踊り場なんて①

 何があったとしても、変わることが無いとは思っていたけど、偶に予想が外れる時がある。


「いや~私実は今年の文化祭実行委員会舐めてたんだけど、結構やるねぇ。屋外のステージの内容をそのまま体育館で出来るなんてすごいよねぇ」

「こら、あんまりそういうこと大きな声で言わないの…」

 藍李はこういうことを平気で言う。


「部長!大変失礼致しましたァ…!とは言いつつ、まぁ褒めてるからいいじゃ~ん」

「まぁそうだけど…でも大丈夫かな…」

「全然大丈夫っしょ~別に広さは変わらないし。ていうか、普段練習で使っているシューズが使えるから、逆に動きやすいって」

「まぁなら大丈夫か…結構私たちも練習してきたしね…ね…!」

 大雨が降った。文化祭当日。予報では前日まで晴れの予定だったけど、いきなり朝から雨が降ってきた。


 風は強くないから文化祭そのものは実施されるけど、雨で屋外の催しは軒並み中止だ。屋台とかは何とかなるようだけど、私たちのような動きがあるステージは、急遽変更を余儀なくされた。


 その代わりに、体育館のステージを使用することになった。朝私たちはとはいえ、別にこれは急遽決まったことではなく、雨が降ったら元々このようにするつもりだったらしい。文化祭実行委員会の方では、既にその頭はあったとのこと。


 だけど、私はそのことをさっき聞かされた。藍李から朝連絡が来て、体育館のステージ脇に集められた。当日で時間も無いけれど、一応ステージの下見と簡単にフォーメーションの確認をしようというのだ。


「思ったより悪くないね!少しジメジメしてるかもだけど、まぁまぁ大丈夫でしょう!」

 不覚だったと思う。藍李が実行委員会とのやり取りをしていて、勿論雨が降った時の挙動も聞かされていたと思うのだけど、藍李はその話を私たちに全然してくれなかった。屋外から体育館のステージに変更になる旨を、私からアナウンスできなかったことが、何故か悔しい。


「いや~それにしても何で雨なんか降るんだろうねぇ、晴れ空の中、学校中の歓声を浴びたかったよ~」

 当たり前だが、藍李に悪気はない。そして、現時点でもそれが悪かったとも思っていない。

 私は天気を気にしていた。もっと言うと、私は天気を気にする方だと思う。単純に、低気圧になると体調が悪くなる。生理のタイミングと重なると本当に最悪だから、人より天気予報はチェックしている自覚はある。


「台風とか来たら仕方ないんだけど、でもやっぱり雨って降るもんだねぇ」

 そりゃそうだ。台風関係なく、多かれ少なかれ雨は降るよ。「ねぇ、今から晴れるよ☆」なんて、本当に言えたらいいのに。

 よくわからないけど、藍李なら天気さえ変えられそうな気がする。というか、藍李ならずっと気分は晴れ模様なんじゃないかと思う。あぁ、これは悪口になってしまいそうだ。


 藍李はいつも明るい。その明るさに救われることの方が多いけど、いつも明るすぎると、こちらがしんどくなる。雨のことだって気にしてよ。少しは。


「藍李さん~私たちの出番まだまだ午後の先なのに超緊張してきました~」

「大丈夫大丈夫!手のひらに『人』の字を3回書いて飲み込めば大丈夫!」

「藍李さん…そんな迷信普通に信じているんですね…」

「迷信って言うか、要は『人を飲んでしまえ!』ってことじゃん?飲まれたら終わりだからね!大丈夫!私たちは夏休みずっと練習してきたんだから」

 藍李はいつも明るい。その明るさに救われることの方が多いけど、いつも明るすぎると、こちらがしんどくなる。


 模範的過ぎる。人として、模範的過ぎる。目指すべき、尊敬すべき対象なんだと思う。だけど、たまにその理想の姿を、やたら押し付けられているような錯覚に陥る時がある。

 藍李には落ち込む時なんかあるのだろうか?体調によって、天気によって、気圧によって、少しでも自分の状態が変わることなんてあるのだろうか?もしくは、そういうことがあったとしても、自分できちんと我慢したり、対策したりすることが出来ているのだろうか?もしくは、対策すればそれで済む程度の変化しか起こらないのだろうか?


「ね、ミサキ!そうだよね」

「あ、うん、そうだね、そうだよみんな!どうせ外も出にくいんだから、結構お客さんは入ってくれると思うよ!」

 私は、自分ではなく、皆に向けた言葉を発する。そうじゃないと、あまりにも暗すぎる。

「ここまで来たら、特別なことは要らないからね。藍李が言ってくれたように、今までの練習の成果をそのまま出せば、きっと飲まれることなんか無いから!」

 つとめて笑顔で私は言う。私だって、本当は人を飲み込んでしまいたいと思う。もっと圧倒的なカリスマみたいになって、周りの人を圧倒させたい。でも、実を言うと今日だって人前に出るだけで精一杯だ。


 だけど、私は前に出なくちゃいけない。そういう立場だから、逃げたりはしない。


「さぁ、時間もあるし今はまだ人もいないから、少しでも通しの練習をしておこう!じゃあ十分後から開始するから、皆準備して!」

 ハイ!と皆はハキハキと返事をしてくれる。皆楽しそうだ。普段の試合の時だったらもっと神妙な顔をしているけど、やっぱり今日は文化祭なんだと思う。普段の日常とは違った、楽しいだけの時間なんだと思う。だったら、普段の日常って何なんだろう?実は全然楽しくないのかな。


 あぁ、私、今日機嫌が悪いんだ。こんな皆が周りにいるのに、1人でぐるぐる考えてしまう。まるで高速道路のジャンクション、行き先が、結論がわからない。仮に何か結論が出たとしても、決して人に言えないようなものだと思う。そんなこと、考えるだけ無駄なのに、考える状態じゃないのに、こんな文化祭の日にもそうなっている自分が、憎い。

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