?」
「でさ、結局自分に悔しくなっちゃって…結構食べちゃったんだよね、、千五百円位かな、、!」
「なんだ、ちゃんと食べてるじゃないのよ」
一人で行くときの回転寿司の相場は知らないけど。
「へへ、最初は自分の気の小ささでお腹もいっぱいになりかけたけど、途中で、いや!もっと私は豪快な人間になるんだ!と思って、たくさん頼んじゃった。まぁ、本当に食べる人はもっと注文するんだろうけどね」
「そういうの、なんか藍李っぽいね」
あくまで豪快に行きたい人なんだろう。そして、それを決して無条件で選んだりはしない。そこには藍李なりの理屈がしっかりある。
「え、ミサキそれってどういうこと~?」
「いーや、何でもないよ」
とはいえ、結局藍李は一人でも生きていけるだろう。一人で回転寿司屋に行き、一人で自分なりに食べれてしまう。たとえ私たちと出逢わなくても、藍李は今の藍李のまま違う世界で生きている姿が見える。
それに引き換え私は。
「お、お姉ちゃん!」
「えっ、?」
振り返ると、実希がいた。
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