踊り場なんて④
「お~い、お前ら、どうだ、お客さんの入りは?」
と思いきやいきなり担任が来た。いきなりというのは、コイツは別に私たちの準備をするまでもなく、放置してきたからだ。放置してきた人間が、いきなりあたしたちのことを気にするという訳は無い。絶対に、無い。
「こんにちは、いや~あんまりですね。まぁ、まだ初日の午前中ですからね」
「そうかぁ、いやぁ実はお前らに頼みがあってな」
唐突に依頼事項を述べる。こういう時は恐らく良いことが無い、というか、担任にとってはその依頼事項が全てなのだろう。自分の話がしたくて仕方がない。自分の話がしたいから、委員長の話はろくに聴かずに本題に入りたいのだろう。こういうのは、コミュニケーションとは言えません!
「何でしょうか?ウミガメのスープでしたらストック十分ですよ?」
「えーっとそんなんじゃなくて…今回ジュースの販売もしていると思うんだけど、すこし譲ってくれないか?」
ウミガメのスープを「そんなん」と言われてしまって、高畑はショックそうだ。あぁ、結構問題揃えて、出題の仕方も準備してたもんね…。
「はぁ、それは何故ですか?」
委員長は、絶対に人の言うことをホイホイ聞いたりはしない。しっかりと背景から理解しないと、動けないタイプだ。私もそうだけど。
「やージュースについては色んなところで売ってるんだけど、雨の割に今日の分が無くなりそうなところがあって、、追加発注も検討しているんだが、一旦校内で融通が利かないかなと思ってさ」
「そうなんですね、私まだあんまり校内を周ってないのでわからないんですが、例えばどこの企画が盛り上がっているんですか?」
「そうだな…うちの学年だとC組とかかな」
「何やってるんでしたっけ?」
「劇だな。『俺の幼馴染が30になっていきなり性転換手術を受けて男になったら突然BLシチュを要求された件』っていう劇で、公演しつつジュースも販売してるんだが、いかんせん公演が人気のようでな…」
何て劇だ…この学校腐ってやがるぜ…。
「それも含めてあちらこちらで在庫不足があってな、少しでいいから分けてくれないか?」
「承知しました、良いですよ。まだ段ボールを空けてないのも含めて、全部で400本あります」
逆に400人来ると見込んでいたのは何故なのだろう…そうやって、委員長はいつも強く未来を望んでいるということなのか…。
「助かるー!マジでありがとう!」
大人が「マジ」とか使うな。
「そうだなーじゃ悪いんだけど体育館の方に向かってくれるか?俺から連絡しておくから、このあたりの企画を巡って欲しい」
そういって担任から設営メモを渡された。体育館近辺の企画や出店にいくつかチェックがついてある。
「とりあえず、200本くらいで良いですか?それを、各所の要望をヒアリングして適宜配分する感じで」
委員長はさながら為政者の顔つきである。私だったら絶対に運びたくない。依頼するならお前が運べと言いたいけれど、そんなこと到底言えるはずもなく。
「まぁでもいきなり運んでも疲れるだけだし、向こうが運ぶのが筋だと思うから、荒崎さん、一旦ちょっと見て回りましょうか」
やったーサボれるラッキーというままに、私は委員長の指示に従う。
「えっ、荒崎さん、私もまわる」
「えーだっる…勝手に学校を周ってなさいよ…」
「どうせ体育館の方まで行くんですよね?だったら適当についていきますよ。ていうか、この学校を案内してくださいよう」
「えーっ…」
「まぁ荒崎さん良いじゃない。歓迎よ、折角だし一緒に文化祭を楽しみましょう!」
委員長は何だかんだ外向性はあるようので、するりと妹アロハを迎え入れる。
「えーっとまぁ別に閉店しても良いんだけど、高畑君もいるし、一応空けておこうかしら」
「ゴリゴリクラス企画をたたむつもりだったのね…」
「ま、それは冗談よ~じゃ高畑君、よろしくね!」
「アッ、う、うん…待ってるね…」
高畑は待機ということになった。文字通り、企画が盛り上がる公算は薄いから、待機ということになるだろう。
===
私たちの学校は、それ自体が小高い山のようになっていて、校舎は上の方に、体育館は下の方にある。
校舎を出て、階段を下り、人混みを通る。「人混み」を最初からその意味で理解できる人は皆無だろうけど、今日はその間違った方の意味に見えてしまう。
うちの学校の生徒、他校の生徒、受験生とその親、卒業生など、結構多い。雨なのに。やはりそこそこ名が通った学校だからなのだろう。でも本当に多い。特に他校の彼氏彼女を連れている奴。あれはなんなんだ。そんないつも会ってるのに、何故学校に連れてくる必要があるのだろう?単に見せびらかせたいだけなら、そんな人を自己顕示の道具として扱っているじゃないか!そんなの、けしらかんぞ!
体育館は、校門を入ってすぐ脇の方にある。校舎から向かうには専用の階段があるから、雨なので私たちはそこを通っていく。
「あら『関係者専用』って書いてあるわね」
今日は、階段は生徒しか使えないようだ。
「そのようですね」
「いや、、『そのようですね』じゃなくて…あなたは通れないんよ…」
「えっでも私荒崎さんのお友達だから関係者じゃないですか」
「そこまで関係者の定義はガバガバじゃないと思うよ…つまるところ入っちゃダメだから、これは、うちの生徒しか今日は通れないってことよ」
まっとうに文字が読める人なら不要な説明を間にはさむ。
「そうね…ごめんなさいね。仕方ないから普通に坂を下っていきましょうか」
委員長は冷静に対応する。ただ、坂を下るのは嫌だ。体育館に向かうもう一つの経路、坂を下って校門の方に向かう。ただ、今日は雨だし、人込みがマジ人込みだから、絶対に通りたくない。
「えっ、委員長、でも…」
「ん、荒崎さん、どうしたの?」
「いや、今日雨だから、結構そっち大変なんじゃないかって…」
「ま、そうね~でもお友達をそっちの学校に通すわけにもいかないし…」
それは、お友達じゃない。関係者じゃないんだ。徹底して、そうやって言い改めようと思った、その時。
「荒崎さん、ついてきてよ!」
「むっ…?」
「まずは、踊り場まで」
そう告げると、規制線を越える。そしてアロハは階段の方へ走って行った。
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