「エモい」なんて①

「お姉ちゃんは『エモい』とか多用するんですよ。本当に意味が分からなくないですか…?色々な感情の表し方があるのに、全部『エモい』なんて一言で済ませてしまうなんて…人として進歩が無いと思いません!?」

「ま、まぁそうだけど…でも最近使う人多いから良いんじゃないかな…?」

 カレーを食べ終えて、さっきの麦茶を飲みながら実希が滔々と語る。小松菜とツナのカレー炒めもおいしかったです。結構小松菜は簡単に炒めるだけでも柔らかくなるんですね。カレー要素が過重だけど。


「え!じゃあ荒崎さんは『エモい』ってよく使うんですか!?」

「いや…私もそういうの嫌いだから使わないけど」

「ホラ!嫌いじゃないですか!」

「あ、なんかごめん…はい、嫌いです。あんまり好きではありません」

 妹は目を見開いてこちらに訴える。さっきから良く喋るなこの子は…。

「荒崎さんはどうして『エモい』って言葉が嫌いなんですか?」


「まぁあなたと同じで、語彙力が無いっていうのと、あとは、何だかんだ『エモい』って勝者の言葉じゃない?だから嫌いっていうか…」

「『勝者の言葉』…?」

 さっきから色々聞いてくるなこの子は…。


「同じ1つのイベントでも、参加の仕方によって全然感じ方って違うじゃない?それこそ、さっきの話にあった文化祭に関しても、メインステージで注目を浴びている人と、地味な企画とか裏方に徹している人だと、全然意味合いが違うと思うんだよね」

 時刻は既に22時を周っている。早く帰りたい…のだが、まだ投資に見合うほどの成果は得られていない。


「メインステージの子にとっては超楽しいイベントのはずだから、『エモかった!!!』って言うと思うんだよね。でもそれ以外の人にとっては『しんどかった…』の一言で済むはず」

「あー確かに、特権階級の言葉、っていうイメージはありますね」

「そうそう。いや、その『しんどかった…』にも意味があるとは思うんだけど、とはいえいきなり『エモかった!!!』にジャンプする訳は無いよね」

 もちろん、どんな過去でも肯定的に受け入れて進める人は強いと思うけど、そんなに模範的な人間の在り方を実践できるはずはない。


「だから『エモい』っていうのはある種の押し付けなんだよね。『これは私にとっては楽しいイベントだった、あなたにとっては違うかもしれないけど』っていう。もちろん、奴らはそんなことまで考えているはずもないんだけどね」

 文化祭の準備とか、地域のお祭とか、一見キラキラしたものに真っ当に参加しているようでも、私はまだこういうことを考える生き物なのだ。


「荒崎さん、荒崎さんって…」

 と思いきや、妹が真剣な顔つきで話しかける。

 ほほぅ、こんな風に私を慕ってくれる年下の子も出てくるもんなんだな。眩い☆私の哲学に。


「相当な陰キャですね…学校は楽しいですか…?」

「えぇ…ひどいな…全然共感してくれないのね…」

「いや、100%陰キャの発想じゃないですか…!そんなんじゃ人生楽しくないですよ…」

 えぇ…。


「ひどいな…まぁまぁ、これはこれで楽しくやってるから大丈夫です。お気遣いありがとう」

 とか言いながら、私にとっての『楽しい』は未だにつかみ損ねている気がする。未だに『遊ぶ』という感覚もよくわかっていない。


「まぁでも、しっかりとしたお考えをお持ちなんだなって、お話していて思います。あ、これは全く嫌味でも何でもないですからね…!」

「はぁ…わかりました…(?)」

 そんなこんなで会話をしているうちに、妹アロハから教わった内容を要約すると、


 ・缶蹴りをしていたジャージの姉、正式名称七島実咲は、偶々私と同じ高校に通う生徒であること。学年も私と同じ2年生だけど、私との接点は無く、彼女はバスケ部の次期主将として目されていること。

・私が文化祭準備のステージで見かけた「ミサキミサキ」と七島実咲は同一人物であること。

・七島家はご両親が忙しく、姉妹の結束はかなり強いこと。

・その上で、七島実咲は学校生活でストレスを抱えているらしく、その「ストレス解消」のためによく妹と遊んだりしていること。

・この前の缶蹴りも、その「ストレス解消」の一環であるということ


といった感じである。小説って便利。

「荒崎さんはストレスって抱えていますか…?」

 妹アロハは戸棚から、〇ッピーターンを出して私の前に並べてくれる。「幸せが戻って来るように」という意味合いがあるようだが、そもそも幸せを手にしたことが無い人はどうしたらよいのだろう。


「まぁ…そこまで無いかな…疲れたら、ぐっすり眠れば大丈夫だし」

 何よりも、ストレスを抱えるほど、人間と衝突していないというのが本音なのだけど…。


「そうなんですね、いや、高校生って結構大変そうだと思っていたんですけど、人によるんですかね」

 未来というものは不安で溢れているけど、一度扉を開けてしまえば大したことが無いことの方が多い気がする。もちろん個人差はあるけれど、どうもこの社会は未来への煽りが強いと思う。〇研ゼミの漫画とか、正直本当に効果があると思う。純粋な少年少女にとっては。


「ねぇねぇ、その『ストレスの正体』って何なの?」

「いや…私もよくわかっていなくて…でも単に遊んだりしますね。あやとりとか、それこそ缶蹴りとか、竹馬とか」

「出てくる単語が全て懐かしいぜ…およそ高校生がやらない種目ばかりね…逆にそれで解消できるストレスってなんなんだ…?」

 私の記憶の中でのあいつは、前提としては覚えていることも少ない。学校では至極明るかったように思うけれど、缶蹴りをした時は凄く暗かった。というか、他者からの見た目と言うのをおよそ気にしていないような、それこそ、妹だけに見せる顔なんだろう。疲れ切って、ストレスだけ発散したい時の顔とは。


「そうですね…おおよそ高校でいろいろあるとは思うんですけど、あんまり普段私たちは具体的な話をしないんですよね…」

 その気持ちはわかる気がする。そもそも学校に行っても特別に楽しいことがある訳でもないので、話すことはないのだけど、家族に色々共有したくないという気持ちはわかる。もちろん、人によるところも大きいとは思う。


「そういうことはあるんだろうけど、あなたは普段どう思っているの?一緒に缶蹴りなんかして」

 「あなた」という言葉を使って、少し気恥ずかしくなる。そんな人を英作文みたいに呼ぶときは、決まって居心地が悪い。もちろん、それ以外の呼び方を知らないのだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る