シュークリームなんて⑤

「いきなり話題変えるな!」

「ごめんごめん、ミサキ少しぼーっとしてたから」

「藍李の話聞いてただけだよ、いやぁ色々観てるんだなって」

「何それ!別にいいじゃん」

「いや、良いことだなって。ていうか文化祭のステージのこと?まぁ今の時期ならあんな感じじゃないかな?」

 本当は色々言いたいことがあるけど。


「でも練習の時は少しミサキ焦ってそうだったから…」

「まぁそれはね、でもまだ時間があるし、きちんとまたペースを作っていけば大丈夫かなって」

 練習の時の焦りは、ステージ上のパフォーマンスに対する焦りとはまた違っていて。もっと大きい、部そのものに対する焦りだったんだと思う。「本当にこのままでいいのかな」っていう。だから、私が藍李に言っていることは、半分本当で、半分嘘だ。でも、本当も入っているから、そこまで問題じゃないと思う。大丈夫。


「うん、そうだね。私も頑張るよ!もっと皆のペースを上げられるようにする!」

 藍李は笑顔でそう答える。暗くなりつつ横浜の海を背景に。食べかけのクッキーシューでさえ、1つの装飾品みたい。


 「そんな『頑張る』なんて言わないでよ」。天才は、もれなく努力をしている。天才だし努力をしている。だから、一歩一歩が本当に大きい。今藍李がいる場所に私はいずれ行けるかもしれないけど、その前に、藍李は何歩先に行ってしまうんだろう。

 「そんな『頑張る』なんて言わないでよ」。なんて言ってみたら、藍李はどんな顔をするんだろう。悲しむかな。いや、それ以前に、私の話の意味を理解してくれないと思う。

 「そんな『頑張る』なんて言わないでよ」。なんて、本音過ぎる。私の本音が過ぎると思う。


「ありがとう。まぁ藍李はいつもペース変わらずにやってくれるから、この後も大丈夫だと思ってる。まぁ『信頼』ってやつ?」

「ちょっと!ミサキはたまに臭いこと言うよね!」

「別に良いじゃん、本心なんだし」

 本心だし。


 ふと気づくと、辺りには大人のカップルや、犬を連れた夫婦がちらほらいる。下のレストラン街を見渡しても、テラス席で多くの大人が食事を楽しんでいる。


 楽しそうだ。当たり前けど、皆きちんと大人になっていく。私だって問題なく大人になるんだろうけど、本当はどうなるんだろう。皆こういう気持ちに対して、蓋をして、何も無かったフリをして、大人になっていくのだろうか。


 海の方を見つめると、大きなビルの中で多くの大人が働いているし、建設工事をしてそうなでは、まだ煌々と明かりが灯っている。


 きちんと働いている人は、こんな小さな悩みなんて抱えないんだろう。もし抱えていたとしても、いちいち悩んでいる暇もないんだろう。これが大人の定義なのかもしれないな。現時点の私の中でだけど。


 いつか私の人生が終わる時、1つ1つの「痛さ」を、私は全て忘れてしまう。


 そう思うと、そうなってしまうと思うと、怖い。


 怖いけど、怖いから何だ。怖いって何だろう。私が今こだわっているものって何なんだろう?私が今捕らわれてしまっているものって、一体何なんだろう?

 

 皆、今が大切なんだと思う。楽しい未来を切望しているんだと思う。もちろん私も同じなのだけど、私は凄く、「私の今まで」に引きずられている節があるんだと思う。そういう私の繊細さ、とは言えないけど、過去に捉われてしまう「小ささ」みたいなものは、うんざりしている。なによりも、それを言葉で説明しても、上手く伝えられる自信は無いんだけど。


「よ~っしじゃ皆帰ろっか!」

 藍李の掛け声で、私たちは帰途につく。最終的にはシュークリームはすぐ無くなってしまうから不思議だ。とはいえ満たされることは無い。家に帰ってもどうせ普通に晩御飯を食べてしまう。妹がいろいろ作ってくれるし。


「じゃ皆明日も頑張ろうね!」

 最後くらいこういうことを言わないと、存在感が無くなりそうだ。もちろんそんなことは皆思ってないとは思うけど、少し今日はぼーっとし過ぎたかもしれない。もちろん、皆明るい返事で応答してくれる。救われる。


 ペデストリアンデッキの上を、文字通り私たちは歩く。ガラス越しに見上げる空は、既に真っ暗だ。本当は、このガラスはもっと汚い。たまに土日とか昼間歩くときは、空はとても曇って見える。だけど夜になって暗くなってしまえば、その曇りは関係なくなる。誰がここを普段掃除しているのかはあんまり知らないけれど、だったら、ずっと暗いままの方が良いと思ってしまう。汚いものは、あまりバレない方がいい。目に入らない方がいい。


 そして家に帰れば色々とやらなければいけないことがある。私はそれをしっかりと実感する。その重さが、私にのしかかる。勉強のこと、家のこと、将来のこと、何より、部活のこと。


 1つ1つが、私にのしかかってくる。もっと軽々しく飛び越えたいけど、やっぱり難しい。


 結局は、能力、というか私の努力量の問題なのだと思うと。しんどい。


◆◆◆作者よりお礼とお願い◆◆◆

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