踊り場なんて②

 何があったとしても、変わることが無いとは思っていたけど、偶に予想が外れる時がある。

「ラブホあるある!その6!女子会での利用も大歓迎!」

「えっ、そうなんですか…?」

「これはもう定番ですよ~!高畑さん知らないんですか?女子会限定プランなんかもあって、普通の部屋より少しSNS映えするようになっているんです」

「女子会限定…ほぉ…」

「高畑さん、女子会ってどんなの想像してますぅ?」

「えっ、アッ、なんか、皆で、楽しそうに…まぐわいあうという…」

「オイオイ行為に発展しちゃったよ…」

 私は思わず声を出してしまう。さてはコイツ、百合系のジャンルも射程圏内だな…。


「ハーッハッ、あーおっかしい、ちがいますよ!皆でワイワイやるだけです!健全な使い方をされる女子グループも多いんです!」

「ほ…ほぅ…それは私の知らない世界ですね…」

「そうですよね~高畑さんはラブホって行ったことあります~?」

 妹アロハは高畑を覗き込むように言う。上目遣いは童貞を殺しかねない。


「えっ…えっ…アッ、いや…前を通り過ぎるだけで…」

 何ていう会話を聞かされているのだろう…。


「前を通り過ぎるだけで…?」

「アッ、ハイ、前を通り過ぎるだけで…私には全然経験がありません…」

「へぇ…経験が無いんですかぁ…?ちなみにご興味は…?」

「えっ…いいんですか…?」

「何を期待しているの…?相手は中学生なのだけど…?

 私は思わず突っ込む。何故か私たちの教室は、童貞の告解部屋になってしまった。


 文化祭当日に、大雨が降った。屋外の催し物が出来なくなるから、私たちの『謎解き輪投げカフェ』は少しは盛況すると思ったのだが、そもそも雨で来場者数が減っているから、特に影響は無く、予想通り閑散としていた。


 というか、当日になってなるほどと思ったのだが、私たちの『謎解き輪投げカフェ』は全然宣伝をしていない。チラシとか、ポスターとか、もっと言うと教室の外の装飾もほぼ行っていない。そりゃそうだ、委員長の言う通り、『謎解き』と『輪投げ』と『カフェ』の3つに注力してしまったからだ。


 他のクラスや部活の企画は、例えば装飾に拘ったり、ビラを配ったり、オリジナルのTシャツを着たりと、さすがしっかりしている。そりゃそうだ、うちのクラスの企画は今年きっかりの企画なのだから、特にしっかり造られた引継ぎマニュアルがある訳では無い。とか言いながら、リーダーである委員長に欠如があったということを言いたい訳ではない。大体誰がやってもこの企画はこうなるし、というか重要な要素をきちんと揃えることが出来ている時点で、百点満点だろう。


 こういう時他の団体の企画が羨ましくなるけど、じゃあそっちの方をやりたかったかというと、そういう訳では全くない。本音を言えば、さっさと文化祭というイベントをスキップしたかったからだ。

 ただ、成果物もあって、結局人が入っていないから私たちはかなり暇だ。もちろん特に見たい企画も無いから、適当に教室で暇をつぶしていればいい。


「荒崎さん、こんにちはー!」

「えっ…あ…あぁ、どうも…」

 と思っていたら、妹アロハが予告通りやって来た。自分の姉のクラスくらいは分かっているのだろう、学校に入って一目散に私のクラスをめがけて来たらしい。


「来ちゃった♡」

「来ないで欲しかったですね…」

「本日はご来場ありがとうございます!」

「いや…それはこっちのセリフ…というか、全然有難くない…」

 「ありがたし」は「めったにないほど優れている」という意味らしい。とはいえ「ありがとう」というのは定型的に使う挨拶だ。だから「めったにないこと」ではなく「よくあること」に対して使う言葉だと思う。そして、今みたいに「めったにないこと」に対しては、人は口を閉ざしてしまう。だって、処理が追い付かないから。


「荒崎さん、こちらの方は…?」

 委員長が私に聞いてくる。ヤバイ、その辺の野良猫だったら「野良猫だよ」と言えばいいのだが、こいつは野良猫ではない。結構やかましい関係の奴である。

「ハイ!私は…」

 そうだ、こいつは結構やかましい。何せ七島実咲の妹だ。それだけでも大層なことなのに、まして私がそんな奴と関係性があるだなんて、以ての外だ。私の沽券に関わる(なんのだ)。


「こちらのクラスでお世話になっております七…」

「アッ、あの、私の…友達…!そう、友達なんだ!」

 つい言ってしまった。あぁ、人との適当な関係性を表記するのに、「友達」という言葉を使うとは…。自分の知能の浅さに嫌になる。もっと「近所の野良人間です」とか言えばいいのに、「友達」という何とも平坦な言葉を使うとは…。不覚。そんな人全然いないのに。


「へぇ、お友達なんだ!いいねぇ、わざわざ文化祭に来てくれるなんて…」

「ほぅ…荒崎さんにお友達…なるほどですね…」

 委員長はやはり良い奴だから、私の言葉を素直に受け取ってくれる。一方で高畑は、言外に「ほぅ荒崎さんにもお友達がいたんですね」ということを言わんばかりの顔をしている。うるさい。いないけど。


「そうそう、今日はわざわざ来てくれて…」

「おっ…お友達…?お友達…!友達……っ!」

 私なりの、精一杯の嘘をつきながら、妹アロハを見遣ると、興奮していた。

というか今日はアロハではなく、中学の制服を着崩して、大きめのカーディガンを来ている。これは姉の所有物なのかもしれない。白地に黒のラインが入っていて、さながら高校生の様で、アロハを着ている時より少し大人びて見える。恐らく靴も少しヒールが入っていることも相まって、普段見ていた時よりも大きく見える。物理的にも、存在感という意味でも、はっきり言って、超やりづらい。


「ちょっと…こっち来て…」

「ハイ…!いやぁ嬉しいですね…荒崎さんとお友達なんて…グヘ…」

「いいから…早く…」

 アロハを脱いだので、妹アロハ改め妹を廊下に連れ出す。あ、これじゃ自分の妹みたいになってしまう。訂正。


「なんでここにいるの?」

「いや…荒崎さんのお友達なんで…グヘ…」

「それは言葉のあやです」

「またまた~荒崎さんはツンデレなところがありますからねぇ…」

「ないわ…ていうか本当に来たのね…じゃあ何でこんなところに来たのよ…」

 雨が降っているし、まだ午前中だから、客の姿はまだまばらだ。まだ圧倒的にうちの生徒が多い時間帯だから、こいつの姿は浮いて見える。もっと言うと、こいつと話している私の姿も浮いて見えているはずだ。早く終わらせたい。というか帰りたい。


「決まってるじゃないですか~お姉ちゃんと、荒崎さんの雄姿を見に来たんです!」

「私は関係ないでしょう…ホラ、今日は雨だから外でやらないんじゃない?」

 これ余談なんですけど、女性に対して「雄」姿って使えるんですかね?


「そうです!時間帯は変わらず、体育館での開催となりました!」

 自信満々にこの妹は文化祭パンフを広げて私に見せる。これ私もらってない…。

「じゃ体育館行きなさいよ」

「まだ朝じゃないですか!」

「じゃ帰れよ…なんで来たんだ…」

「そりゃクラス企画も大事じゃないですか!荒崎さんいるかな~って思ったら、本当にいたんですよ!これって運命…?」

「違うと思います」

 単なる確率論です。


「まぁまぁ、私だってこの学校を楽しみたいんです!あと私輪投げ好きなんで」

「パンフちゃんと読んどるんかい…」

 ていうか輪投げピンポイントで好きってどんな奴なんだよ…?

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