シュークリームなんて④

 私たちの順番がやってきて、私たちはそれぞれ目当てのシュークリームを買う。こういう時は、各々が好きなものを自分の財布にあるお金で払えるから楽だ。これから文化祭、というか大会で、出費が増える。多少なりとも高学年の私が多めに払う機会も増えると思う。別に自分で働いて手にしたお金じゃないから、あまり大手を振って財布を開ける気にはならない。とはいえ、そういう振る舞いが求められていることも良く感じる。


 藍李の家はお金持ちだ、と思う。特別、ご両親が大会社の社長です、みたいなわかりやすいお金持ちではないけど。でも、長期休みの度に、飛行機に乗っていくような場所に、必ずと言い程行ってお土産を配ってくれる。本人はそれに対してなんとも思っていないと思うけど、私からしたらしっかりしたご家庭だなといつも思う。ほら、今日も「自分が食べたいもの」という軸だけで、恐らくシュークリームを選んでいる。しっかり生地の、クッキーシュー。


 私の家は貧乏だ、とは思わない。しあわせだ。そこに嘘は無い。両親は健在。妹は激カワ。食べることに困ることは無いし、部活も好きにやらせてくれるし、お小遣いも毎月くれる。だけど、両親は日々忙しそうだ。仕事は楽しそうにやっているけど。でも忙しいから、中々長いお休みを取って旅行に行くことも難しい。ただそれだけだ。だから、藍李の家とは全くの正反対にあるとは思わないけど、やっぱりどこか違うと思う。お金はあるのだけど、いつも忙しない両親を見ていると、何となく下の価格帯の商品を選びがちになる。スティックタイプの商品は、少し値段が手軽なんです。


「あんまり今日晴れてないね」

「そうだね、まぁどっちみちもう日も暮れちゃってるしね」

 私たちは手に入れたシュークリームを食べながら、ベイクォーターの方へ向かう。屋上のベイガーデン。草木が多くて妙なリゾート感もあって、定番の場所。このくらいの時間になると、風が適度に心地よい。何より、光始める横浜駅の街並みは、昼間とは全く違う顔を見せる。これくらいじゃないと、私は正直好まない。だから、この時間が好きだ。


「でさ、いつも漫才一筋の芸人がさ、今更モノマネやるんだよね…しかも『入試の英語のリスニングの試験が、よりによってオーストラリア英語だった時の受験生のマネ』っていう、ちょっと頭良い感じのやつを堂々とやるんだよね…最高じゃない…?」

 藍李は関西のお笑い番組の話をしているらしい。やっぱり色々見てるんだな。今どきネットでいろいろ見れるけれど、自分なりに好きなものを見続けるのは凄いことだと思う。


「え、藍李さんそんなのわからなくないですかぁ?私だったら全然わかんないです」

「いや、別にそうそう。別にさ、正直全然理解できないじゃん?そんな場面出くわしたこともないし…」

「え、そうですよね?そんなの面白いんですか?」

「いや、だけどさ、完全にイメージの話なんだよね。一人二役っていうか、1人の芸人が受験生とリスニング音声をやるんだけどね」

「なんですか、その『リスニング音声』って!」

 後輩が笑いながら藍李お会話に付き合っている。別に、その後輩はお笑い好きという訳では無い。


「いや、だからマジで『概念』。イメージ上のオーストラリア人が喋り出すの!全力で、すっごくクセが強いの!もう鼻息荒くて、ブルンブルンしててさ…ホント面白い…」

「ブルンブルンって!そんな、オーストラリア人って本当にそんな感じなんですか?」

「そんなわけ無いじゃん!ていうかそんなのオーストラリア人に失礼だわ!」

「あはは、すいませんすいません、わらわら」

 藍李はそういった配慮も忘れない。


「そんなの誇張、っていうか嘘だって皆わかってんのよだけどさ、超面白んだよね…ほぼ顔芸なんだけど、『あぁ、オーストラリア英語ってこんな感じなのかな』って、意外と観ている方も理解できるっていうか…」

「あーなんかわかりますわかります。もはやモノマネでもないけど、超面白いって言うか」

「そうそう!そういうのあるじゃん!?でもさ、実際そこまで突き抜けてやるのって難しいなって思って」

 藍李は色々な方面にアンテナを伸ばしている。だけど、藍李は1つの話題をこちらに押し付けることはしない。そもそも今どき、恋バナと横浜のスイーツの話以外で、皆で盛り上がる共通の話題を用意する方が難しいと思うけれど。


「今ってインテリ?っていうか、結構大学出ている芸人って多いと思うんだけど、なんか、ちょっと頭良さそうなことでも、皆が理解できる形に落とし込めているって、本当に凄いと思うんだよね…」

「あーなるほど」

「頭良い人が、頭良い感じのことを言うのって簡単じゃん?」

「そうですよね、そもそも理解できる人が限られちゃいますもんね」

「そうそう、それって完全に内輪ノリじゃん?だけどさ、やっぱりテレビに出てる人はその辺本当に旨いんだよね、、」

 会話の中でそういったことをバランス感覚は、本当に凄いと思う。恐らく、話の題材から、大事なテーマだけ取り出すのが上手いんだと思う。今も、お笑いの話をしているようで、していないというような感じ。恐らく、本当に好きなお笑いの話だけを聞かされるなら、結構つまらなくなりそう。


「ちょっと私も見習わなくちゃって」

「え、なんですかそれ~?」

「いやいや、結構さ、私も内輪ノリ好きじゃん?だけどさ、あんまり一部の人しか理解できないことだけしゃべっててもダメだなって」

「先輩、マジメか!」

「へへっ!まぁまぁ、なんとなくそういう時あるじゃん?まぁまぁそんな感じよ」

「なんですかそんな感じって!」

 藍李は向上心があると思う。少なくとも、そんな普通のお笑い番組から学びを得るなんて、シンプルに頭の回転が速いんだと思う。


 私はどうだろう。

「ミサキは今日のステージ練習どうだった?もちろん、まだまだなところも多いと思うけど…」


 私はどうだろう。目の前ことで精一杯で。

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