踊り場なんて③

 という訳でこの厄介者がやって来て1時間半が経つ。

「いや~楽しいですね~ホテルの備品にも無いんで、つい珍しくてやってしまいます」と最初は輪投げに熱中していたが、すぐに飽きたようで、次第に私たちに絡みだした。いや、逆に輪投げがあるラブホってなんやねん。


 ウミガメのスープはシンプルに中学生にはレベルが高いそうで、「もっと違うことやりましょうよう」と奴は言い出した。いや、何故私たちはお前をあやさなければいけないのか。


「謎解きも飽きたら、どこかの教室の企画を見に行けばいいじゃない」

 私は諭す。そりゃ「ラブホあるある」言いたいモードにされてしまっては、こっちとしても困る。


「いや、大体行きで眺めて来たんで、大丈夫です。雰囲気は分かったので!」

「あら、うちの高校を志望してくれているの?」

 委員長が優しく質問する。「ラブホあるある」を前にしても動じない委員長は、ラブホマスターか、もしくはダイバーシティ☆インクルージョンの権化なのか(たぶん後者です)。


「はい!そうです!」

「へぇー有難いわね、どう、うちの高校?」

「えぇーそうですね、なんか、『ほどほどの文化祭』だなって思いました!」

「ほどほどの文化祭…なるほどね…ハハ…」

 こういうことをあっけらかんと言う奴だ。大変わかりやすい。

「そ…その心は…?」

 一方「ラブホあるある」に滅多打ちにされた高畑が聞く。高畑君、どうしてさっきから座ったままで微動だにしないのでしょうか?


「なんとなく、準備期間とか努力量ってわかるじゃないですか」

「まぁそうね、実際は知らなくても、成果を見ただけでわかっちゃうものってあるわよね」

 委員長が冷静にそう返す。例えばこのカフェとか。比較的時間的余裕を持って準備はしていたが、実際気合を入れれば2時間半程度で終わりそうだ。


「いや、別に私なんかが偉そうなことを言える立場じゃないことはわかってますよ。でもやっぱり勉強が有名な学校じゃないですか?だから、なんか文化祭メインって感じではないんだな~っていうことは思いましたね」

 他校の、というか、私は文化祭そのものに対する知識自体が無いのだが、受験生として色々な学校を見ている奴の目には、そう見えてしまったのだろう。

それはそうだ、何と言うか、「文化祭はほどほどにな」というのもそうだけど、「文化祭が終わったら…」といった文脈で担任が語る事項も多いと思う。まだ高二ではあるものの、来年の受験に向けて…といった話もこれから増えていく。


 でも、そうと言えばその通りだろう。いわゆる「ハレとケ」という奴だ。日常生活と祭は意味合いそのものが大きく異なる。そして、私たちの中心にあるのは、あくまで日常生活だ。あくまで、私たちが向き合わなければいけないのは、現実なのだ。だから、祭に振り切るのは間違っている。恐らく、学校もそう思っている。


 本当だったら、熱中して、熱狂して、全て忘れて、私たちはピークを迎えるべきなのだ。少なくとも、学校としては、生徒に「ピークを迎えて頂いた方が良い」。もっと言うと、「さっさと適度なピーク」を。そこでやり切ることが出来れば、「じゃあ次は受験勉強だ!」ということを学校としても言いやすくなる。文化祭は、生徒を受験に仕向けるための、重要な装置の1つに過ぎない。


 周りの生徒は、大変に文化祭を楽しみにしていて、熱中して、熱狂して、全て忘れて、いずれピークを迎えるのだろう。学校側の思惑を知っているか否かは問わず、結構簡単に盛り上がれるんだなと当日になって思った。言ってしまえば、少しだけ夏休みちょいと準備した程度で。ここまで盛り上がりを感じているのなら、それは大変コスパの良い感性をお持ちなのだろう。


 私は、現実の肌感を決して忘れることが出来ない。要は、盛り上がり切ることが出来ないんだろう。熱狂することが出来ないんだろう。


「ほぅほう、なるほどね。ってお友達が言ってるけど、荒崎さんはどう思う?」

「えぇっ…?え…あーそうね、、」

 恐らく、委員長は私の考えていることが大体想像できているのだろう。もっというと、委員長も私と同じようなことを考えていたに違いないと思う。

「まー私も似たようなことは思っているから、結構当たってるんじゃない?まぁ悪いことだとは思わないけど、高畑さんはいかがですか?」

「えっ…僕…?えっと、、」

 面倒なので話をそのまま高畑に振ってみる。よし、ちゃんと会話してる感があるぞ!まぁ「感」に過ぎないけど。


「う~んあんまりなんかあんまり騒がしいのがそこまで好きじゃないんだよね…」

「あー前輪投げの準備をしていた時もそうだったわね」

 委員長よく覚えているな…結構人を見ている気がする。

「そうそう、だから今日も少しおなか痛い…この教室は良い感じだけどね。僕からしたら、結構皆頑張っているし、比較的しっかり評価できる方だとは思うよ」

 とか言いながら今日も少し上から目線である。


「そう!『比較的』じゃないですか!」

 奴が高畑を指さして言う。コラ!人を指差してはいけません!

「『良いか悪いかで言ったら』っていうことですよねそれって。なんかそれ違うと思うんです。もっと極端なっていうか『絶対的なモノ』みたいな感じなのかな」

 真っすぐな視線で奴は語る。


「私はそういうものに興味があるんです。中途半端なものは、嫌なんだと思います」

 あぁ姉妹なんだなと思う。姉に似ている。話し方を見ていて思った。といいつつ、そこまでその姉を凝視したこともないのだけど。


「もちろん勉強も大事だし、部活も真剣にやる人も多いと思うんですけど、どれも妥協したくないっていうか、中途半端は嫌って言うか。やるなら圧倒的になりたいし、その望みが無いなら、そもそも取り組む必要も無いって言うか」


 たまたま姉妹同士で似ていたのか、もしくは、姉の影響を強く受けているのか。

「へーいいじゃない、全然そう考えるのも普通よ」

 委員長が知らん間に輪投げをしながら答える。


「まぁ、でも結局は色々な人がいるってことだよね」

「ほぅ…その心は…?」

 委員長はいつだって平然としていて、その中に明るさがある。


「輪投げ、楽しかったですか?」

「あ、ハイ、楽しかったです。まぁすぐ飽きちゃいましたけど…」

 さすが、初対面の中学生に対しても臆さない。謎解き輪投げカフェの代表なだけある。


「そう、でもやっぱりあぁいうの楽しいですよね、小さい頃にやってたけど、今更やってみると楽しい、みたいな」

 委員長は輪投げを入れ続けるが、特に命中率が高いという訳では無い。


「でも輪投げって、入ったり入んなかったりするじゃないですか?まぁ上手い人が結構どんどん入れちゃうんだろうけど、それでも難しい、というか、そもそもそういう人には、ハンデがつきますよね」

 委員長が輪を投げ終わる。5本投げて、3本入った。普通の現象。


「もっと命中率を高く、ポイントを高く、遠いところから投げよ、とかありますよね」

「はい…まぁ上手い人はそうなりますよね…」

 奴はきちんと委員長の話を聞く。この辺り、言外に溢れ出る説得力の差というのがあると思う。


「ちょっと私意地悪なこと言うわね」

 委員長は自分が投げた輪を回収しながら、少し不敵な笑みを浮かべながら続ける。


「あなたがさっき『中途半端は嫌』って言ってたけど、それってつきつめると、『輪投げだっていつもパーフェクトで的に入れることが出来なければ意味がない』ってことじゃないですか?」

「ま…、まぁそうですけど…」

 ちなみに、奴も5本投げて3本入った程度だ。いたって普通の現象。


「でもさっきすごく良い顔してたわよ。それこそ、童心に返ったような顔をしていたわ。クラス企画といえども、私もちょっと嬉しくなっちゃった」

 確かに、すぐに飽きたけど、奴はしっかり熱中していた。「もう一回やりたいです」とか「ホラ荒崎さん!私結構うまくないですか?」なんて言っている時は、明るい顔をしていた。それこそ、姉と同じような、輝く笑顔。


「そ…そうですか、、それはどうも…」

 輪投げを傍から見られて、その感想を述べられても、普通の人は困るだろう。やりようのない顔をしている。


「結果なんてわからないし、その結果をどう評価するかも、その人次第だと思いませんか?3本入ったのを『よくやった!』という人もいれば、あなたみたいに、『このやろう!完璧じゃないとダメだ!』という人だっていると思います」

 冷静に考えて、私たち4人の他に誰も客がいないから、文字通り委員長の独壇場だ。


「評価の仕方は人それぞれで良いと私も思うんだけど、でも、まだわからない結果のことを、未来のことを、とやかく言っても意味ないと思うのよね、私は」

「で、でも、完璧な方が良いに決まってるじゃないですか」

 妹の方も結構話を聞いているようで、しっかり委員長に反論する。


「そうね、私もそう思うわ。そうやって、見えない未来のことを、しっかりと信じて、努力することは素晴らしいと思う」

 と思いきや、委員長は再度輪投げをし出す。見えない未来に向かって。


「要は、今ある気持ちが全てなんだと思うんです。未来はわからないけど、ここにある気持ちは、絶対に本物だと思うから」

 委員長なりに、未来を信じて投げる。よく見ると、委員長は一投一投にしっかり時間をかけるタイプだ。


「もちろん成果物だけ見ると、これは本物だ、偽物だ、みたいな考えはあると思います。だけど、そこに向かうまでの気持ちは、結構皆アツいもの持ってると思いますよ。まぁもちろん、全員が全員じゃないですけどね」

 といいながら、委員長は高畑と私の方を見遣る。

「えっ…僕…?」

「まぁ高畑君は、しっかり取り組んでたもんね?」

「えっ…、あぁ…まぁそうだね、、」

 高畑は、割と言われたことはやるタイプだ。面倒そうな顔はしているが、一応輪投げも運んだし、謎解きの手配もしてくれたし、唯一のカフェ要素である缶ジュースの手配もしていた。まぁ…全て委員長の指示の元だけど…あぁ、私もそうだ。


「えぇ~そうですかね~」

「いずれあなたにもわかるわよ。というか、あなたならしっかり目の前のことに向き合えそうだから、それだけで十分ってこと」

 5本中、今度は4本入った。未来を信じながら、前に向かっていると、私たちは信じたい。

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